軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10 落ち目の公爵家

「うーん……」

父親はなぜか難色を示した。

そして、ローザに向かって諭すような声を出した。

「ティリヤ伯爵夫人は『歩く王室典範』と呼ばれるほどの女性でな。王――つまり私のいとこの乳母も務めたことがある。これが大変な名誉職でな、彼女は今でもこの国で最高峰の貴婦人の一人に格付けされているのだよ」

何を言われているのかよく分かっていないローザに、父親が噛んで含めるように言う。

「彼女にたしなめられたのなら、王妃だって聞き分けなきゃならん。つまりお前は、反省してマナーの向上に努めなさい」

ローザは怒りのあまり顔が真っ赤になった。

「はあ!? あんなの正当じゃない、ただのイジメだったのに!?」

セラヴァッレ公爵は娘の怒り狂っている様子に、やや戸惑っているようだった。

「どうした? ローザらしくない。お前のいいところは、いつもにこにこして、どんな相手とも仲良くなれるところじゃないか」

「そ、それは……!」

ローザがにこやかなのは、ソトヅラだけである。自分の容姿がよく、にこにこしていれば大人が甘やかしてくれると気づいたのは小さなころだった。

相手が思い通りにならないときは、にこにこさせられた分、ただ働きをさせられた気分になって、余計に怒りが湧くのがローザの性分だった。

「それにお前は、伯爵家なら絶対に王族には逆らえないと思ってたのか?」

「だってそうでしょ? 何ランクも格下じゃない!」

「三文オペラの観すぎだ、馬鹿者。宮廷世界はそんなに単純じゃない。この機にしっかり勉強しなさい」

父親から叱られて、ローザは信じられない思いだった。

今まで一度もローザを叱らなかった父なのに、今日は辛辣だ。

「辛抱しなさい。婚約破棄の経緯が経緯なのだから、しばらくはご婦人方からイビられるかもしれないが、仕方がないだろう。それが人から男を寝取るということだ」

「寝取っ……人聞きの悪いこと言わないでよ!」

「聞きなさい。こんなのは何でもないことだよ。宮廷人ならすぐに忘れるくらいの出来事だ。いつものようににこにこしていればいずれは溶け込めるようになるさ」

父親からそう諭され、ローザは煮え湯を飲まされることになった。

――ひどい! 私がこんなに傷ついてるのに、どうしてパパはひどいことばっかり言うの!? ファルコ様と出会うのがちょっと遅かっただけなのに、『寝取った』なんてあんまりだよ!

そうだ、姉よりも少し彼に出会うのが遅かっただけ。ローザは悪くない。悪いのは姉の方だ。性格が悪くて、嫉妬深くて、ローザが可愛いからといって嫌がらせをしてくる姉が悪い。嫌がらせなんかする暇があったら自分を高めたらいいのにとしか思えない。

ローザは次のお茶会で、友達にそのような内容のお説教を披露し、また周囲から好評を得た。

――ほらね。お姉ちゃんのことを嫌ってる人がこんなにいる。私は何も間違ってなんかない。

***

翌日、ルクレツィアは執事に連れられて銀行にやってきた。

始め、銀行員は身なりのいい貴族の令嬢がやってきたことに警戒気味だったが、ルクレツィアが祖国で懇意にしていた銀行員の男性の名前をあげて丁寧に私財を引き出したい旨を説明すると、最終的には分かってくれた。

「イルミナティに置いてきた金庫の中身も取り寄せたいのですけれど、そちらはいかが?」

「あれは特殊な金庫ですので、ご本人様の要請であってもわたくしどもが勝手に持ち出すことはできません。ご当地で引き出していただきませんと」

「そう。なら結構よ。いくらか現金もお願い。当面の買い物はすべてこちらに請求するようにするから、よろしくお願いね」

ルクレツィアは買い物の手筈を整えると、銀行員が去った隙を見て、大きく伸びをした。

「やはり銀行に来ると疲れるわね」

そばにいた執事に声をかけると、彼は優しく労をねぎらってくれた。知らない人間に私財に関わらせるのは少し怖かったが、彼は信用がおけそうだ。

ルクレツィアには母親から受け継いだ資産があり、その管理を行う代理人がひとりついていた。ふだんは彼に面倒な手続きをすべて任せているので、銀行にみずから立ち寄ることもまれだったが、今日は仕方がない。

――代理人にも連絡して、こちらに移ってもらわなければね。

ルクレツィアの私財を管理する事務所はイルミナティにある。不便なので、事務所ごと移るのがいいのだろうが、肝心の婚約がまだはっきりと確定していない状態だ。移動したとたんに破談になって、またイルミナティに戻ることになっては困る。代理人には当面の間、二国を行き来してもらうしかなさそうだ。

――彼に来てもらったら、まずはセラヴァッレ家のわたくしの名義で雇っている使用人を丸ごと解雇して、お父様の方に請求をするように要請しましょう。

もう嫁ぐのだから、実家に支援を続ける必要はない。

ルクレツィアはちゃっちゃと決めて、また執事に声をかける。

「ドレスを何着か仕立てたいのだけれど、仕立て屋を呼んでくださる?」

***

セラヴァッレ公爵が異変に気づいたのは、パーティでさんざん飲み食いをし、酔っぱらって朝帰りをしたある日のことだった。

帰宅を告げ、いくら呼んでも、使用人が来ない。

わざわざ執事を探し出して言いつけても、言葉を濁すばかりではっきりしない。

「食事だ、食事。なんでもいいから持ってこい」

「それが、料理人がストライキを起こしておりまして」

「なぜだ? 待遇を悪くした覚えはないが」

「それが……」

セラヴァッレ公爵は執事から渡された請求書の数々を見て、目を見張った。

「……なんだ、これは?」

「使用人たちの雇用費でございます」

「それは見れば分かる。なぜそれが今来るんだ? 雇用契約の更新時期はまだ先だろう」

「ルクレツィアお嬢様の代理人を名乗るお方から、雇用主の変更手続きの書類が来ておりまして、閣下にサインしていただけない場合は退職金を払った上で即日解雇とするということでございました」

セラヴァッレ公爵は酔いと眠気でぼんやりする頭をこすりながら、執事の言うことを理解しようとした。

「ええい、面倒くさい。こういうことは全部ルクレツィアにやらせておけばいい。ルクレツィアはどこだ?」

「お嬢様はすでに屋敷をお出になりました」

その瞬間、セラヴァッレ公爵は酔いと眠気が一気に吹き飛んだ。

娘のルクレツィアを追い出したのは他ならぬセラヴァッレ公爵自身である。