軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

93話 王子の謝罪

喉が渇いた。掻きむしればこの渇きから逃れられるならそうしたいぐらいだ。

水を飲みたいと思って、いつも眠る時に横に置いているペットボトルを手探りで探そうとして、手が動かなくて焦る。だるい。体が動かしにくい。目もなかなか開かない。力を入れて、何とかやっとのことで目を開ける。

どこ、ここ?

見慣れた天井じゃない。いつもの布団とも違う。ベッド? だだっ広いベッド。コレよくいうお姫さまベッドだよね。天蓋付きの。

「久しぶりだね」

視線を彷徨わせるわたしを覗き込んできたのは、金髪に青い瞳のキラッキラしたイケメンで。

わたしは息をのむ。

「怖がらせたみたいだね、すまない。でも安心したよ、記憶もあるようだ」

そうだ、ここは異世界で。アルバーレンの王子?

え? 今、いつなの? わたしはアルバーレンから逃げおおせたはずだ。いっぱいの人と出会って。

え? 夢? どこからが? どこまでが?

こほっと、乾いた咳が出た。咳の振動で胸が痛い。肩が痛い。

吸いのみを寄せられて、渇望するままに一口含んだ。予想に反して水より重たいドロッとした何かだ。

「気がついたからもう大丈夫。君が嫌がることは絶対にしないから。眠って、そしてまた起きてくれ」

王子の姿がぼんやりしてきて、言葉通り、わたしはまた眠りについた。

次に起きたときは影に覗き込まれた。吸いのみを出されて、わたしは一口、口に含む。クークー、みやぁみやぁ聞こえたけれど、見たり考えたりすることができなくて、わたしはまた眠りについた。

起きては幾ばくかの情報を入手し、また眠る。そんなことを繰り返した。

「あなたは今、成人した16歳ぐらいの見かけになっています。盗賊に殺されそうになったことを覚えていますか?」

何度目だったか、気がついた時に、覗き込まれた影に言われた。

成人した? 16歳? わたしはゆっくりと手をあげようとして肩の痛みに驚く。我慢をして自分の手を動かし何とか手を見る。本当だ。今までよりずいぶん大きくなった気がする。

盗賊に殺されそうになった、あれは夢じゃなかったんだ。

わたしは頷いた。

「あの時、私はハナ様をみつけること、保護してアルバーレンに連れて帰ること、アルバーレンに来るのを嫌がったら、あなたが死なないよう見守る 命(めい) を受けていました。あなたがアルバーレンに戻ることを拒否したので見守っていましたが、生命の危機に瀕したので、介入させていただきました。肩と腕の骨にヒビが入っています。くっついてきているとは思いますが、まだ完全には回復していません。その怪我と過労と心労がたたり、熱も出て、一時は生命も危険なほどでした。その間にあなたはまた突然大きくなりました。意識のないあなたを看病するためにアルバーレンに連れてきました。ここは王子の部屋で、あなたがここにいることは王子以外、誰にも知られていません」

助けてもらったんだ。お礼を言おうとしたけれど、声が出ない。

「焦らなくて大丈夫です。まだ声が出しにくいだけでしょう」

聞きたいこともできたが、やはり長くは起きていられなくて、寝ては目覚めてを繰り返した。そして少しずつ、本当に少しずつだけど回復していった。

怪我と成長するアレで症状が重たくなったんだ。それに何故だかわからないけれど4歳もアップだ。体への負担も大きかったに違いない。あまりの動けなさに怖くなったが、自分なりに体のことを分析すると、多少は落ち着いた。

やっと上半身を起こせて、すぐに眠らなくても大丈夫になったとき、王子がやってきた。最初以外、わたしが目覚めたとき、隣にいたのは常に影だった。

自分自身が動けないところが大きいが、助けてもらったのもあるし、アルバーレンと王子に対しての警戒心はいっときよりもずいぶん落ち着いていた。

王子は優しく笑う。

「そんな姿になっていたんだね」

姿が変わっているのに、どうしてこの人はわたしだと確信しているのだろう? 影がハナだと言ったから? もし騙されているのならどうする気なんだろう。

「嘘かもよ」

掠れた声が出た。

「いや、その受け答えがもうハナだ。最初に起きて、私を見た時の反応もね」

……ああ。

王子は表情を引き締めて、一歩下がった。

「私は順番を間違えたようだ」

王子の目がまっすぐにわたしを見据える。

「召喚の儀に巻き込み、あなたの人生を滅茶苦茶にした。あなたの愛する暮らしから切り離し、愛する人々と一生会えないところに連れてきてしまった。謝罪します。申し訳ありませんでした」

王子が頭を下げる。

深く頭を下げ、顔を上げない。

今更だ。

今更、何を言われたって、変わりはしない。

わたしは元の世界に戻れないし、一生、あの暮らしには戻れない。

「謝られたって、何も変わらない。わたしはもう二度と戻れない」

王子は頭を下げたままだ。

「戻してよ。帰してよ。わたしを元の場所に!」

思ったより力強い声に自分でも驚く。ただそう憤っただけで息切れする。

特別な人生じゃなくても。特別な何かが訪れなくても。

毎日の暮らしにささやかな幸せをご褒美として生きてきた。

好きなものに囲まれて、ちょっと退屈するのを喜んだり悲しんだり。

落ち込みもし、前向きにもなり。悪態をつき、感謝もして。塞ぎこんでみたり、パッと遊んだり。人の情に嬉しくなったり、やっぱり人間関係に面倒くさくなったりもしながら生きてきた。人から見ればどんなにつまらない人生に思われても、わたしはこんなにしつこく帰りたいと願うほど、気に入っていて、そうとは気づかずに幸せだったのだ。

不思議と涙は一粒も出なかった。祠で出し尽くしてしまったのか、水分が足りていないのか、コイツに泣いているところを見られたくないのか、それはわからなかった。

王子は微動だにせず、頭を下げたままだった。

「許すことはできないと思います。でも、謝罪は受け取りました。頭を上げてください」

しばらくしてから、王子は顔を上げた。そんな表情を作る想いでずっと頭を下げていたのかと思うと、それもまたわたしを苦しめる。

今更だ、本当に今更だ。だけど結局ここから始めないと動き出せないことも、心のどこかでわかっていた。終わりがなく憎むのは疲れることだった。ただ何も考えず憎むのが楽だったからそうして来てしまっていたけれど、楽なはずなのにしんどかった。許すことはできそうにないけれど、これはわたしに必要な通過儀礼だったと思う。荒ぶった想いも、いつか時が癒してくれるのだろう。それを待つしかないのだ。

「あなたに謝らなくてはいけないことはいっぱいある。逃げ出すほど、怖い思いをさせて、申し訳なかった。私はあなたに間違えてばかりいる。あなたがこの国と私を嫌っていることはわかっている。けれどあなたが全快するまで、世話をさせて欲しい。せめてもの償いだ」

自分が動けるような状態でないのはわかっている。

「……お世話になります」

呟くような声になった。

「食事にしましょう」

今まで口にしてきたのは水より重たい何かを口に含むだけだった。お腹も空かないからそれで問題なかった。やっと固形物を食べてもいいところまで回復したのだろう。

そう王子が呟いてから、少しして部屋に入ってきたのは影だ。配膳台をカラカラ押しながら部屋に入ってくる。ベッドから降りようとすると王子に止められる。

自分でも上半身を起こしているだけで疲れているので、無理かと諦める。お礼をいうのにベッドの上からというのはどうかと思ったが声を掛ける。

「助けていただき、ありがとうございました」

「いつもの口調で結構ですよ。まだ顔色は悪いですね。せっかく助けたので、ちゃんと元気になってください。それから助けたのは王子の 命(めい) ですので」

ベッドの上に細長い板状のテーブルが渡るようにし、ベッドの上でご飯がいただけるようにしてくれる。

影の今までの言動からして、事実を言ったまでなんだろうけど、お礼は王子に言ってください、そう聞こえる。無意識に唇をかみしめた自分に苦笑する。それは大人げがなさすぎる。この件に関しては、本当に命を救ってもらったのだ。

「カイル王子、助けてくださり、ありがとうございました」

頭を下げた。ふと王子を見るとフリーズしている。

「王子?」

わたしの視線を受けて、影が王子を呼ぶ。

はっとフリーズが溶けた瞬間、王子が古傷が痛んだような顔をした。

彼の仕草は上品でキレイなので何とはなしにただ見ていたのだが。

彼はおもむろにベッドに腰掛け、わたしのために用意された食事のスプーンを手に取り、ひと匙すくう。そしてわたしの口の前に。

「じ、自分で食べます」

しゅんとする。上目遣いで

「一口だけ」

なんなんだ、この罪悪感は。無理、だから。

哀しそうな顔をして、王子にスプーンを手渡される。

顔のいい人たちに見られてご飯を食べるって、なんの苦行なの?

ええいっ。

わたしは口を開き、ひとすくいしたスプーンにパクついた。

スープかと思ったらおかゆだった。お米の甘みとお塩でシンプルな味だ。

おいしいと思ったのに、こほっと咳が出る。

横から吸いのみのお水を出された。一口いただく。

それだけで、胸がいっぱいだ。何これ。お腹じゃない、胸がいっぱい。

おいしいしもっといただきたいのだが。食べたら吐きそう。

一口しか食べてないのに?

「1週間以上熱が続き、ほとんど寝ていたんです。体も急には元に戻りません。一口食べられて戻さなかっただけでも大したものです。こうして何かを取りながら、寝るを繰り返せば、体は良くなっていきます。もう少し体力が戻ればポーションを使いましょう」

と影さんがいえば

「ルークは拷問も拷問介護も我が国で一番だ。彼に任せていれば安心だから」

王子の発言には安心できる要素がないと思うのだが、いかがだろうか?

影はルークさんというのか。

と思っている間にベッドの上のテーブルは片付けられ。

「おいしかったです。ごめんなさい、残してしまって。作ってくださった方にもお礼とおいしかったと伝えていただけますか?」

ルークさんに頼む。

「食べられないと思っていたので、一口でも口にしていただけてよろしゅうございました。作ったのは私ですので、気になさらないでください」

「ルークさんが作ってくれたんですか?」

「はい、ハナ様のことは私が 全(・) て(・) お世話させていただいています」

全て?

なんか引っかかる。

「君に危険があってはいけないからね。君の世話は全てルークひとりに任せてある。ルークは拷問介護で女性の扱いも慣れているから、安心して欲しい」

「あの国から、ここに戻るまで、ええ、何から何まで私がお世話させていただきましたので、ご安心ください」

わざとだね。ルークさんは口の端を少しだけあげた。

「お手数をおかけしました。ありがとうございます」

捨て台詞のようになってしまった。頭から毛布に包まる。

「ハナ、どうしたんだい? そんなすっぽり被ったら息がしにくいだろう?」

「王子、ハナ様の安定する体勢なのでしょう。少し眠っていただきましょう」

「そ、そうか?」

着替えどころじゃない。あれやそれやもう、諸々全てをルークさんにやっていただいたってことね。なんてこと! 幼児ならともかく、16歳なのに! 成人したのに!

わたしの羞恥心、今だけどっかに行っちゃって。

そう、でも、これは介護だ。意識のなかったわたしを介護してくれたのだ。それを恥ずかしがるとかも失礼だ。介護だ。介護なのだ!

毛布の中で思考がぐるぐるしていたけれど、いつの間にかわたしは眠っていたようだ。

それからしばらくはベッドの上でほとんど過ごした。少しずつ回復はしたものの、ポーションを飲めるまでの回復にはなかなか至らなかった。歩けるようになるにも時間がかかった。故にトイレ、お風呂までルークさんに抱っこで運ばれる。いろいろ手伝ってくれるというのを本気で辞退して、できるところは自分でするよう形を整えてお世話をしてもらった。

やっと食事も普通に取れるようになり、昼寝も一回ぐらいであとは起きていられるようになった頃にはさらに2週間も経っていて、季節は秋へと移り変わっていた。季節ひとつ分寝込んでいたことになる。ポーションが飲めるようになると回復も早くなり、部屋の中なら歩けるようになった。しばらく使わないでいると使えなくなるのは真実なようで、しばらく歩いていなかったら歩くのが大変だった。まず、足を地面につけた時点で痛い。力を入れても痛いし、痛みを左右で我慢するのも、体重がかかるのも、転ばないようにするのも、何もかも本当に大変だった。介護のプロというルークさんが指導してくれて、ベッドの中にいる時から、動かす練習をしたり、いろいろ考えて実行してくれたからこそ、リハビリできたんだと思う。

ルークさんにはお世話になりっぱなしだ。わたしがルークさんと別れたのはこの大陸でだ。その時、わたしは9歳だった。盗賊に殺されそうになったのは12歳の姿だ。ということはルークさんは12歳になった姿でもわたしと認識している。わたしは尋ねた。12歳に成長した時にも介抱をしてくれたか、と。彼は頷いた。わたしはおばあさんの家の物置でずっと眠っていたと思ったけれど、今思えば、あんなに人の出入りがあったのにみつからなかったのも奇跡だし、自分がどれくらいかはわからないけれど眠ったままだったのにそれにしては小綺麗だと思っていたのだ。意識があってからは、自分でクリーンをかけれるけどね。魔法も使っていない、熱で汗もかいたはずなのに、それにしては全然汚れていなかったのだ。

でも、それなら、帝国にさらわれそうになったところで助けてくれよと、都合のいいことを思ってしまったのは内緒だ。ルークさんは本当に 命(めい) 通り『見守って』いて、 命(いのち) の危険がある時だけ、手助けしてくれたのだろう。いや、十分ありがたいが。でも同時に監視されていたわけだから微妙な心境ではあるけれど、そうしてくれていなかったら間違いなく死んでいたから、やはりものすごくありがたかった。

そしてそれが王子からの命令というのも、微妙だ。それに王子はわたしをアルバーレンに連れてこいと言いながら嫌がったらそのまま見守るよう指示している。わたしの気持ちを汲み取っている。彼がわたしに悪いと思っているのは間違いないだろう。そして、本当にわたしをアルバーレンに呼んだのも保護目的なんだろう。