軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5話 召喚先⑤聖女ちゃん

意識を取り戻した時、見えたのは騎士さんたちの足だ。

ヒッと、でかかった悲鳴を飲み込む。

ふと一人の騎士が振り返ったので、わたしはきつく口を抑えた。

騎士さんは気のせいと思ったのかすぐに前を向く。

わたしは窓際のところで倒れこんでいたみたいだ。

パーカーの定義は成功したみたい。見えてないし、気づかれていなかったから、気配は消せているはず。でも声のあたりからの定義は組み込まれていないようだ。

気持ち悪いのはまだ全快していなかったが、なんとか体を起こす。

騎士たちの団体の前には王子が立っているのが見えた。ドクンと心臓が大きく音を立てる。うっ、トラウマにでもなったら、どうしてくれよう。でも、動いていて、無事なようだ。よかった。息をしているのは確認したけれど、どこか打ち所とか悪かったらどうしよう、とも思っていたから。

バタバタと新たに騎士が入ってくる。

「閉城しました」

「ヤマダハナコ様はお部屋にはいらっしゃいませんでした」

「ヤマダハナコ様が着ていらしたお召し物は全て見当たらないそうです」

いなくなったわたしを探しているらしい。

同じ部屋にいるけどね。

よくわからないけれど、なんとなく魔力的なものが枯渇したんじゃないかと思う。

アイテムボックス作った時になんかごっそり持っていかれた気がしたんだよね。スッと寒気がした。初めての『創造力』が成功して嬉しくなって忘れていたけれど。

「魔力を使えたのか?」

「侍女が言うには魔道具の使い方もわからず、魔力を通すことも叶わず、魔石を使ったとのことです」

「連れ出したものがいる」

え?

「アレは力も微々たるものだし、アレにやられたとは思えん。魔力は感じなかったし、魔力の跡もない。アレは掻っ攫われたのだ。近隣の国にも探しにゆけ。アレは私のものだ」

何言っちゃってるんだ。

これはみつかったら、なんかやばそう。

わたしはそろりと窓際を移動する。声を出さなければ気づかれないはず。

「行け!」

王子の掛け声に、騎士たちが片足で足を鳴らし、胸のところに拳を止めて、「はっ」と言った。

それが見事に揃っていてかっこよかった。

いやいや、そんなことに気をとられている場合じゃない。騎士さんたちが出て行く、その最後の人の後ろについていく。

しんがりの騎士が扉を出る手前で、王子が声をあげた。

「待て」

びくっとして、体が固まる。

わたしの前の人が振り返って「はっ」と拳で胸を叩くような動作をした。騎士が返事をする時の、上の人に対する尊厳を込めたアクションなんだろう。

わたしは騎士さんから離れて扉にすり寄る。

「いや、なんでもない。行ってくれ」

じゃぁ、なぜ引き止めたんだ。心の中で騎士さんの代わりに突っ込んでおく。

騎士さんはまた胸を叩くようにして、扉から出ようとするから、身を引く。

危ない、ぶつかるところだった。

わたしもその後ろを追おうとしたが、その前に扉が閉まる。

なんてこった!

けれど、焦る方がマズイ。チャンスはあるはず。見えてないとはいえ、王子からなるべく距離を取りたい。

「神官たちの動きはどうだ?」

誰もいない部屋で王子が冷たい声を出すからびっくりする。

「変わりありません」

声が降ってきて、いや、どっからか人が現れたことにも驚いた。

黒いマントに身を包んだ人もこれまた美形だった。蝋人形のような白い肌に、長い銀髪を後ろでひとつに結んでいる。

ああ、『影』か。

「目を離し、申し訳ありません」

「いや、私が下がるように言ったのだ。お前に落ち度はない。神官がこの部屋に現れると思うか?」

「そんな勇気を持ち合わせるものはいないと思います」

「あの者が接触した者を、残らず捕らえよ。あの者は、あの状況で、絶対逃げられると確信を持っていた。それがなぜなのか口を割らせようとしたのが失敗だった」

だからあんなにしつこく同じようなことを繰り返す会話になったのか。逃げたいとは思っていたけれど、確信はなかったのに。

「私の寵愛を受けた、側室だと公表せよ」

「! 本気だったのですか? 私を下がらせたのも嫌がらせの演出かと思っておりました」

「確かに最初は嫌がらせだったのだが……、ふてぶてしいのに震えながら涙目で虚勢を張るのが面白……微笑ましくてな」

くっ。若造の手のひらで転がされていたわけだ。

「本当に王子のお子が?」

「神の采配だ。もちろん神は私に味方するだろう。召喚が成功したように」

いや、神も何も、なんにもなかっただろうが!

「公表してくれ。少しでも生存率があがる」

「御意」

生存率があがるって何よ。居もしない子の生存率かい? ……ひいてはわたしの?

王子の側室云々の考えはよくわからないが、嫌がらせが入っていたとしても、一応は守ってくれようとしていたことは伝わってきた。

申し訳ないような気持ちにもなり。でも、この人がわたしを巻き込んだんだと、駄々をこねる子どものような思いも湧きあがる。それに力業ってのはね……、許せることと許せないことがあるんだよ。

わたしは歳だけ食った、器のちっちゃい人間だ。この世界にひとりで立つには、この状況を、こんなことになった元凶を憎まずにはいられない。だから元凶にも理由があったんだろうとか、いい人だとか思ってしまったら、足元から崩れてしまいそうだ。そう、だから、嫌いがいいのだ。何も知らないのがいいのだ。たとえいつか、許す度量もない情けないことこの上ない自分を、そう自覚することになったとしても。

ドアがノックされる。

「王子様、聖女様がお見えです」

扉の向こうから声が聞こえる。

王子が小さくため息をつく。影の人はいなくなっていた。

「開けよ」

扉が開いた。聖女ちゃんとお付きの人が、部屋へと入ってくる。

そして扉は閉まった。

王子は礼をとって、聖女ちゃんに挨拶をする。バスローブ姿で。

「聖女様、どうされましたか?」

聖女ちゃんは目が泳ぎ、うっすら顔を赤らめている。

うん、うん。胸元開いてて、目のやり場に困るよね。

多分わたしも、ああなっていたはずだ。もちろん、わたしと聖女ちゃんでは見た目が違いすぎるから、かわいいはずもなく、意外と逞しい王子に顔を赤らめる乙女の絵にはなり得ないけどね。そして、それがわかっていながら、表情が1ミリも動かない王子、ムカつく。

「カイル様、私の侍女、花さんがいなくなったのは本当ですか?」

おお、聖女ちゃんも心配してくれてるのか?

「それについては後ほど説明させていただきますので、用件がそのことだけでしたら部屋にお戻りください」

口調は優しいけど、有無を言わせないような威圧を感じる。

「ヒナ様、ひとまず部屋に戻りましょう」

王子の顔を伺っていたお付きの人が慌てる。

「私、協力しません。彼女が私のために動いてくれないのなら、私は何ひとつ協力しませんから」

微妙。ニュアンス、微妙。

聖女ちゃん、微妙。

これ、わたしを心配してくれてじゃないよね?

働き手に組み込まれている感じだよね。

いや、当然と思う。こんな知らない世界に身ひとつで放り出されたら、自分のことで手一杯だ。

そう、だから、わたしは絶対逃げようと思っていて、ひとりで逃げるのが心苦しかったけれど。

聖女ちゃんが微妙だから、悪いけど、そこまで罪悪感を持たずに出て行けそうだ。

お付きの人が聖女ちゃんを抱え込むようにして、おそらく聖女ちゃんの部屋へと連れて行く。

残された王子は大きなため息をつく。

「とにかく、保護だ。傷をひとつもつけるな。魔法で探せぬか?」

びょんと上から人が降ってきた。銀髪の影さんだ。

「あの者と関わったものが少なすぎ、持ち物もありませんので、範囲が絞れず特定ができません。王子、聖女様を懐柔し、あの者のことは放っておいては? 散々、ここから出たいと言っていたではありませんか。王子の温情がわからないものなど、のたれ死んでも仕方ありません」

わたしに対して酷いな、影。王子至上主義か。

「よせ、酷いことを言うな。あの者は被害者だ。私の願いのために連れてこられた、ただひとりの……最初の犠牲者だ」

王子の顔には苦痛がある。見ていて痛ましく思えるほどに。

わかってるのね、一応。けど、ひとりって? 最初って? 聖女ちゃんもそうだよね??

「お子を授かったら生母さまとして価値もありましょうが、あの者は居るだけで火種になります。聖女でないものも召喚し儀式が失敗だと見なされたら、王子の王位継承権も危ぶまれます」

「……子を授かるのだから、全てが好転する。ただあの者がいなければ話にならない」

よくもまぁ、ありえない仮定話で話が進むものだ。でも、国の頂点に立つ人たちにはそれが当たり前で、そうでなければ生きていけないものなのかもしれない。

一般人のわたしにすると、この世界に来て半日は経ってないだろうに、その間に話がこんなに転ぶのはついていけない。ついていけそうもない。ついていきたくもない。

何もないんだから、子を授かりようがないし。そもそもわたしの年齢で察してよ。影さんもまずそこを突っ込もうよ。

ノック音がする。

「王子、報告です」

王子は待っていたと言わんばかりに勢いよく扉を開け、一歩踏み出す。

「王子様、城のどこにもヤマダハナコ様はいらっしゃいません」

王子は後ろからでも分かる程気落ちした。息を長く吐いて、顔を上げると同時に髪をかきあげる。

王子は声を張る。

「ヤマダハナコは私の側室である。何者かに連れ去られた。一刻も早く連れ戻せ。髪一房にも傷をつけるな。みつけた者には報奨金を出す。ひとつも傷をつけることなく、私の子を宿した彼女を私の前に連れて来い」

うおーと、騎士たちが沸く。

何、言っちゃってるの?

なんか、大変なことになっとる。

なんで子を宿したこと確定になるわけ? 他の人たちも、何かがあったかどうかの判別つかなくても、妊娠自体がそんなすぐに分かるわけ……ま、まさか、元の世界とここでは生殖方法が違うの? 妊娠の仕方も違うの? 待って。誰もわたしの年齢を突っ込まないのは? 第二王子はわたしをババァといったんだから、感覚で年齢はわかっているはず。なのに王子至上主義の影さんさえ、わたしが子を宿すかもの可能性に異議を唱えないのは? まさかまさか、魔力とかで身体の衰えに関係なく子を授かれるとか?

嘘。まさか嘘よね。ありえないよね。まさか、ないよね?

お腹をまじまじと見てしまう。うん、安定の脂ののったお腹だ。

うん、あるはずない。そんなことあるわけない。うん、絶対に。いくらファンタジーの世界だからって。

そうだ、こんなこと考えてる場合じゃない。逃げなくちゃ。気を抜くな。

騎士たちに何やらかんやら指示している横を、そっと通り過ぎる。

最後に、見えないのをいいことに、金髪碧眼の実に王子様らしい王子様をしっかり見る。わたしが年相応な大人だったら、『逃げる』は選ばなかっただろう。きちっとケリをつけるはずだ。

ふと王子の視線がわたしに合った。もの凄く、びっくりした。見えているはずはなく、視線は外れたのに、短くない時間だったように思えた。頭にきたり、怖がらせられたりで散々な目にあったはずなのに、ただただわたしを心配しているところを見てしまうと、なんとも言えない気持ちになる。

もう、会うこともないだろう。違った形で会っていたら……いや、ありもしないことを思うのはよそう。見えないけれど、王子に向かって頭を下げる。あなたのしたことは許せないけれど、助けようとしてくれたことだけには感謝します。

さて。気持ちを切り替えてっと。わたしは外に向かうべく、歩き出した。