軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

139話 夢だと思った

それから、天幕の中にわたしと聖女ちゃんだけにしてもらって、少し話した。

聖女ちゃん、宮前雛ちゃんは、日本の調味料を教えてくれてありがとうございましたと頭を下げた。こちらの決まりきったような味付けに馴染めず、食べ物であんなに打撃を受けると思っていなかったと言った。食事の時間がいつの間にか恐怖となるほど追い詰められていたらしい。

わたしが危険な目にあい逃げ出したことを聞いたと、謝られた。あの時は自分のことしか考えられなかった、と。自分が聖女なら、もう片方のわたしがどんな扱いを受けるか考えるべきだったのに、自分のことでいっぱいだった、と。

わたしも謝った。ひとりで逃げ出して、ごめん、と。わたしも自分のことしか考えられなかった。彼女の倍以上生きているのに。

わたしたちは謝りあいながら、少しだけ泣いた。姿形はお互い日本人には見えなかったけれど、根っこの部分がやはり同胞だ。世代は違っていても、やはり馴染むものがある。

雛ちゃんは夢をみたそうだ。何度も何度も問いかけてくる夢。

黄金に輝くライオンに、こちらの世界に来てあるところに一緒に行ってもらいたいと言われたそうだ。絶対に守ること。衣食住も保証すること。ただ、一度こちらに来たら二度と元の世界には帰れない。できるだけのことはするから『是』と言って欲しい、と。

雛ちゃんからの問いかけは全く聞こえないみたいで、何を聞いても答えてはくれない。向こうからの一方通行。

なんて中二病の夢と思っていたようだが、その頃、学校でいろいろあり、家族とも衝突して雛ちゃんは自棄になっていた。だから思ってしまった。二度とこちらに帰ってこられなくてもいい。そちらで自由に楽しく暮らせるなら。あるわけないと思ったから、『是』と口にしてみた。次の瞬間、石造りの神殿みたいなところの、魔法陣のような模様の上に座り込んでいた。

あれ、神様呼び出しはなかったのか??

「私、本当に異世界があるなんて、本当に異世界から戻れなくなるなんて、思ってなかった」

雛ちゃんの薄い紫水晶みたいな瞳からぶわーっと涙が溢れ出す。

そりゃそうだろうなと思う。夢だと思うだろうし、本当にそんなことがあるとは思わない。だから雛ちゃんのとった行動はわかるよ、と思った。

「でも、自分で是って言っちゃったから、夢だと思って言ったなんて誰にも言えなかった」

「それは苦しかったね」

わたしは巻き込まれたから怒っていられたけど、雛ちゃんは雛ちゃんでとても辛かったんだ。

「私、親不孝しちゃった」

雛ちゃんの背中をさする。

「向こうで私のことがどんなふうになっているのかわからないけど。行方不明とかでいっぱい心配かけて、それからきっと傷つけてる」

かけていい言葉がみつからなくて、背中を優しく叩く。わたしも同じことしているからね、向こうの家族に。

雛ちゃんがわたしの胸にしがみついて声を上げて泣いた。抱きしめて髪を撫でる。

「辛かったね。頑張ったね」

声を掛けると、いっそう泣き声が激しくなった。

本当に辛かったと思う。捌け口がない上に不安もあっただろう。それをたったひとりで乗り越えてきたんだ。だんだん嗚咽が小さくなり、すすり泣きも静かになってきて、泣き疲れたのだろう、雛ちゃんが眠ってしまった。ちょうどいいタイミングでモードさんが顔を出してくれたので、雛ちゃんを寝かすのを手伝ってもらう。同胞に会えたことで気が緩んだんだと思う。

わたしが天幕を出ると、ロダン王子に詰め寄られる。

「ヒナを泣かしたな。何をした?」

「何かしたというか、しなかったのはあんたたちでしょ」

「何?」

わたしはツーンと歩き出す。モードさんいるからね、強気でいられるよ。何かあったら助けてくれるはずだ。

あのロダン王子に、泣き言を聞いて包み込むような包容力はまだないだろう。

途中からモードさんに引っ張られるようにして、木々の中に入る。

「お前は大丈夫か? 泣きたいか?」

モードさんに抱きしめられる。背中を優しく叩いてくれて、泣いていいと促してくれている。

顔だけ上げてしがみつく。

「大丈夫だよ、わたしは」

今までいっぱい泣いたから。いつもモードさんに泣かせてもらったから。思い返すとわたしはかなり幸運だった。常に誰かから甘やかしてもらっていた。怒って憤ることもできたし、優しくしてもらって泣いたりもして、心を守られていたと思う。散々そうしてきてもらっていたから、もう、大丈夫だ。

でもしがみついていられるのは嬉しいので、思う存分しがみついておく。

咳払いが聞こえて、モードさんに剥がされた。

王子だ。ちっ。もっと充電していたかったのに。

「聖女様の様子はどうだ?」

王子に聞かれて、首を傾げる。お前はわたしより長く一緒にいただろうよ。わたし会ったのさっきだよ。

「何か気に掛かることが?」

「……いや」

お、珍しくナーバスだなぁ。

シュタタタと音が聞こえて、クーとミミがわたしの肩に乗ってきた。ジャンプしてわたしの身体のどこかを足がかりにステップアップ、慣れたもんだ。

ルークさんに預けた籠から脱走したようだ。ルークさんが心配してないといいけど。

ルークさんを視線だけで探すと、ロダン王子と目があって睨まれた。

『にゃんか来る』

『よくにゃいの、来る』

え?

「伏せろ!」

王子の声が響く。

わたしはモードさんに覆いかぶさられて、地面に伏す。

轟音がして、地面が揺れた。

大きな攻撃魔法が放たれたみたいだ。木々の上から半分が何かの通った後のように折れている。

伏せろと指示をした王子は立ったままで、剣を掲げた。

「聖女一行に攻撃するとは、名を名乗れ」

周りでは黒いマントを羽織った人たちが騎士たちと剣を合わせていた。

「ティア、離れるな」

もちろん、そのつもりだ。わたしはモードさんの後ろにつく。

黒いマントの集団は天幕に近づこうとして、それを守ろうとする人たちとの攻防が続いている。そこにロダン王子が剣で特攻し、雛ちゃんの親衛隊の人たちが剣だったり魔法だったりで攻撃して、マントの人たちは捕らえられた。

「大丈夫か?」

モードさんが心配してくれる。わたしは頷く。近くで真剣のやりとりは足がすくむけど。

気がつけばモードさんの服を握りしめていた。

「ハナ、天幕で聖女様と一緒にいてくれるか? モードはこちらに。お前、何か国語話せる?」

ふたりに送られて、天幕の中に入れられる。ロダン王子とすれ違う。やはり睨まれる。

なんだよ、全く。

「ティアさん、大丈夫ですか?」

「わたしはね」

雛ちゃんに抱きつかれた。天幕の入り口でこちらを見守っていたロダン王子にまた睨まれる。むかついたので、雛ちゃんをぎゅーっと抱きしめてやった。

どうだ、羨ましいだろう?

チラリと目をやると、相当ご立腹なようで、天幕から出ていってしまった。

「私守られているだけなんです」

「雛ちゃんはいるだけで浄化してるんだから、守ってもらって、全然いいんじゃない?」

「私、役に立たなくて」

「いるだけで役に立っている人に言われると、立場ないわ」

さっき泣いたからだろう、まだ目の周りが赤くて、眉を落として情けなさそうな顔をしている。

「できることをできる人がすればいいんだよ。聖女様一行を見た人たち、すっごい喜んでたよ。雛ちゃんを見られて感激してた。瘴気のことわたしはよくわからないけど、ここで暮らす人たちはすっごく辛いことだったんだと思う。そんな人たちが聖女である雛ちゃんに救われている。だから雛ちゃんって凄いんだよ」

「だけど、ティアさん、私ただ聖女ってだけで、私自身は何もできてないの」

こういうことをこぼす人がいなかったんだね、雛ちゃんは。

「その存在だけに救われるって言ってるんだから、雛ちゃんは堂々としていればいいよ。それに何もできてないなんて嘘だよ。こうやってこの世界で旅するのがどんなに体が大変か、わたしは知ってるよ。別にわざわざ各地をまわる必要なんてないのに、みんなの気持ちを思ってこうしてやっている雛ちゃんは尊敬するし、同胞として誇りに思うよ」

ますます抱きつかれた。

大丈夫だよって気持ちを込めて背中を叩く。

落ち着いてからは、モードさんとの 恋話(コイバナ) を根掘り葉掘り聞かれた。

「いいなー、ロマンス」

と言うから、思わず言ってしまう。

「ロダン王子は?」

仲良しに見えるけれど。それに親衛隊もみんな雛ちゃんを好きじゃん。

「ロダン王子に問題はないんですけど。お姑さんが、あれはやばいです」

「お姑さんって王妃様?」

わたしアルバーレンの王子ふたりは見てるけれど、王様と王妃様は見てないんだよね。

「あれは、ロダン王子を王様にってよりも自分がなりたいんじゃないって思えます」

そんな王位に執着している人なんだ。

会話に混ぜて、王子からこの旅の目的を告げられているのかを聞いてみた。

雛ちゃんはあっけらかんと言う。

「魔王の封印地に行き、棺に触れて欲しいと言われました」

棺に触れる、か。

「そうすると何が起こるか聞いた?」

「え? いえ、魔王の魂を鎮めてほしい、と」

ふーん、そうか。

「ティア」

外からモードさんの声がする。

呼ばれたので、雛ちゃんにまた来るねと言って天幕を出る。

ロダン王子に舌打ちされた。一回足とか踏んでいいかな。

ロダン王子の印象を一度クリアにしたはずなのに、ここではわたしへの態度があまりよろしくないので、好感度がだだ下がりしている。

「モードさん、終わったの?」

「粗方な。それより、あいつ、知ってるか?」

ロイドだ。2歩足で立つ、獣姿だ。

わたしは走って行こうとして、モードさんに耳打ちされる。

「ティア、抱きついたら?」

「ダメなんだよね。わかってる」

本当は注意がなかったら抱きつきそうだった。

「やっぱり赤子だな。またずいぶん見かけだけ大きくなったな」

ロイドがわたしの脇に手を置いて、高い高いをする。もう子供じゃないんだけど。

さすが獣人は力持ちだ。もうこんな大きいのに、軽々持ち上げられた。

小さい体では持ち上げられても怖いとは思わなかったが、大きくなると微妙に怖い。

クーとミミが変な顔をしている。

『ティアからしゅる獣のニオイだ』

ロイドを睨んでいる。

わたしたちは再会を喜びあった。傭兵としてこの一行に参加していたそうだ。今日から自分が匂いづけした匂いがしてきて、元を探していたそうだ。

「え? しばらく匂うって言ってたけど、まだ匂ってるの?」

わたしはてっきり、1週間ぐらいかと思っていたのだが。

「5年ぐらいだな」

5年ってしばらくですか??

「そ、そうなんだ」

「おい、ティア、匂いづけって」

モードさんの問いかけをロイドが笑い飛ばす。

「本式じゃねーぞ。子供にやるやつだ。いくらなんでも赤子にはやんねーよ」

ガハガハ笑っている。

そんな中でなんだが、ロイドをモードさんに紹介する。クーとミミにも紹介。ふたりは最初うなっていたけれど、ちょっとロイドの尻尾に遊んでもらったら、もうロイドの虜だ。ロイドのふさふさの尻尾にしがみついている。いいな、ふさふさの尻尾。

「ティア、お前はダメだからな」

モードさんに釘を刺される。バレてた。

トイレからの帰り道、ロダン王子に待ち伏せされて、わたしは機嫌が悪くなる。モードさんと離れることがないからなのはわかるが、トイレ後の待ち伏せはマナー違反だと思う。

スッとルークさんが降ってきた。

「護衛か?」

「第二王子様でも、このお方に危害を加えようとなさるのでしたら、容赦いたしません」

「話があるだけだ。護衛もあり、ヒナとも同等に話す。お前、何者だ?」

「それはあなたのお兄さんに聞いてください」

横を通り過ぎようとすると腕を取られた。

「57回だ」

ルークさんが王子の手を払う。

「ヒナが拐われそうになった回数だ」

え? わたしも巻き込まれがちだと思っていたが、上には上がいた。上どころじゃなくとんでもない回数だ。雛ちゃんはあんな怖い目にそんなにあってきたんだ。

「お前が何者でも構わないが、ヒナの敵なら容赦はしない」

なんてあほんだらなの。悪い奴でないことは知っているけれど、アルバーレンはこんなのが第二王子で大丈夫なのか?

「司令官である第一王子が信じられないなら、あなたこそ聖女様のそばにいない方がいいのでは?」

第一王子からそばにいるよう言われたんだからなと匂わせておく。

雛ちゃんを想うのはいいけど、それで周りが見えなくなっていたら本末転倒だ。