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適切な距離を守れと言われて、婚約解消しました

作者: ひよこ1号

本文

レティシアの実家はファーレン男爵家である。

辺境といっても差支えの無い南部の領地で、田舎者と揶揄されても仕方のない土地で育った。

ただし、男爵領は広く富んでいて、商売も許されているので並みの伯爵家より裕福だ。

建国以来の忠臣なので、王宮に仕える官吏や召使いになる者も多い。

王家の信頼が厚いので、よく声がかかるのだが、それは他家にはあまり知られていないのだ。

故に、 礼儀作法(マナー) も十分に教え込まれていた。

彼らが厚遇されつつも爵位があがらないのは、抜きんでた功績が無かったからだ。

謹厳実直であるものの、天才だとかすごい美貌だとか、そういった目立つ人間が輩出されない。

本家の人間ものんびりしていて、野心も無いので、僻地に肥沃で広大な土地と共に取り残された状態である。

社交期間は王都に行くものの、社交というより観光。

そして、社交期間が終われば一家でとっとと領地に帰るので、知名度もそこまで無い。

唯一有名だとすれば、とても高価で美味しい果実が特産品であり、高品質な 葡萄酒(ワイン) を売り出している事だ。

そんな実力はあるものの、凡庸な家に生まれたレティシアは、ふわふわの栗色の髪に明るい若葉色の瞳の可愛らしい少女に育った。

馬も乗れるし、勉強や剣術もそこそこ。

降って湧いた伯爵令息との婚約は、単にその高級果実を使った特産品を先方のレオニダス伯爵家が作りたい、というだけの小さな理由だ。

だから、会ったのも 初心者(デビュタント) となって王都に行った一回だけ。

手紙のやり取りや贈り物はし合っていたものの、特に仲睦まじいというほどではなく。

かといって険悪でもない、普通の友人関係のような信頼関係。

同じ年齢に、眉目秀麗な相手で格上の伯爵家の嫡男が相手とくれば、玉の輿だ。

当のレティシアはそこまで重視していなかったし、家族も特に強要はしていなかった。

だから、レティシアにとっては気楽な関係だったのである。

披露(デビュー) した翌年から王都にある学園に通い始めて、ルパートと過ごし始めるまでは。

学園に通い始めると、学問の徒としての上下関係は無し、であるものの、社交界の縮図がそこにある。

当然、高位貴族達は侍女や従僕として、同世代で同性の御友人が周囲にいた。

公爵家や王族ともなると、護衛や本物の侍女も傍に控えている。

一目で分かるので、 問題(トラブル) を避けるために近づかないのが低位貴族の鉄則だ。

野心家であれば、取り入りに行く事もあるだろうが、レティシアは興味がなかった。

だから、気の合う友人や、幼馴染のスコットと廊下で立ち話をしていたのだが。

放課後、ルパートに呼び出されて叱責された。

「不愉快だ」

その一言に、レティシアは小首を傾げた。

礼儀作法(マナー) に反した事はしていないし、大声で笑ったりもしていない。

廊下や中庭を走ったりもしていないし、木登りも。

友人達とも仲良くしているが、異性と二人きりになったり、身体に触れたことも無い。

何が不愉快だったのかしら?と今日の行動を思い返すが、分からない。

「何故でございましょうか?お気に召さない事がございましたか?」

「異性との距離が近すぎる」

異性。

……異性?

授業で物の受け渡しをしたりした事?

「授業中に辞書をお貸しした事でございますか?」

でも、持っているのに貸さないのは意地悪だし、評判も悪くなってしまう。

困ったように見上げたレティシアに、ルパートは不機嫌なまま溜息を吐いた。

「廊下で親し気に話していただろう」

はて?と思いを巡らせて、思い当たったのは幼馴染のスコットだ。

だが、隣には友人達もいたから、二人きりでもないし、廊下には人々も行き交っていた。

話も領地での他愛ない話や、王都に最近できた店の情報交換だ。

「友人とお話していただけでございますが、気を付けます」

「そうしてくれ。私の評判にもかかわる」

ルパートは冷たい青の瞳で一瞥すると、背を向けて去って行く。

その後ろ姿を見ながら、レティシアはぼんやり考えた。

めんどくさいな、というのが最初の感想だ。

そして、何がそんなに気に障ったのかも分からない。

身体を触れ合ったわけでもない。

密室に入ったわけでもなければ、周囲に人々がいて。

同性の友人達もそれぞれいた。

特に示し合わせて、話していたわけではない。

思わず「気を付ける」といったものの、これ以上何を気を付ければいいというのか。

これは、明日になったら友人達と協議しなくては、とレティシアも王都邸へ戻る馬車へと乗り込んだ。

「……というわけですの。何がご不興を買ったのだか分からなくて」

レティシアの切り出した話に、友人達は眉を顰めた。

エルシアは子爵令嬢で、真面目な優等生。

アリスは男爵令嬢で、明るく活発。

チェルシーはのんびり屋の伯爵令嬢だ。

「えぇ?廊下で話していただけですわよねぇ?」

まったりのんびりした口調でチェルシーが言いながら、紅茶を手に取った。

隣に座っていたアリスは、うん、と頷く。

「騎士科の人達の授業内容とか聞いてただけですし、何ならわたくしが一番彼らに近かったけれど。何がご不満なのかしら」

二度三度首を傾けて、アリスは大きな瞳をくるりと回した。

その様子を見て、エルシアも肩を竦める。

「距離が近い、親し気、以外に具体的な指摘はなかったのかしら?レオニダス様は、わたくし達も傍に居たと分かっていらっしゃるのよね?」

「ええ。言われたのはその二点だけですわ。不機嫌でしたので思わず気を付けますって言ってしまったけれど、その後何を気を付ければいいのか、分からなくなってしまって」

ふうん、とアリスが相槌を打つ。

「そんなに嫉妬深そうな方には見えないけど、確かに厳しそうではあるわよね」

美貌の貴公子で、雰囲気は確かに冷たそうだ。

銀色の髪と青い瞳という見た目も、その雰囲気に拍車をかけている。

「ね、爵位が違うからって事あるのかしら?」

続けてアリスが問えば、チェルシーがふふっと笑った。

「伯爵家だからって、そんな話は聞きませんけれどねぇ。中にはいるのかもしれませんわ。とにかく異性に近づくなという男性も」

「そんな理不尽てあります?」

ふんふんと聞きながら、アリスがレティシアのモヤモヤを言語化しては指摘する。

あ、とエルシアが何か気が付いた様に声を上げた。

「何か、レオニダス様の方に問題があったのではなくて?例えば、好きな方が出来て、難癖をつけて婚約解消をしたい、ですとか」

その話に、令嬢達は一斉にまぁ~と納得したような声をあげる。

あり得ない話ではない。

身持ちが悪い女性は嫌われて当然だ。

「でも、無理があり過ぎますわよね……?」

不安になったレティシアが言えば、勢いよくぶんぶんとアリスが首を縦に振る。

「無理ですわ。密室に異性と二人きりなら叱責どころか破棄されても仕方ありませんけれど。廊下で友人達との立ち話すら制限されては、授業中に異性と組んで作業するのも浮気になってしまいましてよ」

「ですわよねぇ。本の貸し借りで不貞にされても困りますわぁ」

のんびりと紅茶を飲みながら、チェルシーも微笑む。

同じく紅茶を手に、エルシアだけは考えを巡らせつつ静かに言う。

「これは軽い警告なのかもしれませんわね。今後何があっても言い訳が立つように、お互いを守らないとなりませんわ。異性と二人きりにならないのは勿論の事、念入りに気を付けましょう、レティ、特に貴女は」

「ええ。そう言ってもらえると心強いですわ」

今のところ、出来るのはそのくらいかもしれない。

自衛する事、罠にはまらない事。

それから、一応両親へと手紙で相談もしておくのが良いかもと思い立ち、レティシアはその日の内に両親へと伝書鳩を飛ばした。

数週間後、意外な人物が王都邸に現れた。

王宮騎士となっていた、兄のロッドだ。

「調査したが、レオニダス殿は浮気してないぞ」

開口一番言われて、レティシアは抱擁の手を止めた。

「え?」

「父上と母上から頼まれていたんだが?」

確かに相談はしたが、いきなり調査するとは思わなかった。

つまり、ルパートは他に女性が出来たわけでもなく、罠に嵌めようとしていたわけではないという事だ。

「特に新しい縁談がレオニダス伯爵家に持ち上がった訳でもない。城で伯爵と挨拶をした時にそれとなく話もしてみたが、特に変わった様子もないな。卒業後はすぐに伯爵家に入って、夫人教育をしたいと言っていた」

「……調べてくださって、ありがとう、お兄様。でも、益々分からないですわ」

従僕に給仕された果実水を飲みながら、ロッドはどさりと椅子に腰かけて長い脚を組んだ。

「俺にも分からんが、話してた相手はスコットだろう?」

「ええ、話した相手の一人は確かにスコットでしたが」

ふーむ、とロッドは天井を仰ぐ。

意味深なその動作を見ながら、レティシアも果実水を手に向かい側の 長椅子(ソファー) に腰かけた。

「でも他に友人は沢山おりましたのよ?その後も何度か気をつけながら話をしましたけれど」

「で?また注意されたのか」

「ええ、まあ……」

親し気に笑顔を振りまくな、と言われたのである。

無表情でいろというのだろうか、と友人達と物議を醸した。

「まあ、分からんでもないが、行き過ぎではあるな」

ぽつりと零したロッドの言葉に、レティシアは目を丸くする。

令嬢達は答えの一端も出せなくて、皆で首を傾げていたのに。

兄にはすぐに分かったのが、少し悔しくて、レティシアは身を乗り出した。

「お兄さまには何かお分かりになったの!?」

「おい、俺を脳筋扱いするんじゃない」

兄は根っからの騎士だ。

領地の防衛隊の隊長でもあり、未来の領主でもある。

領地経営は学園に入るまでに習い、今でも王都で必要な政務は王宮へと直接書類を回していた。

レティシアも手伝える事は手伝っている。

「スコットは昔からお前の事が好きだろう」

「兄弟のように育ってきましたものね」

「そういう意味じゃない」

この鈍感め、と失礼な言葉を付け足して、ロッドは果実水を呷った。

レティシアは、ぽかんと兄を見つめる。

「要するに、だ。お前は意識していないだろうが、傍目から見て、スコットはお前の事が恋愛として好きなんだとルパート殿は気付いたんだろう。だから、お前に近づかないように釘を刺しているんだ」

「……え?……ええ?」

まさか、そんな話になるとは思わずに、レティシアは目を泳がせる。

意識したことは無かった。

それは、兄の言う通り。

兄が居ることもあって、同じような存在として受け取っていた。

「ああ、お前は知らなかったのか。お前の婚約が決まった後にスコットもバリー子爵家の人達も落胆してたんだぞ」

「知りませんでしたわ……」

家族同然の付き合いをしていたし、領地も隣同士で。

幼い頃から一緒に過ごしてきたし、バリー子爵家との行き来も多かった。

うちの娘みたいなものね、とバリー子爵夫人にもよく言われていたし、何ならもう家族だと思っていたのだ。

だが、好きだと言われても、本当にそうなのかしら?思い過ごしじゃないかしら?と首を傾げたくなるレティシアなのである。

物語のように、好意を知ったからといって、突然ときめくような思いは無い。

友達であり、家族。

ただし、ルパートに対しても婚約者という括りで見ていたので恋愛とはまた別だ。

「だが、出過ぎた牽制ではある。心が狭いとまでは言わないが……。お前が婚約を大事にしたいのなら、スコットとは距離を置いた方がいいだろう」

「……ただの友人ですのに?」

「そこだ。お前にとってただの友人でも、向こうはそうじゃない。そして、ルパートはそれを好まないのだから、どちらを優先するのかはお前が決める事だ」

友人を友人として扱うのも制限されるのは、窮屈だ。

スコットの気持ちも気づかないくらい、彼は好意を口にした事も無い。

けれど。

それはもう、人生の岐路を選択する事に似ている。

伯爵家の夫人として、社交をしながら夫を支えて、王都で華々しく生きるのか。

子爵家の夫人として、生まれ育った環境に近い場所でのんびり生きるのか。

果たして自分が選んでいいのかどうかは、分からないけれど。

「お父様とお母様にももう一度相談してみます」

「父上と母上は、お前の気持ちを第一に考えているよ。だから、家の事は気にせずに、自分の意思で決めていい」

少し考える時間が必要だと感じながら、レティシアは頷く。

「……というわけですの。わたくしも今まで全く気付きませんでした」

昼食後の紅茶を飲みながら、レティシアは友人達へ説明して一息置いた。

「ただの友人で幼馴染相手に嫉妬するなんて、心が狭くないかしら。別に触れた訳でもありませんのに」

ふん、とアリスが可愛らしく鼻を鳴らした。

けれど、エルシアは首を柔らかく傾ける。

「でも、前提条件が違いますもの。異性の方に好意があるのなら、無防備に近づくのはお勧め致しませんわ」

「言われてみれば、好きなのかもしれない、と思いますけれど、一緒に話していて特別な好意を向けているという感じでもありませんでしたわよねぇ」

頬に手を当てながらチェルシーが思い出すように視線を空に向けた。

そして、ちらりと辺りを見る。

「でももし、元々レオニダス様が幼馴染の初恋の相手が貴方だと知ってしまっていた場合は、やはり注意を受けるかもしれませんわねぇ」

家族は皆、知っている事だったのだろう、兄の話を聞く限りは。

それがルパートに伝わってしまった可能性は高い。

レティシアは眉尻を下げて、はふ、と溜息を零す。

「では、どうしたら宜しいのでしょうか」

その問いに、アリスとエルシアの視線がチェルシーに向けられる。

何といってもチェルシーは伯爵令嬢なので。

「そうですわねぇ。友人として立ち話をするとしても、一歩距離を置いて皆様の後ろに立てば宜しいでしょうねぇ。それから、話の主導権を握らない事ですわ。無視は必要ありませんけれど、その場において、レティが会話で前に出るのもよくありませんもの」

今までのように自由に話が出来ないというだけで、レティシアの胸は少し痛んだ。

例えば、今目の前の友人達と距離を置く事を考えても辛い。

会話をしないわけではないが、彼女達ともし距離を一歩空けて、お互いに直接話しかけるのをやめたとしたら。

レティシアの落胆ぶりを見て、チェルシーは肩に優しく手を置く。

「もしも辛いと感じたなら、その場から適当な理由をつけて外れる事も出来ますし……それから、レオニダス様をお見かけしたら、それを理由にレオニダス様の元へ行けば……きっと彼も安心するでしょうね」

「婚約しているのだから仕方がないとはいえ、窮屈ですわね。わたくしでしたら、お互いにそこまでの口出しはしたくありませんわ。二人きりにならない、触れ合わないというだけで十分に思いますもの」

ふふ、とチェルシーが笑う。

「それは婚約者同士の感覚に寄りますわね。友人としての振る舞いだとしても、相手に期待を持たせる距離でいるのが許せないという方もおりますのよ。女性の方がそういう方、多いのではなくて?」

「確かに、そうですわね。この前も廊下で騒ぎが起こっておりましたし……。適切な距離と言いますけれど、結局は婚約者同士の定義になりますわね」

エルシアの言葉に、アリスもくすくすと笑った。

「わたくしも拝見しました。見るのも駄目と令嬢に言われて、殿方の方が困っていて笑ってしまいましたわ」

「そうですわねぇ。それも大事な事ですのよ。一歩下がるだけでは無くて、なるべく視線を向けない方が宜しゅうございますわねぇ」

「え……そこまで厳しいのですか……」

笑い話をしたアリスはチェルシーに認められてしまって、途端に眉尻を下げて、前のめりだった姿勢を直す。

すとんと椅子に深く座り直したアリスは続けて言った。

「わたくしは婚約者にそこまで求めていないので分かりませんけれど、それが適切な距離で常識だと言われたら何だか嫌ですわ。普通に話すだけで相手に気をもたせていると思われるのも気持ち悪うございますし」

自分を抱きしめるように腕を摩ったアリスを見て、レティシアも考え込む。

「物理的な距離だけではなくて、心の距離が問題ですのよ。心が近づいていると思うから、レオニダス様も不快に思うのでしょうから」

チェルシーの言葉に、レティシアは無言のまま頷いた。

確かに、それは心当たりがある。

幼馴染で家族でもあるスコットから距離を置くのは身を裂かれるような辛さを感じた。

けれど、元々距離のあるルパートに対して同じ事をしろと言われても、心は痛まない。

二人に対して恋愛としての気持ちは無くても、心の距離はずっとスコットの方に近いのだ。

それでも。

婚約しているのはルパートの方なのだ。

レティシアは、友人達に相談した距離の置き方を実践し始めた。

最初は戸惑うような表情をしていたスコットが、明らかに消沈していくのを見てレティシアの胸はズキズキと痛む。

子供の時のように、花飾りを首にかけられたり、花冠を頭に載せてあげる様な距離ではいられない。

ふと気になって、レティシアはルパートはどうなのか気になって、見に行くことにした。

美しい容貌の貴公子であるルパートの人気は高い。

とはいえ、付き合う友人達も高位貴族が多いので、女性達に囲まれるなどということは無いし、話をするとしても適度な距離は保っている。

自分に向けるよりも優しい笑顔を向けている事に対しては少し納得がいかなかった。

だが、社交辞令と言えば、社交辞令である。

こちらが咎める範疇に無い。

優秀で近しい年齢で、眉目秀麗な婚約者。

それは誰もが羨む相手だろう。

貴族は美しい容姿の人々が多いとはいえ。

遠目に目が合うと、ルパートは軽く顎を引いて小さく会釈をして挨拶をした。

レティシアも膝を軽く屈して挨拶をしてから、その場を離れる。

「お兄様、一つだけお願いがございます」

「何だ?」

兄に手紙を書いて、王都邸に立ち寄って貰ったレティシアはそっと紅茶を差し出した。

激務に追われているロッドは、疲れた身体をほぐすように肩を回している。

「スコットに、まだ私と結婚したいのか、気持ちをお確かめ頂きたいです」

「……そうか。答えは出たんだな」

貴族令嬢は婚約を解消して終わり、ではない。

裕福だから家にそのまま残る事も可能ではあるが、ロッドにもまだ見ぬ兄嫁にも迷惑をかける事になるからだ。

「もしも彼に気持ちがまだあるのでしたら、レオニダス伯爵家との婚約は解消して、バリー子爵家に嫁ぎ、領地で暮らしたいです。お父様やお母様にも気兼ねなく会いに行けますから」

「分かった。聞いてみよう。お前が父上と母上の側に居てくれるなら安心だ」

ロッドの屈託ない笑顔を見て、レティシアもほっと胸を撫で下ろす。

スコットと距離を置き始めた日々は何だか悲しかった。

ルパートも何か悪かったわけではない。

でも、スコットの気持ちが今も変わっていないのなら。

その後、レティシアは療養を理由に学園を退学して男爵領へと帰った。

同じ理由で、レオニダス伯爵家との縁談を解消したのである。

ロッドとスコットの間ではすぐに婚約の口約束をしたが、正式に申し込んだのはルパートの新たな婚約が決まった半年後、更にひと月を置いてから。

もしルパートが婚約しなくても学園卒業時にスコットとレティシアの婚約は成る予定だった。

だが、ルパートは人気の高い貴公子だから引く手数多だったので、すんなりと次の婚約が決まったのである。

新たな婚約を祝う手紙を境に、レティシアとルパートの縁は完全に切れた。

「本当に俺で良かったのか?」

領地に戻ってきて正式な婚約を済ませたスコットがまず最初に聞いた質問に、レティシアは微笑む。

「ええ。もっと早く申し込んでくれたら、最初から貴方を選びました」

「そうか……小さい頃からずっと、君に決めていたんだけど、口に出して言うべきだった」

照れくさそうに零すスコットに、レティシアは笑みを深める。

「貴方も好きですけれど、子爵領も大好きなのです。昔みたいに魚釣りをしたり、遠乗りをしたりいたしましょう」

「ああ、そうしよう。君の愛する男爵領にも沢山帰ろう」

「嬉しいですわ、スコット」

抱きしめ合いながらも、スコットは少し残念そうに笑う。

「何だか、君の言葉を聞くと、俺は領地のおまけのような気がしてきた」

「こうして抱きしめることが出来るのも、抱きしめてもらえるのも貴方であって、領地ではありません」

「それならいいか」

権力や資産、美貌に縋る者も多い。

でもレティシアの幸せは領地と民と家族にある。

幼い頃から過ごした土地で、幼い頃から共に育って来た信頼できる相手と添い遂げること。

それが何より幸せになれる事だと確信していた。