軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

995 マタニティラプソディ4:呉越同舟は沈む

わらわ宰相辞める!

言い回しを変えると『ゾス・サイラ宰相辞めるってよ』といったところじゃ!

だってさすがに子育てと宰相職を両立できるなんて思わないんじゃもん!

宰相職は激務! こちらは言うまでもない!

そして子育てもまた同じくらい激務!

傍でプラティやらパッファやらが幼子と格闘しているのを見ていたから知ってる!

だからどっちかを選ばないといけないんじゃが、選択するなら我が子の方を当然選ぶ!

悪いか!

ヒト様より自分の家庭が大事なのは当然至極じゃ!!

だから宰相職は他の人に明け渡す!

人魚国だって人材が枯渇しているわけじゃないんじゃし、わらわに及ばずとも無難に宰相できるヤツが二三人はおろう!

そういう人らにお任せします!

宰相は別のヤツでもできるが、今お腹にいるこの母親はわらわしかいないんじゃし!

しかしいざ辞めるとなったら、それなりの抵抗は予想される。

まず何より現人魚王妃のパッファじゃ。

あやつには、薬学魔法のイロハをわらわが直々にたたき込んでやったというもう一つの人間関係がある。

宰相と王妃、臣下と君主という関係の他にな。

師が政情の要職を務めるというのは、かなりの後ろ盾じゃ。

パッファはいわゆる平民の出でありながら、国家の頂点に立つ王の傍らに立っておる。

普通なら貴族だのなんだのという生まれの高貴さで高き立場を確固たるものにするんじゃが、そうしたコネがないパッファが代わりに寄る辺としたのは、みずからの実力。

『凍寒の魔女』と称されるヤツの腕前は国内随一で、充分な畏怖の対象となるでのう。

それもわらわが徹底的に鍛えてやったゆえでもあるがな。

そんな凶悪師匠であるわらわが、宰相などと言う要職についておるのがもう一つの足場固めというわけじゃ。

パッファにとっての。

宰相と個人的な繋がりがあるなど王妃にとっては有用でしかないからのう。

よってわらわが宰相の座から去ることをパッファのヤツは断固拒むはず。

わらわの幸せを思って許可してくれるのではないか?

そんな可愛げがあるヤツにわらわの弟子は務まらんわ!!

わらわ自身も同様。所詮は我が身が大事なんじゃ! パッファがどんだけゴネようと必ず宰相辞める!

「私も協力しますわ! 一致団結して失職を勝ち取りましょう! 目指せ専業主婦です!!」

今回ばかりはカープのヤツも頼もしいわい!

思えばコイツとも数十年来の付き合い。わらわがまだいたいけな少女の時に、スラムの覇権を巡って激闘を繰り広げたライバルがコイツじゃった。

当時はわらわにも引けを取らぬスケバンだったというのに、年食ってこんなお堅い教育ママ予備軍となるとは。

時の流れは数奇じゃのう。

しかしこんなヤツでも今は頼もしい同士。

教師生活で培った、悪ガキ生徒もねじ伏せてしまう気迫と論舌は、これから辞職の要望を通そうとするわらわにとってこの上ない武器となろう。

目指すは人魚宮、謁見の間。

宰相の辞職なんだから、その話は直属の上司……人魚王へと訴えるのが筋。

現人魚王アロワナは、わらわが手塩にかけて育て上げたパッファの夫ということで、どこか息子のように思うところもあるが、それとは別にもう一側面、わらわと彼を繋ぐ縁がある。

わらわがもっとも恐れる、あの人の実の息子というのう……!

しかし今それは関係のない話!

あくまで関係性は主君と臣下としてぶつかるのみ!

そして謁見の間のドアをバァンと開けて、カープ共々乗り込んだ先には。

人魚王とはまったく別人の、上品な女性がおった。

「ゾスちゃん、カープちゃん、いらっしゃい」

「「シーラ姉さまぁあああああああああああああああッッ!!」」

シーラ・カンヌ前人魚王妃!!

そうこの人こそが、わらわ&カープが世界で一番恐れている恐怖の対象!!

トータル・フィアーズ(恐怖の総和)をシーラ姉様一人で満たしてしまうほどに!

「ななななななな、なんでシーラ姉さまがこちらに!?」

「ほら、パッファちゃんが二人目を身籠ったでしょう? それでアロワナちゃんたら心配で若奥さんに付いてたいって言うから、アタシが謁見を代わってあげたのよ。奥さんに過保護なのは父子共通ねえ」

アロワナ王の実母であるシーラ姉さまは、つまり前人魚王であるナーガスの妻!

現役を退いたとしてもまだまだ隠然たる影響力を王宮に残し、謁見にひょいッと顔を出すことだってあり得ぬことではないが……!

「はぁ、アタシだって久方ぶりにデキちゃって体が重いというのに……。まあアタシたちは引退した身で常にダーリンが傍にいてくれるから、今日ぐらいは、ね?」

「はあ、ご懐妊おめでとうございます……!」

「ゾスちゃんたちもね。もう何回目のアタシと違って二人は初子でしょう? 益々めでたいわ」

「アリガトウゴザイマス……!」

ヤバい、ヤバいぞ!

こうしてシーラ姉さまが先回りしてるってことは、こっちの思惑全部見透かされてるってことじゃ!!

忘れもせん不良少女時代、スラムの覇権争いしておったカープ共々一秒未満で捻り潰して強制的に舎弟にしてくれたのが、このシーラ姉さまじゃ。

あの当時のシーラ姉さまは鬼と悪魔がファイナルフュージョンしたような恐ろしい女で、ミリも逆らえんかった。

逆らった瞬間殺されただろうなと今でも確信しておる。

今でこそ、妊娠出産子育てを経て随分丸くなったシーラ姉さまであるが。

しかしもっとも多感な少女時期に刻まれたトラウマは一生消え去ることはないんじゃい!

それはカープの方も同様で、さっきから全身カタカタ震えておる。

わらわも同様じゃがな!

「……それで、急に謁見を申し出るなんてゾスちゃんは何用なのかしら?」

「姉さま、それは……!」

「アナタはこれから宰相職と出産を両立していかないといけないんだから、油売ってる暇なんてないでしょうに」

やっぱりじゃああああああッッ!!

この人、わらわを辞職させるつもりなんてミリもない!

そもそもわらわを宰相に就けた際も、この人の一声で決まったところが大きい。

パッファとアロワナ王が拝み倒してくるだけならギリで逃げ切れたであろうが、シーラ姉さまの要求には逆らえんよう体ができておるのよ!!

「し……シーラ姉さま、いやシーラ前人魚王妃に申し上げる」

「あら他人行儀ねえ。いつだったか仲よしの時代のように砕けて話して頂戴」

「ぐはぁ!!」

いかん! プレッシャーが強すぎて血を吐きそうじゃ!

それでも気張らねば! 我が子とオークボとの幸せマイホームを築くためにシーラ姉さまにも抗わねば!!

「あの、さすがに宰相職と並行して出産育児は不可能かと。家庭に入るために辞職をお許しいただきたく」

「あら大丈夫よ。ゾスちゃんが今までの五倍頑張れば済む話でしょう?」

「ブラック環境!!」

ダメじゃ、昔から『無理はウソつきの言葉』が座右の銘のシーラ姉さま。

何故かわらわ限定で。

極限まで詰められて無理を押し通されたことが今まで何度あったか。

しかし、今度ばかりは退くわけにはいかん。

わらわだって無策で突っ込んできたわけではない。万が一のために用意しておいた切り札が、役立つ時が来たとはなああああああッ!!

「はいはい、ママもゾスっちも大人げないわねー」

「あらプラティちゃん、里帰りしてたの?」

「アタシはただの付き添い。メインはこっちよ」

そう言ってプラティが胸に抱いた子どもを下す。

その子こそ……!

「きゃああああッ!? ジュニアちゃん遊びに来たの!? 今日も可愛いわねええええッッ!!」

聖者んとこのジュニアは、シーラ姉さまにとっては初孫!!

それこそ蕩けそうな勢いで溺愛しておる!

わらわはシーラ姉さまのあんなデレ顔見たことがないわ! 戦慄するほどじゃ!

「……」

「あら? ジュニアちゃんどうしたの?」

「いじわるするばーば、きらーい」

「ぐわはぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

どうじゃあ!

溺愛する孫からの『嫌い』攻撃は!?

いかに一度、世界を敵に回したことのあるシーラ姉さまといえど効くであろう!!

「ぐおッ、ゾスちゃんやるわね。こんな奥の手を用意していたなんて。初めてアタシを出し抜けたんじゃないかしら?」

「それだけわらわも大切だということです。自分と家族の生活が……」

「無頼を気取っていたゾスちゃんがそこまで家庭にのめり込むとはね。好ましい成長といえるわ。かつての姉貴分としては応援してあげたい気分になるわね」

応援!? それでは……!!

「それでもさすがに辞職は認められないわ。正直な話、パッファちゃんの後ろ盾という要素を除いても、優秀な官吏であるアナタを欠くことはできないの。アロワナちゃんもまだまだ若いし、アナタの補佐が外れたら盤石とはいえなくなるわ」

「えええええええ~~ッ!!」

「魔王さんがルキフ・フォカレ卿を失えないのと同じようにね。三ヶ月程度の産休なら認めましょう。アロワナちゃんもその程度は独力で生き抜いてみせるべきです」

ぐおおお……!

でもまあ、休みを認めてもらっただけでもよしとするか……!

「それからカープちゃん」

「はいぃッ!?」

「マーメイドウィッチアカデミアから伝言を預かっているわよ。産休でも退職でも好きな方でオッケーッて」

「あっさり!?」

おい有能教師、全然惜しまれてる様子ないのう。

「アナタそもそもここ数年本校の授業まったく受け持ってないじゃない。それじゃいてもいないようなものよ。信頼回復のためにしばらく本校に戻りなさい」

「わ、私も産休おば……!」

「ギリギリまで勤めなさい。アナタが立派に振舞わなくて生まれる子どもの手本になれるというの?」

叱られてやんのギャハハハハハ。