作品タイトル不明
988 教育という名の支配
私は魔族のズルベスター。
ただ今、魔王様に直談判中。
「一体これはどういうことですか!?」
ゴティア魔王子殿下の就学時間が著しく削られている!!
私の家系は先祖代々、若き魔王子の教育係を務めてきた! 当代の主である私も、お世継ぎゴティア殿下の生誕に伴って栄えある教育係の役職を拝命した。
その抜擢にお応えしようと、私は全力をもってゴティア様を教え導いたつもりだ。
しかしここに来て、私の努力を全否定するような振る舞い。
いかなることですか魔王様!?
私の教育に何か落ち度があったとでも!?
「落ち着くがいい、そう興奮しては話もできぬではないか」
当代の魔王ゼダン様は実に冷静だ。
『もっとも偉大なる魔王』の称号を得て、人魔戦争を終結に導いたまさしく英雄たる魔王様ではあるが、私との相性はいいとは言えない。
だからこんな仕打ちもされるのであろう。
「よいですか魔王様。人を育てるのにもっとも重要なものは教育です。学び、覚えてこそ人は獣から一線を画した、知的な生き物になれる。教育をおろそかにするものに未来はありませぬぞ!」
「そのセリフ、余所のどっかで聞いた気がするな」
魔王様は真剣なのかふざけているのかわからぬ表情で……。
「教育を蔑ろにした気はないぞ、我は。であればこそお前を招聘し、ゴティアとマリネの教育係に充てたのではないか」
「しかし今日になって突然の解雇通告! 教育というもっとも重要な事柄を軽んじているとしか思えませぬ!!」
「解雇などしておらぬ。大袈裟に話すヤツだな」
解雇も同然ではないですか!
これまで週六日であったゴティア殿下の勉強時間が、一気に週一日になったのですぞ!
私は週のうちたった一日しかゴティア殿下をお教えできぬとは、栄えある魔国お抱えの教育係として、これほどの絶望、これほどの屈辱はありませぬ!
「魔王様、ゴティア殿下は実に覚えのよい生徒にございます。普通であれば成人するまでに覚えればいい魔国の歴史、典礼、その他さまざまな教養すべてを修めあそばしました」
「ふむ、全部覚えたというならこれ以上は必要ないということではないか?」
「それは凡人の愚かな考えにございます! 早くに必要最低限を修めたのなら、さらなる高みを目指し学識を積むことこそが真理! 天才は一朝一夕には作れません!」
ゴティア殿下は今まさに、天才となれるか凡才で終わるかの瀬戸際におられる。
我が子を天才にしたくはありませぬか陛下!?
将来次なる魔王となるゴティア殿下が天才へと開花せしは、魔国全体にとっての幸福と存じ上げまする。
ゆえにこそ、これからより一層の教育が必要なのです!
「週六日で足りませぬ! それこそ週八日もいただかなければ!」
「頭悪い発言だな」
魔王様は、何やら呆れ顔を作って言う。
「お前は誤解しているようだが我は、ゴティアの健全なる成長を望んでいないわけではない。我が子なればこそ健やかに、自分の手で自分の幸せを掴める大人になってほしいと切に願っている」
「なればやはり我が授業の増やし……!」
「そのためにもゴティアは広い視野を持たねばならぬ。お前の授業を削減した分は、他の者からの教えを受ける時間に充てることにした。ゴティア自身もそれを了承した」
「バカな!!」
なんと愚かな魔王様!!
教育とは、量より質が最重要なのですぞ!
代々魔王家の教育係を拝命し、世界最高水準の教育を行うことのできる私こそ、もっとも上手くゴティア殿下を教え導くことができるのです!
それをわき目を振って、どこの馬の骨ともわからぬものが教えるなど、ゴティア殿下にとってマイナスにしかなりませんぞ!
我が子の将来を思うのであれば、何よりすべてをこの私に委ねるべきです!!
「ここ最近のことだが……」
「は?」
「ゴティアは随分と視野の狭い子どもになった。魔族こそが最高だとのたまい、他種族を見下すような言動。ほんの半年前でもあの子は、そんなことを言う子ではなかった。我も『驕るな』『見下すな』と折に触れ言い聞かせてきたつもりなのにな」
何を仰られる?
魔族は、地上を制覇した最高種族。他の劣等種族を見下して当然ではありませぬか……?
「もしや、誰ぞかが吹き込んだのかと思うてな?」
ギロリ。
魔王様の鋭い眼光がこちらに向けられる。
今でこそ治世の王として穏やかなるが、かつて邪悪な人族の侵攻を最前線で食い止め烈王と恐れられた過去は、夢物語ではない。
「どうだ? 心当たりはないか?」
「何のことやら私には心当たりがありませんな……!」
ハンカチで額の汗をぬぐった。
「……私からもお尋ねしたいことがあります。ゼダン様は幼少のみぎり、我が家系の教育係を授からなかったそうですな」
「元々我は継承順位が低かったからな。当時、有力候補者であった兄上たちの教育で、お前の父などは手いっぱいだったのではないか?」
そう、由緒ある我が家の教育は、将来魔王になるべき立派なお子にしか受ける資格はない。
目の前のゼダン様は、前魔王の下位のお子であったのを実力でもって魔王の座をもぎ取った。
前魔王は民からの人気が低かったゆえに王宮内クーデターは歓迎され、そして戦争終結の大功をもって今のゼダン様の立場は揺るぎない。
「もしや我らを目の敵にされているのでは? 魔王子として最高の教育を受けられなかった。その恨みを魔王となった今、我らを冷遇することで果たそうと……」
「邪推よな」
魔王様は笑ったが、私には逆に獣が牙を剥いてきたようにも見えた。
「我は伝統を憎まぬ。だからこそゴティアの教育係にお前を抜擢した。代々魔王子はお前の家から授業を受けて魔族の歴史と礼節を学ぶ。我も祖先より受け継がれてきた魔王の称号を預かる者として、その伝統を守ったつもりだ」
「御慧眼にございます」
「しかし時代は移り変わる。人族との和平が成り、人魚族との交流も深まっていく未来。ゴティアには自国のみを知るだけでは到底足りんのだ、新たなる魔王としてはな。お前には、その辺りの補足も期待していたのだがな……」
そ、それは……。
「しかしお前の施す教育とやらは、旧態と変わりがないようだ。我は伝統を重んじお前にチャンスを与えた。お前はそのチャンスを活かせなかった。ゆえにわれは別の者に頼みを置くことにした。以上だ、不満はあるか?」
「な、何とぞ今一度の機会を……!!」
「それならもう与えている。お前は週に一度の頻度ではあるが、これまでと変わらずゴティアに教鞭を振るうことができるのだ。その機会をもってゴティアに、あやつの知らぬ役立つ知識を授けてほしい。もしそれがゴティアにとってこの上なく有益で、あの子自身が望むのであれば、お前の受け持つ授業量を増やすことも検討しよう」
だ、ダメだ……抗弁の文句が出てこない……!
無言を肯定と受け取ったか、そうでなくても反論は許さぬとばかりに魔王様は結論を述べる。
「では、これからのお前の奮励努力に期待する。……もし我がお前を冷遇するのなら、こんな機会など与えずすぐさま魔王城から叩き出しているところだ。我の配慮、わかってくれるな?」
「…………御厚情、感謝いたします」
「それに、ゴティアへの授業が減ることは別に悪いことばかりではない。その分もう一人の我が子マリネへの教育に時間をさけるというものではないか?」
「ぐッ?」
魔王女マリネ殿下。
第二魔王妃グラシャラが生み落とした、魔王陛下の第二子。
「お前にはゴティアと並行しマリネへの教育も頼んでおいたはずだ。しかしおかしいな? お前はマリネの下には一向顔を出さぬと報告を受けている」
「マリネ殿下は魔王女にあらせられます。淑女の指導は我が家の領分ではなく」
「時代は変わった……と言ったはずだ。女子とはいえ、いまや魔族の歴史や伝統を知らぬままとはしておけぬ。マリネにも将来魔国を支えられるだけのしっかりとした知恵知識を備えてほしいのだ。だからお前に頼んだ」
「……」
「言っておくが我にとって第二魔王妃は妾などではない。アスタレスもグラシャラも等しく我が妃だ。妾腹の王女……などと思って敬遠しているなら、魔王家そのものへの不敬ととるぞ?」
「めめめめめめめめ、滅相もございません!!」
「マリネのことに関しては職務放棄と受け取っている。お前は今、自分が思っているよりも追い詰められているぞ。そのつもりで残ったチャンスを全力で活かすことだ」
そこまで言うと、魔王様は席を立ち、さっさと引き上げてしまった。
私にこれ以上話すことなどないということか。
何ということに……。
マリネ王女を黙殺したことが、ここにきて首を絞めてくるとは。
我が家にとっては次期魔王こそ手厚く接するべきもので、他に余計な時間をとられたくないと思って避けていたのに。
それが付け入る隙になってしまうとは……!
私は何としてでもゴティア王子のお傍にい続けなければならん。
そうでなければ私の存在をゴティア王子に示せなくなるではないか。
教育とは力だ。
教えられた者は少なからず、教えた者の影響を受ける。思想も、教えた者と自然近くなる。
我が家はそうやって隠然と魔王家に影響を与えてきた。
過去歴代の魔王も幼少期は我が家の教育係から薫陶を受け、即位後も何かと便宜を図ったりしてくれたという。
しかし当代のゼダン様になって、その影響は途切れた。
継承順位の低かったゼダン様は、我が家の教育係をつけられなかったからな。
ならばゼダン様の御世さえ耐え忍べば我が家の栄華は戻ってくると思っていたのに。
このまま教育係を下されたら、我が家の栄華は未来永劫失われてしまう!
絶対にいかん!
それだけはいかん!
こうなったらいかなる手段を使ってでもゴティア王子に、我が教育を受けていただかねば!!