軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

976 街中の狩人

引き続き魔族のクレモンよ。

まさか私が、人さらいに引っかかるなんて。

うら若い乙女であることが仇になってしまった。

「しかしコイツら本当アホっすねえ。あんな怪しさ満点の求人にホイホイ吸い寄せられるなんて……」

「女ってのはそれぐらいバカでちょうどいいのよ。知恵なんかつけても可愛げがなくなるばかりで売り物にもならんからな」

私のことをさらった悪人たちが、こっちを侮るように笑っている。

何言ってるの!? 私これでも魔国官僚への採用率がもっとも高いエリート校に在学しているのよ!!

しかし、こんなアホみたいな罠に簡単に引っかかっては知性を自慢できない。

今思えば怪しさ大爆発でしかないわ。

勤務時間も給金も言い値なんて、まともなバイトなわけないじゃない。

最初から守るつもりのない嘘八百だからこそ言える条件よ!

そんな見え見えのウソさえ見抜けないなんて……こんな無様で魔国官僚としてやっていけるの!?

いや、このままじゃ官僚になることすら危うい瀬戸際。

「わ、私たちをどうするつもりなの……?」

「ほう、この場で口が利けるとはなかなか肝の据わったヤツ。その度胸に免じてちょっとだけ教えてやろう」

悪人のボス風情な男が、タバコを吸いながら言う。

うッ、ヤニ臭い……!

「ワシらは、お前らのようなアホ女どもを売りさばいて儲けているだけの善良な市民よ。まあ他にも手広くやっているがな。今回は、地方のお得意さんからリクエストを受けて、魔都の垢ぬけた女どもをホットでお届けってわけよ」

ホットって何よ!?

「田舎者にとっちゃあ都会の女ってだけでステータスらしくてね。十人並みでもある程度の値はつく。お客さんは好みの奴隷を迎えられて、ワシらは普通に働くよりちょっと余分に儲かる。皆が幸せになれていいやり方だろう?」

そこに私の幸せが少しも考慮されていないんですけど!

ダメだわ、このままここにいたら私はどこかの知らない僻地送りにされて二度と魔都に戻ってこれなくなる!

それどころか奴隷にされて、人としての尊厳を取り上げられる!

絶対にここから逃げ出さないと!

周囲を見回す私の頬に、ザンと何かが突きつけられた。

それは鈍色にギラつく刀身。

「ここまで来て逃げようなんて思うのは阿呆のすることだぜ」

人さらいの一人が、私に剣を当てている。

いつでも斬れるんだぞ、と言わんばかりに……!

「大事な商品といえども、ここから逃げ出して魔王軍にチクられるとあっちゃワシらの商売台無しだ。生かしておくわけにはいかねえな」

「ひぃ……ッ!?」

「都会女なら少しは賢く考えられるだろう? たとえ奴隷に落ちたって死ぬよりは全然マシだろうが。それどころかいいご主人様に出会えさえすれば、ここよりずっと贅沢な暮らしができるかもしれねえぜ。奴隷も悪いことばかりじゃねえさ、なあ?」

ボス悪人の、口元は笑っていたが目は全然笑っていなかった。

逆らえば殺される。

一目でわかって、今度こそ全身が凍り付く。

* * *

「戯言もその辺にしておけ」

「!? 誰だ!?」

突如、響き渡る声に悪人たちがざわめきだす。

誰?

ヤツらが慌てるってことは、知らない人ってこと?

「犯罪者の詭弁はいつ聞いても耳障りだな。奴隷が幸せ? 本気で言っているならお前らが奴隷になってみろ」

「な、何を!? どこに隠れている姿を表せ!」

悪人ボスも完全に狼狽えている。

「人には誰であっても誇りをもって生きる権利がある。奴隷とはその権利を不当に奪われた人たちだ。そんなものの存在を許す連中こそ、人間である資格はない」

「姿をあ……、人族!?」

そしてついに現れた人影に、私はアッと驚いた。

だって見知った人だったんだから。

「マスター!? なんでここに!?」

私のバイト先の喫茶店のマスター!

さすがに店外でエプロンはしていないけれど、代わりに動きやすさを重視した厚手の服を着て、全然印象が違うわ!

私はさらに問いただそうとしたけど、さすがに周囲を悪人たちに固められいて、これ以上は声も出せなかった。

マスターからも一瞬目が合ったように思えたが、まるで『お前など知らない』とばかりに無視され、視線を外される。

その間も悪人たちは……しかもそのボスは一層慌て狼狽えて……。

「ここは魔都だぞぉ! 魔国のド真ん中になんで人族がいやがる!? しかもワシらのナワバリにぃ!?」

「再建された人間国は今や魔国と友好国だ。公の使節だったり商売だったりで今は魔都にもいくらか人族が流れ込んでいる。そんなことすら知らんのか?」

「なにぃ!?」

「世情に疎いようじゃギャングも務まらんぞ。お前が犯罪者ずれに堕ちたのは、ただ単に頭が悪いからか?」

「ぐのぉおおおおおッッ!!」

凄い、マスターが煽りまくってるわ。

でも大丈夫? 相手は人殺しも何とも思ってない犯罪者よ!?

「ええい、まどろっこしいわい! 貴様が誰であろうと、こんなところへ迷い込んだのが運の尽きよ! 目撃者は生かして帰すわけにはいかん! 野郎どもとっ捕まえろ!」

ボスの命令に反応して、手下の幾人かはマスターに向かって飛び出していったわ。

でも私や他の捕まってる娘たちの周囲にはしっかり他の悪人が残っていて逃げ出せない!?

「とはいえワシらも鬼ではない。自分の行く末を選ばせてやるぞ。ここで死んで、川に落とされて魚のエサにでもなるか? それとも大人しくワシらに従うか? 男の奴隷もそれなりに需要があるからのう。どこぞの鉱山で死ぬまで働かされるか、それとも遠洋の漁船に乗るか? どっちにしろヒトの役に立てる素晴らしい人生が待っておるだろう!」

「お前たちは何の役にも立たない。ゴミムシだな」

「何ぃ!?」

なんだろう?

今日のマスター、お店にいる時とは全然印象が違う。当たり前かもだけど。

いつもは掴みどころがないものの柔和で優しい雰囲気なのに、今日はまったく逆。

冷たくて鋭くて……寄っただけで斬られそうだわ。

「お前たちは鬼じゃないか。しかし残念ながらオレは違う。オレはお前らにとって鬼だ」

「何だと!?」

「情けなど一片もかけない。選択の自由も与えない。お前たちに許されるのは一択だけ、地獄に落ちることだ」

「それが辞世の言葉か!? いいだろう死にたいならば望み通りにしてやる! 野郎ども、なますに切り刻んでやれ!!」

ついに荒事となって悪人たちが数人、マスターへ飛びかかる!

きゃあ、マスター死んだ!?

見るのが怖くて目を瞑ってしまった。

でも塞ぐことのできない耳に『ぎゃあッ!?』『あひぃッ!?』と悲鳴が。

すぐさま訪れる静寂。

気になって恐る恐る目を開けると……、地面に転がってのたうち回る男たち。

その真ん中には、変わらず不動でたたずむマスターの立ち姿……。

「いてぇえええッ! 腕が! 脚が!」

「血が! 血ぃいいいいいいッ!?」

あの男たちは斬られたの? マスターに!?

そういえばマスター、いつの間にか両手にそれぞれ剣を持っている!?

「所詮は街のチンピラだな。殺し合いがケンカの延長線上でしかない。本気で命の取り合いをする戦場の兵士には遠く及ばない」

「何だコイツ……!? クソほど強い!? 人族は、戦争で負けた弱小種族ではなかったのか!?」

「人族は負けたとはいえ、数百年も決着のつかない戦争を魔族としていたんだ。何故そんなことになったか理由がわからないか?」

「ご……!?」

「結果だけで決めつけるのはバカのすることだぞ」

マスター、メチャクチャ強い。

数人やられたとはいえ、まだ悪人たちは何十人と残っている。

それなのにその数十人がマスター一人の眼光に圧されている!?

悪人たちは及び腰で互いに囁き合い……。

「どうする? 逃げるか?」

「ば、バカ野郎。ボスの許しもなく逃げてみろ、あとでぶっ殺されるぞ」

「そのボスだってああなりゃ終わりだろ。だったらあとの心配なんてしてる場合か? それよりもここで全員お縄になる方がゴメンだぜ……!」

ここで悪人らしく醜い出し抜き合いが始まった。

もしかして、このまま助かる?

そう思った私の考えの甘さがすぐにわかる。

なんと悪ボスが、私のことをグイと掴み寄せた!

「きゃあッ!?」

「動くなぁ! 一歩でも動いてみろ! この女の命はないぞ!」

そう言いながら私の喉元にナイフを突きつけてくる!?

追いつめられたから人質なんて、悪人のテンプレすぎよぉ!?

「……」

「よしよしよし! さすが正義の味方気取りは情け深いのぉ! 罪もない一般人を犠牲にはできんか? ならまずは武器を捨てて……ひぎぃ!?」

脅しの言葉を言い終わる間もなく悲鳴を上げる悪ボス。

その手には、小さなナイフがしかし深々と……。

「オレが本当に得意なのは投げナイフでな。人質を避けて敵に当てるなんて朝飯前だ。一瞬も迷わず実行できるぐらいにな」

マスターの手に、同じナイフが何本も握られていた。

「この距離ならこの場にいる誰でも、正確に目に突き刺すことができる。眼帯オシャレがしたいヤツは遠慮なく動いていいぞ」

「おごごごご……!?」

悪ボスは痛みに耐えかねとっくに私を離していた。

それが見せしめになったのか、他の悪人たちも立ち尽くし微動だにできない。

「そして最後に教えてといてやる。追いつめられて咄嗟に人質を取るのは悪手だ。人質を拘束するのに自分の動きまで制限されるし、相手と人質、一度に二つへ注意を向けなきゃならなくなる。そんな状態で逃げ切れる確率は二割以下と言ったところだ。かくいうオレは一度も逃がしたことはないがな」

「いだい……! 手ぇ……!」

「本気で逃げるんだったら、人質になりそうな相手に手傷でも負わせてから一目散に駆け去るべきだ。そうすれば相手に対応の暇を取らせないし、怪我人を助けるのに追跡を断念しなければならない。まあ実際にそうしていたら、一旦見失っても必ずお前を見つけ出してより酷い目に合わせていたがな」

その口調、眼光もお店で見るマスターとはまったく違う。

一体私の目の前で何が起こっているの?