軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

959 聖女伝説

聖女マラドナ。

俺は即座に首を回し、あっちで転がっている自称聖女を見やる。

「ぎゃああああああッ!? 再生のために噴き出した炎が消えないぃいいいいいいッ!?」

たしかあの女性が聖女マラドナさんであったはず……!?

さっきのヤーテレンスさんの歴史話と比べなして……。

……同名の別人かな?

『して、その聖女マラドナとやらはどうなったのかね?』

ノーライフキングの先生も、凄まじい速さで首を回して、あの転げ回っている女に注目した。

その双眸には珍しく“困惑”の色が灯っている。

『歴史上の人物ということは、もうその結末まで知れているということじゃろう? 最後は安らかであったのかな?』

そうだ。

歴史上の人物ということは過去の人物ということでもある。

そして生まれてから死ぬまで、人生のすべての工程を終えて“記録”になってしまった人のことを言うのだ。

あの人が本能寺で焼けてしまったことも、その人の一生が夢のまた夢であったことも、この人がキスの天ぷらに当たったことも、未来の人々は知っている。

そして、悪習としての聖女制度を断絶させた聖女マラドナの一生とは、どんな者であったか。

「聖女マラドナは、清廉にして公正。理不尽な頃を何より嫌ったと言います。そして当時の聖女制度のおかしさを即座に見抜き、改正へ向けて邁進していったと」

ヤーテレンスさんの解説はこう続く。

* * *

彼女自身聖女に選ばれたわけだから容貌は見目麗しかったと言われる。

望めば教皇の第一愛人……いや正妻になることすら叶うほどの美貌。

しかしながら聖女マラドナは、その美しい顔を仮面で覆い、公の目に触れないようにして過ごしたという。

そして日頃の生活は質素に……身に着ける衣服は最低限、装飾品の類は一切持たず、日々の食事はパンとスープ、それに一杯のワインのみ。

そうした清貧を貫く姿勢は、それだけで贅沢を重ねる教会関係者すべてへの痛烈な批判となった。

当時はまだ人魔戦争苛烈なる頃で、戦費に圧迫される中でも贅沢に耽る教会には、平民王族双方から不満が募っていた。

そういうご時世だったからなおさら聖女マラドナの振舞いは、着実に教会全体へのダメージとなっていった。

そのことに焦りを覚え始めた教会は、事態を打開のために一手を打った。

『真の聖女』たるマラドナに、この地上にはびこる究極の邪悪……ノーライフキングの覆滅を命じた。

マラドナが『真の聖女』などと巷間で誉めそやされているのを逆手にとって、『本当の聖女だというのならアンデッドぐらい容易く倒せるであろう』などと迫って。

そこまで言われて命令を拒否したり、あるいはノーライフキング討伐に失敗したら『真の聖女といえどこの程度のものか』と名声に傷をつけることができる。

あるいは命を遂行できなかった場合、代わりに教皇へ輿入れせよ……などと言う秘密の指示もあったなどと歴史家の何人かが指摘しているという。

しかし聖女マラドナは脅しなど撥ね付け、堂々とノーライフキング討伐のために出陣した。

そして帰ってくることはなかった。

いかに聖女といえど恐ろしき不死王に正面から挑んで敵うはずがない。

幾月かを経て王都にもたらされたのは、聖女マラドナ敗死の報であった。

それもまた教会側の狙い通りであったのかもしれない。

慎ましやかな生活態度で教会をあげつらうはねっ返り聖女。いかなる形であれ彼女が消えてなくなれば、彼らの立場は安泰だ。

しかし歴史は冷然と記録される。

そんな彼らの期待が、最悪の形で裏切られたことを。

最初に激発したのは平民たちだった。

清貧を尊び、教会本来の責務である貧者への救済を一人行い続けてきた聖者マラドナは平民層から絶大な支持を受けていた。

そのマラドナを陰謀に陥れて殺害した。そんな噂が広まれば民衆の怒りは爆発し、各地の教会支部にて焼き討ち、打ちこわしが多発した。

教会にとって不幸なタイミングが重なった。

マラドナの訃報が上がったのとちょうど同じ頃、魔族との戦争で大きな動きがあった。

局地的な戦闘ではあったが人間軍が大きく敗北し、多大な被害が生まれた。

その責任は人間国の王族に帰するところであろうが、ちょうど同じ時期に起こった教会のイザコザに救いが見いだされた。

人間国の王族は、これ幸いと大敗の責任まで教会に擦り付けた。

先の敗北は、教会が間違った行いをしたため、天神の怒りに触れて加護が途切れたためだと。

これが第二の激発。

庶民と王族、上と下からの挟み撃ちに遭って教会は袋叩きにされ続けた。

さすがに信仰心で国内を掌握する巨大組織であっても、この猛批判をかわし続ける術はない。

ついには白旗を上げ、聖女マラドナを“列聖”すると発表した。

列聖とは、信徒の中でも特に敬虔である者を特別な聖人として記録する……ということであり、見方を変えれば『彼女は正しかった』と公に認めるようなものであった。

当然マラドナと意見を対立させた当時の教会上層部は軒並み職を去り、引退後に与えられるはずの莫大な利権にも与ることができなかった。

同時にマラドナが生涯戦い続けた悪名高き聖女制度も、このとき廃絶された。

『この制度を二度と復活させない』という神への宣誓もつけて。

以後数十年、教会は手痛い深手を負って、権力の中枢からも遠ざかり、雌伏の期間を余儀なくされる。

たった一人の女性が、巨大なる教会に痛撃を食らわせた、間違いなく歴史のハイライトの一つであろう。

* * *

「……ということで」

ヤーテレンスさんがズズ……とお茶をすする。

案外長い語りになって、茶飲み話になってしまった。

「我ら教会関係者の間では、聖女マラドナといえば無頼聖トマクモアと並ぶ人気を誇り、反権力の象徴として語り継がれています。穏やかな最期を迎えることができなかった……という点も二人共通していますしね」

理不尽な命令で、敵うはずのない怪物へと挑み、うら若い命を散らした聖女。

それはたしかに悲劇であり、そんな悲劇の原因となった悪党がいるなら制裁を加えたい……と思うのが人情というものだろう。

『うおおおおおおおおおんッッ! そんな、そんな健気な少女をワシはこの手でッ! うおおおおおおおおおんッッ!』

そして俺の隣では先生が号泣なされていた。

三百年も前にあった戦いの裏事情など、今さら聞かされ得てどんな気分なのだろう。

「あの……トマクモア様は一体何をそんなに慟哭なさっておいでなのですか?」

ヤーテレンスさんが戸惑いがちに言う。

そりゃ戸惑うだろうな。天下のノーライフキングがむせび泣くシーンに遭遇したら。

「そっとしてあげましょう。自分の行いを悔いているのですよ」

「トマクモア様が悔いるべき行いなどするはずがありません!!」

キッパリ断言したなあ。

怖いよ狂信者。

「それがあるんですよ。そこでまだ転がっているお嬢さんに関して……」

「そう言えば何なのですかあの娘は? 随分と落ち着かないお嬢さんで。彼女が当校の新入生なら余程気合を入れて指導せねばなりますまいな」

教育者のヤーテレンスさん、彼女のはしたなさに評価が厳しい。

しかしながら……。

「彼女が聖女マラドナらしいですよ」

「はッ?」

まずはヤーテレンスさん、我が耳を疑う様子を見せてから、気を取り直して……。

「いやいやまさか、冗談がキツいですぞ聖者様」

やっぱり信じていない。

「心と体と生き様、三つの美しさを併せ持ったと言われる聖女ですぞ! あんな子どものように地面を転げまわるマナー知らずではありますまい!!」

たしかに。

いつまで回ってるんだろうなあ彼女?

むしろもう回り続けることが楽しくなったんじゃないかアレは?

再生のために噴き出していた炎も消え去っている。

「そもそも聖女マラドナは三百年前の御方ですぞ! 人はそれだけ長くは生きられませんし、聖女マラドナに限っては死亡の逸話も伝わっております!……ああ、なんとおいたわしい人生だったのでしょう聖女様。邪悪なるノーライフキングに命散らされようとは……!」

その邪悪なノーライフキングが、アナタの尊敬するトマクモアさんだったりしますよ。

「だから一回死んで復活したんですよ」

「へ?」

「聖女なら復活するんじゃないですかねえ……」

まあ実際に復活した理由は、俺の『至高の担い手』によるものだけど。

ヤーテレンスさんは半信半疑の様子ではあったが、既にこの農場内に点在する奇跡のいくつかを見知っているから確信したんだろう。

その戯言は真実であると。

驚愕の絶叫が響き渡った。