軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

938 海上ランニング

異世界ダイエット二日目。

……。

もう飽きてきた。

有酸素運動を行うために人間大の滑車に入って、『俺自身がハムスターになることだ』を試してみたが、実際やってみるとこれが想像以上に辛い行動だった。

いや、走ること自体が辛いんじゃないんよ。

走っても走ってもその場に留まって状況にまったく変化がないのが辛いの。

滑車のお陰で地面そのものが後ろへ流れていくから、俺自身は前進せずに周囲の風景も変わらない。

眼前には高速移動する滑車の骨組みの残像があるのみ。

……飽きる。

何の変化もない状態ってことの他速攻で飽きるものだなと思った。

そして飽きてしまったら苦痛にしかならない。

何の刺激もない状態に置かれたら、人間五分だって耐えられないなんてどこで聞いたんだったか。

しかしとにかく今の俺がそんな状態で、走りながら色んな景色を見たり風を切ったりできるジョギングがいかに気を逸らす……もとい新鮮な刺激に満ち溢れた行為だったかというのがわかる。

とにかく無理だ。

時間が流れ去るのがメチャクチャ遅い。

これ以上無心で走り続けることは俺には無理で、休み休みやっていくがこれでは代謝が高まらない。

脂肪も燃焼されず、大目的であるダイエットにも繋がらない。

やっぱり外に出てジョギングすべきか?

いや、それだと『移動ならオレに乗って?』と追随してくるサカモトの目線がなあ……!

……どげんかせんといかん。

どげんかしなければ俺の異世界ダイエット中止という結末かやってこない。

どうすればいい?

要するに滑車で走行中も何かしらの刺激があればいいんだが。気が紛れて時間をわずかでも忘れ去れるような……。

こんな時……異世界にテレビでもあればなあ。

滑車の真ん前にでもボンと置いて、走っている間視聴でもしていれば随分気がまぎれるだろうに。

いやむしろネット全盛の現代なんだからテレビまで必要ない。

タブレット端末でもいい。

Wi-Fi環境が整っていれば動画でも流しておけば時間などあっという間に過ぎ去っていく。

アニメ一本見終わることにはそれなりにカロリーも消費していることだろう。

あるいは音楽でも鳴らす。

それも気が紛れそうだな。周囲の迷惑にならないようにイヤホンをつけて……でもコードぶらぶらさせたまま走ると邪魔になるんじゃないか? すると無線式イヤホンがいいがこの際音質にもこだわって……。

ダメだ、より快適なダイエットを追求して必要なものばかりが増えていく。

それで先に気持ちがダメになって金が無駄になるパターン。

ダメなダイエットパターンに乗ってしまっているじゃないか!!

このままではダメだ。

もっとシンプルかつ地道にやっていかないとダイエットなんて成功しない!

もっと一から抜本的に見直さないと、ダイエット失敗する未来がありありと目に浮かぶ!

「ダメだ……他に何かいい手はないものか……!?」

色々手詰まりになったところで、俺を呼ぶ誰ぞやの声。

「ぱぱ、ぱぱー」

俺を『パパ』と呼ぶその声は?

現状、俺をパパ呼びする者は世界で一人しかいない。

一応二人はその資格を持つ者がいるんだが、そのうちの一人である次男ノリトはまだお喋りのできる年齢ではないので、可能な者は実質一人だ。

それは長男ジュニア。

どうしたジュニア? 遊んでほしいのか?

それとも虫でも捕まえたから自慢しに来たか? こないだお前がサンドワーム捕獲してきた時は驚嘆したけど、同時にどうしていいものか困惑しきりだった。

だがお父さん、今はちょっと自分自身の問題に直面していて余裕がないというか……。

「こっち、こっちー」

どこに連れて行くの?

めっちゃ腕を引っ張られる。

父親とすれば、我が子にこんなしてかまってもらえるなど至福の極みなんで、逆らうことなくなすがままとなってしまった。

どうせあと十年もしたら、こっちからかまおうとしても邪険にされるんだろうからなあ。

思春期の親に対する辛辣さはナイフより鋭利で強烈。

自分が突きつけられる側に回って初めてわかる、その斬れ味。

反抗期が始まるまでのわずかな間、少しでもたくさん甘えてもらわなければなあ。ということで無理矢理引っ張られても引っ張られるままにしておくのだ。

そうして辿りついた先は……。

「……海?」

「うみはひろいぞ、でっかいどー」

ジュニアの目的地は海だった。

我が農場には比較的近くに海岸があり、人魚であるプラティなどもそこからやってきた。

だから俺たちも、なんかあるたび海岸にやってきて、今年はスイカ割りなどもした。

そんな海岸へやってきてどうしたんだジュニア?

スイカ割りの季節はもう過ぎ去ったと思うが……はッ? まさか砂浜だからサンドワームはここで捕獲を!?

「ゆーさんそうんどー」

「えッ? ここで?」

砂浜でも走れというのか?

たしかにアスリートの訓練にはそうしたものがあると聞く。柔らかい砂に足が取られて走りにくい砂浜。そこを駆け回ることできちんと整地されたトラックでならもっと速く走れるだろうという理屈だ。

ただのダイエットでそこまでのきわどさを要求してくるとは……。

さすが我が息子……!?

「あっち、あっちー」

しかしジュニアの目論見は俺の予想からは外れていたようだ。

さらに彼が指さす先を見て、俺はさらなる我が子の賢明さに舌を巻いた。

「海……!」

ジュニアが示す先は、海岸とセットというべきの広大な海だったのだから。

「つまり、海を泳げと……!?」

水泳?

これも聞いたことがある。

水泳もまた脂肪を燃焼しながら長時間続けられる有酸素運動にして、加えて全身の運動にも繋がる優秀なスポーツだ。

しかも水中を泳ぐなら移動しているともみなされずサカモトからも目をつけられにくい。

すべてにおいていいことずくめではないか!

五歳にしてこんな冴えたやり方を思いつけるなんて、さすが我が子は天才だ!!

「ちがう、ちがうー」

え?

どうやら俺の推測とジュニアの目論見にはまだ開きがあるらしい。

ジュニアがてけてけーッとかけていく先は、まさに海。

「あぶなあああああああああッッ!?」

これには心臓が止まりかける。

我が子が海へ向かって突進していくなんて、ヒヤッとしない親などいないはずだ。

しかし……。

それでただで済んでしまうのがウチの子というか……。

「うーん、えッ?」

ジュニアの足が海中に突っ込まれる……と思った瞬間、そうはならなかった。

ジュニアの足は、海面もまた地面と同じであるかのように、その上で止まったのである。

海面の上を普通に歩いているジュニア。

「まーたウチの子が聖人みたいなことしている……!?」

やはりアレも、この子に宿ったギフト『究極の担い手』の効果であろうか?

「ぱぱー、ぱぱもいっしょに、こよー」

「え? 来いってこと?」

俺も海面歩けるのかなあ?

ジュニアの『究極の担い手』と俺の『至高の担い手』は似通った親子能力とはいえ、息子のギフトの方が確実に俺の上位互換なのだ。

過去より貰いの方が優れている、それを進化という。

ジュニアの能力にできて、俺の能力にできないことは多々あるはずだが……。

「……行けた」

これはまだできることの範囲内に収まるようだった。

俺の能力もここ最近進化しているからな。海面ぐらい歩くこともできよう。

「ぱぱ、れっつ、じょぎんぐー」

「ああ……はあ?」

つまりこういうことか?

ジュニアは、ジョギングするなら海の上を走れ、と?

それなんか解決になるの?

海の上だろうと陸の上だろうと、移動と見做せばサカモトが寄ってきて『なんでオレに乗って移動しないの?』と非難がましく視線を向けてくるはずなのに。

……そう言ってる間に当のサカモトが、移動の気配を察して現れた!

海岸線スレスレまでやってきて『移動するの? 移動するの?』とばかりにこっちを見詰めてくる。

しかし……。

俺たちが立っている場所を確認すると、何やら嘆息めいた表情をして馬のくせに……。

『なんだ、水の上ならオレの用じゃないや』的な気配を出して去っていった。

「マジかよ……!?」

どうやら俺は、水上でならジョギングを許されるらしい。

脂肪を燃焼する道が、ここに開けた!