作品タイトル不明
908 ドラゴンラーメン新発売
人魚医学会でのワクチン論争、その後日談的な話から始めていこうと思う。
あの議論が功を奏して細菌ウイルスは実在するものとして社会に広く受け入れられるものとなった。
とりあえずは人魚国の中で。
そして同国を悩ませる病ハイドロ・ランナウェイに対抗するために、人魚国全土へワクチンを配布することが決定。
それらは人魚医学会が率先して行うことになった。
主にあのドコサ・ヘキサエンさんが泣きながら。しかしながらいかに医療従事者とは言えども細菌というつい最近確立された新概念になれず戸惑うことも懸念される。
本当なら細菌の存在を予見し、ワクチン開発者その人であるガラ・ルファこそが陣頭に立って指揮すべきものなんだろうが、ホラ。
彼女はご存じの通り『面倒なのは嫌』という主人公気質なのでさっさと農場に戻って梃子でも動かぬかまえ。
そこで次善の策として、彼女の薫陶を受けた直弟子たちが代わりに人魚国へ向かい、ワクチン普及に尽力することとなった。
その直弟子というのが……。
「『熟成の魔女』ヘッケリィ!」
「『整頓の魔女』バトラクス!」
そう、かつて人魚王女エンゼルと共に農場へと襲来してきた若き人魚。それが農場で鍛え上げられ今や魔女を名乗るほどにまで成長した四人のうちの二人だった。
特にこのヘッケリィとバトラクスは、ガラ・ルファの助手として手伝い直弟子と言って過言ではないポジション。
同期のディスカスも、パッファの後継者として大活躍している昨今、彼女らも実力をアピールする場面を得られて意気揚々といったところだろう。
「お任せくださいガラ・ルファ様! アナタの教えを受けた狂気の信徒としての力! 人魚国で常識に囚われている連中に見せつけてきます!!」
「『狂気は伝染する』という事実を教えて来てやりますよ!」
こういうことを言うのでいつもガラ・ルファは教えながら気疲れしているんじゃないか。
結局、人魚国だろうと農場だろうと本当の意味で心休まらないガラ・ルファであった。
……でも本当によかったんであろうか?
ドコサ・ヘキサエンさんのプロポーズをあっさり断ってしまって?
他の魔女たちからのイメージ汚染なのだが、女人魚は恋愛にガツガツしていて結婚のチャンスあらば絶対に逃さぬ系ではなかったんですか?
「んなことありませんよー。人魚族の女性全員がプラティ様やパッファさんランプアイさん、ゾス・サイラ様にシーラ前王妃みたいだと思われるのは心外です」
……。
た、たしかに?
「女人魚の中にも恋愛に執念を燃やす子もいれば、素っ気ない子だっています。私は恋愛よりも断然、細菌ウイルスの研究に没頭したいと思っているだけです。さらに言うとこの農場での医務室の仕事も気に入っています」
そう言われるとありがたいというか……。
「それに、この農場には仲間がいますから、簡単に人魚国へ帰ろうとも思いませんしね」
「仲間?」
「そうです! ベレナさんとももう随分長い付き合いですから!」
ベレナか。
魔族出身のベレナは種族こそ違えど農場初期メンバーとしてガラ・ルファ同様の古株だ。
同じ古株のパッファ、ランプアイ、バティなどが次々結婚して農場卒業したり、マイホームからの通いに勤務形態を変更したりなどしている中で結局変わらず農場に勤め続ける女性も、それこそベレナとガラ・ルファの二人ぐらいになってしまった。
取り残された者同士シンパシーでもあるのだろうか。
「二人で約束したんです! 私たちだけは生涯独身を貫き通して、この農場で働き続けようと!! ドクシンオーの誓いです!」
「そんな誓いしていませんが!?」
どこから聞きつけたのか、ドクシンオーの誓いを交わしたもう一方ベレナが飛び込み気味に現れた。
「やめてください私は普通に結婚したいんです! マイホームの夢も子育ての覚悟もしっかり持ってるんですよ! 独身の巻き添えにするのはやめてください!!」
どうやら二人には気持ちの行き違いがあるようだった。
その辺りのすり合わせは本人たちの間でやってもらうとして……。
やっぱりもっとも懸念すべきはこれからちゃんと世界中にワクチンが広がってくれることだな。
ワクチンの浸透で様々な種類の病気を駆逐できれば、人々の生活がより豊かになる。
そのためとはいえ……この世界にも注射が浸透することは全世界の子どもたちに申し訳ないことだが。
ただ、今現在世界に広まりつつあるのはワクチンと注射器だけでなく他にもあるようだ。
今回はその話をしていこうと思う。
* * *
人魚国でのワクチン増産が一段落し、久々に落ち着いて畑仕事でもしようかなと思った、ある日のことだ。
「何じこりゃああああああああああッッ!?」
驚いた。
今日は果樹園の様子でも見てみようかとヴィールのお山に登った。
するとお山の一角に、明らかに見慣れない光景が広がっていたからだ。
なんだあれは……工場?
ファンタジー異世界にはもっとも見慣れない、機械的で錆臭い設備がけっこうな広い範囲に敷かれていた。
具体的にはベルトコンベアみたいなもので、それが一本道ながらも曲がりくねって敷地内を埋め尽くしている。
アレは……何?
「お、ご主人様やっと来たかー。遅かったのだなー」
「ヴィール!?」
「もっと面白いものセンサーはビンビン出ないといかんぞー。でないと祭りを見逃すのだー」
この摩訶不思議奇々怪々なる状況は、お前が主犯であったのか!?
でも考えて見りゃそうだな。
ここはドラゴンのヴィールが支配する山ダンジョン。主であるヴィールを許しを得ずしては何もできない。
つまりは、この山ダンジョンで好き勝手できるのもヴィール以外にはいないということだ。
この目の前に広がる工場エリアはもう充分に好き勝手と言える。
「…………何やってるのお前?」
「おや気になるのかご主人様? んー、気になるかー。さすがのインフルエンサーご主人様でも、ここまで突飛なものを見て戸惑わざるを得なかったようだな! うむうむ、仕方のないことなのだ!!」
なんかムカつくな、語り口調が……!?
まあいいや、それでこれは何を製造する工場なんだ?
「おお、さすがご主人様! これを一目見て。大量生産するための設備だと見抜いたんだな! ならば話が速い、実際に見てみるがいいのだー!」
ヴィールが指をパチコン鳴らすと、それに呼応するようにベルトコンベアが動きだす。
しかしメチャクチャいい指音を鳴らすな、ドラゴンだから。
「まず大量の小麦粉とアルカリ塩水溶液を混ぜ合わせて、生地を作り出すのだ。その生地を等分に切り分け麺を作る!」
「おおッ!?」
「その麺に一食分に分け、温風で即座に乾かすのだ! それらの工程はすべて機械によって行われる! こうして出来上がるのがおれ様謹製、即席ラーメンなのだぁあああああああッッ!!」
「おおおおおおおおおおおッッ!?」
この工場設備は、フリーズドライ製法で作りだす即席麺の大量生産のためのものだったのか!
そういえば在りし日の思い出が甦る……。
たしか事の発端は燻製にドハマりしたことだった。色んな食材をスモークしていく中で『ラーメンも燻せないか?』という話になり、ラーメン担当のヴィールが試行錯誤の挙句、水分を完全に抜いた乾麺なら煙をつけることが可能という結論に達した。
その乾き麺が、かつて前の世界で慣れ親しんだインスタントラーメンそのものだった!!
「この工場設備を持ってすれば! 毎分八百食のペースでインスタント麺を生産することが可能なのだ! これを持ってすれば世界中のご家庭に漏れなくおれ様のラーメンを届けられる!!」
「おおヴィールよ! お前そこまでのことを考えていたとは!」
美味しさを、幸せを、一人でも多くの人々に届けたいというんだな!?
尊大なドラゴンであるお前が、そこまでの献身に目覚めたとは……。
……いや。
そんなこたーない。
ヴィールはどこまで行こうとヴィールだ。わけもなく見ず知らずの人間に幸福の御裾分けなんかするはずがない。
世界でもっとも身勝手な生物、それがドラゴンであり、それがヴィールなのだから。
「……そういえば味付けはどうなっているのかな?」
「ギクリ」
「麺だけ用意しても味がついてなきゃ食えたもんじゃないからな? 塩? 味噌? しょうゆ? いやそれ以前にどこのステップで味を追加するんだ? 粉末にしてあとで追加する感じ?」
「あー!? 舐めんなご主人様! たしかに粉末スープは取り扱いに便利だが、お湯で戻した時にどうしても香りが消えてしまうのだ! ゆえの多少のコストはかかっても濃縮還元した液体スープで香りとコクを保存し……!」
「じゃあ、それを見せてみろ」
「あー、ダメなのだーッッ!?」
ヴィールの制止を振り切りそれっぽいスポットへ突入。
おおう、デカい鍋にいっぱいのスープが、煮詰めてドロドロになってやがる。
俺はそれを一掬いしてペロリ……、……これはゴンこつスープ!?
「やっぱりか!!」
ヴィール貴様!
処理に困ったゴンこつスープを全世界にバラ撒くためのインスタント麺だったか!!
「違うのだご主人様聞いてくれ! これはあくまで味を追求するためのもので……ゴンこつスープは美味しいのだ! 今まで追い求めてきたもので最強の味だぞ!」
「だからって副作用が即死級じゃ食い物として論外だろーが!!」
「大丈夫なのだ! いつものように薄めまくって常人でも摂取できるマイルドさにしてあるのだ! しかも前ヴァージョンよりさらに薄めてあるのだぞ! だったら薄味になるんじゃないか? と不安になるだろうが問題ナッシング! 代わりに豚骨、魚介、各種野菜などをブレンドし、味の濃厚さを保ちながら独自のハーモニーを奏でる最新スープを完成させてあるんだからな!」
「心配のポイントそこじゃねえ!」
しかしヴィール自信作の最新スープは興味ある。
こいつのラーメンに懸ける情熱は本物だからな。