軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

903 ワクワクワクチン

ガラ・ルファがまさか異世界にてワクチンの自力開発に成功するなんて……!?

免疫機能の何たるかを知っていなければ、けっして達成できない偉業。

医学については素人の俺が、聞きかじりの俄か知識を提供しただけでそこまで実現させるガラ・ルファはたしかに天才なのであろう。

病原菌の弱毒化って、俺はどうやればいいのか想像もつかんぞ。

それを独自の研究と発想でやってのけたガラ・ルファはまさしくプロの技ってことなんだろう。

凄まじさが肌に伝わってくるぜ……。

「このワクチンが広まれば、この世界で問題となっている病気のいくつかがもはや問題なくなって地上から消滅するかもしれぬ! 予防接種バンザイ!!」

「ワクチン!? 予防接種!? いいネーミングですねいただきました!」

こうして異世界言語が共有化されていく。

「早速これを学会で発表しよう! きっと大旋風を巻き起こせること間違いなし!!」

「発表しませんけど?」

え!?

……なんで?

「聞いてませんか聖者様ー? 私、過去にも一度細菌の存在を予言する学説を発表したんですけど、その時はデタラメ扱いしかされずに挙句追い出されたんですよー。人魚医学会から!」

そうだった。

そうして追放の果てに農場に辿りついたガラ・ルファは、俺の異世界知識を基にして細菌ウイルスの存在を確信し、研究を続けたんだった。

今思い返してみると追放モノのノベルを一本書けそうな設定であった。

「今さらワクチンや予防接種の件を発表したところで人魚医学会が取り上げるはずもありませんし。あんな四方八方から変人扱いされる経験は一回だけで充分ですよー」

ハハハ、と苦笑するガラ・ルファの表情が煤けて見えた。

辛い思い出がフラッシュバックするようだ。彼女の心の闇に触れたようで、これ以上は追及したくなかった。

話題を変えよう。

「…………じゃあ、学会で発表しないならどうするの? せっかく研究したのに?」

「学会に認められなければ使えないというものでもありませんよ技術は。私は自分の突き詰めた研究を、その助けとなってくれた農場のために使っていくつもりです!!」

力強く語るガラ・ルファ。

そだなあ。

基本ウチの農場の住人たちは超越者が多くて疫病なんかも小パンチ程度の威力でしかないんだけど。

もしものために予防接種を義務付けるかなあ。

インフルエンザも怖くないぜ?

「そういえばガラ・ルファは、もうワクチンは用意できてるの?」

「はい! 今のところは実験的にハイドロ・ランナウェイのワクチンを完成させました!!」

ハイドロ・ランナウェイ?

何それ?

まったく聞き覚えのない。こっちの世界独自の病気か?

「ハイドロ・ランナウェイは人魚族特有の病気よ」

と言ってきたのは……あれ、プラティ?

ウチの奥さん。

「人魚族の九歳ぐらいまでの子どもがかかる病気で。死ぬまでのことはないけどうつる病気だから厄介なのよね。でも一回かかったら生涯二度と発症しないことでも有名で、その点不思議がられる病でもあるの」

「その不思議も、免疫機能によって説明されます! つまりは一度体内に侵入したハイドロ・ランナウェイの病原体に対して免疫が作られ、それが死ぬまで守ってくれるというわけです!」

「まあ、そういうことにしておくといいわ」

プラティ! 話半分で聞き流さないで!

ガラ・ルファの努力の成果であると同時に、人類の偉大なる進歩でもあるんだよ!

「子どもにかかる病気な上に、重くなることもあるから人魚族全体にとっても問題になってるのよねー。ウチのパパも現役時代、特効薬を作るように人魚医学会に何度となく突っついていたけれど、結局有効手段は開発できなかったようだし……」

ちなみにプラティのパパさんというのは先代人魚王ナーガスさんのことだ。

王様として国民全体を悩ませる病気への対策は当然の為政であったろう。

しかし望むべき結果は出せていなかったご様子。

「頭がカチコチ固まった人魚医学会たちじゃ、ハイドロ・ランナウェイの治療法なんて確立できるわけもないんですよ。クックック……!」

「アタシも小さい頃やった経験があってねー。体中にできるブツブツ、熱は出るしだるいし痒いし……。うつるからって兄弟と遊ぶのも禁止されて、ママにずっと看病されたのを思い出すわ……」

遠い目をして懐かしむプラティ。

ある意味、子どもの頃の大切な思い出でもあるな。

「だからってかからないに越したことはないのよね。ほら、ウチのジュニアたちだって半分は人魚の血が交ってるじゃない? だからかかる可能性はあるんじゃないかって不安でもあるのよね」

それは言われてみればたしかに!

オレとプラティとの間にできた愛の結晶。

長男ジュニアと次男ノリト。

子どもの時分はとりわけ病気への抵抗力が低い。そんな子どもを狙い撃ちするというハイドロ・ランナウェイなる病気。

一等の脅威ではないか!

愛する我が子らを病魔から守らなければ!

そのためには一体どうすればいいんだか!?

「そんな時こそワクチンですよ!!」

力強く宣言するガラ・ルファ。

途端に胡散臭くなってきた。

「愛する我が子を守るため、先手を打って病原体をブロック! そのためのワクチンです! ワクチン接種することで免疫を作り出す行程は安全ノーリスク! もう一生ハイドロ・ランナウェイの病症とも出会いはありません!!」

「看病態勢をあらかじめしっかりしておくしかないわねー。ジュニアかノリトのどっちかが罹ったら、即座にもう一方を遠ざけるようにしておいて……」

「だから私にお任せくださいって!!」

努めてガラ・ルファの言葉を耳からシャットアウトせんとするプラティ。

俺も急に怖気づいてきたぞ。ついさっきまでガラ・ルファの研究成果を手放しで称賛しておきながら。

だって弱毒化しているとはいえ体の中に菌を打ち込むわけじゃん? もしくはウイルス?

そんなことして大丈夫なのって改めて思えてきた。

幾万というデータの蓄積がある前の世界ならまだしも、この世界のワクチンはガラ・ルファが開発したばかりのいわば黎明期。

ゆえに間違いだって起こる可能性段違いなわけで、それを大事な息子に試そうとか思ったら、自分自身でやるよりも胃がキュッとする。

自分勝手と思われるかもしれないが……。

所詮人間なんてそんなものよ!!

「すみません……臨床データは別のところからとっていただけますでしょうか……!?」

「大丈夫です! 危険はありません! 動物実験は何度も繰り返してますし、なんなら病気抵抗力を人類と完璧に合わせたゾス・サイラ様謹製の治験ホムンクルスでも最良の結果を出せましたんで、まったく問題ないです!!」

何故だろう、聞けば聞くほど不安を掻き立てられるのは?

ガラ・ルファの熱意もわかるし、医学の偉大さもわかるんだけど、それでも万に一つでも子どもに危ない橋を渡ってほしくないと思うのは親のわがままなのか?

「いがくのしんぽー!」

「うわッ!? ジュニア!?」

話をしていたらどこからともなくジュニアが飛び込んできた!?

成長してますます身のこなしが軽快になったジュニア!?

「いがくのしんぽに、ぼくがきょうりょくー!」

「ジュニア様! もしやみずから被検体を買って出てくださるというんですか!?」

まさかジュニアは、医学の進歩が人類にどれほど貢献するかをわかって、みずからを捧げようというのか!?

人類レベルで物事を評価できる息子ジュニア!

何と親の誇りにできる息子であろうか!

最初にナマコを食べた人間を尊敬するとか言うけれど、最初にワクチンを試した人だって尊敬されるにしかるべき!

しかも最初に試されたワクチンのデータが、のちの何千何万人の役に立つことを考えたら尊敬すべきところは勇気一点だけに留まらない!

功績という点でも尊敬できる!

「ジュニア様ぁあああああッ!! その幼さにして何という崇高な精神! さすがは聖者様とプラティ様のご子息ぅうううううううッッ!!」

ガラ・ルファもウチの息子の崇高さに痺れて昇天してしまいそうだ。

そうだろうそうだろう、存分にウチの息子を讃えてくれ。

なんならワクチン開発の功績は、全部ジュニア一人に譲ってくれてもいいぐらいだぞ!

「ご安心ください! さっきも言ったようにワクチンの安全性はゾス・サイラ様のホムンクルスで完全に保証されています! ジュニア様は安心してワクチンを接種していただくだけ! これでね!」

ガラ・ルファが持ち出す注射器。

あんなものまでいつの間にか開発していたのか!?

「ワクチンは、この注射器で体内に直接注入します! 少しチクッとしますがまったく無問題! さあ、袖をまくって腕を出してください!!」

「ふぇ……!」

あれ?

どうしたジュニア?

ジュニア、注射器の鋭く尖った針先を見た途端……。

すぐに目の色が変わって……?

「ぼく、しゅくだいがあったー!!」

「「「逃げたぁーーーーーーーーーーッッ!?」」」

ジュニア、注射の恐怖に耐えきれずに逃走した!

どんなに人類の進歩がわかる偉大な子でも、子どもだからこそ注射の恐怖には勝てなかった!?

しかもジュニア、身のこなしが速いために逃げ足も速い。

脱兎も取り残されるほどの逃げ足の速さ!

かくしてガラ・ルファ開発のワクチンはまだしばらく日の目を見ることはなかった。

しかし意外なキッカケから、彼女の頑張りが報われる日が来る……!?