作品タイトル不明
873 世界を変える麺
今日はヴィールの話だ。
「ご主人様! ついに完成したのだ!!」
などと唐突に言ってくるから何かと思った。
ヴィールは最近何かと研究しては開発してくるきらいがあって、出会った頃からは想像もつかない知的な感じを振り撒いている。
一体誰に似たのやら?
そして今回、一体何を作ったというのかねヴィール?
「こないだの課題を克服してきたのだー」
課題?
こないだの?
一体何のことやら。即座に思い当たる節もなかったので、より深く記憶の淵を探る。
「ゴメン、もうちょっと何かヒントない?」
「仕方ないのだなご主人様はー。では大ヒントだ。こないだ燻製の話で盛り上がっただろう」
ヒントどころか答えだった。
よくある。
そういや先日、桜チップを貰った縁から一時期農場で燻製づくりが大ヒットしたんだっけ。
煙で燻したらどんな料理でも一風変わった感じになる。
燻製とは純粋な料理バフであろう。
そんな折ヴィールもとある料理を燻製してくれと迫ってきた。
それはラーメンであった。
いや無理。
いくらなんでも無理。
一見どんな料理でも組み合わせ可能かにみえた燻製ではあったが、唯一相性が厳しいのは水分。
煙の味や匂いが移るには水分こそが大敵で、だからこそ常にスープに浸っているラーメンは無理だ……という話になった。
それで当時は、頓挫という形でこの話は終了と相成ったはずであった。
しかしヴィールの探究心とラーメン愛はそこで終わるほど生半可なものでは既になかった!
「あれから研究に研究を重ねて! ついに開発したのだ!! 燻製できるラーメンを!!」
「なにぃマジかぁー」
頑張ったようなので讃える意味も兼ねてリアクションしておく。
燻製できるラーメンとな?
そのようなものを現実に作り出せようとは。
「おれ様は考えたのだ、ラーメンを燻製にできないのは水分こそが原因。では一旦その水分を徹底的に排除することで燻すことはできまいかと」
「ふははん?」
「そこでおれ様はまず、打った麺を乾燥させることにしたのだ! スパゲティのヤツだとよくやるだろ!」
「やるなあ」
農場ではパスタも普通に作るけど、パスタマシンで作った生パスタと、それを保存用に乾燥させたものが二つある。
ヴィールもそれにヒントを得て、乾燥麺の製造に取り掛かったということか!?
「乾燥の手順には、様々な手法を試してみたのだ。結果、二通りの方法に絞られた! 温風で水気を飛ばすのと、油で揚げる方法だ! そしてそれらの試行の結果、出来上がったものがコレなのだー!!」
といって渡された一塊のもの。
カラカラと乾いた、糸状のものが絡まり合ったまま塊のようになった物体は一瞬何かと警戒させる。
しかしながら、異世界から渡ってきた俺には見覚えのあるものだった。
「インスタント麺……?」
そう。
一人暮らし最大の味方。お湯を注ぐだけで食べられる簡単料理。
その上安くて、日持ちもする。
気を抜けば毎日食べてしまう独身男性の相方インスタント麺。
それが今、ファンタジー異世界に移り住んだ俺の目の前にあった。
「どうだご主人様!! ここまでいい感じに水気を飛ばした麺は中々作れないのだぞ!! これなら燻したって何の問題もないはずだ!!」
誇らしげに胸を張るヴィールだが本当に凄い。
何が凄いかって異世界でインスタント麺を再現してみせたことだ。
そこは完全に偶然の産物なんだろうが、インスタント麺といえば二十世紀最強の発明品と言っても過言ではない。
あの麺のお陰で一体何人の独身男性がそれなりの食生活を送れたことか。
そして一体どれだけのお母さんが、忙しい家事の合間のホッと一息を作り出せたものか。
ヴィールは今回、油で揚げる手法と温風で乾かす手法の二通りを提示したが、それって要はノンフライ麺もありますってことだろ。
ノンフライ麺は油で揚げた即席麺より腰があって手打ち麺に近いものがあるが、好みは人それぞれに分かれるよな。
しかしながらそうした選択の余地を与えること自体がヴィールの偉業になるわけじゃないか!!
この世界は今や、インスタント麺を得た!!
「よし! じゃあ早速茹でてみようぜ!」
「え? 煙で燻すんじゃないのか?」
バカ野郎! そんな応用編を一発目で試してどうする!?
まずはこの異世界インスタント麺の出来栄えを素で味わうべきだろうが!!
そこで早速グツグツの熱湯にカチカチ乾麺を放り込んでみます。
「それでヴィール、粉末スープはどこにある?」
「は? なんなのだそれは?」
異世界インスタント麺、まだ粉末スープまでは完成していなかった。
熱湯でちょうどいい感じに茹でたあと、フツーにスープの中に落とし込むシステム。
それでとりあえず完成したから食べてみよう。
異世界インスタント麺第一号!
「いただきます」
「なのだー」
ヴィールと一緒になって麺をすする。
美味い。
インスタント麺は腰もシコシコして実に喉越しがよい。
これはノンフライ麺の方か?
実際のノンフライ麺もこんなに手打ち麺に近いシコシコ腰だったか。
「ぐっふふふふふ……! おれ様の研究は大成功といったところだな!」
「なんだと?」
「竜魔法で絶妙の温風を吹き付けてやったからな。だから麺の腰の強さを損なわないレベルで麺が乾燥しているのだ!!」
ドラゴンの能力が無駄に発揮されていた。
しかしこんなにハイレベルなインスタント麺が実現されたら、それこそこの世界の理が変わるんではなかろうか?
俺の前いた世界ですらインスタント麺によって世界がだいぶ様変わりしたというのに。
パラダイムシフトですよもうインスタント麺は!
ヴィールがことの重大性に気づくより前に、何らかの手を打った方がいいんじゃありませんかね?
「ふっふっふ……! もう遅いのだぞご主人様……!」
「何ぃ!?」
「ここまでのご主人様の表情を読んでわかってきたぞ。おれ様は相当スゴいことを成し遂げたようだな? まあ最強種族ドラゴンたるおれ様からすれば当然のことだろうがな!!」
いかんヴィールのヤツが超速理解でインスタント麺の価値に気づき出した!?
「なるほど、よく考えたらこんなに小さな手間で美味しく食える料理なんてなかなかないものな!! 日頃の作業が軽減されるだけじゃなく、災害時の保存食としても活躍できそうなのだ!」
そこまで多彩な事態を想定するとは!?
「商機が見えてきたのだ! これは最初に思った以上に売れるモノになりそうだな! 世界中に売り出して爆発的に広まるのだ! となれば、スープとしてゴン骨エキスもつければ消費量もうなぎ上りに!?」
やめろ!
ゴン骨スープと言う劇薬を世界中にバラ撒くつもりか!?
ドラゴンから採ったエキスで、一般的な生物が口をつけようものならあまりにもな効き目で、摂取=人体改造という意味合いのゴン骨エキス!
そのような危険物を、インスタント麺と抱き合わせに世界中に広めてはならぬ!
思わぬところから世界の命運をかけた攻防が勃発してしまうのだった。
* * *
ところで。
事の発端であったラーメンの燻製もやってみた。
乾麺を煙で燻すのみ。
それだけの味付けであったが、お湯で戻した麺にしっかりスモークの香りが残っていてすすると実に美味しかった。
「やっぱり思った通りの味付けなのだー。頑張って麺を乾かした甲斐があったなー」
ヴィールも満足であった。
最近ヴィールに限らず俺の手を離れて新製品を開発してくる。
それもまたオレがこの異世界に住み続けたことの成果であろうか?