軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

855 最後の聖なる人

迷える子羊たちよ、余を崇め奉るがいい。

余はクインセッド。

教皇クインセッドである。

この世界最高なる絶対主神ゼウス様を崇拝する人族教会を統括する者。神にもっとも近いところにいる神の代理人。

人類においてもっとも神聖、もっとも偉大なる者と言って過言ではあるまい。

我が言葉はゼウス様の言葉。

我が祈りは天神の威光を差し込ませ、地上を清浄で包み込むことだろう。

つまり余が、この腐りきった掃き溜めの世界を救い続けていると言っても過言ではない。

魔族などと言う人間モドキの獣が跋扈し、天界の正義を踏みにじる。

本当に末世へと突き進んでいるが、それがギリギリ滅びずに今も平常に保たれているのは余が天なる神々に祈りを捧げているからに他ならない。

だからこそ余は、この世界を支える英雄であり、第一の功労者であり、歴史に名を遺す救世主でもある。

余こそが世界でもっとも気高い存在であり、そんな世に比べれば魔王なども残飯に群がるゴキブリ以下である。

魔族は全員虫以下の価値しかない、生きる害悪であるがな。

であるというのに……!

ここ数年、余はこの崇高な身柄に対して実に不当な扱いを受け続けている。

事の皮きりは、無能な人王どもが戦争に敗けたこと。

この人族教会が助力して究極の『神聖障壁』を張り巡らせてやったというのに、むざむざそれを破壊されて害虫魔族どもの侵入を許すとは。

それならそれで徹底的に抗戦し、一人残らず玉砕して一匹でも多くの魔族と相打ちになって減らしていけばよかったものを。

早々と降参して、魔族の大軍を引き入れるとは……。

この大主神ゼウス様の清浄なる祝福を受けた人間国の土を、ばっちぃ魔族どもから漂く腐臭で汚染させるとは……!

お陰で余も、至高の座たる大聖堂から追われることとなった。

なんという悲劇だ。

人類でもっとも高潔なる教皇が地に降り、土に塗れて逃げ惑うことになろうとは。

しかしながら逃げねば、おぞましき邪悪の魔族は何としてでも余を殺そうとするだろう。

何故なら大主神ゼウスの代理人たる余は、悪の権化どもにとって何より目障りであるに違いない。

神聖なる余を亡き者にしない限りヤツらの世界征服は完成しないだろう。

この余こそが邪悪を防ぐ最後の盾となるのだ。

しかし決死の逃亡生活は、筆舌に尽くしがたい苦しみであった。

教皇である余は、大主神ゼウス様の分身であるがゆえに至上の生活を享受せねばならんのだ。

季節ごとの豪勢な酒食で舌鼓を討ち、薔薇のエキスの風呂に入って、極上の香油を体に塗り……。

退屈したら気紛れに奴隷身分の信者を鞭で打って遊ぶ。

そんな最高の生活を、大主神ゼウスに倣って送るのが人族教会の長……教皇クインセッドの務めであるというのに。

逃亡生活では、そのすべてが世の物から取り上げられた。

ご馳走も香油も奴隷も、余のためにあるようなものなのに何の権利があって取り上げるのか?

魔族の追手から逃げるために山野の茂みを渡り歩き、足元が土埃や泥だらけになった。

同行の信者たちが捧げてくる食物は、野ネズミの焼いた肉かヘビかトカゲの肉。

高貴なる教皇がこんなゴミクズを食せるかと投げ捨てたが、他に食料がないと言って翌日も、その翌日も同じものを差し出す。

仕方なく口にした時は、あまりの惨めさに涙が出た。

世界最高、もっとも神聖なる大主神ゼウス様の現身たる余が、なんでこんな酷い扱いを受けねばならんのだ?

この余のすべてが、余を快適にするために尽くすべきであろう?

そのために領主たちが収穫の半分を貢いでくるし、今の人間国の法では禁じられている奴隷を、教皇の余だけが所持できる。

これほどまで特別な存在である、この教皇クインセッドに不当な扱いを強いるとは。

おのれ魔族め、お前たちの地獄行きは決定したぞ!

魔族は全員地獄行きだ!

この教皇を苦しめた罪を、血の釜で煮られる責め苦で思い知るがいい!!

しかし、どれだけ逃亡を続けても苦しい状況は改善されなかった。

魔族ごとき、すぐに人間国から出ていくと思ったのに!

我が国の迷える子羊は、人族教会の聖なる教えでしっかりとゼウス様に忠誠を誓う戦士に調教されているはず。

己が命を投げうってでも邪悪な魔族に抵抗し、天神の正義を示してくれるはずだが……。

そうこうしているうちに忠実なる司祭の姿が消えた。

護衛の勇者も。

逃亡生活の苦楽を共にする信者たちが一人、また一人といなくなる。

頼みの綱であった地下抵抗勢力もいつの間にか潰されてしまった。

ある時は魔族たちの追手が寸前まで迫ってきたことがあった。

その直前に姿を消した信徒が密告したのだ。

何故だ?

聖なる教えで悟りを得た人族は、魔族などより遥かに強いのではなかったか?

大神ゼウスよ。

何故アナタは、忠実なる信徒にこれほど厳しい試練を与えるのか?

アナタの現身である余は、誰より贅沢をして安全に生きるべきではないのか?

余の鋼の信仰すら揺るがんとした時、ついに朗報が舞い込んできた……!

魔王軍! 撤退!!

人族の聖域に入り込んだ魔族どもが、数年という長い長い時間を経てついに出ていくという。

卑しい魔族どもめ。

ゼウス様に祝福されしこの土地が、お前たちごときが立ち入るには恐れ多いと気づいたか。

これが勝利だ!

長く耐え続けた末に相手の方から崩れ去るのを待つ!

非抵抗非服従、まことに聖職者らしい勝ち方であった。きっと後世の歴史は余のことを、邪悪な魔族を撃ち滅ぼした究極教皇として褒め称えることだろう!

よし! 魔王軍が去ったからには早速戻るぞ!

我らの本拠大聖堂へ!

魔族さえいなくなればもう我々が逃げる理由はない、再び国教の祭祀者へと返り咲き、人間国の指導者となってくれよう!!

役立たずの王族どもは皆殺しにされてしまったからな!!

ならば教皇である余が代わって国を支配してやるのが、神の声を聞く者の義務というものよ!!

さあ皆の者向かうぞ、大聖堂……いや、王城へと。

皆が待ち望んでいることだろう。緊急のことゆえ余が、神の代理と人の指導者を兼任し、聖人王としてこれからの人間国を引っ張っていってやろう。

すぐさま魔族へと反撃だ!

各地の領主たちに強制的に兵を出させ、その大軍でもって魔族どもを一人残らず皆殺しにするのだ!!

「教皇様! 人族の軍隊が見えております!」

おお! 早速迎えが来たか!

そんなにまで神の申し子である余のことを待ち望んでいたのだな!!

長いこと待たせたな! 今こそこの教皇……いや聖人王が人族の主としてお前たちを支配してやるぞ!

奮って忠誠を捧げるがいい!

「のん気に笑っている場合じゃありませんよ! 逃げなければ! 逃げるんです!!」

報せをもってきた信徒が慌てた様子で言う。

逃げる? 一体どうして?

「あの軍隊が教皇様のお命を狙っているからです! 魔王軍撤退に浮かれて自分の位置を触れ回ったでしょう! 一体何を考えているんですか!?」

え? だって人族は皆魔族を憎み、魔族が去っていったことを喜んでいるはず。

そして教皇である余を心から敬愛してるんだから、すぐま余を迎えに来ることだろう。

そして余を人間族の王に戴くはず!

「どこまでおめでたいですかアンタは! 戦時中、教会がどれだけ自分勝手なことをして我々国中から恨まれてるんですよ! むしろ魔王軍が去った今は、純粋な恨みで裁判なしで嬲り殺しにされかねませんよ!」

何ぃ! 教皇である余に危害を加えるとは罰当たりな!

そんな異端者などごく一部であろう! 大半は余を慕って暖かい出迎えを……!

……うわーッ!? 矢を射ってきたッ!?

本気だった。

しかも一つ二つどころか無数……矢の雨が降ってくるううううううッ!!

「くそ……こんなバカと一緒にいたら命がいくつあっても足りない! もう限界だ! オレは抜けさせてもらう!」

えッ?

待つのだ我が信徒よ!

多くの不信心者が脱落していく中でお前が最後まで残ったのは、熱い信仰ゆえじゃないのか!?

「オレは教会が健在だった頃、神官の立場を利用して率先して甘い汁を吸ってきたからな!! 今さら改心したって誰も信じやしねえ捕まって実刑は確実だ! それなら教皇の名前で少しは逃亡生活が楽になるかと思ったのに……!」

何かが余の顔にぶち当たった。

何だこれは……泥か?

「こんなアホだとわかっていたらついていかなかったぜ! こうなったらオレは心を入れ替える! 善人として一から出直すぜええええッ!!」

と言って敵の大軍へと駆けていく信徒。

その背中を呆然と見詰めることしかできない余だった。

余が……、余がアホだと……!?

なんと恐れを知らぬ見当違いを。余は神の代理人にして全人類の代表だぞ!

許せん……! 絶対に許せん!!

こうなったら、この教皇こそが世界最高の聖人賢人であるということを思い知らせてやるわぁ!!

……グサリッ。

ぐふぅッ!?

「あッ、なんか矢当たった?」