作品タイトル不明
841 知恵梅と学問神
さて、こんな感じで梅の木の霊木化したので、その成果を依頼主に報告に行きます。
菅原道真公へ。
とりあえず世界樹並みの霊木となった梅を植林、異世界天満宮の境内に植えてみたら、道真公がご降臨した。
『くおおおおおおおおッッ!? できたのだなあああああッッ!?』
クライアントは完成品に満足のご様子。
『この聖なる霊気を感じただけでわかる! この梅は間違いなく霊木! それこそ世界樹などに勝るとも劣らぬ最高の! よくやってくれた聖者殿! これで私も満足満足!』
「お眼鏡に適って幸いです」
そのために苦労したんですからね。
まあ、完成まで漕ぎつけても不安はまったく拭えぬのですが。
だってもう、出来上がったのが『知恵の梅の木』ですよ?
梅の木と融合したのが『知恵の木』だったんです。
それならもう世界樹と比べたって見劣りしない最高クラスの霊格を得るでしょうけどさ。
『知恵の木』に成る知恵の実が何を引き起こしたのかってエピソードを知ってると不安しか湧いてこない。
ただ境内に植えた『知恵の梅の木』は、景観だけは本当に見事でまだ冬だっていうのに満開の梅花をつけ光り輝くようであった。
梅は大抵、白い花と赤い花をつけるが……。
白い花はまるで月夜に舞い散る粉雪のように。そして赤い花は燃え盛る紅蓮火のように。
本当なら全然開花の季節ではないんだが、樹霊オノコ・ウメが気を利かせてくれたご様子。
『せっかくのお披露目なんだから気合を入れるバイぃいいいッッ!!』と。
気合を入れれば季節外れでも満開させられるのか樹霊凄いなあ、と思った。
とてもこの世のものとは思えぬ煌びやかさに、平安の風流人などが目の当りにしたらインスピレーションを受けて即座に秀歌を量産するであろう。
『梅の花、ああ梅の花、梅の花』
そして実際に一句読む道真公だった。
『やはり聖者殿は素晴らしい御仁であったな! 実に見事な梅の木が境内を飾ってくれたものよ! これでもう桜の方が美しいなどという戯言は言わせん!!』
「あまり角の立つことは言わないで」
とにかく道真公が喜んでくれて一安心した。
『知恵の梅の木』は不安要素こそあるものの、ただ鑑賞して花を愛でるだけなら不安は発動しない。
美しいだけの無害な樹木だ。
道真公もメインは梅の花の美しさを慈しむだろうので事なきを得ると推測しているのだが……。
『よし、では梅の実も賞味してみよう』
「はぁあああああああッッ!?」
しかし予測は早速裏切られた。
梅食すんですか?
梅の木になる梅の実を!?
『世界樹というのは、葉に特別な効能があって万病を治したりするのであろう? この霊木梅だって、それに対抗する効能がなくてはな! これほど霊験あらたかならば、きっと梅の実にも効能が出るんではないか!? ならば実際に確かめてみねば!!』
あります。
効能はあります。
さすが学問の神というか、察しもよければ考察もよい。
そして桜に対する並々ならぬ対抗意識も手伝って、先に霊木化した世界桜樹に見た目の美しさだけでなく実用的な効能でも負けたくないご様子。
……まあ。
道真公の推測通りというか願望通りというか、たしかに霊木化した『知恵の梅の木』にも霊的効能を持った実が出来るでしょうよ。
何せ融合した神話的樹木の来歴が来歴なんですから。
梅の木と融合させるために先生が召喚したのは『知恵の木』。
それはとある楽園に生えるという樹木。
その樹に成る果実には、神に等しき知恵が宿り、それを食す者に究極の知恵を与えるという。
伝説によれば、人類最初の夫婦がその実を食したことによって神の怒りに触れ。楽園から追放されたとのこと。
そんな『知恵の木』と融合した梅の木が成らせる果実って、それはもう知恵の実そのものでは?
――『知恵の梅の実』。
そもそも梅の実といえば梅干しが有名な、むしろ優秀な可食果実だ。
シソの葉と一緒に塩漬けにして真っ赤になって酸っぱく美味い。
長期保存も利くといいことづくめの優良食品。
日本を代表する食品の一つと言ってもよかろう。
そんな馴染み深く美味しいものに……『食ったら神の怒りに触れるレベルの知恵がつく』などという特性が付加されたら大変なことじゃないか!!
疲労回復や消化促進などの効能があるとされているが、そんな神効能まで付加されたら堪ったもんじゃないぜ!?
間違いなく世界の均衡が崩れるヤツ!
食った時点で楽園から追い出されるような知恵を、この世界の人々がポンポン身に付けて堪るもんか!
しかも梅の実と言えばお酒に漬けて梅酒としても楽しまれる。
梅酒は農場でもかつて作った。
しかしながらその原料を、神の英知が込められた知恵の梅の実で作ったらどうなるか?
それこそ他の神話で語られるような新酒が出来上がってしまうんじゃねえかッ!?
そんな神酒が出回ったら世の中大変なことに!
ということでこの『知恵の梅の木』には絶対に実が成ってほしくないんですが!
『お任せくださいバイ! 私の樹霊としての力を使えば実など今すぐにでもなりますバイ!!』
余計なことすんな!!
しかし俺が止める間もなく樹霊オノコ・ウメの気遣いで、すぐさま『知恵の梅の木』には青々とした梅の実が生る。
しかも複数。
鈴なりってヤツ。
『おお! 見事だ! 梅干しや梅酒は時間がかかるから甘露煮にでもして食べてみるか!』
「ダメダメダメダメダメぇええええーーーーッ!!」
さすが学問の神、料理についても知見が深い。
しかし実際食されたら取り返しがつかない(事態になる可能性が濃厚)なため慌ててなりふりかまわず止める。
そして隠していた知恵梅の秘密を残さずゲロるしかなかった。
説明開始……。
……説明終了。
『なんと、この実を食べて追放された男女がいたというのか?』
「はい! そうなんです!!」
何も知らせないままで凌ごうと思ったがそうはいかなかった。
ならば次善として、洗いざらいお話するしかない。
『知恵をつけたばかりに楽園から追われることになろうとはの。……たしかに知には、そういう一面もある。多くを知れば知るほど世界が広がり、振る舞いも洗練されるが、同時に知者は傲慢にもなる。自分よりも知識が少ないものを愚者と見下し、いらぬ軋轢を生むこととなる』
いや、そういうのとはまた別の話……。
『私も生前はそうだった。歌才に富み、唐天竺の学問にまで通じた私は、学を認められてトントン拍子で出世した。それが面白からぬ愚才どもから妬まれ、讒言を受け、ついには京より追放されてしまった。身を助けるはずのい学問が、却って我が身を追い詰めたのかもしれぬ』
なんか奇妙な共通点が取りざたされている。
禁断の実を食し、知恵を得たがばかりに楽園にいられなくなった最初の夫婦と……。
才気煥発で出世が賑やかだったために周囲から疎まれ都落ちした菅原道真公。
どっちも身に着いた知が災いして、離れがたい場所から追放されることになった。
『……私は、日ノ本のアダムであったか』
「それはない」
『なんにしろ、過ぎたる知性は身を滅ぼす……それは東西を問わず共通することのようだ。さすれば及ばざるがごとき過分を上手く削いで、ちょうどよく調整するのもよろしきこと……』
道真公は手をかざし『うぬぬぬぬ……!』と念じる。
それが何らかの効き目を発しているのか、梅の木に憑依した樹霊オノコ・ウメは……。
『ウメェ! ウメェエエエエエエエッ!!』
と身悶えていた。
気持ち悪い。
『これで実の力は変質し、食べただけで神秘に至れるほどの知恵はつかぬ。それでも頭の巡りはよくなり、脳は活性化し、物覚えがよくなる効能は残るがのう』
つまり食べれば頭のよくなるブレインフードぐらいに効果修正されたと?
知恵の実も広義的にはブレインフード?
『眺めても美しい! 実を食べれば美味しい上に賢くもなる! これだけ有利が揃っていれば我が梅は、桜ごときに敗れはしまい! ふははははははは!!』
ことのほか上手くいって上機嫌の道真公。
俺の立場から言っても……どんな種類にしろ美しい花が咲いて季節を感じ取れるのはいいことだし、梅干しも梅酒も美味しいし。
そして話題のブレインフードまで得られるとなったら農場にまた一つ名物が加わったなという感じだった。
――『知恵の梅の木』。
――そこから採れる知恵梅。
これまた人気が上がりそうな!?