軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

832 皇帝竜夫婦訪問記・人魚後編

人魚国での夫婦訪問に、まずは人魚王アロワナ殿に話を伺った。

次に人魚王妃パッファ殿もやってきて夫婦揃っての歓談となる。

「あードラゴンもご苦労なこったね。夫婦生活がどんなもんかヒトから聞かなきゃわかんないなんてさ」

口調は相変わらずはすっぱな感じではあるものの、そう言いつつソファに座る佇まいは膝からつま先までをしっかり揃え、さらには両手を太ももの上に重ねて置くと非常に淑やかな姿勢。

これならば国家の代表の妻としてどこへ出しても恥ずかしくなかろう。

「旦那様はもう余分すぎるほど話してくれたろうけれど、こういうのは男女双方の視点から話を聞いてなんぼだよ。だからアタイからも聞かせてしんぜようじゃないか。……結婚生活のひっくり返るような大変さについてねッ!!」

その言葉尻にはしっかり感情の熱がこもっていて真実味があった。

つまり『大変』という表現は誇張でも冗談でもなくマジでということ?

パッファ殿は、夫としてのアロワナ殿に不満でもおありか?

「あるわけねーよ! 旦那様は……ちょっと外に向かって惚気るのが酷いところもあるけど、それ以外は概ねいい旦那だよ。ガキのことも可愛がってくれるし、今でもアタイのことよく気づいてくれるしね……!」

視線を外しつつ、頬をポリポリ掻くパッファ殿。

自分で言っててテレてるんじゃねーよ。

「しかし! 結婚っていうのは当人たちさえよければいいってわけでもないんだぜ! 幸せいっぱいの二人を外から邪魔しにくるウゼェヤツがいる!」

「それはッ!?」

「しかもソイツは、惚れた男と結婚した以上は絶対に切り離せず必ずついてくる! 切ろうとしても切り離せない厄介なヤツ! それでいてことあるごとにアタシと旦那様の仲を邪魔しにきやがる! もはや宿命と言っていい相手! それこそ…………!!」

そ、それこそ……!?

「姑!」

「あらパッファさん? こんなところで油を売っていたのかしら?」

そこへ実に颯爽と現れる年配のご婦人!

それでも充分に若々しく、パッファ殿の姉といっても通じそうな麗しさの御方は見覚えがある。

たしかアロワナ殿のお母上シーラ・カンヌ殿。

ああ見えて神やガイザードラゴンすら一対一で倒せるという強者だ。

そのシーラ殿が抱えている赤子は……アロワナ殿とパッファ殿との間に生まれたモビィ・ディック殿か?

「見て見て見て……ディックちゃんたらばあばに抱っこされてこんなにスヤスヤ寝てるのよ? もはやばあばこそが一番大好きと言わんばかりね」

「そんなこと言うために昼寝中の息子を持ってきたんですかぁーッ!! ガキにとって昼寝は仕事なんだよ! 弄らずにベッドに置いとけ!!」

「大声出すと起きるわよ?」

シーラ殿は、アロワナ殿の実母。

ニンゲンたちのシステムでは結婚相手の両親とは義理の親子ということになるらしい。

……義理とは? ギリギリの略称か?

とにかくその習慣に則れば、パッファ殿とシーラ殿も紛れもない義理の母娘!!

「ぐっくく……! お義母様? 王位も我が夫に移って早や数年が過ぎました……! 先代のお目付けもそろそろ必要ないほどに新政権の地盤も固まったと思われます。ここは意を決して先代ご夫婦ともに離宮にでもお移りになる時期なのでは……!?」

「嫌だわぁパッファちゃんたら私のことを追い出したいのかしら? せっかく義理の親子なのに娘に愛されないなんて悲しいわねぇ。アロワナちゃんは結婚相手を間違えたかしら?」

「敬愛しておりますよお義母様ッ!!」

何だこの……、言葉面こそは丁寧でいたわり合ったものだが……声音というか、発せられる気配がまるで戦闘時のそれだ!?

何故こんな家庭の団欒の、荒事からもっとも遠そうな場所で緊迫が上がりまくっているのだ!?

マリー姉上ですら、この一触即発の雰囲気に怯えておれの隣でブルブル震えているッ!?

「実際に見て、より率直にわかるであろう……。これこそ結婚生活におけるもっとも悩ましい問題。すべての夫が頭を抱えるであろう……」

「アロワナ殿!?」

「その大問題の名は、……嫁姑戦争ッッ!!」

戦争!?

これが!?

たしかに『戦い争う』の名に相応しい緊迫と緊張だが!?

しかし、あの二人の性格が合わないにしても、そこまで険悪なことにはならないのでは?

所詮家庭内のことであろう?

「あまいぞアードヘッグ殿。嫁姑の軋轢はな……。性格の問題だけに止まらないのだ。嫁と姑は、生まれながらに反目し争いあう運命を背負っているのだッッ!!」

な、なんだってーッ!?

その一方で当の嫁姑たちは争いのボルテージを上げていく!?

「そもそもお義母様? そのモビィ・ディックはアタイとアロワナの間に生まれた子ですので、育てる務めはアタイたちにこそあるんですよ。それなのに外野が出てきて勝手に世話役のもどうかと思うんですがねえ?」

「何を言ってるの育児舐めちゃダメよ? 子育ては到底夫婦二人だけでできるものじゃないし、そういう時に頼るべきは真っ先におじいちゃんおばあちゃん……夫婦互いの両親じゃないの。何しろ祖父母というのは存在からして子育て経験者しかなれないものなんだから、先人の知恵と経験を利用する機会じゃない」

「それでもコイツ王子なんですけど!? 世話するなら侍女にメイドに乳母と人員に事欠かない、恐れ多くも先代人魚王妃のお手を煩わせるまでもないんですけど!」

「実の家族が育ててあげてこそ立派な大人に育つんじゃなくて?」

「だったらアタイに育てさせろや! 実の母親に! 機会を奪い取っていくなぁーッ!!」

このように嫁と姑の意見のぶつかり合いは留まるところを知らない。

「祖母は孫を可愛がりたくなるものだし、しかし母親は自分の子育てに口出しされるのは面白くない。それ以前に嫁と姑は、みずからが腹を痛めて生んだ息子と、結婚相手の夫を巡って対立もする。どんなに性格が合っても、嫁と姑は争わずにはいられない生き物なのだッ!!」

それはいささか言い過ぎでは?

余りの決めつけっぷりにおれですら違和感ありありであったが、そんな異論を受け付けないほどアロワナ殿の瞳は悟りきった澄み方をしていた。

「そして夫に……息子に中立は許されない! 常に妻の味方をするか、母の味方をするかを問われるのだ!! しかしどちらか一方だけに肩入れできないのは考えるまでもない! そんな国家運営よりも難しい舵取りを要求されるのが嫁姑の間に立たされた私なのだ!!」

アロワナ殿……!

なんと大変な、そんな苦しい立場に日夜置かれているというのか?

ニンゲンの夫婦とは本当に大変なものなのだな!!

「そう来ると私たちドラゴンは楽な方なんじゃないの?」

気軽に言うマリー姉上。

何故です?

「だって私たちドラゴンはついこの間まで複製によって自己を増やしていたのよ。人間たちのように雄雌が合わさって子孫を作っていたわけじゃない。つまり今のところどのドラゴンにも母親はいないということ! さすれば自分のつがいにも母親はいないんだから姑もいるはずがない!!」

な、なるほどー!

……ってなるのか?

「どうやら皇妃竜たる私に嫁姑問題は無縁のようね! あとの世代のドラゴンたちは苦労することでしょうけれど、狭間世代の私としてはその役得を十二分に活かして平穏な結婚生活を送らせてもらうわ!!」

「そううまく事が運ぶかな?」

「なんですってーッ!?」

そこに現れたのが……あッ、おれの知ってる御人だ。

父上!?

先代ガイザードラゴンであるアル・ゴール父上がここにいた!?

「何を驚く? お前たちのいるところにこのおれあり! せっかく『龍玉』を奪われた後でも生き残れたんだから何の責任もない立場で現役のお前たちのことを生暖かく見守ってやるわ!!」

「く……! 何て目障りな前世代なんでしょう!?……あら? これって?」

お気づきになられましたか。

「そう! 厄介な親族は何も姑だけではない! 配偶者の父親! つまり舅! 小煩いのが女親だけだと思ったら大間違い!! お前たち当代のドラゴンには、誰と結ばれようともれなくこのおれという有難い舅がついてくるのだ!!」

「この邪魔ぁあああああああああッッ!!」

さすがにこれはマリー姉上でもキレる。

現役ガイザードラゴンだった時ですら相当迷惑な存在だったというのに、追い落とされて力を失ってなお迷惑な存在とは、厄介すぎるぞ父上!

「しかしそれだけでは完璧とまではいきませんわ!」

「また誰か出た!?」

お前はシードゥル!?

皇女竜グリンツェルドラゴンの一体で、強くもなければ重要でもない早くポジションだというのに何故か登場の機会だけは多いシードゥルまで現れた!?

「いくら複製世代だと言っても、お母さんがいないのは悲しすぎましてよ! なのでこのわたくしが、不肖ながらも皆様のお母さんなって差し上げようと思います!」

「どういうこと!?」

わけがわからねえ!?

あまりのわけがわからなさに脳みそが飛んでしまいそうだ!?

「なのでマリーお姉さま! お姉さまにもちゃんと厄介な姑がついてきますのでご安心くださいませ! ただ今あのシーラ様から、適切な嫁のイビリ方を一通り学んでまいりますわ!」

「余計なことすんなぁああああああッッ!!」

元から迷惑な舅アル・ゴール父上。

それに加えて厄介な姑を目指すシードゥル。

このままではドラゴン一族の繁殖未来は暗くなる一方ではないか!?

正しい夫婦生活を学びに来たというのに、どんどん結婚の暗部が明らかになっていく!?

「ああ、そこのお若い方」

「ヒィッ!?」

いつの間にか前人魚王妃のシーラ殿が隣に立っていた!?

依然としてお孫さんを抱えて!?

戦争相手のパッファ殿はとっくに叩きのめされて、夫アロワナ殿から介抱を受けている。

「結婚について色々学んでいるそうね。見聞を広めるのはいいことだからアタシからも一つ助言差し上げましょう。……結婚というのはね、新し家族を作ることなのですよ」

家族?

「どんな形になるにしろ、今までの自分になかった者を自分以外の人と一緒に新しく作り上げていくの。新しいことを恐れていたら結婚はできないわよ。頑張ってね」

言うだけ言って踵を返して去っていく。

意味深な人だ……!?

あれで全盛期だった頃の父上をサシで倒せるほどの実力者というんだから、世界は本当に広いものだな……!?