軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

783 辺境の天才

若き天才仕立て師シャランティアよ。

え? まだ見習いだろうって?

うるさい。

今は見習いの身分でも、天才は生まれた頃から他のヤツとは違うのよ。

何というの? 身にまとうオーラが!?

こう、他のヤツと違って輝いているのよ!!

そして運にも恵まれている!

この聖者様の農場にやってきて尚更確信できることね!

最初は『田舎への左遷ヤダーッ!!』と嘆いたものだけど、今なら思い違いだとわかる。

美に携わる者として、農場で暮らすことはこれ以上ない最高の環境だということが!!

魔都のファッションブランド『ミックスパイダー』からなかば無理矢理移動となった、この新環境。

そこには普通に暮らしていたらまず見れないであろう、とんでもブツが溢れかえるほどにあるのよ!!

見たこともない建築様式のお屋敷! エキゾチックでまるで異国に迷い込んだかのようだわ!!

美味しい料理! 魔都ですら食べたこともないような料理がたくさん! 彩りも鮮やかだし何より美味しい!……でもまあ魔都で売られているものもいくつかあるけれど……え? こっちが元祖!?

住人は魔族に限らず人族も人魚族もいる! 彼らから聞く話は耳に新鮮で、創作の参考になるわ!!

エルフにドワーフはもっと直接的にモノ作りの技術や創作論を聞かなくても語ってくるし、極めつけにはドラゴン、ノーライフキングまでいるのよ!!

世界二大災厄を間近に見るなんて魔都にいたままでは絶対に無理!!

ここでの貴重な体験は、必ずや私の創作活動の肥やしになること間違いないわ!!

さすが『ファーム』の本拠地というべきね!!

本当に農場に来れられてよかった!!

冒険を恐れて魔都に残った同期どもよ! 今は笑っているがいいわ! 私が農場ですべてを学び終えて帰還した時こそ、自分たちの選択の誤りがハッキリする!!

ざまぁが待ち遠しいわよねぇー!!

* * *

「妄想に浸ってないで手を動かせよシャランティア」

「ひーん!!」

ここ農場でも同僚のキトから怒られる。

それで私は嫌でも現実に引き戻された。

この無数のシャツを縫い続けるという地獄の現実に。

「明日までに新品白シャツ五十着、オークたちに届けなきゃいけないって言われてるだろ! これに間に合わなかったら明日期日のゴブリン宛の注文にも支障が出るんだぞ!!」

「私はシャツを縫うために針子になったんじゃないのにぃいいいいッッ!!」

憧れの職場……ファームの本部に住み込んでも現実は厳しかった。

『半人前は下積みでもやっとれ』とばかりに来る日も来る日もやらされる仕事は、この農場に住んでいるオークやゴブリンたちの服作り!

いかにも日常使いのシンプルなデザインで、センスの欠片もない!

こんなのを毎日作り続けさせるなんてデザイナーの修行とは思えないわ!!

しかもなんで手縫いなのよ!?

この農場にはミシンという、魔法のような道具があるっていうのに!?

あれがあれば手縫いより遥かに早く仕上がるっていうのに使わせないなんて不条理だわ!!

意地悪!?

結局私たちはただの従業員として連れてこられたのよ!!

「オレは、いい訓練だと思うがな」

私の隣で、手を止めずに言うのは相変わらずキトの野郎よ。

私と同じ、無限手縫い地獄に落とされながらも小憎らしいほど冷静だわ。

「あのミシンは、どこにでもあるものじゃない。逆に極めて珍しいものだ。オレたちのように、まだ未熟なうちからアレの便利さに慣れてしまうと危険だ。どこに行っても通用する仕立て師になれない」

そ、そうかもしれないけれど……!?

「今の仕事は、基礎の経験値稼ぎにはもってこいだと思わないか? これだけの量のシャツを縫うなんて『ミックスパイダー』でもなかなかないことだ。あっちにいたら何年もかかる下積みを、ここ数週間で済ませられるんだぞ?」

チッ、真面目野郎め。

何でも前向きに受け取りやがって。

そんなのより私はミシンが扱いたいのよ! 最先端のドレスのデザインをしたいのよ!

それなのに地味な下積みなんかさせるなんて、あのバティとかいうオバサンは若い私たちに嫌がらせしてるのよ!!

「滅多なこと言うな、退役軍人だぞ」

退役軍人だからこそ、こんな石頭で古臭い基礎訓練させるのよ!

何でも根性で済まそうとしやがって、あの手の人種は!?

「そんな言葉が本人の耳に入ってどうなってもしらないからな……!? とか言ったらいらっしゃった!?」

「おはようヒヨッ子どもー」

やって来たわ!

この作業場の主! 理不尽なる戦場帰りの鬼女バティめが!

結婚して農場を出たから毎日転移魔法で出勤してやがるのよね!

そんなアイツの顔色を見て……!?

「うーん艶々してる……!?」

「新婚だからな……!?」

アイツが『ファーム』のデザイナーと知って尊敬した時期もあったけど、それも今では気の迷いだったということがわかる!!

所詮アイツは元軍人! 鉛の感性しかもっていないのよ!

そんなヤツでもこの農場にいたらいっぱしのデザインができる! 元からセンスのある私がここでちゃんと修行したらあっという間に追い越せるわ!

だから手縫いの訓練なんてさっさとやめて、ドレスのデザインをさせなさい!

「フフフフ、大分イラついているようね? 延々と手縫いを続けるのはそんなに苦痛かしら?」

何よ、わかっていて押し付けたなんてやっぱり意地悪なのね!?

「しかしこれくらいで音を上げているようでは、とても農場での被服担当は務まらないわ。これはいわば入門テスト。アンタたちに最低限のバイタリティがあるかどうかをみているのよ」

え?

どういうこと?

「バティいるいるいるー?」

突如として作業場に乱入してきたのは……聖者様!?

この農場の主!?

「聖者様、出勤しておりますよー」

「グッドタイミングだね! 実はキミにまた拵えてほしい衣服があるんだけど!!」

「お任せください。すべての注文を後回しにして最優先で承ります」

くッ。

あらゆる案件より優先させる聖者様……ッ!? この農場の支配者なら当たり前なのだろうけれど。

「して、何を作りましょうか? 普段着ですか? 余所行きの礼服ですか?」

「紋付き袴を作ってほしいんだ!!」

……?

何それ?

モンツキハ・カーマ?

そんな名前の衣類ってあったっけ?

魔都で勉強してきた私でもまったく聞き覚えのない言葉よ!?

「あッ、名前だけ言ってもわからないよね!? 紋付き袴っていうのは要するに家紋付きの羽織袴のセットで、羽織の胸部分に家紋がついてるの! 暴れん坊ジェネラルが着てるような! それで羽織を結ぶ紐の真ん中にポンポンがついててフワフワしてるんだ! そういうのを作って!」

まったくわからん!

聖者様は異界の言語を話しているのかしらひょっとして!?

「かしこまりました。農場の服作り担当として作り上げてみせます」

ええええええええッッ!?

あの女、あのまったくわけのわからない説明でクライアントの意図が伝わったというの!?

「さすがバティ! いつも俺のイメージ通りの服を作ってくれて助かるよ! じゃあ俺は神社作りに集中するんで!!」

そして風のごとく去っていった聖者様!?

一体これどうなってしまうの!?

そして小一時間後……。

* * *

「できました! これでいかがでしょう聖者様!?」

「うわー! まったくのイメージ通りだ! ありがとうバティーッ!!」

うそぉ!?

マジであのまったく何も伝わらない説明で、寸分たがわない発注通りの逸品が生まれるというの!?

どんな翻訳魔法を使えば、そんな奇跡が起こせるというの!?

「……わかったかしら? これが農場で生き抜くために必要なバイタリティよ!」

バティさんが言う。

「異世界から渡ってきた聖者様のお言葉を、感覚だけで理解し正確に再現する! それこそが農場の服作りにもっとも必要な能力よ! 私は、その能力を獲得するのに限界を振り切った! アナタたちも限界を超える必要があるのよ!!」

な、なんという……!?

バティさん、普段ふんぞり返っているように見えて……こんな凄まじい能力を獲得していたなんて……!?

そこまで到達するのにどれほどの苦難があったのか!?

やっぱり私が間違っていたわ! バティさんは物凄いデザイナーだった!

私、死ぬ気で頑張ります! だからバティさんの技をすべて教えてください!

「あッ、ところでバティ……!?」

「なんです聖者様?」

「俺が欲しかったのはジュニア用の衣装なんだけど? これはサイズ的にどう見ても俺用……!?」

……。

肝心なところが伝わっていないバティさんだった。