軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

745 悩む縫い師

私の名はバティ。

聖者様の農場に住まう魔族の一人。

ここ最近は相棒のベレナより出番が少なくて影も薄かったが……。

そもそもベレナの方が事務能力もあるし交渉能力もあるしで使い勝手がいいのよね人材として。

あれで一時期は何をしていいのかわからず迷走してたって言うんだから、どんだけ自分に自信がなかったのか。

仮にもかつての四天王アスタレス様の副官を務めていたんだから、おどおどせずにどっしりかまえていればよかったのよ!!

……とまあヒトにかまけるのはこれくらいにしておいて今は自分のこと。

私は今でも衣服を作り続けておりますよ。

生家が縫い師であった関係から縫い物、服作りに長く携わってきた。食い扶持のために魔王軍へと入り、血で血を洗う日々を暮らしながらもできる限り縫い仕事は続けてきた。

農場にやってきて、必要に求められて服作りの仕事に就けたのは生涯最高の幸運。

ずっとヤリたかった仕事に没頭できるだけでなく、ここ以外のどこにもない貴重にして最高品質の布地やらを扱えるのは至福という以外にない。

それらの極生地を元に拵えた衣服は累計何百着となるだろう?

私の作った衣服は農場だけではなく外の世界にまで売り出されて大層人気を博している。

非常にありがたいことね。

私の作った服がこんなに喜ばれるなんて。

アスタレス様にしごき回されて泣いたり笑ったりできる感覚を失ってなおも服を作り続けてきてよかった。

そんなかんじで現在の私の状況は順風満帆といってもいいかと思える。

今やっている作業は、ウェディングドレスの制作。

『またかよ』という気はする。

いつぞやだったか、かつての我が上司アスタレス様やグラシャラ様とか、聖者様の奥方にあらせられるプラティ様、他にも人魚族のパッファ様にランプアイさんなど数々のウェイディングドレスを作製させてもらった。

それに続いて今度は人魚族のゾス・サイラ様にカープさん。

めでたくご結婚が決まったので必要だろうとハレの衣装を製作中。

本人どもは気後れして、何やら逃れようとしておりましたが……。

――『いやいやいや……! 一緒になるゆうてもわらわももういー歳じゃし、はしゃいでお祭り騒ぎなんかしても恥ずかしいだけじゃろ!? オークボにも迷惑をかけるかもしれぬし、とりあえず誓いを交わすだけであまり派手なことは……!?』

とか言っていたわ。

もう一人の方も。

――『教育者として半生を捧げてきた私にお式など! 大袈裟なものは必要ありません! ただ静かに質素にゴブ吉様との愛をお誓い申し上げればいいのです! 恋に浮かれてお祭り騒ぎなど、あとではねっ返りの生徒たちにどんな揶揄を受けるか! 受けるかぁ……!』

……などと見苦しく騒ぎ立てていました。

それでいて……。

――『しかしまあ、誓いの儀式で着るドレスとやらにはちょっとばっかし興味がないことでもないがなあ。やはりこの「アビスの魔女」がまとうからには見る者を圧倒し、恐怖を与えるようなものでなければいかん! そうじゃのうドクロ的な意匠を着けるのでどうじゃ? それでさらに深海魚的なおどろおどろしいフリフリ、半透明な感じもいいのう!』

――『教育者たるもの、清廉潔白で正統な印象が必要です。人生一の晴れ舞台でもけっして浮かれないという鋼の意思表示が欲しいところですね。不必要に胸元を開いたり肩を見せたりと扇情的なデザインはもってのほか! ああ、あと咄嗟に旦那様をお守りできるように拳に攻撃力があるといいですよね。手甲とか』

……必要ないと言いつつ山のように注文を付けてきなさる。

そしてそのすべては聞くに聞けないものばかり。ウェディングトレスにおどろおどろしさも堅苦しさもいらねえ。

攻撃力もいらねえ。

結局のところ、生まれて初めての結婚式に内心浮かれまくっているということだった。

……まあ、友だちの娘が結婚出産するほどの年齢になってから自分らも結婚するとなったらそりゃ決まりも悪いだろうが……。

しかし世界で一番幸せな日になることは確定してるんだから腹を括って満喫すればいいのに。

私もそれを想定しての、着用者の注文をガン無視してドレスの制作を進めます。

まあ私も……ヒトのことを言ってる場合じゃないんですけどね。

あと何着、自分が着るでもない他人様のウェディングドレスを縫い続ければいいのか。

こうやって時間はあるとのんびりしている間に時間は過ぎ去って、私だってゾス・サイラ様やカープさんみたいな立場に陥りかねないとも限らない。

実際、人魔戦争中は同じ階級で働いていたヴァーリーナが領主夫人となって子どもにも恵まれているんだから。

……このままじゃヤバない?

という危機感が最近日一日と輪郭をハッキリさせてきているんですよ。

とは言いつつ私、実は結婚の予定がまったくないわけではない。

結婚するのにもっとも必要な……将来を誓い合う相手はいないわけでもない。

その人は、私が魔王軍副官時代に同格だった人で、所属こそ違っていたが戦場ではそんなこと特に関係なく、必要があれば協力してきた。

……お互いの上司に問題が多かったので尚更、協力しないと生き抜くこともできなかった。

私が魔王軍を退役したことで一度は縁が切れたかと思ったが、あるきっかけから再会を果たしてそれ以降は機会を見つけてよく会っている。

その……恋人として認めてもらったことだし。

転移魔法を使えればどんなに離れていようと一っ飛びで会いに行けるので彼の休暇の日などは約束してデートなどもしていたのよ。

仕事も充実し、プライベートも満ち足りている。

そんな私の生活こそ順風満帆かもしれないが、そこで油断していてはいけない。

永遠と思われた幸福がある日突然崩れ去るということなんていくらでもあると、私のこれまでの半生が何より証明しているではないか。

詳細は省略。

とにかく今の幸せが無条件に続いていくなどとは夢にも思わぬ方がいい。

危険はどこにだって息を潜めているのだから。

たとえば彼との立場の違いとか。

私の恋人……名前をオルバというのだけれど、彼はそもそもの生まれがいいところのお坊ちゃん。

魔国の貴族階級の子息で、四天王補佐に若くして抜擢されたのもそのコネあってこそと噂されている。

もっとも魔王軍最強である四天王を補佐する激務は、生まれのよさだけで務まるものではとてもないけれど。

コネがあったのもたしかだろうが彼自身の有能さももちろんある。

……話が逸れた。

問題なのは、彼の生まれが高貴だということで予想できること。

貴族である彼には、自家を存続させる義務がある。

各聖剣の継承家系ほどではないが、それらに付き従い戦争でも活躍してきた名家なのだから、これからも未来永劫魔国と魔王家をお守りするために後継者を遺してお家を盛り立てていかなければいけない。

オルバも、今でこそ四天王補佐としてバリバリに仕事しているものの、いずれは実家に戻って当主を継ぎ、お家を盛り立てつつ奥さんを迎えて、次の世代を生み育てていかなければいけない。

それが貴族の義務というものだろう。

平民生まれの私には大いに関係のない話だが……。

そう、だからこそ私たち二人にとっては大いに問題。

普通に考えただけでも貴族と平民は身分違いで恋が叶うわけもない。巷の恋愛小説の王道みたいな展開だけれど……。

今の世界じゃそこまでありえないことでもないのよね。

まず魔王様の第二妃として輿入れなさったグラシャラ様が、本来では王城に立ち入ることすら許されぬ下級貴族の出であるし。

他国のことだが当代の人魚王妃となられたパッファ様なんぞ平民どころか前科持ち。

そんなムチャクチャなあの人たちに比べたら、一応平民ながらも魔王軍上級幹部を勤めあげた私の経歴なら一貴族への嫁入りなんぞギリOK。

ギリではあるが。

しかしながら私たちの場合、さらなる問題があって……。

私自身の手に持っている職がね。これがもう結婚においては大問題。

農場に住み込んで衣服を縫う。そんなひたすら幸せな境遇だけれども、もし彼と結婚すれば必然的にここから離れなくてはならない。

なんたって貴族夫人になるのだから。

ただ嫁入りするからだけではない。

当主たる夫を手助けし、家を盛り立て社交をこなし、それでいて跡取りとなる子どもを生み育たなければいけない。大抵の場合何人と。

そのためには全時間全能力を注がなければならなくなるだろう貴族夫人としての使命に。

中途半端な覚悟では務まらないのが貴族なんだろうなと思う、やはり。

彼と結婚するならこの農場での立場も、仕立て師として築き上げてきたキャリアも捨てなければならない。

そんなことが私にできるだろうか?

今までずっと服を作る職業を夢見て、その夢がかなってからはずっと幸せを感じる私に。

彼と再会してからもうずいぶん経つのに、パッファ様やらゾス・サイラ様などが先を越していく中、私だけがまだグズグズと結婚を決められないのはそこに理由があった。

愛する人と結ばれるために農場の生活を簡単に捨てることができたパッファ様やランプアイさん。

また突出した能力ゆえに立場と結婚の双方を掴むことができたゾス・サイラ様。

そのどちらの真似も私にはできそうにない。

こいにも仕事にも未練タラタラなのだから。

そのせいで現状をズルズル維持してきた感はある。

でも時間は容赦なく流れ過ぎ去っていくもの。オルバだって、そろそろ実家から呼び戻されて正式に代替わりを迫られるかもしれない。

そうなったら私たちの関係は一巻の終わり。

だから一刻も早く決断せねばならぬと思っているその手で、私は他人のウェディングドレスを縫っています。

そんなことしている場合かッ!?

と思うのだがそれでもどうしていいのかわからぬ現状。

ああ、こんなに乱れた心境でドレスを縫ってはそれを着て晴れ舞台に立つゾス・サイラ様やカープさんにも失礼だわ。

しかし一体どうすれば……!?

そんなところへドバーンと轟音を立てて何かが突っ込んできた。

一体何?

「恋に悩む乙女の波動を感知したわ……!」

いやもう乙女って歳でもないんですが。

突入してきたのは、どうやら人らしい。人語を解するので。

しかし人が壁をブチ破るほどの速度で飛来してくるものだろうか?

「その悩み、この私が解決してご覧に入れましょう。この未来のグィーンドラゴンであるブラッディマリーがね!!」