作品タイトル不明
656 生徒たちの目線:エリンギア編
私はエリンギア。
魔王軍の誇り高き精鋭エリンギアだ!
地上全土を支配した魔族は、世界の覇者。その魔族の軍隊である魔王軍はすべてを支配する最強の軍!
その魔王軍に所属する私は、いずれ世界すべてを牛耳ることを約束されたエリートの中のエリート!
若く才能に満ち溢れるがゆえに将来も有望。時を重ねれば四天王に入ることだって夢ではない!
そうなれば私は、魔王軍を意のままに動かしながら、世界そのものも意のままに動かせる!
それこそ世界でもっとも優れた魔族の振舞いに相応しい!
……と、思っていた。
この地に来るまでは。
正直今はそんなこと微塵も思っていない。
昔の自分は何と愚かだったのだろうと反省するばかりだ。
この地にやってきた私が何より知ったのは、自分の傲慢、みずからの分際を顧みない不見識、そして愚かさだった。
人間国との戦争に勝ったぐらいで世界で一番になったなどと、とんでもない思い違いだった。
この世界にはその気になれば魔王軍ぐらいいつでも粉々に粉砕できる存在がいるのだから。
それも複数種類。
ドラゴン。
ノーライフキング。
世界二大災厄と呼ばれる存在は、入隊当時から知っていたが愚かなる私は災厄と言えども精々苦戦するぐらいで、魔王軍がその力を結集すれば倒せないこともないなどと思っていた。
まったくそんなことなかった。
むしろドラゴンやノーライフキング側こそ苦戦すらせず我々など瞬時に消し去ることができるのだ。
積もった塵を払うかのごとくに。
しかも恐ろしいのは二大災厄だけでなく、それらに匹敵する殲滅能力を持った天使。
変異を繰り返して究極にまで力を高めたオークやゴブリン。
人魚国で恐れ敬われる魔女という天才たち。
レタスレート姫。
いずれも魔王軍に抗するか、簡単に捻り潰せる能力の持ち主ばかりだ。
世界は広い。いくらでも上には上がいるということを教えてくれたのはこの農場だった。
自分の小ささを見詰め直し、謙虚さをもって進んでいく。
私が農場で積み重ねたのはそういったこと。
ノーライフキングの先生や農場の主、聖者様の優しいご指導を受けてみずからを鍛え、ついに迎えた最終試験。
私が農場で培ってきたことが、どれだけ実を結んで形になったか。
それを見定めるための試験。
この試験に見事合格して、私は心身共に成長したことを証明してみせるのだ!
……と思っていた。
けど違った。
それでもまだ自分が傲慢になっていることを思い知らされる最終試験だった。
第一関門から襲い来る、神をも殺しそうな獰猛なる狼、世界級の巨大蛇。いずれも一息に吹っ飛ばされそうでとても勝てる気がしなかった。
私の今日まで農場で積み重ねてきた努力は何だったんだろう。
そう思えてくる最終試験の破天荒ぶりだった。
私はまだまだ傲慢であると、それを思い知らされるような試験だ。
さっきの第七試練だって。
『ついに半分過ぎた!』『折り返し、もう勝ったも同然!』などと安心しきった矢先に現れた大威徳明王に私の魂は消し飛ばん限り。
初めて間近にした竜とも不死者とも神すらとも違う絶対者の威容に、私は戦うことなく屈するところだった。
私は弱い。
ただひたすら弱い!
それに対して押しも押されぬ堂々さで大威徳明王と向かい合ったリテセウスのなんと立派なことか。
あの神以上の存在に対して一歩も引かないどころか、問答にも満足いく受け答えができたリテセウス。
私は人魔戦争に魔族側が勝利したというだけで慢心し、ずっと人族を見下し続けてきた。
しかし農場にやってきて、その人族であるリテセウスに一度も勝つことがなく卒業試験まで来てしまった。
これが最後だというのに、結局またリテセウスに勝てる気がまったくしない。
彼が進む道をたどって、便乗するように卒業試験を後追い合格しようとするだけだ。
第八試練は人をも食らう凶暴な馬退治で、代理として現れたのは閻魔様紹介の馬頭観音という、またしても神を超越した存在だった。
それでも先の大威徳明王ほどヤバい相手でもなかったので、リテセウスが陣頭に立って学生たちを率い、袋叩きにすることによって何とか突破することができた。
第九試練、かつて広大な森林地帯を支配していたというエルフの女王から腰帯を奪ってくるという試練に、エルフの女王役で現れたのは大神オーディンの世界から来た冥界の女王ヘル。
腰帯なんか持ってない彼女なので仕方なくパンツを無理やり脱がせて戦利品とした。
それを行ったのもリテセウスだった。
リテセウスはやっぱり凄い。
神だろうと神以上のものが相手だろうとリテセウスは果敢に戦い、そして勝利をもぎ取ってしまう。
それでいてけっして勝利に酔うこともなく、自分が何者なのか、自分のすべきことが何なのかをしっかり見定めている。
そのことは、あの大威徳明王との堂々たる問答からも明らか。
きっと私たちの世代は、リテセウスが頂点となって席巻する世になるに違いない。
同世代の私たちは常に彼のわき役、彼の取り巻きとして生きるしかない。
自分が主役の世代となる頃には、私たちが中心となって世界を動かすのだというかつての未来予想図は甚だしい思い違いだと言うことがわかる。
なんて惨めなのだろう私は。
魔王軍人として、この上ない敗北感を味わった私は、農場を卒業できたとしてこれからどう生きればいいのだろうか?
自分が箸にも棒にもかからないものとわかっていながら以前のように自信満々に、魔王軍の出世レースを生き抜くことができるのか?
一体どうしたら……?
* * *
『そんなの簡単よ』
十番目の試練として待ち受けていたのは、女神ハトホル。
アヌビス神の世界から訪れた、豊満な女体と水牛の角を持った愛欲の女神だった。
『アナタは女の子でしょう? 女には女の天下の取り方があるのよ。それを教授してあげましょうか?』
「ど、どういうことだ?」
どんな世界にも大抵いる、愛と美を司る女神。
絶世の美女にて見た目体つきはパーフェクト。どんな男も惑わし、自分に夢中にさせる。
人々に多産の繁栄をもたらすと同時に、恋の盲目によってもたらされる破滅をも提供する危険な女神。
アヌビス神の世界でそういうポジションについているのは、この牝牛を象徴する角ある女神ハトホルであるらしい。
『女が王になるにはどうしたらいいか? 簡単よ、王の妻になればいいの。ただそれだけで王に匹敵する権力が我がものとなるのよ』
「し、しかしそれは私の実力とは何の関係もなく……!?」
『そんなもの女が持たなくたっていいじゃない。すべては適材適所。汗臭い力仕事は男に任せておけばいいのに、なんで女が好き好んでやろうとするの? 女には武力暴力などよりもっと素晴らしい力が生まれながらに備わっているというのに。美貌という、ね?』
周囲では、ハトホルが引き連れてきた男奴隷や牡牛たちとの乱戦が繰り広げられていた。
彼らは皆、ハトホルの魅力に心奪われて。
『勘違いしないで。女は男なしでは生きられない哀れな生き物なのよ。強い男に守ってもらい、食物や財産を運んでもらわなければ自分の生活を確保することもできない弱い生き物。しかし代わりに男に愛を与え、強き男の後継者としてさらに強い男を生んであげられる』
「しかし私は、自分一人でも生きられるように身を鍛え……!?」
『その力も、英雄と呼ぶべき男には遥か遠く及ばない。その英雄にとってアナタは取るに足らないザコに過ぎないわ。それでも、アナタが彼に愛を与え、彼自身では絶対にできない彼の子を生むことさえ叶えば、アナタは彼のかけがえのない存在になりえる。実力とは関係なくね』
うぐ。
うぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……!?
『拘りさえ捨ててしまえば、アナタの可能性は無限に広がるのよ。さあ、広い視野に立って考え直してみましょう。必要なのは英雄である夫か、アナタ自身が英雄になることか? 答えは考えるまでもないと思うけど……』
そ、そうだよな……?
私なんかが強くなってもたかが知れてるし、それよりはリテセウスに従って守ってもらった方が……?
えへ、えへへへへへへへ……!
「エリンギアを惑わすな、このサキュバス女神がああああッ!」
『きゃああああッ!?』
あれッ!?
どうしたんだ私は!?
リテセウスがハトホル目掛けて飛び蹴り食らわせた瞬間、フワフワした心地が消え去って、思考が明瞭になった。
もしかして私、愛欲の女神にテンプテーションされていた。
「バカにするなよ! エリンギアは農場で誰よりも頑張ってきたんだ! その努力を結果だけで否定されてたまるか!」
リテセウスが我がことのように憤慨して言う。
「エリンギアは頑張るから綺麗なんだ! それが彼女の魅力なんだ! それを否定して勝手に彼女を語るな!」
『ウフフフフ……! 情熱的なのね。周囲の人間を男女問わず魅了する、それが英雄の魔性……!』
「うっさい!」
『ぐはぁッ!?』
あの完璧な女神の色香に惑わされもしないなんて、リテセウスやっぱり凄い……!?
それに私の頑張りも認めてくれて……!?
「リテセウス、好き!」
「わー!? まだ エリンギアが魅了から回復していない!!」
もちろん頑張ることはやめないが、ハトホル女神のお陰で自分の人生設定の視野が広がった気がした。
卒業後の将来設計を、改めて練り直してみようかな?