軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

650 異世界養蜂計画

「め、メープルシロップ!?」

ゴトンと置かれた瓶の中に、濃琥珀色の液体がなみなみ満たされている。

それに衝撃と困惑の色を浮かべるモンスター蜂の女王。

「こ、これはハチミツじゃないの!? 色といいネットリとした質感といい、ハチミツそのものなんじゃないの!?」

「だったら飲んでみるといい」

「何なの、その職人目線? いいわ、だったらこの女王蜂みずからたしかめてやろうじゃない。ペロリ! ……これはハチミツ!?」

違いますが?

メープルシロップは味といい形態といい、本当にハチミツと間違う食材ではあるが別ものであった。

メープルシロップは、メープル=楓の木から出た樹液を煮詰めて濃縮したもの。

蜂が数多くの花から採取してきたハチミツとは違う。

メープルシロップは樹液を材料にした植物性、ハチミツはハチの巣から採取した動物性! ……とも思ったがハチミツだってさらに大元をたどれば蜂が花から採取したものなんだから根源的に植物性か。

やっぱりハチミツもメープルシロップも同じものなんでは!? と思ってしまった。

「ならなおさら、メープルシロップの安定供給が保たれている我が農場にハチミツも養蜂もいらないんでは……?」

そう思う俺の傍らで、クマくんがメープルシロップの瓶を真っ逆さまにして一気飲みをしていた。

大層お気に召したようだ。

「我が君、クマ殿がお代わりを所望しております」

「メープルシロップは飲んでも飲まれるな!!」

というわけでこの残った女王蜂はどうしようか?

なんか放置しておくと近隣住民に迷惑をかけそうだし、サクッと処置っとく?

「待って待って待って! 性急な判断はよくないのことよ!!」

生命の危機を感じ取って縋りついてくる女王蜂。

「似たようなものがあるからって即いらないとはならないでしょう!? ここは一旦お試し期間を設けて、改めて両者の違いを精査してみては!?」

「うーん、でもねえ」

俺、聞いたことがあるんですよ。

ハチミツとメープルシロップの一番違うところ。

幼児にハチミツを与えてはいけない!!

「ハチミツには何とか菌とかいうのがいて、それが赤ちゃんに有害なんでしょう? なんてことを聞いた」

とりわけウチには、その危険時期ジャストミートな赤ちゃんがいるから、危険物はできるだけ傍に置いておきたくない。

メープルシロップで全部代用したい。

「メープルシロップは大丈夫なんですか?」

「あれは製造過程で火を入れるから自然に殺菌できてるらしいよ。その分保存期間はハチミツより短いけれどね」

すべての菌を殺したということは、そのあとで新たな菌やカビなどが侵入しやすいということだった。

ジュニアはもう二歳を迎えて大丈夫だろうが、弟のノリトはここからの時期なので、ハチミツはできるだけ近寄らせたくない。

「……ということで、ご縁がなかったということで!」

「待ってえええええッ! もう少しだけ私にアピールタイムを与えてえええええッッ!!」

縋りついてくる女王蜂。

安心しろ、キミの亡骸は有効利用して殻とか羽を素材に『女王蜂装備』みたいなのを拵えてあげるから。

「いやあのッ、私の使い道は蜜だけじゃないのよ! ……そう、受粉! 受粉の助けになるのよ!?」

受粉?

というと、花粉がめしべについて種子になる一連のプロセスのこと?

「花って、蜜を吸うために寄ってきた私たち蜂の体に花粉をつけて、別の花のところに運ばせるんでしょう!? 私がこの農場に住み着いたら、我が眷属の働きバチでもって効率的に花粉を運ばせてあげるわよ!!」

現実の農家の方には、そうして次世代の作物がよく育つようあえて畑や果樹園の一角に蜂の巣箱を置いたりするのだそうな。

たしかにそういう意味では農家と蜂は共存共栄。一緒に生きていく存在。

そんな蜂と今までご縁がなかった我が農場はいささか特殊と言える。

「今からでもアナタの畑に我々蜂を!!」

なんかセールストークみたいになっている。

「そう言われても……、今までウチに蜂を置かなかったのはそれなりに理由があったわけで……!」

そもそも家で育てている農作物。

自然に種をまいて発芽させているものじゃなくて、『至高の担い手』というチートで芽生えさせているものだから。

触れたもののポテンシャルを百%以上引き出すこの手で地面に触れれば、それだけで望んだ作物が土から生えてくる。

だから新たな種を採取して次代に託す……ということをしなくていいわけだ。

新しく育てようと思ったら、そのたび俺が地面に触れたらいいわけだから。

まあ、そればかりではよろしくない……ということで最近は種を残して次世代に通じるための研究をしたりもしているが……。

「というわけで蜂さんの受粉についての役割も早急には必要としていませんねえ。また何か機会があればということで」

「その機会は私に与えられるものなの!?」

いえ、恐らくそんな時が来たら、その時その辺を飛んでいる蜜蜂さんにお願いすることになるかと。

個体としてのアナタに機会は……。

「よぉおおおし! ちょっと待って私のさらなるアピールポイントを思いつくから! ちょっとだけ待ってーッ!?」

と必死で訴えるので、彼女が何か新案をひねり出すまでにもう少し、考えてみることにした。

蜂による受粉補助について。

ウチの農場には俺以外にも農業に全身全霊注いで打ち込んでいる人は多くいるので、そういう人の中には受粉の手伝いとしての蜂はいるかなあと聞いてみた。

たとえば豆研究に勤しむレタスレートなんかはより美味しい豆の品種改良に勤しんでいるから、受粉の手伝いの蜂いるかな? と思って聞いてみたら……。

「いらないわね」

ときっぱり断られた。

「私の管理している豆畑は、品種改良を突き詰めるために交配も手作業でやっているのよ。この手で狙った雄株の花粉をとって、どの雌株に擦り付けるかを決めてから擦り付けているの」

「それを虫の勝手気ままに任せていたら、ランダム性が織り交じって精巧なデータが取れなくなってしまうということですねレタスレート」

相棒のホルコスフォンまで一緒になって……!

ヤツらのランダム性排除は徹底していて、こうして品種改良交雑データ収集用の豆畑は、ポーエルらに作ってもらったガラス板を全面に渡して、さながらビニールハウスみたいな施設の中で行われていた。

これならカラスどころか虫一匹忍び込む隙間もない。

お姫様の徹底ぶりに戦慄しつつ、こちらで蜂はお呼びないことがわかったので、別のところへ声掛けに行くことにした。

そうだ、ダンジョン果樹園はどうだろう?

果樹といえば大体花をつけるんだし、その花から花粉を運ぶ蜂は歓迎されるかと思ったのだが……。

『『『『『『『『蜂いりませんッッ!!』』』』』』』』

凄い勢いで拒否された。

それはダンジョン果樹園の管理を任せている樹霊たちからの声。

『心外ですぞ聖者様! それくらいのこと、我ら樹霊にできぬとでもお思いですか!』

『各花弁から花粉の受動は、我ら樹霊の管理の下しっかり行われていますぞ! そこまでできてこその樹霊!』

そうなんだ?

樹木に憑依する樹霊は、思ったより色んなことができるんだな。

『そして蜜を御所望というなら、わざわざ蜂に頼る必要はありません! 蜜は花が分泌するのです! 蜂どもはそれを擦って集めているだけにすぎぬのですぞ!』

『我ら樹霊が必要とすれば! 虫ごとき介するまでもなく花から直接蜜を噴出させてご覧に入れましょう! ホレこの通りブシャアアアアア!!』

撒き散らすな。

意外にも蜜が欲しかったら樹霊かに直接頼めばいい、ということが判明したため益々養蜂の必要性が下がった。

そしてウンウン唸っている女王蜂のところまで戻り……。

「ごめ~ん、やっぱりキミの必要とされるセクションは見つからなかった~」

「思いついたわ! 私の究極セールスポイント!!」

えッ?

「知ってる!? 蜂が生み出す素材はハチミツだけじゃないのよ! これを見なさい!」

と言って差し出された物質は……、何?

固形物?

「これは……蜜蝋よ!」

「みつろう?」

「ハチの巣の材料よ! 私たちが分泌する液体が時間を置くと固まってカッチコチンになるの! 硬いでしょう!」

うむ、たしかに。

「モンスター蜂である私たちの分泌した蜜蝋だから普通のものより数段堅いし、熱すれば簡単に溶けて液体に戻るのはまさに蝋のごとし! 色んな用途に使えるのよ! どう!」

たしかにこれは今までの農場にはなかった素材だな。

色々と利用法を模索できそうだし研究してみるのもいいか。

これから冬に入って暇もできることだしな。

「では蜜蝋係として農場に住まうことを許可しよう」

「やったあ!」

その傍らでは、既にクマくんがメープルシロップを樽でがぶ飲みしていた。

彼は結局甘ければ、両者の違いに拘りはないようだ、クマくんは。