作品タイトル不明
570 精霊の審判
冬が去り……。
春となった。
明けない冬はなく、季節が巡るのも停滞などない。
だから俺の農場でも、こうして再び春が訪れたのだが、そうなるってーと我が農場の春ならではの風物詩があります。
「ふっかつ、ですーッ!」
「はっしん、ですーッ!」
「ていく・おふ、ですーッ!」
「ていく・あうと、ですーッ!」
謎の掛け声と共に土中から飛び出してくる、謎の小型物体。
いや、それは生命体であった。
割と小さな……せいぜい中型犬程度の身の丈、そして総身の印象は可愛い溌剌な女の子。
そんな子たちが複数、クレイモア地雷みたいに地面から空中へと飛び出しバラ撒かれてくる。
そう彼女らは……。
「大地の精霊!」
「春といっしょに、こんにちわですー!!」
春になってまず再会するのが、この子たち。
大地の精霊。
自然の運行を維持するための霊的存在だが、ここ農場では神の加護やらなんちゃらのおかげで実体化して、こうして顔を合わせることができるのだった。
冬の間は、自然のエネルギーが薄まり停滞するので地中に潜って休眠している。
そして春になると再び出現するのだ。
大地の精霊たちとの再会は、春の楽しみの一つでもある。
「聖者様おひさしぶりですー!」
「お久しぶりぶりざえもんですー!」
「今年もいっしょうけんめーはたらくのですー!」
「はたらかざるもの、死ぬのですー!」
「ごぶさたーんですー!!」
今年もまた熱意がほとばしりすぎて制御できない感じになっている。
まあ、いつものことか。
農場の春は、こうやって賑やかな始まりを告げるのだ、毎年。
「まあまあ、お仕事を始める前に、こうして一冬越しの再会を果たしたんだ。一つ景気づけといこうじゃないか」
「わー」「なんですなんです?」「楽しいことなら、だいかんげーですー!」
『景気づけ』といういかにも浮かれたワードに大地の精霊たちも興味津々。
「美味しいジュースで乾杯だー!」
「「「「「わきゃーーーーッ!!」」」」」
色とりどりの液体が並べられる。
オレンジジュース、アップルジュース、ぶどうジュース、バナナジュース、パイナップルジュース、ドリアンジュース。
我が農場で取れた果実をミキサーで粉砕し、液体状にした栄養満点のフルーツジュースだ!
そしてジュースといえば子どもが大好きなものの一つ。
このもてなしを起き抜けに受けた大地の精霊たちは随喜の極みに達していた。
「うれしーですー! ジュース甘くて美味しいですー!」
「起き抜けのいっぱいにサイコーですーッ!」
「さすが聖者様は気が利いてるですー!」
大地の精霊たち、次々とジュースの入ったグラスをとって全員に行き渡す。
「それでは、乾杯!」
俺の音頭と共に、グラスを高々掲げる大地の精霊たち。
「かんぱいですーッ!」
「ぷろーじっとですーッ!」
「てぃんてぃんですーッ!」
そしておもむろに杯を煽り、全員示し合わせたように一滴残らず一気に飲み干す。
「うめーですーッ!」
「このいっぱいのために生きてるですー!」
「このまろやかな甘味ですーッ!」
「すきとおる酸味ですーッ!」
「とうとみですーッ!」
「やさしみですーッ!」
うむうむ、満足してくれたようで何よりだ。
「それでは次に、これを飲んでみてくれたまえ」
「おかわりあるです!?」
「聖者様はきがきくですーッ!!」
大地の精霊たちはまだまだ痛飲できるとわかって大盛り上がり。
冬眠から目覚めてすぐにこんな歓待を受けて、ボルテージマックスであった。
「さあ、二杯目を飲んでくれたまえ!」
そう言って差し出されたのは……。
コーヒーだった。
「これなんですー?」
「まっくろですー?」
「ほっとですー?」
初めて見る得体の知れない飲み物に、大地の精霊たちは戸惑いを覚えつつも恐る恐る一舐め……。
すると途端に顔色が変わった。
まるで柑橘類の匂いを嗅がされた猫のように顔を顰めて……。
「にげーですーッ!?」
「くっそにげーですーッ!?」
「ひとののむものじゃねーですーッ!?」
とクレームの大合唱であった。
そんなッ!?
「……これでわかったでしょう聖者様……!」
と背後から声をかけてくるのは魔族商人のシャクスさん。
この一連の流れは、彼が提案して仕組んだものだ。
「コーヒーは、たしかに慣れればなれるほど味わいを増す飲料ですが、いかんせん刺激が強すぎます。そしてそれは感覚の瑞々しい子どもほど顕著です」
それをわざわざ実演するために大地の精霊たちにコーヒーを飲ませたというのか!?
この卑劣漢!!
コーヒーの苦味につばぺっぺする大地の精霊たちを放置しておくのは可哀想なので、再びフルーツジュースを配布して中和を計る。
「このあじですー」
「尊みですー」
「優しみですー」
フルーツの爽やかな甘味やらでコーヒーの苦味を洗い流せた大地の精霊、ひとまず落ち着く。
「聖者様はコーヒーをメインに据えた喫茶店なる店舗の開業をお考えですが、一筋縄ではいきませんぞ。まず魔都の人々は、酒以外の飲料にお金を出すという発想がありません」
懇々と理詰めで諭される。
「やるのであれば、何より酒との区別が不可避です。アルコールなし、酔えはしないが、それに代わる価値がある……ということをアピールしなければとても魔都の飲食業界で生き残っていくことはできません。そこで……!」
続けるシャクスさん。
「吾輩が打ち出した案は、ファミリー向けに的を絞る、ということです」
「ファミリー向け!?」
「酒は、子どもには飲めない。なので酒場は自然家族連れの訪れる場所ではなくなっています。その代わりに一家が憩いの場所としてくつろげるスペースを喫茶店が提供できれば……。というサミジュラと話し合って出た結論です」
なるほど……。
実際、元いた世界の喫茶店にも子ども向けのメニューはあるもんな……!
「しかし御覧の通り、子どもの舌にコーヒーは苦すぎます! コーヒーだけでは喫茶店を開店しても、子連れは寄りついてはくれないでしょう!!」
「それを証明するために、大地の精霊たちにコーヒーを飲ませたというのか!?」
なんと言う実証主義……!
そしてそのためには可愛い精霊たちににがにがぺっぺさせるのも厭わない冷徹非情さ。
これが生き馬の目を抜く大商人なのか……!
「はーい、残ったコーヒーにたくさんミルクを入れてカフェオレにしましたからねー」
その横ではパヌが、受け入れられなかったコーヒーの後処理に尽力していた。
「おいしーですー!」
「みるくたっぷりですー!」
「おとなのあじですー!」
そして大地の精霊たちは喜んでカフェオレをきこしめしていた。
んッ?
「吾輩も商人として、リスクのある話には乗れません。もし聖者様がそれでも喫茶店を開きたいとお考えなら家族連れでも楽しんでもらえる。特に子ども向けの妙案を用意していただかねば……」
「できらあ!」
俺は即答した。
「できるとも! 子どもが大喜びの喫茶店メニューを作ってみせるさ! この俺がな!」
「では作っていただきましょう。子どもが大喜びする喫茶店メニューを」
えッ!?
子どもが大喜びする喫茶店メニューを!?
というわけでなんか変な流れ的に、喫茶店用の新メニューを考案することになった俺。
まあ、お店を開くからにはコーヒー以外のメニューもあった方がいいだろうしね。
「かふぇおれ、おかわりですー!」
「みるくのやさしさに包まれるのですー!」
「優しみですー!」
「尊みですー!」
結局カフェオレにしたら大地の精霊たちにも大盛況だった。
やはりミルク。
ミルクはすべてを解決するのか。