軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

568 異世界喫茶計画スタート

シャクスさんがまた来た。

魔族商人シャクスさんは、魔族の国の中で手広く売り買いするビジネスマン。

パンデモニウム商会という一大組織まで率いている凄い人だ。

そんな彼だが国の許可を貰ってちょくちょく俺の農場へやってくる。

何が目的だか知らないが、俺もちょうどいい来訪者に自慢してやりたくなる時もあったりするのだ。

「シャクスさん、ちょっと一杯飲んでいきませんか?」

「お、お酒ですかな? バッカス神がまた新作を生み出しましたか?」

この世界で『一杯』というと何よりまず酒が思い浮かぶようだ。

それもそのはず、この世界では嗜好品としても飲料が酒以外に存在しないのだから。

そんな世界で、こないだ作ったばかりのコーヒーを披露して、大いに驚かせる。

異世界で文明ギャップを見せつけ無双するのだ!

というわけでコーヒー豆を焙煎するところから始めます。一から。

ちょうどいい黒さになるまでローストしたら、コーヒーミル(ドワーフ製)に入れてゴリゴリ砕く。

粉状になるまで挽いたら、フィルターにガーッてぶち込みお湯をブァーッかけてコーヒーを抽出するぜ。

ちなみにこっちの世界に紙製のコーヒーフィルターなんて便利なものはないから昔ながらの布フィルターを拵えた。

金剛絹製だ。心なしかいい味が出るような気がする。

それらをまたドワーフ謹製の銅マグカップに入れて、さあお飲み。

異世界コーヒーだよ。

「ほう、また聖者様は見たこともないようなものを見せてくださいますな……!」

さすがのシャクスさんも、コーヒーは初見であるらしい。

俺もこっちの世界に来てそろそろ長くなるので知っているが、この世界には趣向品としての飲み物が酒以外にない!!

よってコーヒーブレイクとかティータイムとかも存在しないのだ!

「何と真っ黒な……!? 泥水でもここまで徹底的に黒くはならぬでしょうが、これは人が口にしてよいものですか?」

シャクスさんも慎重にカップへ口を近づけ、ほんの一すすりした途端くしゃっとした表情になった。

「これは……その……大変よいお手前と申しますか……!」

「無理しなくてもいいですよシャクスさん」

苦いですよね?

ストレートのブラックコーヒー超苦いですよね?

深煎りで細挽きにもしたし。

「慣れればこの苦さも癖になってくるんですが……。砂糖とミルクをたっぷり混ぜましょう。それで大分まろやかになりますから」

「ほう……」

ミルクを注ぐと例の白黒の渦巻きができて何とも見た目的にビビッド。

さらにそこへ砂糖を一匙ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザーと入れて……。

「……入れすぎじゃない?」

「なるほど! これは美味しい! 聖者様がお勧めになるのもわかりますな!」

それもうほとんど砂糖の味ではないだろうか?

飲み終わったカップの底に砂糖がごってり残ってそう。

「それに心なしか……意識がハッキリしてきた気がします!! 実は昨日、取引先との交渉が長引いたせいで床に入るのが大分遅くなりましてな。ほとんど眠れず眠気を引きずっていたのですが、それが一気に吹き飛びましたぞ!」

「それはコーヒーの効果ですね」

言わずと知れたカフェインの作用だ。

コーヒーの中に含まれたカフェイン成分が覚醒、興奮作用をもたらし意識をクリアにする。

この効力を期待してコーヒー摂取する人だっているんだからカフェインは偉大だろう。でも取りすぎには充分注意してくださいね。

「なんという! 眠気を一気に取り払うなど、まるで霊薬のようではありませんか! 魔国で昼夜を問わず働き詰めの紳士諸兄が求め詰めかけること確実ですぞ!」

まずはそこに着目するのかー。

俺が元いた世界でもコーヒーやお茶ってまず薬として広まったと聞くから、それが自然な流れだよな。

「聖者様! 是非ともこのコーヒーを我が商会で扱わせていただきたい! 眠気覚ましの妙薬として大流行することでしょう!」

『良薬口に苦し』と言いますもんね。

でも違う。

疲れた時の意識覚醒としてしかコーヒーを用いないなら、まるでブラック企業のようではないか。

コーヒーは、もっと豊かな時間を人に与えるもののはずだ。

日々の忙しさの狭間で、ちょっとした休憩の時間に取る一杯のコーヒー。立ち止まって考えるその一時に意識を冴えわたらせる苦味。

年を経て慣れてくれば逆にその苦味が落ち着きを与える。

そんなダンディな飲み物がコーヒーであるはずだ。

「俺はコーヒーを趣向品として広めていきたい!!」

「そ、そうですか……!?」

「もう一杯飲みます?」

「いただきましょう」

俺のテンションに戸惑い気味なシャクスさん。

シャクスさんも、相当にダンディな人だから、こうして飲み続けさせればコーヒーのよさを理解してくれるはずだ!

「いいですなコーヒー、是非とも趣向品として売り出していきましょう」

「ありがとうございます!」

通じた。

さすがパンデモニウム商会長シャクスさん、違いのわかる男!

「しかし、薬として売り出さずにいるなら、どのようにして売っていけばいいのでしょうか? 不甲斐ないことですが吾輩にはまったくビジョンが見えてきません」

「それならば大丈夫」

俺にいい考えがあります。

「喫茶店を開くのです!」

「きっちゃてん!?」

いや『きっさてん』。

どうやってそんな間違え方をした?

「喫茶店とは、お茶を飲むために利用するお店! そしてここに置ける『お茶』とはコーヒーのことも含まれます!」

「な、なるほど!?」

「足が疲れた時、一服したい時、折り入った話をしたい時など、喫茶店は心地よい時間と空間を利用する人に提供する! もちろんコーヒーも! 喫茶店こそ、この世界に新たに提供すべき文化なのです!」

力説する俺。

そんな俺のことを遠目から観察する二人がいた。

プラティとヴィールだ。

「…………ご主人様は、なんであんなにヒートメタルになっているのだ?」

「コーヒーのせいでしょう? 旦那様ってあの黒苦い飲み物になると目の色変わるのよね。普段は自分で作ったものあそこまで率先して外に広めたりしないのに」

「あの羽女やお姫様と同じなのだ。豆には人を熱狂させる魔性があるのだー」

レタスレートやホルコスフォンのような豆キチどもと一緒にするな。

たしかにコーヒーも豆を原料としているが、俺はあのコンビほど行き過ぎた豆偏愛を持っているわけではない。

俺はただ純粋に、世界の多くの人々にコーヒーのよさを知ってほしいだけなのだ!

…………。

ちなみに豆のことになると人一倍煩いレタスレートも何故かコーヒーにはノータッチだった。

納豆特化のホルコスフォンはまだわかるが、レタスレート的にも豆の原形を留めないコーヒーはもはや守備範囲外なのだろうか。

豆乳はしっかり自分のカテゴリに入れているのに。

「というわけでシャクスさん! この世界で喫茶店を開くことに協力してもらえませんか!?」

「いや、その……!?」

「コーヒーは、きっとこの世界でも天下をとれる飲み物なんです! 新たなるこの世界でコーヒーがどこまで通じるか試してみたい!」

そのための喫茶店です!

……さて。

ここまで来て疑問に思われる方が出てくるかもしれない。

『コーヒーばかり意識して、お茶にまったくかまわないのは不公平じゃないか?』と。

コーヒーもお茶も開発時期がまったく同じだから、そう思われても仕方がない。

しかし俺がコーヒーばかりプッシュして、お茶をおざなりにしたのには、ちゃんと真っ当な理由あってのことだ。

そう、お茶のプレゼン担当はもう決まっているのだから。

コーヒーと喫茶店のことはひとまず置いておいて……。

シャクスさんを例の場所に案内した。

「ここが茶室となっております」

「おおおおおおおおッッ!? なんだコレえええええええええッッ!?」

さすがにシャクスさんの驚きようが尋常ではない。

建物拵えるところから始めてるんだから当然か。

「ようこそお越しくださった」

茶室の戸を開けて出てくる和服姿のエルロン。

「本日は、私が達した新しい世界をご覧いただこう。茶碗とは茶を飲むためのもの。その茶と出会い、新たなる段階へと登った私の技は茶碗の外へと溢れ出したのだ!」

そう。

元々陶器作りに熱中していたエルロンが俺以上にお茶にはまったので、すっかりお茶はエルロン担当みたいになってしまった。

向こうのプレゼンはエルロンに全面的に任せておけばよかろう。というか下手に口を挟むと怒られかねないエルロンの剣幕。

こうして今日の訪問で二度も濃いプレゼンを受けるシャクスさんこそお疲れ様であった。

あとで濃厚に淹れたコーヒーを振舞って疲れを癒してあげよう。

ちょうどドワーフさんにエスプレッソマシンを開発してもらったところだしな。