作品タイトル不明
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朝……。
旅館の朝食は、和食に限る。
つやっつやに照り輝く白いご飯に、温かい味噌汁。
焼き魚に、農場直伝の漬け物。さらに……。
「納豆です!」
……そうだね。
ホルコスフォンが、その手で配り歩く納豆で、温泉旅館を利用する宿泊客は朝を迎えるのだった。
この旅館は、朝食は一階の食堂で皆集まって食べるシステムなので。
俺たちの他にも利用客が次々降りてきて一日の最初のエネルギーを補給するのだった。
「おお、聖者殿ではないか。いつも早いな」
「おはようございますルキフさん!」
「相席よろしいかな?」
「ええッ!」
魔国宰相のルキフ・フォカレさんとも、この温泉宿での滞在を通じてだいぶ仲良くなった。
こうして朝食の席を一緒にするほどに。
プラティも同じ席で、ジュニアにお粥などを与えている。
この子も大きくなって、すっかりおっぱいから卒業だ。
「ちょうどいいタイミングだった。私もそろそろ魔都に戻ろうと思ってな」
「疲れは取れましたか?」
「ああ、ここでゆったりと過ごしたおかげでな。聖者殿には本当に世話になった」
疲れた人々が癒しのために訪れることを願って建てた温泉旅館も、その目的を果たせているようだ。
ルキフさんの他にも多くの人々が訪れ、温泉に浸かり、ゆったりとした時を過ごして疲れをとっている。
「おおルキフよ! ここにおったか! ゆっくり朝食など食べておらんで、今日も卓球をやるぞ!」
一部の騒がしい人を除いて。
「大魔王様、アナタも一緒に帰るのですぞ」
「なにぃー!? ワシはまだ温泉旅館を満喫しきっておらんぞ!?」
「アナタが騒がしいと他の利用客が迷惑するのです。大魔王なら民のことを考えて迷惑になるようなことをしてはいけません」
「ぬぐッ!?」
魔国宰相の正論が火の玉ストレートとなって大魔王さんを貫く。
「……今頃、我が執務室では処理待ち案件が溜まりに溜まっているからな、また疲れることだろう」
「その時は、またここで疲れを癒してください……」
ルキフさんだけでなく、多くの人がこの温泉旅館を訪れて、疲れを癒しリラックスしている。
魔王軍兵士のアケロスさん。
元魔王軍の書記官だというアガイルさん。
井戸掘り師のキンマリーさんもウチの温泉旅館を利用して骨を休めていた。
皆が温泉を堪能してくれて嬉しい限りだ。
この地はほどなく魔国の定番観光スポットとして定着していくことだろう。
「ここに来て有意義であったことは、ただ単に休養ができただけではない」
ルキフさんが言った。
「同じようにここを利用している者たちと交流が持てたことだ。多くが魔王軍の現場で働く実務者たちであったが、湯に浸かり、裸の付き合いでかわす言葉には彼らの真情が宿っていた……!」
なんかいいお話でもできたのだろうか?
ルキフさんの表情は非常に満足げなものだった。
「彼らの意見は非常に参考になり、これからの魔国運営に役立てられるだろう。私は今、仕事がしたくてウズウズしているのだ。ここまで気力が漲っては引退などまだまだ先のことだな……!」
休んだおかげでモチベーションが高まったのだろうか?
とにかく熱く滾るルキフ・フォカレさんは、まだまだ帰りたくなさげにする大魔王さんをズルズル引きずってお帰りになっていった。
この温泉旅館で疲れを癒し、活力をもって再出発したルキフ・フォカレさん。
俺も目的を果たせたことが確認できて、世の中に貢献できて大満足だ。
「ほんだらば、俺たちもそろそろ引き上げるとしようかな」
本来は完成した温泉旅館の運営ぶりを確認するための滞在だったが、普通に利用客の一人と成り果ててしまっていたからな。
しかもファミリーで。
農場もゴブ吉たちに任せっ放しになっているしそろそろ戻らないと農場主の面目に関わる。
「違う場所で寝泊まりするのもなかなか楽しかったわねー。ジュニアまた来ましょうねー?」
プラティも結局久々の休暇という感じになって満足げだった。
最後に……、この温泉旅館の以後の運営だけど……。
「彼女に会って、示し合わせておかないとな……」
* * *
朝食を終えて、俺が会いに行ったのは和服姿の女性だった。
「女将」
「聖者様、朝食はお口に合いましたでしょうか?」
「美味しかったよ。ご馳走様」
浅紫色の着物に身を包んで、静やかな雰囲気をまとっているのは、かつて魔国の山奥で眠っていたオートマトンの一体。
用があって俺たちが回収し、そのあと冥神ハデスの気まぐれによって人間に変わった女性。
そのうちの一人だ。
最初は農場で働いてもらう予定だったのが、博覧会のコンパニオンなどを通じて温泉旅館でも最前線で働いてもらうようになった。
彼女は中でも特にキビキビと働き、次第に統率役が定着してきて『女将』と呼ばれるようにまでなった。
旅館に女将はつきものだもんな。
現在この旅館には、女将の他にも数十人の元オートマトンの女性たちが在籍し、温泉旅館を切り盛りしている。
いずれも頼れるプロたちだ。
「女将、俺たちはそろそろ農場に戻ろうと思うんだ」
「まあ、大したおもてなしもできませんで……」
辞去を告げた客への受け答えも最高。
俺も一応、なんかあった時の備えとしてとどまって様子を見ていたんだが、女将がいてくれたおかげで、ほぼただの湯治客になってしまった。
「この温泉旅館も、継続的な経営をしていくとなったらどうしようかと思ったけど、キミがいてくれるお陰でなんとかなりそうだ」
俺としては、この温泉旅館の正式な経営権を彼女に譲ろうと考えていた。
彼女を含めた人化オートマトンは農場に戻らず、この温泉旅館を守り営んでいくことに心血を注いでほしい。
その分農場は人手不足になるけれど……。
またマリアージュの研究所跡地からオートマトンを回収して来れば事足りるか。
「恐れ多いお言葉です。聖者様からこのように重大な務めをお任せいただけるなど……!」
そこまで改まることかな?
「私たちオートマトンは、何のために生まれてきたのかわからぬ存在です。元は命すらなく、打ち捨てられ朽ちていくのみであった私たちを拾い上げ、生きる意味を与えてくださったのは聖者様……!」
女将、その場に跪く。
「その聖者様に託していただいたこの旅館を、全力懸けて守っていく所存です。必ずやご期待に応えてみせましょう……!!」
「まあ、肩の力抜いてね……?」
別に俺が農場に帰ったあとも交渉が断絶するわけじゃなく、連絡は常に取り合うから。
困ったことがあったら何でも言ってくれ。
迷惑な客が来た時には、すぐさまオークボたちを送り込むからな!
* * *
こうして魔国の山奥に建てた温泉旅館を元オートマトンの女将たちに託し、俺たちは農場へと戻った。
あの温泉旅館はこれからもあり続け、魔国……いや世界全土の疲れた人々を癒し続けていくことだろう。
既に評判は広がっていき、宿泊希望者は着々と増え続け、予約が数か月先まで満杯になっているとか。
……あれ?
これもう早速新たな温泉旅館建てた方がいい?
まあ、その辺りは魔王さんと話し合いながらゆったりと進めていこう。
すべて俺たちの手でやってもアレなので、魔国の技術者さんたちと協力しながら。
ホルコスフォンも温泉を掘り当てる極意を井戸掘りギルドに伝授中だと言っていたし。
こんな風に温泉が世界中に広まって、皆で浸かって疲れを癒せればいいなあと思う。
さすればこの世界は益々平和になることだろう。
そうなれば俺にとっても嬉しいことだし、これからジュニアが育っていく世界が素晴らしくなるのも歓迎だった。