軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

507 一番疲れている人

私は、魔国宰相ルキフ・フォカレ。

魔族の者だ。

もうかれこれ五十年、内務官として魔国に仕えてきた。

なまじ出仕の期間が長いだけに、主君たる魔王様にも一代限りでなく世代を越えて幾人にもお仕えした。

当代の魔王ゼダン様が、我が生涯における三人目の主となる。

四人目に仕えることはあるまい。

さすがに私も歳をとりすぎたがゆえに、老い先短い命が燃え尽きるより早く、英邁なるゼダン様の御世が終わるなど考えたくもない。

あの御方のおかげで、私は不才の身ながら魔国宰相という過分の地位をいただくことができた。

私個人としては位人臣を極め、残りの生に憂いはない。

あとはこの命続く限り魔国に尽くし、魔国のためにありたいと願うのみだが……。

* * *

この日も、私は魔国宰相としての政務にとても忙しい身であったが、ある御方が来訪されたことで予定が色々狂いそうだった。

「よっ」

「お帰りください」

大魔王バアル様であった。

先代魔王ともいう。

この御方が現役魔王であった頃は、私もまだ宰相ではなかったが、それでも一役人としてお仕えしていたので面識はあった。

気さくに話し合える程度の仲ではある。

「邪魔です、お帰りください」

「ちょっと気さくすぎやせんか?」

引退したアナタと違って、私は今でも忙しいんです。

宰相である私は、いわば魔国の内政の要。

魔国の財務、法務、祭礼、人事すべてを取り扱って魔王様を補佐しなければならぬ。

正直言ってめっちゃ忙しいのだ。

楽隠居した先代魔王に関わっている時間などない。

「そんな冷たいことを言って……。お前とワシは、共に政権を担って戦い抜いた仲ではなかったか。ワシが魔王在位の頃、お前はまだ宰相ではなく財務大臣であったが、それでもよく働いてくれた……!」

そうですね。

芸術ばかりに目を向けて散財止まらぬバアル様のために、当時財務大臣だった私が財源確保のためにどれだけ苦心したことか……!

「当時の評判でも『ルキフ・フォカレがいなければ魔国は財政破綻を起こしていただろう』とまで言われた。救国の英雄と言ってもいいぐらいだぞ。ゼダンが自分の代になって、お前を宰相に取り立てたのも、それらの功績が認められたからであろう?」

「そもそもなんで財政破綻しかけていたのか、わかってないんですか……!?」

アンタが湯水のことく金使いまくるからだろーが!!

なんだかよくわからん絵に法外な値打ちをつけるわ!

博覧会やら美術コンクールやら毎週毎日のように開催するわ!

それでいて人間国との戦争は続けるわ!

あれでよく国庫がもったわ!

……そして政権交代後、私が宰相に抜擢されたのは、その時のやりくりが新王ゼダン様に評価されたからだけではない。

『このままバアルのアホを魔王に据えたままでは魔国終わる!』と真剣な危機感をもって、ゼダン様の擁立を全力支援したからだ。

この私が。

その時の恩義でもってゼダン様は私を宰相にしてくださった。

お陰で負担も増えたがな。

財務大臣の時は当然ながら財務だけを見ていればよかったのだが、宰相になって魔国の内政全般を受け持つようになってしまった。

当然負担の量は増す。

そもそも軍事外政を司るのが四天王なれば、対照的に内政を司って四天王と対になるのが魔国宰相。

魔国を支える両輪として責任重大であるだけに、仕事量も半端なものではない。

ゼダン様在世中の大快挙で宿敵人間国を滅ぼし、数百年にわたる負担となっていた戦費を取り除くことができた。

これで少しは楽できるかな? と期待していたのも束の間、今度は支配地として手に入った人間国の統治のために負担がのしかかった。

単純に今まで一国を治めてきたのが、ある日突然二国治めろという話になった。

負担も単純計算で二倍。

滅亡前、人間国の王族は相当放埓な国家経営をしていたようで、財政は火の車になっていた。

占領府の政務官だけでは手に負えず本国へ支援要請が来て、結局私みずから財務再建を手掛けなければならなかった。

また負担が増える。

というわけで現在の私は、役人一筋五十年の中で最高潮に忙しいと言ってよかったのだ!!

「だからアナタのお相手をしている暇などないのです。遊び相手が欲しいならアナタがパトロンしている画家でも彫刻家でも好きにお声がけすればよろしいでしょう。私を巻き込まないでいただきたい」

「ワシはお前を心配しているのだ。ワシの治世だった時から働き通しだろう? 時を追うごとに忙しさも増しているのであれば、いつかは焼ききれてしまうぞ?」

「アナタが現役だった時の私の忙しさは、間違いなくアナタが原因だったんですが!?」

しかしまあ。

代替わりしてゼダン様の治世になってからの忙しさは、さすがにこの人の責任ではないけれど……。

当代先代を比較すれば、今の方が間違いなく忙しい。

しかしそれは、英雄ゼダン様による大々的な改革のためであり、少なくとも目の回る忙しさに相応しい充実感はある。

ここで魔国と旧人間国の融和を完全なものとし、分け隔てのない新体制を確立させれば、以後数百年にわたって世界平和が継続していく。

為政者として、これ以上やり甲斐のある仕事はあるまい。

「それゆえに私は、かつてバアル様にお仕えしていた時などよりも日々充実しているのです。この情熱すべてを、人間国を併呑した新生魔国の基礎作りに注ぎたいのです!」

「昔っから真面目なヤツだったが、ここに来て際立っておるな」

大魔王様に呆れ顔をされるとなんかムカつく。

「情熱を燃やすのはいいが、根を詰めすぎて体を壊したら、それこそ大事業を途中で放棄することにもなりかねんぞ? そうなったらお前、死んでも死にきれんだろう? 無念のあまりタナトス神の鎌を逃れ、現世にしがみつく死霊と化してしまうぞ?」

「それは……!?」

大魔王様から正論を告げられるのがムカつく。

「体をいたわることも大事な任務だ。少しぐらい政務から離れて、ゆっくり休んだ方がいいではないか? 長く働くためにもな」

「私、アナタより年上なんですがね?」

どの道あんまり長く働き続ける気もないのだが、しかし満足いく仕事をするためにも健康に気遣わなければならない。

「たまには立ち止まり、体を調整するのも必要なことか……?」

大魔王様に指摘されて実行に移すのも癪なんだが。

「その通りだ! そうなればワシからとっておきの場所を紹介してやろう! そこに行けばどんな疲れもたちどころにとれるというぞ!」

「いや、休むにしてもなんで大魔王様の紹介した場所に行かないといけないんです」

私も子どもではないのだ。

休日の過ごし方ぐらい自分で決めたいのだが。

「そう言うな。実は最近できた楽しい場所での、ワシも行ってみたいのだが何やら本当に疲れている者でないと利用させてくれんというのじゃ。だからワシ一人では入ることを許してくれん」

「ほう?」

「だからお前と同伴なら入れると思っての」

「てめえ……!」

珍しく訪ねてきたと思ったら、そういう魂胆だったのか!?

魔国宰相をダシにしようとは!!

「ゼダンからも許可を得ておる」

「魔王様が?」

「ヤツもヤツなりにお前のことを心配しているんじゃよ。今のところ魔国の内政はお前一人が支えているようなものだし、ヤツが魔王に就けたのもお前の支援あってこそじゃ。アイツは、お前への恩義を感じているぞ。『実の父親より父だと思っている』と言っておったわ」

「それをアナタが言いますか?」

自分で言ってて悲しくなりませんか実父?

……しかし、ゼダン様がそこまで私を気にかけてくださっていたとは。

あの方が稀代の明君であることは今や疑いない。

私の内政官としての最大の幸福は、晩節に差し掛かってあのような哲人にお仕えできたことだ。

それはもう疑いの余地はない。

「現役時代のワシに仕えることができたのも幸福じゃろう?」

「……はーん」

そんなゼダン様が私め風情をいたわってくださるならば、それに応えないことが不敬と言える。

ここはゼダン様の勧めに従い、骨休めしてみるか。

「やっほう! これでワシも同伴して温泉宿に行けるぞ! 持つべきものは、よく働く臣下じゃのう!」

何故アナタまで一緒に行くと決まった?

と言うか、どこに行くって?

「聖者殿が新たに作ったという施設じゃ! 温泉宿とかいう名で、まあ楽しいところなのは間違いない! 共に満喫しようではないか!」

なんで極たまの休みをアナタと一緒に過ごさなければいかんのですか。

しかし気になる単語が出てきたな。

聖者の温泉宿?

一体何なのだ?