軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

442 強者問答

おれの名はアル・ゴール。

かつての最強者だ。

今は違う。

最強から転落した因果か、くだらぬ付き合いで参列した結婚式とやらで恐ろしい顔を見た。

もう二度とまみえぬことを願っていたのに、何故こんなところで再び遭遇する?

我らドラゴンにとって人類など、とるに足らない相手。視界の端をウロチョロする小虫に過ぎぬ。

しかしながらそんな小虫相手に過去二回、かつてガイザードラゴンであったこのアル・ゴールが生命の危機を感じさせられたことがあった。

その二人のうちの一人が、今目の前にいた。

シーラ・カンヌとかいう……。

聖唱魔法使いだ。

* * *

結婚式とやらがつつがなく終了したあと、おれはこの恐怖の体現と懇談する機会を得た。

いや、おれは話したくなかったんだけども。

しかし下手に逆らって怒りを呼ぼうものなら今のおれでは抗いようもない。

おれはもう息子にやられてすべての力を奪われてしまっているのだから。

かつてこの女に死の恐怖を味あわされ、ほうほうの体で逃げ去った時の力もないのだ!

「こんな形で再会するなんて、運命はなんと面白くできているのかしら」

恐怖の女が言う。

現役ガイザードラゴンだったおれを嬲り、いつでも殺すことのできた女が。

「……おれを倒した一団の一人が、お前の息子だったとはな。たしかに数奇さを感じるぞ」

強がりでそういうのが精いっぱいだった。

かつてガイザードラゴンだったおれと正面から戦った人類で、生き残った者が二人。

その一人が、この女だった。

この女の操る聖唱魔法は、おれたちの使う竜魔法すら凌駕する、世界の在り方を変えられる魔法だ。

その前では竜すらトカゲに成り下がる。

「そんなに怯えなくていいのよ? 今となってはアナタはアタシの息子の友だちのお父様。ならばアタシたちも友だちのようなものじゃない?」

「ふざけるな! 凶猛たるガイザードラゴンが人類ごときと友だちになるだと!? そんな誇りのないことができるか!!」

「あ?」

「謹んでお友だちにならせていただきます!」

今のおれは力ない木っ端ドラゴンにすぎないのだ。

強者に抗うことはできない!

「……ならば友人の立場として言わせてもらうが、お前も随分様変わりしたものだな。『この世界を終わらせる』などと息巻いていたくせに、王妃などに収まるとは」

そういえばこの女、見た目の雰囲気も昔から随分変わったものだ。

二、三十年は前であったか。当時出会ったこの女は荒みきっていて、世界のすべてに絶望しきったような暗い目をしていた。

背も小さかったし、乳房も今ほど膨らんでいなかったと思う。

「あら、思い出したくもないことを思い出させてくれるのねえ」

「失礼しました!」

「……いいのよ。本当は忘れてはいけないことだから。……あの頃のアタシは『この世界に価値などない』『消し去ってしまった方がよい』と思っていて、しかもその通りに世界を消し去ろうとした……」

実行に移せるところがコイツの恐ろしいところだよ!

すべては聖唱魔法あっての凶行だが。

「……なんつったっけ? お前に聖唱魔法を与えたノーライフキングは?」

「老姫。海底洞窟ダンジョンを根城にする不死化した人魚だったけど。ヤツは研究の果てに人魚族の原初魔法である聖唱魔法にたどり着いた。そして実際聖唱魔法を手に入れるため、数多くの実験を行ったのよ」

その実験体の一人だったのがこの女。

道を外した魔導士が新たな魔法の研究開発のため、生きたニンゲンを実験台に使うことはよくある。

孤児など連れ去れば騒ぎもまず起こらない。

そんな風に海の不死王に拉致されたのは、何もこの女一人だけではなかっただろう。

「生き残ったのはアタシだけだった。老姫のダンジョンにはアタシの他に百人もの子どもたちが実験台として連れてこられたけれど、皆聖唱魔法の魔力回路を開く過程に耐え切れずに死んでいったわ」

「お前だけが耐えきった」

そして聖唱魔法を会得した。

獲得したばかりの超越魔法でこの女が最初にしたことは復讐だった。

ノーライフキングの老姫は瞬時に消滅したとか。

「実験場に連れてこられた子たちは、不幸な巡り合わせだったけど短い間友だちだった。その友だちをゴミのように殺されてアタシは思ったのよ。この世界は間違っている、って……」

当時まだ十歳かそこらの子どもが絶望するには充分なショックだっただろう。

幼い精神に、世界の存亡を左右する力。

この極めてアンバランスな二要素が一つの肉体に混在していた時分。明らかな世界の危機だっただろう。

「聖唱魔法は世界そのものの在り方を組み替える。他の魔法とは次元を画するシステムだ。不死王どもが、その無限に無駄な時間を使って追い求めるには打ってつけの真理だが……」

「そうね事実、聖唱魔法を現世に復活させようと目論むのは老姫だけじゃなかった。海のノーライフキングのほぼ全員が聖唱魔法を追い求めていた。だから消してやったわ」

女が言ったことは比喩とか冗談ではない。

地上に無数のダンジョンがあるように、海底にもダンジョンは無数に存在する。

海底洞窟ダンジョンとか言われるものだ。

ダンジョンがあるからにはそこで濃厚マナを吸収し、ノーライフキング化する人魚も相当数いていい。

しかし現状、海にノーライフキングは一人もいない。

人魚族出身のノーライフキングは、一人も。

コイツが全部消し去ったのだ。

海中のノーライフキングを、一人で。

海のノーライフキングには『三賢一愚』に迫る者が一人もいなかったとはいえ、そんな恐ろしい凶行をやってのけられるのも聖唱魔法あってこそ。

あれは封印されてしかるべき禁法だったのだ。

おれも身をもって実感した。

当時、海のノーライフキングを虐殺するコイツに興味をもってちょっかいをかけてみた。

それが間違いだった。

全速力で逃げ去るのが精一杯だったのだ。

「……世界を壊すのは行きすぎにしても、お前の力があれば世界すべてを支配することも容易だったろうに。たかが一国の、しかも支配者当人でなくその配偶者で満足するとは……」

ほとほとおかしな女だ。

「女にはね、満ち足りた家庭一つあればそれで充分なのよ。世界に価値などないと思っていたあの頃のアタシに、違うことを教えてくれたのはダーリンよ。その人に生涯尽くし、その人の子を産む。これ以上の幸せが他にあって?」

「はあ?」

そう聞かれてもよくわからなかった。

「それに世界を支配するといっても実際は無理でしょう? 聞いているわ、陸にはアタシ同様、ガイザードラゴンだったアナタを歯牙にもかけなかった最強者がもう一人いるんでしょう?」

「あー」

思い出したくもないもう一人のことを。

アイツもクソみたいな強さだったな。

ベルフェガミリア。

「『三賢一愚』の老師から秘法を受け継ぎ、生きながらにしてノーライフキングになったような男だ。アイツはアイツでメチャクチャ戦いにくくて……」

かつて一度、成り行きで戦ったことがあるが、どんな攻撃も一つたりとて当たらないし、反撃はそれなりに痛い上に、なんかあとを引く。

結局『やってられるか』という気分になって逃げ去ったのだ。

楽しくもないし二度と戦いたくない。

「思えば恐ろしい時代だ。お前とベルフェガミリア、最強だったこのおれを倒しうるニンゲンが二人も同時に生まれたんだから」

「アナタ言うほど最強じゃないじゃない? 力においては息子さんがとっくに超えているんだし、他にもアナタを倒せそうな人類がチラホラいるでしょう。ほらあの聖者さんとか?」

「聖者か……、アイツは人類としてカウントしていいのか……?」

なんか色々あやふやすぎて、よくわからんのだよなアイツは。

その気になれば現役のおれを倒せることはたしかなんだろうけど。

「しかし人類以上に目障りなのはやはりノーライフキングどもだな……。お前もベルフェガミリアも、結局は不死王に与えられた力で、このガイザードラゴンを凌駕したのだから」

不死の王は大体そうだ。

人類であることを超越し、獲得した永遠でもって、大抵は何かの真理を追究する。

人の一生のうちでは決してたどり着けないだろう、長い長い道筋の向こうにある何かを。

老姫が復活させた聖唱魔法も、老師が創造した秘法も、その真理に足るものだった。

「しかしなんで不死どもはそれを生きたニンゲンに与えるんだ?」

それによって生まれた脅威がシーラ・カンヌでありベルフェガミリアだ。

せっかく掴んだ真理なら、大事に占有しておけばいいものを。

何故よりにもよって一等くだらぬ脆弱なニンゲンに真理を与える!?

「わかっていたからでしょう、死者に真理など身に余ると」

シーラ・カンヌのヤツが悟ったように言った。

「一人の手の中に収めたところで真理など何の意味もないのよ。誰かに伝え、世界中に広がっていくことで意味を得る。老姫などはアタシを実験動物としか見ていなかったけれど、老師さんとやらはきっと自分の生み出したものを誰かに受け継いでもらいたかったんではなくて?」

「そういうものか?」

「結局人というのは、不老不死になろうと他者との繋がりを断つことなどできない。それも一つの真理でしょう。アタシがダーリンと出会うことで得た真理を、ヤツらは数千年かけてやっと掴んだのよ。どんくさいこと」

左様ですか。

おれにはまだよくわからんが。

「ちょっと待って。でもそれってヤバくない? もし他のノーライフキングが同じようなことをやりだしたら大変なことに!?」

今でも地上には数多くのノーライフキングがいる。

ソイツらが同じように目覚めて、自分らが数百年数千年かけて育んできた大魔術をニンゲンどもに提供しだしたら。

シーラ・カンヌやベルフェガミリアのような脅威が続々と!?

「あら、実際もうそういうのが進んでいるようじゃない?」

「なんですと!?」

「聖者さんのところにいらっしゃる……先生といったかしら? そういうノーライフキングが若者たちを集めて指導なさってるんですって? ウチの子も一人授業を受けていて『先生の授業凄いわかりやすい!』ってベタ褒めしてたわ」

そういやたしかに!?

おれも聖者のところに遊びに行った時に見かけたわ!

『変わったことする不死者がいるなー』程度しか思わなかったけど、よく考えてみたら大惨事だ!

複数の教え子を持つノーライフキングだと!

その中から新たなシーラ・カンヌやベルフェガミリアが複数人!?

「ある意味、今この世界で一番危険なノーライフキングって先生なのかもしれないわねえ。不死者の秘法を惜しげもなく生者に与えて……」

「世界のパワーバランスがああああッ!? ヤバい! 農場やっぱりヤバい!? 今からでも潰しておくべきか……!?」

「そんなことアタシが許すわけないでしょう?」

「ヒィッ!?」

シーラ・カンヌが今この時だけ昔の雰囲気に戻っている。

「聖者さんのところにはアタシの娘が二人も留まっているんだから、手を出すってことはアタシを敵に回すってことよ?」

「しゃーせっしたーッ!?」

恐怖のあまり速攻で謝った。

「まあいいじゃない。新しい試みから新しい何かが生まれ、世界によい影響を与えるかもしれない。アタシたち老人はそれを静かに見守っていきましょう」

それでどんな世の中が来るというのか?

もしや我ら竜族が最強でなくなる未来か?

ともかくシーラ・カンヌとのとりとめもない話はこんな風にどんどん話題を転じていき……。

気づけば数時間も経っているほど話が弾んでしまった。