作品タイトル不明
343 銀狼の冒険者教室・実習編
そんなわけで先生のダンジョンへとやってきました。
「ここでS級冒険者のシルバーウルフさんが、正式な冒険者のダンジョン攻略法を教えてくださいます。皆この機会を逃さぬよう瞬き一つせずすべてを見収めて我が血肉と変えるように」
「「「「はーい」」」」
生徒たちは人魔人魚族合わせて総勢四、五十人程度だが、一度にダンジョンに入るには数が多すぎると言うので十人ずつに分けて授業する。
それを提案したのはシルバーウルフさんで、プロ曰く『大人数でのダンジョン侵入は自殺行為』とのことだった。
「何十人で挑もうと、結局規模の上ではダンジョンの方が勝る。多人数で動きが制限されれば無駄な犠牲を増やすだけだ」
とのこと。
「お前たちヒヨッコにダンジョンに潜る極意を教えてやろう」
曰く。
『ダンジョンに勝とうなどとは考えない』だそうな。
「ダンジョンは自然と同じ、人類が挑んでどうにかなる相手ではない。ダンジョンを支配してやろうとする者は。その傲慢な考えを命で償うことになる。いいか、ダンジョンは敬え。ダンジョンが貯めこむ巨万の富の、そのほんの一部を掠め取るコソ泥のつもりでダンジョンに入るのだ」
初っ端から含蓄のあるお言葉を頂きました。
さすがトップクラスの冒険者。
頂点に近づくほどに謙虚になるのが本当の強者ということなのか。
「では早速ダンジョンに入りましょう! もっとたくさん教えてほしいので……!」
「待て」
ダンジョンに入ろうとする俺の襟首を掴んで引っ張るシルバーウルフさん。
おかげで首が締まって『うぇッ!?』となる。
「いきなりダンジョンに入ろうとするバカがいるか! アンタ、今ので一回死んだぞ!」
「えッ? マジですか!?」
「洞窟ダンジョンには淀んだマナが充満している場合がある。吸いこんだだけで人体に悪影響をもたらし最悪死に至るかもしれんのだ。初めて見つけたダンジョンは特に細心の注意が必要だ!」
そう言うとシルバーウルフさんは懐から小箱を出し、さらにその小箱から細く短い木の棒を取り出した。
頭の部分だけ赤い。
俺はそれを見てすぐ『マッチだな』と気づいた。
異世界にマッチあったのか……。
予想通りの動作で火をつけると、その火のついたマッチを洞窟の中に投げ込む。
「あの火が消えずに燃え続けるならとりあえず中の空気は大丈夫。一呼吸だけで意識を失って倒れるようなことはない」
マッチの火は洞窟ダンジョンの床の上で燃え続け、本体兼燃料たる軸木を焼き尽くすことで自然鎮火した。
「……もっとも、ほんの少し空気に毒が混じっていて、即座にどうこうないが長く吸い続けると危ない場合もある。そんな時にお勧めしたいのがこれだ」
さらに懐から何か取り出すシルバーウルフさん。
それは手の平に収まるほど小さな鉢に植えられた一輪の花。
「これはカナリア草といって、冒険者の重要アイテムだ。空気中の僅かな汚れに反応し花びらの色が変わる。これを見ながらダンジョン内を進み、色が代われば要注意ということだ。しかもこの花は空気の毒だけでなく害意ある魔力にも反応する」
生徒たちから「おお……」という感嘆の声が湧いた。
まさに冒険者が積み重ねてきた知恵の凄さ。
『うむ見事だ。それでこそ招聘した甲斐があるというものだ』
先生も、シルバーウルフさんの名講義に惜しみなき賞賛の拍手を送った。
『では聖者様、生徒の皆。ワシはラスボス役として最深部で待ち受けておくことにしましょう』
「最深部で会いましょう」
『できるだけ早く辿り着いてくださいですぞー』
皆に手を振られながら、先にダンジョンに入ってスタスタ進んでいく。
元々自分の本拠地であるダンジョンに。
その背中を見送ってシルバーウルフさん、しばらく無言のあと深刻そうな声で言った。
「もう一つ……、ダンジョンに入る時に絶対守るべき鉄則がある」
「何です?」
「主ありダンジョンには絶対入るな!! 入ったら死ぬぞ!!」
ダンジョン課外授業、終了。
* * *
……というわけにもいかないので『先生は優しいので先生のダンジョンだけは例外』という方便で課外授業を続ける。
本格的にダンジョン内に入り、内部を進む。
だが……。
「進行遅い……!」
シルバーウルフさんが先導するダンジョン攻略は、まさに亀の歩みだった。
一区画ごとに敵の待ち伏せや罠をチェックし、安全を確保して進む。
そのたびに退路も途切れていないかチェックするので益々進行は遅れる。
「あのー……、もうちょっとサクサク進んだ方がよいのでは……?」
生徒と共に見学として同行する俺、焦れて口出ししてしまう。
「このペースだと、先生のいる最深部まで何日かかるかわからないし、夕方までには帰ってゴハンの支度しないと……!?」
「何を言うッ! ダンジョンでの安全確保はどれだけやってもやりすぎることはない! 用心がほんの少し足りなかっただけで全滅することもありえるんだぞ!」
プロ中のプロ冒険者、匠の技は限りなく冗長で地味だった。
まあ実際、高い技術ってのは総じてそうなんだろうけれど。
「初めて入るダンジョンは、なお一層用心に用心を重ねなければならない! 先に何があるかわからないのだから!」
俺たちにとっては庭のように歩き慣れたダンジョンなんですが。
たしかにこの人は初侵入か。
「むしろ私の進行は他の冒険者より早い方だぞ。ワーウルフの鋭敏な嗅覚で周囲を探ることができるからな。たとえば……!」
シルバーウルフさんが、その犬……、もとい狼顔の鼻先を上に向け、クンクン鳴らす。
「この腐った泥のような臭い……! いるな……!」
「何が!?」
「スキンストーンという擬態モンスターだ。岩によく似た皮膚の形状で、岩場に溶け込み獲物の目から隠れる……!」
えッ? ウソ?
俺の目にはモンスターどころか、フナムシ一匹いるようには見えないんだが?
たしかに洞窟ダンジョン内は、壁も床も天井も岩基調で、そんなモンスターが隠れるとしたらもってこいだが……。
「たしかめてみるか、オークマ」
「承知」
念のために同行していたオーク一人が、例のモンスターが潜んでいるかもしれない範囲へ向かう。
「えッ!! 何をしている!? まさかモンスターを捨て駒にして危険の有無を確かめようと!?」
「捨て駒じゃないですよー」
ウチの大事なオークをそんなことに使うものか。
我が農場オークの一人オークマは、スタスタ前進。
すると案の定というべきか、ある地点を踏んだとたんに無数の触手が襲い掛かる。
触手はまるで床から生えてきたかのようだが、実際には岩のような外見で床に張り付いていたタコのようなモンスターがいたのだ。
タコ触手はオークマの四肢に絡みつき、絞殺さんばかりであったが……。
「はあッ!」
気合い一発放っただけで岩タコは砕け散り、細かな肉片となって消失した。
「えええええええーーーーーーッ!?」
それを見て絶叫したのがシルバーウルフさん。
「スキンストーンは四つ星の危険モンスターなのに!? 捕まったらまず勝てないから距離を置いて戦うのが基本なのに!?」
「たしかのこの岩タコは、先生のダンジョン内をよくうろついてますなあ。いつも今みたいに気合い一発で吹き飛ばしてます」
そう言ってスタスタ進むオークマ。
そんなオークマに次々新たな岩タコが襲い掛かるがそのたび気合いで吹き飛ばされる。
「……!?」
罠を警戒し、細心の注意力を途切れさせないシルバーウルフさんのプロ意識は驚嘆すべきものだ。
しかし、仕掛けられた罠を片っ端から粉砕できるウチのオークたちには関係ない話だった。
「……えーと、皆?」
放心状態のシルバーウルフさんに代わって、俺が生徒たちに呼びかける。
「今のオークマの振る舞いは参考にしないでね? ああいうの、魔王軍四天王クラスでも無理だろうから。皆は是非ともシルバーウルフさんのやり方を参考にしてほしい」
「私にもあれぐらいのパワーがあれば無造作にサクサク進むのに……!」
シルバーウルフさんの冒険者としての常識が壊れる音がした。
「我が君我が君ー」
オークマが呼んでいる。
「何か別のモンスターが出ましたぞー」
「うおおおおおッ!? あれはッ! 危険度五つ星の凶悪モンスターッ!?」
とシルバーウルフさんが驚いている間に……。
「ていっ」
危険度五つ星なる凶悪モンスターはオークマのワンパンで砕け散った。
「わーッ!? 凶悪モンスターがーッ!? 発見されたらA級以上が緊急招集される災害級モンスターがッ!? たった一撃で!?」
「アイツもよく現れますから倒し慣れてます」
「もうコイツがいたら私が教える必要ないんじゃね!?」
そんなことおっしゃらず。
シルバーウルフさんの教えは、若者たちのたしかな財産となるはずですから。
……なるはずですから?