軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299 もう一つの里帰り

私の名はヘンドラー。

人魚国に住む人魚である。

性別は男。

職業は論客。

何処にでもいるごく一般的な人魚であると自負している。

しかし。

最近なんだかそうなってない。

何故かというと、将来人魚国を背負って立つアロワナ王子から特命ばかり受けている。

ある時は、妹王女プラティ様の下へ送られたり。

第二王女エンゼル様のために各人魚貴族の間を泳ぎ回って調停を務めたりもした。

そして今回。

ついに武力行使である。

人魚王族に不満を持った犯罪分子を炙り出して一斉捕縛。

その最後の仕上げを私が実行することになった。

里帰りなされたプラティ王女を拉致せんと結集した迂闊者ども。

それらを一網打尽。

兵の指揮は私がとった。

『それぐらい将軍の誰かに任せてもいいんじゃない?』と思ったが、反乱分子がどこに潜んでいるかわからないために作戦を大っぴらにもできず、確実に信用できる私にすべてを任せたんだとか。

信頼されていることは嬉しいが、素直に喜べない理由が私にはある。

私は論客であって、軍人ではないのだ。

論客とは野に在って、時勢を読み、世間に向かってわかりやすく説明しつつ、他の論客と議論してよりよい方針を見つけ出す仕事だ。

たまに権力者のアドバイザーみたいなこともしたりする。

つまり、口を動かしても手足を動かすなど決してしない職業。

武力を行使するなどもっての外。

そんな私に、アロワナ王子が兵の指揮を命じた理由はわかる。

私の出自についてだ。

私は人魚貴族の次男坊で、しかもその家というのが人魚国の軍部を任されてきた軍人家系。

ベタ家というのだが。

我が父は現役で人魚国の大将軍を務めている。

その息子たちも幼少から徹底した軍人教育を施されて、軍部のエリートとなることが約束されていた。

私もその中に含まれていた。

しかし私は刻まれた轍を辿ることをよしとしなかった。

兄弟が行く同じ道を拒否し、一人野に下って論客となった。

当然、家からは勘当扱いで、親の葬式でも戻ることは許されないと言われている。

それも致し方なしと思っていた。

我を通すためには代償を支払わなければならないのだから。

で。

そんな実家に私は、久方ぶりに戻ることとなった。

「ええええ……!?」

用件は当然、今回の反王族派一斉捕縛の件で。

作戦結果の詳しい報告とか、一応部外者の私が勝手に兵を指揮した詫びとかしなきゃならんわけで。

その報告先が軍部の上層部なわけで。

そして我が実家は軍人家系だから軍上層部に石を投げたら大体親族に当たるわけで。

今回も報告を上げようとしたところ『我が家で聞く』とか言われて訪問しないわけにはいかなくなったわけだコノヤロウ。

「まさかこんな形で帰ることになろうとは……!?」

アロワナ王子も修行の旅から御帰還されたタイミングに、私も実家に戻ることになろうとは。

こんな奇遇、誰も期待していない。

「おおヘンドラー! やっと来たな!」

玄関から私を出迎えに来たのは我が兄。

長男のワイルドだ。

本来、私が報告を上げるべき相手だったのが彼で、今は近衛兵隊長を務めている。

「お久しぶりです兄上。早速ですが捕縛対象の罪状と処遇について……」

「そんなことはどうでもいい! さあ、家に入るがいい!!」

どうでもいいの!?

よくないでしょう! 王族襲撃者の処断も近衛兵の大事な仕事ですよ!

「何も遠慮することはない、元からお前の家ではないか! 父上もエラを長くしてお待ちなのだ! 早く!」

父上まで御在宅なのですか!?

いや待って、さすがに会いたくないというか会わせる顔がないというか!

待ってください、私はただ報告に来ただけなので……!?

* * *

「お前は、我が子の中で一番の出来損ないだ」

我が父、ベタ・トラディショナルが言った。

軍人家系と名高いベタ家の当主にして、今まさに人魚国軍部の頂点である大将軍の座に就く。

それこそ我が家風をもっとも体現した人魚で、その名は後世まで語り継がれることであろう。

「我が息子として生まれながら軍人の道を歩まず、論客などという軟弱な職を選び、我が家名に泥を塗る放蕩者よ」

帰省するなりこのタコ殴りっぷりよ。

だから気が進まなかったのだ。私だって罵倒されてまったく傷つかない鋼のハートは持ち合わせていない。

だからとて言われっ放しにしておくほどナイーブでもないが。

「お言葉ながら、論客が軟弱などというのは父上の見当違いにございます。論客とは、その口先に命を懸けて国の未来を見通す仕事」

「未来を切り開くのは口ではなく手によって、だ。少なくとも我が家の祖先は皆そうしてきた。それが軍人家系たる我らの務めだ」

「ゆえに私は、この家と縁を切らせていただきました。ベタ家の縁者としてでなく、ただの一人として論客の道を進んでいるのです。ご文句などあろうはずもなく」

「ないはずがなかろう」

父上が不機嫌そうに言った。

昔と何も変わっていなかった。

何年か前にも、こうした口論を父と交わし、結局ケンカ別れして家を飛び出したのだ。

あれから一度も家に寄りつくことがなかったのは、会えば再びこうなるとわかっていたからだった。

「まあまあ! 議論はそれぐらいにしようではありませんか父上!」

仲裁するように兄が進み出た。

「今日はそんな話をするためにヘンドラーを呼び戻したのではないでしょう? もっと別の話があるのでしょう?」

「うむ……!」

兄に諭され、父上は態度を改める。

父は昔から兄へは甘い。

優等生の長男、落ちこぼれの次男。

よくある構図に、扱いの差が出るのは仕方のないことだろう。

「……ヘンドラー、今日お前に家へ戻ることを許したのは、お前の功績を賞するためだ」

「は?」

「此度の捕り物働き、見事であった」

それは間違いなく反王族派を根こそぎしょっ引いた件だろう。

「いやあれはアロワナ王子からの指示で仕方なく……!」

「皆まで言わずともよい。やはりお前にもベタ家の血が流れているということだ。戦って国を守ろうとする軍人の血がな……」

何か父上が急に満足げに頷きだした?

思ってもみなかった展開。

「お父様は、アナタのことをずっと心配していたのですよ」

ヒィッ!? 母上!?

いらしたんですか!? そりゃあいますよねえ実家なんだし!!

「お父様常々アナタのことを『出来が悪い』と仰りますが、それは『出来の悪い子ほど可愛い』という意味なのです。お父様は本当は拗ねているのですよ」

「拗ねる!? なんで!?」

「アナタが軍人の道を進まなかったから。ワイルドやアナタや、プラガットにクラウンテールが軍に入って要職を占めることが、お父様の夢だったんですから」

弟や妹の名前まで出されても。

父上はそんな野望をお持ちだったのか。でも軍部で親権政治を敷こうなんて危うくはありませんか? と論客の私は思ってしまうのだが……。

「……お前が論客になるなどと言い出した時は、裏切られたように思い辛く当たってしまったが、やはりお前は我が息子だった。軍の外にいながら、こんなに大きな成果を上げるとは……!」

「だからその件は、王子に言われて仕方なくですね……!」

「この際に及んでは、此度の成果とワシの推薦で、お前をどんな部門にも捻じ込むことができる。今こそ兄弟揃って軍に入り、ベタ家の勇名を轟かせてくれ……!」

ダメだこれ。

父上が完全に子煩悩モードに入ってしまっている!?

父上って、期待に応えるだけでこんなに態度が変わるものなのか。ある意味当然かもしれんけど、どうかと思うなこれ!?

「お待ちください父上」

そこへ長男たるワイルド兄上が進言する。

「父上がヘンドラーを誇りたい気持ちはわかりますが、あまり率直な行動をとるのはいかがかと」

「どういうことだ?」

「アロワナ王子が此度ヘンドラーにすべてを任せたのは、彼が軍部より離れて自由な立場に身を置いていたからです。アロワナ王子は賢君の資質をお持ちです。様々な種類の人材を縦横無尽に使うことができます」

「そうか……、ヘンドラーを軍部に入れ、お前たちと同じ種類にしてしまっては、却って王子殿下の選択肢を狭めることになりかねんというのだな?」

「御意」

私は隠密か何かか?

そんなことをせずに論客の仕事に集中したいんですけど、本音としては。

「なるほど、お前たちは新しい目で状況を眺めることができるのだな。ワシももう老いたということか……」

「父上ー?」

「ヘンドラーよ。武勲を示せぬことは武人にとって辛いながら、それに耐えることこそ真の武人たる証だ。今は日陰よりアロワナ王子を支えてくれ」

「いや、違くてですね……!?」

「我がベタ家は、お前への助けを惜しまぬ。王子よりの密命を果たすのに必要な時は、遠慮なく父や兄を頼るがいい」

頼りませんよ?

そもそも私そんな仕事してませんし。

アロワナ王子からの頼みごとを聞くのは、あくまであの人が年の近い親友だというので……!?

「表向きは論客。その裏では王族の命を受けて動く隠密。カッコいいではないか!」

「だから違うっつってんだろうが!!」

声を荒げても訂正は通らず、我が家は放蕩息子の帰還を全力で祝うムードになってしまっていた。

「アナタ……、当然ヘンドラーの勘当は……!?」

「解く。好きな時に帰ってくるがいい。やはりワシの息子に間違いはなかった……! ヘンドラーも他の子たち同様、ワシの誇りだ……!」

こんなアットホームな雰囲気にされたら強引に訂正もできない。

ズルい。

こうして私は、外堀を埋められたような気分になって里帰りを終えたのだった。