作品タイトル不明
260 ……は海の中
プラティの頑なな意志を一撃粉砕する、お母さんからの手紙。
それだけ彼女にとって、母親とは逆らい難い相手なのか?
ここにお母さんからの手紙の一部を抜粋。
-------------------------------------------------------------------
プラティちゃん。
妊娠おめでとう。
これでアナタも大人の仲間入りね。アナタの母親としてこれだけ誇らしいことはありません。
体を大事にしていますか? お腹を出したまま寝ていたりしていませんか?
もうアナタの体はアナタ一人のものではないのですから、いつもより一層気を付けなければいけませんよ。
本当ならばアタシもすぐさま駆けつけ、直に祝福の言葉を贈りたいところですが、アナタより小さい下の子たちから離れることができませんので、カープちゃんにこの手紙を託すことにしました。
(中略)。
というわけで分校の設立をよしなにね。
母より。
我が宝物プラティへ。
-------------------------------------------------------------------
「ママの優しい言葉を目の前にしてええ……! NOと言うことができないいいいいい……!」
プラティは感涙にむせび泣いた。
なるほど。
搦め手系の天敵か。
(中略)された部分にかなり政治系のエグい文脈があるような気がするんだけど、まあそれは後々触れていくことにしよう。
「もう、分校でもなんでも作ればいいでしょう! ママのお願いなら何でも聞くわよ!」
こうしてプラティすらも陥落した。
じゃあ、これで反対する者はいなくなったので……。
「マーメイドウィッチアカデミア農場分校の設立を認めます」
「「「「やったーッ!!」」」」
人魚の生徒たち、大喜び。
エンゼルたち既存組はもちろん、新規加入組も諸手を挙げて。
……なんでそんなに感激なの?
「お静まりなさい! 皆さん!」
そこにカープ教師の一喝が飛んで、瞬時に静まり返る。
シン……、と。
「人魚淑女として、はしたない行いは厳に慎みなさい。アナタたちは、ここで薬学魔法だけを学ぶのではありません。淑女として恥ずかしくない、高貴な振る舞いをも身に付けるのです」
「「「「わかりました、先生……」」」」
カープ教諭、厳しい。
俺の学生時代にもいたなあ。こんなわけもなく口煩い教師が……。
……俺の背後に密着して、プラティがシャーシャー喉を鳴らしていた。
彼女の尻から伸びる尻尾が、ぶわりと毛を膨らませている。……みたいな幻覚が見える。
実際には尻尾なんかないよプラティは人魚だし。
ウチにネコキャラはヴィール一人で充分なんだがなあ。
「つきましては聖者様、スケジュールのご相談があります」
「スケジュール?」
「学生の生活は、規則正しさこそが本分! 生徒達にはここ農場でも、指導側が徹底して組み立てた一日のスケジュールに従ってもらいます!」
と言ってカープ教師が突きつける幅広の海草。
人魚の世界では紙代わりとして使われているらしい、そこには細かいスケジュールが……。
たとえば何時起床とか、何時から何時までは授業で、何時から作業みたいなことが実に細かく書き連ねていた。
まさに分刻みと言うべき細かさ。
「…………」
俺はその海草を、躊躇わず鍋に放り込んで出汁を取った。
「あーッ!?」
「このスケジュールは破棄なさい」
長閑さがウリの農場です。
そんな時間に追われるような生活を持ち込まれては雰囲気台無しだ。
「皆好きな時に好きなように働けばいいのです。それが楽ちんで楽しいのですから」
皆で一緒に食べるごはん時と、起きる時と寝る時さえ決まっていれば、あとは自由でいいのだ。
あとサテュロスたちが配るミルクを皆で飲む時間さえ決まっていれば。
効率?
知ったことか。俺はそういうものから自由でいるために異世界にいるのだ。
「しかし……! それでは我が校の教育が……!」
「我が農場の中の分校です。農場の流儀に従えないなら、やはり出て行ってもらうしかありません」
後ろから「さすが旦那様!」「お義兄ちゃんカッコイー!」と声援を送る人魚王女姉妹の姿があった。
「わ、わかりました……! こちらも間借りさせていただいている身。妥協いたしましょう」
「ご理解いただいてくださり助かります」
後ろから「見たか! これが旦那様の力よ!」「お義兄ちゃんの力よー!」とはしゃぐ声。
「じゃあ、これからウチに住んでもらうとして……。寝起きする家屋が必要になりますねえ」
当然、野宿させるわけにもいかんからな。
しかも一気に十数人と増えるわけなので、これはまた一棟拵える必要があるだろう。
「我が君……! 建築ですか? また特急で建築ですか?」
オークボたちオークチームが俄かにソワソワし始めた。
コイツらは本当に建築マニアが板についてきたなあ。
「ウチの子たちが趣味を満喫したがっているので、至急アナタたちの滞在場所を構築し……」
「それには及びません」
あれッ?
「何から何までご厄介になっては、人魚族のプライドを育成できません。自分たちの寝起きする場所は、自分たちで確保いたしたく思います」
それって、自分たちで家を建てるってこと?
「まさか人魚国から大工さんでも呼んで?」
「必要ありません。我ら人魚族にはこれがあります」
と言ってカープ教師が取り出したのは、何やら白い小石のようなもの。
指先程度の大きさ。
「……珊瑚?」
見覚えからして、多分それは珊瑚の欠片。
「ただの珊瑚ではありません。これはプラティ王女の偉大な発明品の一つ。肥大育成珊瑚の雛型です」
肥大育成珊瑚?
「また懐かしいものを持ち出してきたわね?」
と文脈に出てきたプラティ本人が言う。
彼女が発明したものってことだろうけど肥大育成珊瑚ってどんなの?
「専用の成長促進魔法薬を付加すると、爆発的な速度で成長する珊瑚よ。しかもあらかじめどんな形に成長肥大化するかを決めることができるの」
「だから中身が空洞で屋根があり、家屋として利用できる形に成長させることも可能なのです。これがあれば、人魚はどの海域でも即座に文化的生活を営むことができるのです!」
珊瑚の家ってこと?
でも、珊瑚なら海中じゃないと生きていけないし、ってことは必然海中に家を建てるってことだよね?
「農場内で寝泊まりしないの?」
「我らは人魚です、基本的な生活は海で営むべきです。私たちは近辺の海域に宿舎を営み、そこで生活させていただきます。昼間の作業中は、陸人化薬を服用して、陸に上がらせていただきます」
そんな面倒くさい。
ウチで生活するなら、地上で寝泊まりしてくれたらいいのに。
「それに育成珊瑚の家って、所詮簡易住宅よ? 造りも単純で、本職の珊瑚大工が建てた家とは天地の差よ? 野宿を多少快適にするための一日限りのもので、恒久的に利用するものじゃ……!」
「いいえ、海の生活を大事にしてこそ人魚族のプライドが養われるのです」
これらの会話だけで充分すぎるほどにわかった。
カープさんの教師としての頑なさ、面倒くささ。
彼女当人だけのことならともかく、それにつき合わされる生徒たちは堪ったものではないだろう。
「プラティ様方の負担にならないためにも、食事もこちらでやりくりする所存です。どうかよろしくお願いいたします!」
* * *
こうして、マーメイドウィッチアカデミアの農場分校がスタートした。
最初彼女らはカープ教師の指導通り、農場近くの海に寄宿舎を建設し、夜はそこに寝泊まりし、朝になると上陸して薬を飲んで人間化し、授業を受けたり農作業を手伝ったりして、日が暮れると再び人魚の姿に戻って海に戻っていく。
そんな生活の繰り返しだった。
そのうちに……。
「えッ!? 陸では寝るときそんな可愛い服着るの!?」
「パジャマって言うのよ! ここは魔族一の職人が作る服ばっかりなんだから!」
人魚学校の生徒たちも、皆すべて年ごろの女の子。
可愛い衣服で着飾る憧れは消しきれるものではない。
さらに。
「……農場で食べる昼ご飯、美味しい……!」
「海中で食べる晩ご飯とは比べ物にならない……!」
「嫌だ……! もう火も通してない生魚を食べるのは嫌ああ……!」
「海水だけ飲んでれば生きられるなんて根性論は、もうたくさん……!」
いつ頃からか、生徒が一人、また一人と地上に居残るようになり、全員が海宿舎への帰還を拒否するのにそう時間がかからなかった。
そしてついに……、カープさんも……。
「お世話になります……!」
俺の手製串カツ片手に、忸怩たる表情のカープさんが、我が農場の本格居住を提案してきた。
その頃には、ニューフェイスの人魚全員、我が農場での生活の虜だった。
「農場のごはん美味えええええ!! サテュロスの絞ったミルク美味ええええええッ!!」
「温泉気持ちいいいいい! フカフカのお布団寝心地いいいいいいいッ!!」
「パジャマ可愛いいいいいッ!」
「バッカス様の作ったお酒美味ええええええええええッッ!!」
「えッ?」
「アンタまだ学生……!?」
こうしてあらゆる人魚たちが、我が農場で生産された衣食住がなければ生きていけない体へ改造されてしまっていた。
……。
正式な移住が決まったところで……。
「オークチーム招集! さあ貴様ら、待ちに待った建築解禁だ! 人魚さんたちが快適に暮らせる寄宿舎を建築するがいい!」
「もう建ててますけど?」
「早い!?」
「だって向こうが根負けするのは時間の問題でしたし」
それでも主のゴーサインも待たずに着工してしまうとは、せっかちさんめ!
こうして真面目な教師の拘りから多少の紆余曲折はあったものの。
人魚分校は正式なスタートを切った。