軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

231 航海誌

オレは魔族の船乗り、ラッチャ・レオネス船長。

海の神秘を求める探検家だ。

海には、命を賭けて追い求めるべきロマンが数多く息を潜めている。

太古の昔、落ち延びた魔族が移り住み独自の文明を築いているという島。

人魚族が管理するいくつもの楽園島。

そして竜の王ガイザードラゴンが住むという龍帝城も海の最果てにあるという。

いずれもまだ所在が知られていない。

実在が確認されていない。

それら、誰も見たことのない島を見つけ、最初の一歩を踏みしめる。

これこそ海洋探検家の本懐というものではないか。

陸の方では戦争が終わり、すべての世界は繋がったなどと言われているが、そんな言葉は狭い世界しか知らない連中の戯言よ。

この世界は、オレたちのまだ見たこともない領域の方がずっと広く大きい。

その一つ一つを解き明かし続けるのが、海の男の人生だ。

この命ある限り、オレは道なき海洋を滑り進んで行くぜ。

我が愛しい想い人、サンイメルダ号よ、その豊満な帆に風を抱け!

* * *

そして航海の途上、サンイメルダ号の帆は風をまったく抱きしめなくなってしまった。

凪だ。

オレたち船乗りにとってもっとも恐ろしいもの。

風もなく波もない。

すべてが押し黙ってしまった静寂の海。

帆船は、風を帆に受けなければどこにも動くことができないから、一旦凪に捕まったら、お天道様の気まぐれをひたすら待ち続けるしかない。

風がなくとも自由に航行できる魔法動力船なんかに乗れるのは、ごくごく一部、魔王軍のお偉い方ぐらいだけだ。

いつ風は吹く?

少し待ってれば吹くかもしれないし、あるいは明日にならないと吹かないかもしれない。

三日経っても、十日経っても、一ヶ月経っても半年経っても風は吹くかわからない。

船上のオレたちが飢え渇き、死に絶えてなお吹かないかもしれない。

凪に捕まった時ほど、オレたちは自然の気まぐれによって生かされている小さな存在だと実感する。

船が止まって既に十三日が経った。

想定を遥かに超える停滞に、備蓄の食糧が底を尽き始めていた。

奇跡的にすぐさま風が吹き、最寄りの港へ飛び込めたと仮定してもギリギリの残量。

乗組員たちに日に二回の食事を一回に減らすと伝え、耐え忍ぶ態勢を整えるも、それも風が吹いてくれなければ、どうしようもない。

甲板に絶望が漂ってきた。

オレたちはこのまま渇き死ぬのかと。

船乗りになると決めた瞬間から、陸で静かに死ねないと覚悟していたが。

まさか海上で死ぬにも、こんなに静かで地味な最期が訪れるとはな。

海洋冒険家の終わりにしては、いささかドラマチックに欠ける。

ここで死ぬならせめて雷でも落としてこの身を焼き尽くしてくれないだろうか?

そして生還した仲間たちが、俺の稀有な最期を語り広めてくれるのだ。

「船長……! 船長!」

くだらない妄想に耽っていたら、船員に呼びかけられた。

空腹のあまり意識が途切れかけていた。危ない。

「……なんだ? オレたちを冥界へ連れて行く幽霊船でも見つけたか?」

「幽霊船かどうかはわかりませんが、見張りが船を発見しました。真っ直ぐこちらへ向かってきています」

冗談で言ったつもりだったが、意外な報告に意識の霞が一気に晴れる。

「何バカなことを言ってる? 船がこっちに向かってきてるだと?」

オレたちがどんな危機的状況に陥っているのか忘れたのか?

微風もない凪の中、どんな船が波を割って進むというんだ!?

「だから船員たちも動揺して騒いでます。案外本当に幽霊船かもしれません……!」

船員のくだらない冗談に、思わず舌打ちが漏れる。

まあいい、この目で確かめれば済むことだ。

俺は船長室を出て甲板に上がった。

「どっちだ?」

「右側です」

船員の案内を受けて甲板の端に出ると、たしかに海を隔てたずっと向こうに船らしきものが浮かんでいる。

帆がない。

不思議な外観だった。

そして明らかにこちらへ向けて近づいてくる。

「……風はないよな?」

そんなこと自分の肌に聞けばすぐさまわかるのに、周囲に尋ねずにはいられなかった。

何故あの帆のない船は、風のない凪の中をかまわず進んでいる!?

「風もないのに動けるなら、そりゃ帆なんていらんだろうが……!?」

「噂に聞く、魔王軍の魔法動力船ってヤツでしょうか? それなら風もないのに動けるのは納得ですが……」

「いや……!」

オレは魔法動力船の現物を見たことがあるが、今遠方にうっすら見えている船とは明らかにデザインが違う。

今、視界の大海原に浮かぶ謎の船は、もっとキラキラしているというか……?

……近づいてくるごとに段々ハッキリ見えてきた。

なんだこれは!?

船体が金属みたいに輝いてやがるぜ!?

「いや、金属みたい……、じゃない! 金属そのものだ! 鉄の船だ!」

「なんで鉄なんだよ! 普通水に沈むだろ!? 潮風で錆びるし!!」

「まさか本当に幽霊船んんんッッ!?」

船員たちも混乱している。

飢餓で頭の回転が鈍くなっているのに、ここまで騒ぐのは、それだけ衝撃が大きいということだろう。

「ど、どうします……!?」

「どうもこうもねえ、こっちは動けないんだから、向こうが来るなら迎えるしかない。……ただ、船員には一応武器を持たせておけ」

やがてその不可思議な船は、オレたちのサンイメルダ号に横付けした。

板が渡され、両船を繋ぐ即席の橋ができる。

そして渡ってきたのは……。

「オーク!?」

「ぎゃあああああッ!? 何故モンスターがあああああッ!?」

モンスターの乗る船!?

益々わからない何なんだあの船は!?

ただ一つだけ確実に言えるのは、乗り移ってきたオークは通常とはまるで違う。

コイツらが暴れたらまず間違いなく、我が船は全滅だ。

……と一目見てわかるぐらい、気配が違う。

地味な死に方など嫌だと念じたオレだが、こんな奇怪な死が迎えに来てくれるなんて。

これぞ海洋冒険家に相応しい最期!!

「あ、あのー……」

「!?」

なんか色々覚悟していたら、オークの方から話しかけられた。

一体何!?

「何かお困りのようなので許可なく接舷させていただきましたが、大丈夫ですか? 遭難ですか? 見たところ皆さん顔色も悪いようですし、お腹減ってます?」

オークに気遣われた。

聞かれたからには答えねばと、自分たちの置かれた窮状を話して聞かせたが……。

「なるほど……、我が君! やはり遭難者のようです! 食料が尽きかけているそうなのですが……!」

オークが自分らの船へ振り返りながら叫ぶと、向こうの欄干に一人、ヒョロッとした……、人族?

……かな? あの外見は?

「わかったー! 惜しまずジャンジャン運び込むよ! 船員に病気の人はいないか詳しく聞いてー!」

「承知!」

モンスターが人族の言うことを聞いている!?

その問題の人族が、さらにこっちへ向けて声を張り上げてくる。

「あー! アナタがそちらの船長さんですねー!? こんな遠くからすみませんー! 俺がこっちの船のリーダーですー! 今から食料運び込みますから、改めてその時挨拶しますねー!」

「は、はあ……!?」

「壊血病とか大丈夫ですか!? 知ってますよ海でなるんですよね壊血病!! オレンジジュースたくさん積み込んできましたからー!!」

一体何が何なんだ……!?

ともかく確実に言えるのは、この珍妙な遭遇者によって本来死ぬはずだったオレたちが明日を得ることができた、ということだった。

* * *

「……というわけで」

あれから五日後。

最寄りの港街に入港できたオレは、酒場で酒を呷り、生の実感を噛み締めた。

船員一人も欠けることなく生還できた。

よかった!

「凪に捕らわれたオレたちは、その不思議な船に牽引され、貿易風の流れる通航ルートに乗ることができたんだ。それまでは本当に死を覚悟してたぜ。お前のむさい面も二度と見れないと思っていた!」

「うっせえよ、それよかもっとましなウソつきやがれ」

「あーッ!?」

港町で偶然出会った探検家仲間と杯を交わし、早速オレの不思議体験を披露してやったというのに、ハナッからウソつき呼ばわりか!?

「ウソに決まってんだろうが! 帆もないのに独りでに走る船? しかも外装が金属製? そんな船がこの世にあるわけねえだろうが! 金属なら沈むわ! 潮風で錆びるわ!!」

「それはたしかにそうだが……、この目で見たんだからしょうがねえだろ……!」

あれは本当にあったことだと信じるしかない。

広大な海にたしかに存在する幾百ものロマン。

あの船は、そのロマンの一つなのだ間違いなく。

しかし海の男仲間は、そのロマンを信じられないらしい。

「そんな与太話よりもよ。最近巷で面白い噂話が流れてるんだが、聞かねえか?」

「あ?」

「何でもよ、この世界のどこかに、あらゆる秘宝が一挙に集まった理想郷があるらしい。…………その名も聖者の農場」

聖者の農場?

「人族の冒険者どもの間でも噂が広がっててな。聖者の農場に行けば、人が夢見るどんな道具や、武器や、宝や、御馳走だってあるんだという。それで相談なんだがな?」

「その聖者の農場とやらを一緒に探そうと?」

「察しがいいじゃねえか。陸じゃもう有象無象の冒険者どもが探し回っているようだが、海からアプローチしようってヤツはまだ少ない。上手くすれば出し抜けるかもしれないぜ?」

探検家仲間は、山っ気たっぷりの強欲顔を見せるが、オレの心は踊らなかった。

「やめとくよ」

そんなものよりも今は、追い求めたいものがオレにはある。

「あの不思議な船を、オレは再び見つけ出す!」

あの船とは結局正規の通航ルートに入る際に別れてしまった。

不覚にもオレは、その際相手の名も素性も聞かないままにしてしまった。

あまりにぶっ飛んだ状況のために困惑し通しだったこと、空腹で頭のめぐりが悪くなっていたのを鑑みても大失敗だ。

だからオレにはわからない。

あの船が、何処で造られたどんな船なのか。その船を指揮する、あの人族らしき男は何者なのか。その名前も。

何処に行けば再び会えるかすら。

「見たことのない聖者の農場なんかより、あの不思議な船だぜ。何しろ実際見たんだからな!」

「極限の空腹で見た幻なんじゃねえの?」

「ほざけ。あんな凄い船は、聖者の農場とやらにもありゃしねえだろうよ。オレは再びあの船に出会い、その謎を解き明かしてみせる!!」

海洋探検家の心を震わせるロマン。

あの不思議な船こそ、第一級のロマンに違いないのだから。