軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

211 豪なるバカ

ワシの名はバアル。

誰もがワシのことを指してこう呼ぶ。

魔族一の大バカ者と。

価値のないものに金を出し、役に立たないものを有り難がる。

だから大バカ者だと。

ワシが大金をはたいて買うもの。

絵画、彫刻、古い書物や過去の偉人が愛用したもの。

そんなものを買い集めるワシを誰もがバカだと罵る。

絵が何の役に立つ?

木彫りなんかで腹が膨れるのか?

昔のことなんか知ったって何の得になるだろうか?

古いだけのガラクタだろう?

そう言ってワシの集めたものを嘲笑う。

そんなものを買うぐらいならもっと価値あるものを買うべきだろうと偉そうに講釈してくる。

宝石とか、黄金とか、豪勢な屋敷とか、若くて美しい女とか。

そういうもののために金を使えと言う。

余計なお世話というものだ。

もう何百年と続く人族との戦争。

長く続く戦乱のせいで魔族は生きるためのゆとりを失った。

ただ生きてさえいればそれでいい。

そう思うことが常識という時代もまた何百年と続いてきた。

それではいかんのだ。

我ら魔族は、過去の者たちが生み出してきたものを未来に受け継いで、それによって豊かな格式を養っていかねばならん。

豊かさはその時々で得ることができる。

強さも。

しかし格式だけは過去から与えてもらうしかない。

だからワシは、大バカ者と言われようと、価値のないと言われるものを買い漁るのだ。

未来に伝えるための過去を途絶えさせぬように。

幸い金は腐るほどある。

今日もまたワシの下に様々な者が訪れることだろう。ガラクタを売りつける詐欺師を含めて。

ワシは誰だろうと拒みはせん。

さて、会ってやるとするか。

* * *

「四天王になったそうだな小娘?」

「運に恵まれただけです。本来ならば四天王『怨』の座は生涯果てるまでグラシャラ様のもの……!」

「ゼダンも大層なじゃじゃ馬を貰ったものだ。しかも妃を二人とは、あの小心者にしては随分思い切った」

意外な来客だった。

新たに四天王になったばかりのレヴィアーサが訪ねてくるとは。

「このワシに何の用だ? 四天王として影響力を強めたい、とでも言うか? ならば今さらワシと接触をもっても見込み違いとなるぞ?」

「アナタの下を訪ねるなら用件は一つだけでしょう」

「ほう?」

「買ってほしいものがあります」

この女。

グラシャラの副官をやっていた頃から他とは違うものを感じていた。

強いて言うなら、あのベルフェガミリアに近いものというところだが……。

やはり面白い。

「四天王になったというのにまだ物売りをするか?」

「バアル様は物の価値をわかっておいでなので。掘り出し物を持ち込むにはアナタのところに限ります」

小娘め。

このワシを敬っておるのか侮っておるのか、いまいちわからん。

「見るだけ見てやろう」

「ありがとうございます。ものは既に庭先に運び込んであります」

「ほう、大きいのか」

しかしヒトの屋敷で我が物顔に振る舞う娘よ。

ゼダンのヤツは、あからさまに曲者の嫁を二人も貰いながら、この上こんな娘まで部下として使いこなせるのか?

* * *

庭に出てみて驚いた。

神が。

神がおられる……!

「冥神ハデス様……!」

「やはり言われなくてもわかりますか? 私もこれを初めて見て、冥神ハデス像だと言われずともわかりました」

威風堂々たるお姿……!

豊かな髭……!

冥府の神に相応しい幽玄たる衣装……!

あまりにも神そのものの御姿が、樹木から見事に彫り出されている!

木が神に転生したかのようだ……!?

「本当に見事です。まるで本物の神をそのままモデルにしたかのような……」

「……作者は? この見事な像を彫り上げた名職人は一体何者なのだ!?」

「エルフです。今はそれだけしか」

エルフ……!

小手先器用なあの種族なら、これほどのものが作れるか。

釈然とせんが納得よ。

しかし本当に、現世に降りた神をそのまま見て彫ったような。

「実は、ハデス神の像だけではありません」

「なんと!?」

小娘の指し示すままに見てみると……、像がたくさん!?

こちらは冥神ハデスの妻、地母神デメテルセポネの像!?

ハデス神の忠実なる使者、死のタナトスと眠りのヒュプノス像!

冥界三大裁判官、ラダマンティス、アイアコス、ミノスの像!

おお、海神ポセイドスと、その親族の像もあるではないか!!

……どれもこれも、やはり本物を書き写したような荘厳さではないか!

「しかし地の神、海の神と来て何故天の神の像だけがないのだ?」

「彫る価値がなかったんじゃないですかね?」

よくわからんが、まあ我ら魔族が崇拝するハデス神を仲間外れにされるよりはマシか。

「あと、神々の中に交じっておいてある、この像は何だ?」

「神像ではありませんね? 乾涸びた骸骨のようで、見ているだけで身震いするほど恐ろしい……!?」

「…………これは、ノーライフキングか?」

「世界二大災厄の!?」

「見ていたらだんだん思い出してきた。ノーライフキングには若い頃二、三度遭遇したことがある」

さらにこっちの、どう見ても何の変哲もない人族の像はなんだ?

これだけ豪壮たる神像の群れに交じると却って奇異なんだが?

「…………」

だが何度見ても見事な像ばかりではないか。

我ら魔国では、いかに神を象った彫刻でも、そこまで有り難がられるものではない。

精々厳かな場所において、汚れたり欠けたりすれば新しいものと取り替えて捨てる。

その程度のもの。

しかしそれではいかんとワシは思う。

特にこのような魂のこもった彫刻であればなおさら。

大事に保存し、作者が込めた思いと一緒に未来へと引き継がせるべきではないのか?

「よろしい、買おう」

すべて買おう。

これほどまでに素晴らしい彫刻。一つでも我が手から漏れて価値のわからん者に渡っては一大事だ。

叩き割られて薪の代わりにでもされたら一生悔やまれる。

「ありがとうございます。全部ですと値段はこれほどで」

小娘の差し出す売買契約書を流し読む。

そして値段の項に目が留まる。

「ふざけるな」

契約書を突き返す。

「お前もまだまだ物の価値をわからん小娘だ! これほどの大作、しかも一つならずのものに、こんなはした値をつけおって!」

これでは元となった木片の値段とそう大して変わらんではないか!

「いいか! こうしたよいものにはもっと相応しい値をつけるものだ!!」

執事に赤インクを持ってこさせると、契約書を修正して適切な値を記入する。

それを見て小娘が、目を剥きおった。

「本当にこんな……!? 前値の百倍はあるじゃないですか!?」

「作者が、この作品にかけた労力と、技術と、それらを養った時間に支払う値段だ。そしてこの作品が未来に与える品格に支払った値段だ」

ガラクタに大金を払う大バカ者と呼びたければ呼べ。

しかし長い戦乱に病み疲れた魔族たちにとって、戦いが終わったこれからの時代にこそ、こういう金の使い方が必要なのだ。

ゼダンのヤツが人間国を滅ぼしたこれからの時代に。

「かしこまりました。ではその値で売らせていただきます。代金はすべて作者のエルフの下へ」

「なんだ? お前は仲介料を取らんのか?」

「私は、商人ではなく四天王ですので」

相変わらず考えのわからんヤツよ。

ならついでにそのエルフに伝えるがいい。

生きるに困ったらワシが保護してやる。木を彫るに必要なものすべてを揃えてやるから遠慮なく囲われに来いとな。

* * *

久しぶりにいい買い物をしていい気分であったというのに、その気分を台無しにする客が現れおった。

ゼダンのヤツだ。

魔王の仕事で忙しいくせに、忙しなく我が隠居屋敷を騒がせおる。

「また大層な買い物をしたようですな親父殿」

「差し出口だぞゼダン。ワシはもう引退した身だ。何をしようと文句はなかろう」

「そういうわけにも行きますまい。魔族にとってまだまだアナタの及ぼす影響力は絶大です。そこのところをご留意いただきたい」

「ふん、どうだか。どうせ誰もが皆ワシのことを大バカ者だと蔑んでおるのだろう?」

「そんな陰口をまだ気にしておられたのか? 批判も面と向かって言えぬ一部の卑怯者など無視すればよい。魔国の誇りある住人たちは、アナタに対してたった一つの呼び名しか用いません」

フン。

仰々しい呼び名だ。

先代の魔王。……大魔王バアルなどと。