軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1479 ジュニアの冒険:ガラ・ルファ新たな挑戦

『疫病の魔女』ガラ・ルファ。

それは人魚国に轟き渡る威名もしくは悪名。

人の尊厳を踏みにじり、人の命を脅かす魔の存在として数多くの人から恐れ遠ざけられてきた。

「思い出すにも涙する苦難の日々……! それを転機に変えられたのは他でもない、農場&聖者様との出会いでした」

なんか語りだすガラ・ルファさん。

「私がかつて、どのような学説を提唱していたかジュニアさんはご存じですか?」

あッ、ハイ。

たしか細菌の存在を提唱していたんですよね?

「そうサイキンです! 虫などよりも遥かに小さな、目で見ることもできない極小生物! そのサイキンが体内に入り込むことによってさまざまな身体異常を引き起こす! これが病気になる原因だったのです!」

正確には細菌が病原でないタイプの病症も存在するとのことだが……。

その辺りのことは父さんから聞いて僕も見識がある。

見ることのできないモノを信じるなんてなかなか難しいことだが……それだったら実際に目で見える神様の方が信じやすい……、ある時父さんが作ってくれた顕微鏡なるものでたしかにミクロ世界を蠢く名もなき生物たちを目視することができて、理解を飲み込むことができた。

あの時は世界が塗り替えられるような衝撃を味わったものだ。

ましてや顕微鏡もない、誰もその存在を知らない状況で細菌の存在を予見する。

それをしてのけたガラ・ルファさんの才覚と、言い切る勇気。

凄まじいものと戦慄する。

「たしかに初めて学会でサイキンの存在を説いた時はボッコボコに叩かれまくりましたよ。『学会は空想話をするところじゃない』とか、『夢と現実の区別がついてない』とか、『そんな魔法みたいなこと言ってんじゃねえ』とか」

魔法薬使いを相手に!?

「ボッコボコボコボコボコのボコですよ。学会を追放された私は無許可でサイキン実験を繰り返して、それがためにタイーホされた挙句、農場へと流れ着きました」

逮捕からの農場行きにおける因果は?

「しかしそこからが私の転機でしたね。農場には世界に唯一私の考えを理解して下される御方……聖者様と出会いました。聖者様は、私の仮説を頭ごなしに否定しない、それどころか様々な知識を伝授して私の考えを補完してくださったのです」

その様は、まるで悪魔が禁断の知識を授けているかのようであった。

……と母さんが当時の様子を語っていた。

「おかげで私のサイキン学説は格段に強度を増していきました。最近の実在性。そしてサイキンがどのようにじて人間の生活に影響を及ぼしているか。それは私の想像を遥かに超えて多岐にわたっていました」

そしてガラ・ルファさんは細菌の実益的な利用法を確立し、それを世界に広めた。

具体的には弱体化させた病原体を使用した予防接種であった。

とある流行病を対象とした予防接種は、ウチの父さんを公の発起人として、その繋がりがある魔王さん、アロワナおじさん、リテセウスお兄ちゃんなど各国の代表者を巻き込み世界全土にて実施された。

結果、予防接種が実施される前とあとでは十歳以下の小児の死亡率が劇的に下がったという驚異的な報告がもたらされた。

かく言う僕も、かつて子どもの頃に予防接種を受けたクチだ。

あの時の注射の痛みは今でも忘れない。

「……そんな恨みがましい顔をされても、私はアナタを救ったんですよ」

ええい、白々しい!

しかしその一件が、ガラ・ルファさんの正しさを不動とした。

もはや誰もガラ・ルファさんの言うことを否定できず、“細菌”の存在は世の常識として定着した。

独創からの否定、流浪からの捲土重来を果たしたガラ・ルファさんの波乱万丈の半生であった。

そして今、貫き通した主張の上に築いた立場に、ガラ・ルファさんの安泰が約束されている。

ここまで苦労してきた人のしかるべき結果だろう。

「何を言います! 私の研究者魂はまだまだこれからですよ!」

えッ?

何を言って……だってガラ・ルファさんの細菌研究は完成を域に達し、皆から認められ、充分世の中の役に立っているじゃないですか?

「そうです! 私としてはサイキンをもう研究し尽くしたと言っていいでしょう。だからこそ次の研究題材を求めました!!」

ええぇ!?

ここまでの偉業を成し遂げていながら、まだチャレンジを続けるんですか!?

こんなにもやり遂げたらこれで人生成功裏にシメに向かってもよさそうなのに。守りに入ろうとするところでさらに駆け抜けるのが、凡人には遥か及ばぬ天才の発想なのか?

「さらに医学へ貢献するため、私が追い求める次の題材は……!」

題材は……!?

「レントゲンです!!」

煉と絃!?

……とは、何?

「ご存じないのも仕方ありません。この名称自体、聖者様から教わったものですからね。つまり発想の根源は聖者様。私自身の完全オリジナル発想でないのは恐縮ですが……」

おおう、また父さん由来の出来事だよ。

こうやって父さんは世界の常識を壊していくんだなブレイカー。

「聖者様は仰いました。この世界は、サイキンよりももっとずっともっとずっと小さな粒が無数に集まってできているのだと。その粒の名をゲンシもしくはブンシ、あるいはソ・リュウシと言われるのだと!」

呼び名たくさんあって覚えきれねえ。

どれか一つに統一できないんですか。

「残念ながら無理です。それぞれに明確な種類によって割り当てられている名前らしいので。……その中でももっとも小さいソ・リュウシは、あまりに小さいために人の身体などスカスカに通り抜けてしまうのだそうです。人や獣が森の中を突っ切っていくのと同じような感じですか」

ん? いきなり何を言い出す?

「だからと言って、ソ・リュウシはすべての物を透過できるわけではありません。石や金属といった硬くて重いものだとさすがに隙間がなくで通り抜けられない。その性質を利用すると……どうなるでしょうか?」

『どうなるでしょうか?』?

わかりません。

凡人の僕には理解の及ばない世界です、教えてください。

「人の体中にも石や金属と同じぐらい硬いものがあります。そう骨です。肉や皮といった組織を透過し、骨だけ通り抜けられず反射する。そうした特性を上手く利用すれば、肉の中にある骨の状態を正確に知ることができるんです!」

そ、そうなんですか!?

と言いつつ実際はあんまりよくわかっていない僕。

でも骨の状態が正確にわかるからといって、それが何か得になると?

「お若いジュニアさんにはまだわからないかもしれませんね。いいですか、骨というのはね……折れるんです! それを骨折と言います!」

はい!

「今まで骨折というのは診断しづらかったんです。何しろ肉に包まれて見えませんからね。わかりやすくボッキリ折れれば見当もつけやすいですが、中には小さな損傷で把握しづらいものもあります。軽微でも放置すれば取り返しのつかない重症へ悪化する恐れもあります。しかし!」

ガラ・ルファさん、拳を振るって熱弁する。

「このレントゲンがあれば骨の状態を直ちに、正確に把握することができ、適切な治療を施すことができます! レントゲンこそこの世界に降り立った新たなる福音! レントゲンの原理を完成させてこの世界に広めることが、この私の新たなる使命なのですッッ!!」

ガラ・ルファさんが燃えている。

細菌の発見と予防接種の実用化だけでも歴史に名を残す偉業だというのに、さらに先を目指すとは。

これが天才というものなのか……。

「というわけで現在私はレントゲン実用化に向けて全精力を結集し……たいところなのですが、学会から次々と仕事が舞い込んできましてね。新しいワクチンのチェックをしろだとか、ワクチンの保管体制にアドバイスが欲しいだとか、学生たちの卒論読んで将来のエリート候補をピックアップしろだとか……なんで私がそんなことしなきゃならないの!?」

いや大事です。

細菌の発見から始まったワクチンによる治療体制は、人々の命を守るために重要なんですから投げ出さないで。

せっかく認められたアナタの功績じゃないですか。

「聖者様やプラティ様もそう言うから、仕方なく人魚医学界の外部顧問として請け負ってるんですがねー。だからって古い研究に囚われて新しい研究が進まなくなったら本末転倒ですよ」

本末転倒違う! 本末転倒ではないと思います!

どっちも大事!

「でも大丈夫! 私には時間があるんですから! 研究を始めて苦節十年ついにレントゲンの実用化に漕ぎつけました! あとは代々的なお披露目あるのみ!」

ええッ、十年って……?

農場国が建国されて今まで頑張ってきた年数とほぼ同じ。

父さんたちが農場国で頑張ってきた一方でガラ・ルファさんは、この世界に新しい技術をもたらさんと奮闘していたのだ。

「ところで先ほど、レントゲンの技術にはソ・リュウシが使われていると言いましたが……アレはウソです」

は!?

じゃあ何だったんですかさっきの解説は!?

僕半分もわからなかったんですけれど、それすら無駄な理解だったんですか!?

「いやね、そっちの方がわかりやすいかなと思ってあえて説明に使ったんですけれど。正確にレントゲンに必要なのはホウシャセンと言いまして、これがリュウシだったり波長だったりと正体が掴めづらいんですよね。私も聖者様の漠然とした説明を元に何度も実験を繰り返して、なんとか確信に近づけたんですよね」

僕はまったく確信できてないんですが。

そして父さんも実際にはよくわかっていないんだな。そんな父さんからの要領を得ない情報を元に実用化までこぎ着けたガラ・ルファさんは、やはり天才か。

「どうやらレントゲンに使われるホウシャセンの種類は、ソ・リュウシよりも波長に近い性質のもののようです。ああいった実験器具を使ってどうにか特定できました」

とガラ・ルファさんが指示した先、研究室の片隅にそれっぽい器具があった。

全体的にメタリックな金属の塊らしく、お椀のような球体を半分に割ったものの上に、同じように半球体のより小さなものがかぶせてあった。

その間に板が挟まって互いに接触しないようにしてある。

あれは一体……何だろうか?