作品タイトル不明
1097 騒乱始末
色々解決したあと、最後にアロワナさんが一人の壮年に話しかけた。
「ミドロコン……このようなところでそなたに相見えるとは、あまりよい気分ではないな」
「は……!」
相手はビクビクと縮こまり、蛇に睨まれたカエルのような有り様だった。
あれだけハッキリした反応をしているってことは何か因縁があるんだろうなあ。
この地上で? 人魚族が?
「ゾス・サイラの手から逃れた貴殿がまさか地上に落ち延びていようとは。指名手配者が国境を越えて逃げ回る、魔王殿の危惧は見事的を射たな」
「…………」
「貴殿の権力への執着は、人魚国にとって危険だった。だからゾス・サイラが強引な処断を行ったのも間違いだったとは見做されない。まさに今、その判断の正しさが証明されたのだからな」
「私は! 栄光ある人魚国の宰相として……!!」
「在任中、貴殿には取り立てて功績もなく、その割に支払われる歳費は膨大だった。前王である父上は義理堅かったおかげで貴殿の首を切ることはしなかったが、誰もが一日も早い貴殿の引退を望んだものだ」
「うぐぐぐぐ……!」
「あのままゾス・サイラに捕まっていれば私財没収の上でどこかの片田舎に隠棲することを許されただろうが、陸の悪人どもと群れ、聖者様の御辺を騒がせたとなればお咎めなしでは済まされぬ。海溝牢獄に入ってもらうぞ」
そう言って連れていかれていった。
人族や魔族の人たちも、最後のあがきっぷりで程度の差こそあれ厳しい処分を受けることになるようだ。
そんな感じで開拓地での騒動はすべて終息したかに思えたが……。
* * *
あれから幾日かが経過して……。
開拓地は今日も賑やかだった。
「おおお……! あちらが噂の聖者様じゃ……!!」
「ありがたやありがたや……!」
今日もおじいさんやおばあさんが俺を見て、有難く拝んでいる。
一度軍隊が攻め込んできてから、噂が広がったのか『開拓地に聖者がいる』と知れ渡って、世界中から見物人が集まるようになった。
今ではツアーまで組まれて団体客で押し寄せる始末。
ここは開拓地なのに……!
「聖者様! 今日も観光客の受け入れに手間が割かれて作業が進みません!!」
「これで三日連続の作業停滞です!」
開拓者の皆さんも困惑の悲鳴を上げる。
そりゃそうだよな、彼らは手つかずの土地を切り拓くために開拓地に来たんであって、観光客の受け入れや案内のためにいるんじゃない。
元々は探検家や冒険者、傭兵という職業だけに接客も不慣れ。
想定外の事態ばかりで現場はどんどん混迷していくのだった。
「俺の存在が、こんなに波紋を呼ぶなんて……!?」
聖者というのもそれなりに世界で有名らしいということは感じ取っていたが、ここまでとは思わなかった。
開拓地には毎日観光バスに詰め込まれるぐらいの人数がバケツリレーの勢いでやってくる。
さすがにさばき切るにも限度があった。
俺も今まで数々のイベントを企画主宰してきた俺。だからこそ今回の騒ぎも容易に治められると思った。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
自分自身が事態の中心になることなんて今までなかったからな……。
お客さんたちが全員俺を目標に向かってくる。
そんな状況にまったく慣れていない俺は、押し寄せてくる観光客を直接おもてなしするために釘づけにされてしまい、身動きが取れない。
それゆえ農場から応援を呼んだとしても司令塔を欠いてまともに動けない状態だった。
クソ……こんなケースは初めてだ。
どうして皆、俺なんぞでそんなに有難がるんだ?
「そりゃそうでしょう。相手は世界でもっとも聖なる存在……聖者なのよ」
あッ、プラティ?
ノリトとショウタロウまで抱えて?
農場から、こっちにまで来るなんてどうしたの?
「旦那様は自覚がないようだけれども、聖者の存在はこの世界に残る最後の謎みたいなもので、多くの人たちの噂に上っていたのよ。正体にも様々な説が囁かれ、『進化した人類説』『変異モンスター説』『神の子ども説』『宇宙人説』『異次元生命体説』『プラズマ説』『ブロッケン現象説』など様々な憶測が飛び交っていたの」
俺の存在、オカルト雑誌の記事になりそうな扱い受けていたのか!?
自分のことなのにビックリだぜ。
「その聖者が公に登場して、ちょっとしたセンセーショナルが起こっているのよ。そりゃ一目見ようと押し寄せる野次馬の気持ちもわからなくもないけれど……。旦那様だってサービス精神旺盛じゃない?」
ん? サービス精神とは何のことだね?
と夫婦の語らいをしている間も、観光客の皆様は我先にと押し寄せてくる。
「聖者様ぁ、聖者様ぁ。持病の腰痛がかれこれ二十年の付き合いですだよぉ」
あーハイハイ腰痛ね。
大丈夫ですよ、ちょいとお体に触りますよ。
……『至高の担い手』!
「あんれまー! かれこれ二十年の付き合いだった腰痛がいっぺんに吹き飛んだですだよ! さすがは聖者様だ! ありがとございますだー!」
この程度のことであれば礼には及びませんよ。
触れたもののポテンシャルを最大以上に引き出す『至高の担い手』ならば、頑固な腰痛肩こりでも触れただけで吹き飛ばせるからな!
「聖者様はやっぱり凄まじいご利益だべー! 実家に帰って近所の人たちにも教えてやるだよー!」
と観光客さんは軽やかな足どりで帰っていった。
それを見送るプラティが……。
「そりゃあ訪問者があとを絶たないはずよね。口コミの勢いが半端なさそう」
……と戦慄交じりに呟いている。
「とにかく旦那様は今、世界で一番注目を集めているのよ! 話題性最強の上に実益まであるんだったら誰だってこぞって訪れるわ! 冥途の土産に一目だけでもとか思うわ!!」
時に、向こうの方ではプラティと一緒にやってきたのだろう、長男ジュニアが俺の真似なのか、やはり観光客の腰とか肩に触れて『究極の担い手』で痛みを消し去っていた。
「しあつのこころー、ははごころー」
「こんな小さな聖者様もいらっしゃるとはー! ホントに有難いこったよー!」
俺のお手伝いがしたいのかな?
親を真似て子が成長する。よい光景だな。
そう思うよなプラティ?
「こうして見ると魔王さんや兄さんが必死になってまで旦那様の存在を隠したがったか理由がわかるわね。こんなにまで世を騒がせるなんて。ただの御利益目当ての野次馬だけに絞ってもこの騒ぎですもんね」
どういうこと?
俺目当ての観光客って今来ているだけが全部じゃないってこと?
「そりゃそうよ、聖者の存在を知って群がる人々がこれくらいなわけないでしょう。聖者を倒して名を上げたいヤツ、詐欺の片棒を担がせようとするヤツ、何かしらの実験台にしようとするヤツ。様々来ているわよ」
実験台!?
そんなデンジャーな目的の人まできているというのか!?
でもそんな人は俺の目の前には現れていないように思えるけど。
「もちろん旦那様の前に辿りつく前に選別してシャットアウトしているのよ。主に行っているのはアタシやエルロンに、オークボゴブ吉たちがね」
そうだったんですか!?
知らないところで農場住民たちにそんな苦労を掛けていたとは。
「エルロンは元盗賊だけあって、かつての同類を嗅ぎ分けるのが上手いのよね。アタシも協力して腹に一物あるヤツの魂胆を見抜きオークボとゴブ吉とで力ずくの御退場を……」
隙の生じぬ二段構え。
でもそんな面倒なことをしていたら、そりゃ作業も思ったように進まないはずだ。
「このまま旦那様が奇跡を披露し続ければ噂が噂を呼び、どんどん収拾がつかなくなっていくでしょうね。今のうちに何か手を考えないと……」
そうだな、そもそもここは開拓を進めるべき場所で、俺の集会所でもないわけだし。
このままではせっかく真面目に働いてくれている開拓者さんたちにも迷惑だ。
魔族側の開拓者も、人族側の開拓者もあれから蟠りも解けて一致団結し始めているというのに。
自分たちの対立の原因が、官僚たちの陰謀にあったと知って急速に打ち解けあったな。
やはり前線で働く人たちだからデスク組にいいように踊らされたという事実が気に入らないのだろう。
『自分たちは被害者』という共通認識が壁を取り去って今では、一緒に作業ができるくらいに打ち解けていた。
その協力して進める作業が観光客の対応なのが問題なんだが……!
……うむ。
やはり俺の問題で彼らにまで迷惑をかけてしまうのは申し訳ない。
対策を考えなきゃいけないのは間違いない。
でも……、結局何をどう決めればいいのだろうか?