作品タイトル不明
1077 帰る場所を作る
引き続きS級冒険者のブラウン・カトウです。
かかる責任に怖気づいて、逃げ出さんばかりの僕に声をかけてきたのは……。
冒険者のモモコさんだった。
「もう、相変わらずしみったれた顔してるのね! もう赤ちゃんも生まれたっていうのにいつまでウジウジしているのよ!!」
モモコさんは僕の後輩に当たり、彼女がギルド加入したての頃は教育係的な役割を務め、冒険者のイロハを叩き込んだ。
そういう経緯から、彼女からすれば僕は大いなる恩人であるはずなのに、出会えばすぐさま容赦ない口ぶりになるのはなんでなのだろう?
性格か?
「それ以前に、相手を孕ませておいてなお責任から逃げまくっている男に尊敬される要素なんて一片もないでしょうよ!! 文句ある!?」
ありません……!
モモコちゃんから一部の隙のない正論を叩きつけられ黙るしかない僕だった。
「もう、ピンクトントンさんも出産したのに何まだ逃げ回ってるのよ。心の整理をつける時間なんて充分にあったでしょう?」
そ、そんなこと言われても……。
どれだけ時間をかけたって、現実と向き合う勇気を、僕は持てなかったんだよ!!
僕には、父親になるという事実を受け止め切れなかったんだ!
シルバーウルフさんというか現ギルドマスターからもブチ怒られてしばき倒されたけれども。
それでも僕には責任を取るなんて怖くてできない。
「ほーらこんなザマなのよ、こういうヤツなら神様の提案に乗るんじゃないかしら?」
などと別の方向へ何かを問いかけるモモコさん。
何? 神様?
事の流れが読めずに困惑していると、中空に何やら巨大な人が現れて……。
『うーむ、聞きしに勝るヘタレぶりよ』
と呆れ口調。
誰? この人!?
「魔族の守護者にして冥界の神ハデス様よ」
マジでガチの神様だった!?
はれぇーッ!?
僕もこっちの世界に来て長いんだけど、神様なんて初めて見たよ!?
本当にいるものなんだ神様って!
唐突に世界の秘密に触れてビックリなんだけど、しかしさらにわからないのは神様が一体何用で!?
「なんか異世界の人々を召喚することに今さら罪悪感を感じた神様たちが、償いとばかりに元の世界に送還するキャンペーンを実施中らしいのよ。まあ私も他の人たちもこっちの世界に慣れ切ってるから、いまさら有難迷惑って感覚なんだけど」
そりゃそうだよな。
そして僕も長年こっちの世界でやってきたのでわかるが、人間国の勇者召喚の儀でやってきた人たちは大抵元々の世界で上手くいかず、新しい世界でチャンスを掴もうとする人たちだった。
多くの人がそのチャンスを掴み、大成する中で元の世界に帰りたいなどと思う人はなかなかいないだろう。
「まあでも、今のカトウさんなら戻りたいと思う気もあるかなあと」
うぐッ!?
モモコちゃんからの指摘に僕は胸を突きさされたかのような気持ちになった。
た、たしかに僕は今責任から逃げまくっている現状だけど……!
さすがに世界をまたいでまで逃げようとするのは……!
『ただいま申込みいただければ、キャンペーン特典として与えられるスキルはそのまま、記憶も据え置きにして、召喚された当時の時間に戻してあちらの世界でやり直すことも可能だぞ』
ええッ!? まさかの時間素行サービス!?
ループものってことですか!?
なのに記憶も能力もそのままって、異世界でチート能力を手にした僕が現実世界で無双できるってこと!?
『時間操作能力を持ったクロノス父上に協力してもらえることになってな。天の神々どものやらかしに父上も同じ神として責任を感じたようだ』
「神様の世界も、アホの不祥事にまともな人たちが振り回されていくのね……」
そんなの、僕にとっていいこと尽くめじゃないか?
元の世界に帰れるとしても、かつてなかった知識と能力があればきっと成功することができる。
世界そのものの難易度は、あっち側の方が遥かに甘口イージーなんだ。
その悪魔の誘いに、僕の心の天秤は明らかに傾きだした。
……しかしある疑問が、僕の心を重く縛り付ける。
「あの……ついでにもう一つお願いがあるんですが」
『何かな?』
神様、話しやすいなあ。
思ったよりも対応がフランク。
「こっちの世界でも、時間を戻してほしいんですが」
そしてピンクトントンさんが僕の子を身籠った事実をなかったことにしてほしい。
僕が元の世界に帰ったとしても、父親のいない子どもを一人残していくなんてあまりにも無責任だから。
彼女にも、僕との関係に縛られずに幸せな未来を掴んでほしい。
『曲がりなりにも相手を気にする思いやりは残っていたようだな』
「あくまで逃げの姿勢を基調にしたものですけれどね」
周囲からはボコボコな言われようだったが……。
仕方ないじゃないか!
自分がヘタレで根性なしだってことは言われなくたってわかっているよ!
でも根性なしにも周囲を気遣う心はあるんだよ!
まして曲がりなりにも情を交わしたピンクトントンさんになら、なおさら……!
彼女はな、本当に魅力的な女性なんだ。
獣の因子が交じった獣人として、苦労の多い幼少期を送っただろうに、傭兵としても冒険者としても成功し、さらにはプロレス興行まで盛り上げている。
行動力があり、精力的な最高の女性なんだ。
そんな彼女だからこそ、僕などに関わらなければもっといい相手と巡り合えて、もっと幸せな人生を送れるはずだ。
お願いです神よ。
ピンクトントンさんに、人生をやり直すチャンスを与えてあげてください!!
「それはいりませんわ」
えッ!?
いきなりした声に後ろを振り向くと……!
そこにいたのはピンクトントンさん!!
さらに生まれたばかりの赤子たちを抱えている!?
「アナタが元の世界に帰ったとしても、私はこのままでいさせてください。この子を私から奪わないでください」
と言うピンクトントンさん。
しかし!!
僕が元の世界に帰るとして、二人の子どもをアナタ一人に押し付けるわけには……!
「わかってるんです。たとえ子どもを授かったからと言って、それでアナタを縛り付けるわけにはいかないって。アナタが帰りたいと思うなら、それを引き留める権利は私にはありません」
でも……!?
「それでも私には、アナタと一緒に頑張った証が欲しいんです。私が傭兵から冒険者に移籍した時、アナタが一つ上のS級冒険者として親身に助けてくれた。あんなに優しくしてもらったことは今までありませんでした……」
ピンクトントンさんはイノシシの獣人。
獣人に対する差別意識は今なお根強いものだという話は僕も聞いていた。
今でこそ成功者となったピンクトントンさんも、そこに至るまでにいわれない苦労を強いられたことは想像するまでもない。
「カトウさんは、偉い人なのに偉ぶらないし、私のことを獣人だからと言って邪険にもしませんでした。アナタと一緒に仕事をするのは、とても穏やかでしたし充実していた」
そりゃまあ、前の世界では人種で差別してはいけないと口酸っぱく言われたし。
何より他人を見下すヤツらのおぞましさは僕自身身に染みて知っていた。
ピンクトントンさんが獣のハーフだからと言って、嫌う理由がどこにある?
「私はいつの間にかカトウさんと一緒に仕事するのが楽しくて仕方なくなっていた。仕事だけじゃなく、一緒に生きることができればもっと楽しいだろうなと思っていました。でも、カトウさんが元の世界に帰りたいと思うなら仕方ありません」
ピンクトントンさんは言う。
「せめて、この子たちだけは私に残しておいてもらえませんか。カトウさんと一緒に頑張った証であるこの子と一緒なら、私はこれからも元気に生きていけます」
違う。
違うんだ。
僕は帰りたいんじゃなくて逃げたいんだ。
責任の重さに恐れをなして、すべて投げ出して逃げようとしていた。
でもダメだ。
それじゃダメだったんだ。
責任とかそれ以前に、僕は自分を愛してくれる人を見捨ててはいけなかった。
責任云々よりも、愛する人と一緒にいようとすることが何より大切だったんだ!!
『おおう、いい感じに話がまとまっていったのう』
「目論見通りに、あえて苛烈な提案をしたことで却って丸く収まったわね。しかしここまでしないと気持ちを伝えあえないなんて厄介なカップルだわ……!」
『しかしこうなると結局、彼も元の世界には帰らんということだな? そうなるとマジで余の気遣いはまったくの空振りになるではないか』
「余計な気遣いだったってことにいい加減気づきなさいよ神様……」