軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1075 ここが我が家

ヘルメス神、さらに続ける。

『一見ランダムに見えた異世界召喚者にも、そういう共通点があったわけです。さて、そう言った経緯を鑑みて、彼らを元の世界に還す……となった場合、どういう反応になると思います?』

『「やったー帰れるぞ!」となる?』

『ハデス伯父さんは、人間の心をもうちょっと忖度しましょう』

ヘルメス神の言う通りだな……と俺は心の奥底で同意してしまった。

神曰く、この世界に召喚された異世界の人々は、皆いずれも元々の世界との繋がりは薄かった。

残された大切な人とかもいないし、故郷に帰らなければいけない理由もない。

そうした人たちがこっちの世界に来て、試行錯誤の末に根を下ろして新しい繋がりをこの世界で作ってきたのだ。

……この俺のようにな!!

俺自身を顧みれば、ヘルメス神の言うことはあらゆる点で身につまされる。

俺も実のところ、向こうの世界では身内は皆既になく、仕事はブラック企業にこき使われて夢も希望もなかったしな。

こんな俺だからこそ異世界召喚に引っかかったのだろう。

こちらの世界では何事も自由に、自分のペースでやれて楽しかった、実に充実している。

俺が手塩にかけて育てた農場。

衣食住……生活において必要なあらゆるものを独自で生産でき、完璧なるコロニーとなったこの農場は、俺にとってもはや人生を懸けた『作品』だ。

そして、その『作品』を共に営んでいく仲間たち。

愛すべき妻、俺の未来そのものである息子たち。

この地には、俺の大切な人々であふれ返っている。

そんな人たちの住む土地を捨てて、今さら元の世界へ帰れというのか!?

それこそ横暴ではないか!?

『……と言う聖者くんの憤懣。それと同じものを他の異世界召喚者も多く持っていると思いますよ』

と言い添えてくれるヘルメス神。

いいぞ! もっと言え!!

「神々よ……、俺はこの世界にやってきて初めて、充実した生を得られた気がします」

もっと言ったのは俺だった。

「前の世界では、心通わせる人もなく、ただ漠然と日々を過ごしてきましたが。この世界に来てやっと自分の生きる意味を見つけられたんです。異世界召喚というシステム自体は正しいものではなかったかもしれない。しかしそれで救われた者がいたことも事実です」

この俺のような。

システムに上手く乗ることができたってことだろうな。

「俺は、これからもこの地に住んでいたい。この農場に骨を埋める覚悟なんです! どうか俺の希望を奪わないでください!!」

『うぬ、うぅ……!?』

まさか俺からここまで懇願されるとは思っていなかったハデス神、大いに戸惑う。

『そんな……まるで悪役扱いしなくていいじゃないか。余はあくまで人々のためによかれと思って……!! 聖者も異世界からの来訪者だったとすっかり忘れておったし……!』

はい、それは重々理解しております。

別にハデス神をお恨みすることはありませんが、万が一の場合……。

「俺がいなくなったら、俺の作る料理が食べられなくなりますよ」

『わかった!! 異世界帰還作戦はただ今をもって中止とする! それで文句あるかコノヤロー!?』

極めて迅速な判断だった。

やはり物事を決めさせるには、情に訴えかけるより脅迫する方が手っ取り早いなと思った。

『ふう、人間を加護していくのは難しいわい。よかれと思ってすることもとんだ迷惑になることがあるのだな』

『伯父さんは塔ぶっ倒して言語を混乱させるとかしないでくださいね』

ヘルメス神がなだめるように言った。

そしてベラスアレス神は既に空気だった。

『しかしながら、異世界召喚者は聖者だけではないぞ? すべての者たちが聖者同様、帰還をよしとしないとは限らぬのではないか? そこのところもう少し密に調査した方がいいのではないか?』

しかしまだ食い下がるハデス神。

いやいや、その言い方はよくない。

ちゃんと人々のために慎重を期しているだけだよな?

ならばせっかくなので、すぐそこにいるもう一人の条件該当者に話を聞いてみようではないか。

「……モモコさん、モモコさん」

「はい? 何?」

「元の世界に帰りたい?」

「ええぇ~?」

尋ねられるとモモコさんは、しばし考えるそぶりを見せて……。

「あんまり気が進まないわねー。私がこの世界に呼ばれた時ってちょうど受験の年でさー。未来への不安とか凄かったわねー。実は私、おばさんちに厄介になってて高校卒業したら進学せずに働けって言われてたのよねー。国立に受からないと許してもらえないってプレッシャーかかりまくりだった……」

モモコさん、そんなシビアな立場に身を置かれていたの?

「もう何もかも投げ捨ててどっか飛んでいきたいとすら思ってたわよ。だからこっちの世界に呼ばれたのはいいタイミングだったわねー」

異世界召喚の対象に選ばれるのは、元の世界との繋がりが希少なものだけ。

その法則性は、やはりどのケースにも当てはまるらしかった。

「今さら向こうの世界に帰れたとしても、もう高校は退学になってるだろうし大学にも行けないだろうし、そんなザマじゃまともな就職もできないでしょうねー。それに比べれば、こっちの方が食い扶持は確保できるしキャリアも積み重なってるし、断然生きやすいわよねー」

なんと現実的な回答であろうか。

彼女もまた可憐な女子高生のままではいられなかったのかもしれない。

この過酷ながらもフロンティアスピリッツに満ち溢れたファンタジー異世界で。

『ということなんです伯父さん。経緯はどうあれ、この世界に呼ばれた者たちはみずからの進むべき道を模索し、自分自身の生活を営んでいます。その生活を乱すことこそ罪深い神々の戯れではないのですか?』

『ええいわかったわ! 天界の神々にそんな言い方をされるのは何とも心外だわい!!』

その気持ちはわかる。

天界の神々の尻拭いをするために頭を捻っているというのに、いつの間にやら天界の神々と同じカス扱いされるのは忸怩たる心境だよな。

しかも他でもない天空の神々どもの前で。

『ふぅむ、……そういうことであれば送還でなくとも何かしらの支援サービスなど考え出してみた方がいいのではないか?』

『伯父さん……よく考えてみてください。異世界召喚者には漏れなくスキルが与えられているんですよ』

スキル。

それは神から人へ与えられる奇跡の力。

異世界から召喚されてきた人々は、スキルという理外の力を得ることで、この世界の現地民を凌駕する戦闘能力を獲得する。

ゆえに勇者と呼ばれ、特別扱いされるのだ。

本来この世界に生まれた人々は、神からスキルを与えられることはない。

なんでも随分前に制限なしで神々が人へ力を与えまくった結果、取集がつかなくなることがあったらしい。

その反省を踏まえて基本神は、人に力を与えてはいけないという取り決めになった。

そこである狡賢い神は考えたのだ。

――『この世界の人間じゃなきゃ、いくらでも力与えてよくね?』と。

そうしたルールの抜け道を突く形で、天空の神々による異世界召喚は盛んに執り行われてきた。

だからこそ異世界召喚された人々には例外なく、スキルが与えられるのだ。

例外の俺が言うのもなんだけど。

『異世界召喚された人々にはデフォルトでスキルが備わっています。それはこの世界において相当なアドバンテージですよ。常識的に考えてスキルを持っていれば勝ち組確定です』

『そうか……うむむむむむむむ……?』

『そして神々が定めた協定の中には、「神はさらなるものを与えてはならない」というのがあるのもご存じでしょう?』

異世界からやってきた人々は、与えられたスキルだけで充分やっていける。

さらには、神々のルールで一旦加護を与えた相手にさらなる加護を与えることも禁止されているので、援けはもう充分ということなのだろう。

『ぬううう……では本格的に神々からこれ以上のできないし必要ない……ということなのか……!?』

ハデス神は寂しげにつぶやいたが、そのお気持ちだけで充分ですよ。

そこまで親身になってくれることに嬉しい。

これぞ冥界の神々という感じだ。

心底カスな天空の神々を知っているだけに立派な神様のハードルがやたらと低くなっていた。

「そんなに人を助けたいなら、打ってつけのヤツがいるわよ?」

話が丸く収まりかけたというのに、そんな一言を投げかけるヤツがいた。

勇者モモコさんであった。

「私と同じ異世界からやってきた勇者経験者なんだけど、今凄まじいピンチに陥っててね。今の彼なら、元の世界に帰れるなら帰りたいと望むかも」

なんだって?

いきなりそんなことを言われて困惑す俺と神々。

一体誰のことなんだ?

元の世界に帰りたがっているほどにピンチに陥っている異世界人とは?