作品タイトル不明
1040 人魚宰相の追憶
私はミドロコン。
人魚国宰相のミドロコンだ!!
……元、な。
元・人魚国宰相ミドロコン。
かつては人魚国の政を預かり、人魚王ナーガス様より全幅の信頼を寄せられた忠臣であった。
当時は私こそが、この手で人魚国を動かしていたと言っても過言ではない。
私が『右』と言えば皆が右を向き……。
私が『黒』と言えば白でも黒となる。
私が『ヒラメ』と言えば、カレイもヒラメだ。
すべてが私の思い通りとなる、素晴らしき世の中であった!!
……しかしそれも今は昔。
あることをきっかけに我が世の春は、あっと言う間に厳冬の荒波に放り込まれてしまった。
そのきっかけとは、王位の代替わり。
長き間私のことを右腕と重宝してくださった名君、ナーガス陛下。
その陛下が引退を決め長子アロワナ殿下へと王座を引き継ぎなされた。
王者が変われば世は変わる。
しかし私の宰相の位は変わらぬと思っていた。
だって私は有能だから。
若くてまだまだ経験も浅いアロワナ陛下には、優秀なサポートが必要であろう。
それに打ってつけなのは、この私。
先王時代から政治の中枢にあり、様々な政策に携わってきた現役宰相のミドロコン以外にない!
さあアロワナ陛下よ!
このミドロコン宰相を第二の父と思ってお頼りあれ。
様々な政策、儀礼、国家のありよう、すべて私がお教えしてあげましょう!
王妃も私が選んで差し上げます!
我が娘などはどうですか!?
え? もう結婚してる?
それならさっさと分かれて再婚なさればよい!
私の娘よりいい女はおりませんぞ! アロワナ陛下もきっと気に入ることでしょう!
とにかく私の言うことさえ聞いておれば万事安泰!
先のナーガス王同様、平穏無事に退位を迎えることができるでしょう!
王座にい続けたければこのミドロコン宰相の言うことを聞いておく!
それが名君の条件ですぞ!
と思っていた矢先……。
「アンタ、宰相クビね」
ナーガス王が退位を発表された次の日に言われた。
てっきりアロワナ新王から宰相留任を切に要望されるものとばかり……。
えええええええええええええッッ!?
と絶叫を上げてしまった……!?
「何を驚いているの? 当然でしょう、王が代わるということはこの国の政治が一から刷新されるということ。旧弊を一掃するのに最高のタイミングだと思わない?」
そう仰ったのはナーガス陛下のお妃シーラ・カンヌ様……。
あ、いやナーガス王が引退されたならこの人も前王妃?
お待ちください。
アナタの主張は意味不明ですぞ?
旧弊を一掃するのはいいことながら、それと私が罷免されることと何の関係があります?
まったく無関係ではありませんか?
「あらいやだわ、アナタもまた一掃すべき旧弊の一つと言うことじゃない。皆まで言わなきゃわからない?」
なんですとーーーーーーーーーッッ!?
そんな、人魚国のために身を粉にして働いてきた私を“旧弊”呼ばわりなさるのか!?
『旧き弊害』と書いて旧弊!
私を害悪呼ばわりするなど、無体が過ぎますぞ!
せっかくナーガス王も無事ご自分の治世を終えられたというのに、晩節を汚されますか!?
「何が『身を粉にして働いてきた』よ。アナタが宰相としてしてきたことは、私腹を肥やすことだけじゃない」
んなッ!?
シーラ王妃の容赦ない非難!?
「我が夫の治世において、宰相ミドロコンこそ最大の汚点よ。ダーリンは私を妃にするために、アナタの一族に大きな借りを作ってしまった。その報いのためにダーリンはアナタに宰相の席を用意しなければならなかった」
なんですその言い方は!?
まるで義理で私を仕方なく宰相にしたような!?
「実際仕方なくやった人事なのよ。無能で何の役にも立たないアナタを重要ポストに置いて、アタシやダーリンが本来しなくてもいい余計な用事をどれだけ押し付けられたことか。自分たちが押し通した無理の埋め合わせとはいえ、本当に非効率極まりなかったわ」
そう言ってシーラ王妃はため息をつく。
心底疲れたようなその吐息やめろ!!
「本当に何度クビにしようと思ったことか。でもそこがアナタの厄介なところよねえ。たしかに無能ではあったけれど、一方的に罷免して角が立たないくらいの無能じゃないのよ。悪徳具合についてもね」
悪徳!?
どういうことです?
人魚国広しといえども私ほど善良な臣下はおりませんぞ!?
「アタシたちが知らないと思ってたの? アンタが宰相としての人事権を振るって、自分の親類縁者を優遇していたことや、それ以外の官吏から賄賂を受け取っていたこと。それもまたみみっちい腐敗よねえ。もうちょっとちゃんとした悪事を働いてくれたら、それを理由に打ち首獄門まで追い込んでやろうと思ったのに。結局その願いは叶わなかったわねー」
な……!?
バカな、完璧に隠し通せたと思っていたのに。
バレていたのなら何故、そのことを暴き立て追及しなかったのだ!?
「ここまで言われているのに察しが悪いわねえ。隠し通せていると思わせれば、調子に乗ってさらなる悪事に手を染めるかと期待したからじゃない。罷免するに足るぐらいのね」
――でもアナタって、とことん期待外れなのよねえ。
と王妃はため息をつく。
「気が小さいのか、大きな計略を巡らせるだけの知能がないのか。譴責ぐらいで済まされる小悪事を続けるばかりで堕落にすら進歩がない。お陰でアナタが縁故採用した凡才小人を、できるだけ無害なポジションに置くようにアタシもダーリンも悩んだものよ」
そんな……!?
私なくして人魚国は立ち行かぬ、それぐらいの名宰相である私の才覚を……!
王も王妃も、まったく評価していなかったということか!?
「こんなことなら早めに注意だけ出して、釘を差すでもしておくべきだったわね。……まさかダーリンの治世を最後まで生き抜くなんて想定外だった。しかしいくら何でもアナタの文官としての命運もここまで、ということ」
先ほどの王妃の言葉が甦る。
……私は、クビ?
「アロワナちゃんによる新体制の発足は、アンタを排除するこの上ないタイミングだわ。まあ宰相職を務めあげて勇退という印象になってしまうのが癪だけれど、その点上手く逃げ切れたわねと言ってあげましょう」
で、ですが!
王妃様もさっき言っていたではないですか!?
我が一族に大きな借りがある、と!
「それはアタシとダーリンが作った借り。アロワナちゃんとは無関係よ。そうしてしがらみを一新できるのも代替わりのメリットね。お陰であの子には、負の遺産を受け継がせずに済むわ」
この私を負の遺産呼ばわりするのか!
ナーガス治世を支え切った名宰相ミドロコンを!
王妃! どうかお考え直しを!
私はアロワナ様のお役に立つことができます!
アロワナ様の新体制にも、この私を宰相として用いてくだされば人魚国の太平は未来永劫約束されたも同然!
「ふざけるんじゃないわよ」
ひぃ!?
こわッ!?
王妃の体から恐ろしき殺気が立ちのぼる!?
「アンタのもっとも直近のやらかしを忘れたわけじゃないでしょうね? アンタの余計な差し出口で、可愛いプラティちゃんを陸に嫁がせなければならなくなった。あの件の発端がアンタだってこと、見抜いてないアタシとでも思った?」
そ、それは……!?
人魚国の平和と発展を思えばこそで……!?
「魔国からアンタへの金の流れ、こっちは詳細に把握しているのよ。さらには人間国からも搾り取れないかと情報を流し、人魚国を板挟みの窮地へと追い込んだ。立ち回りをしくじれば人魔双方が人魚国の敵になりかねない。あれだけのピンチを演出しておきながら罰することのできない歯痒さを、アンタ本人はわかってくれるのかしら……!?」
と、申しますと?
「プラティちゃんの政略結婚は、聖者さんの登場でケリがついてからも成否を巡って議論が交わされていた。迂闊に交渉責任者のアンタを罰して民を刺激するわけにはいかなかった。終息したら今度は魔国との友好ムードが沸き起こり始めたからねえ。表向きでも政略結婚による良好な関係を目指していたアンタを罷免すれば水を差してしまうわよ!」
王妃様……どうか、どうか落ち着いて……。
すべていい感じに収まったんですから、それでいいではありませんか?
「本当に憎たらしいほど立ち回りが上手い……! 無意識にやってるからなおさらタチが悪いわ! しかしそれも今日が最後。アンタも古い時代の遺物としてアタシたちとともに一線から退きなさい。それがアンタがこの国のためにできる最初で最後のご奉公よ!」
お待ちください! お待ちください!
私が退いたとして、そのあとの宰相職はどうなります!?
私より宰相に相応しい人物がこの人魚国にいるとは思えません!
どうか、どうかご英断を!
人魚国はまだまだ宰相ミドロコンを必要としています!
「アンタが必要とされた瞬間なんてないわよ!……安心なさい、アロワナちゃんの新体制には、ピッタリ合った最良の人材を既に選び出してあるわ。あの子を宰相に据えておけば、それこそ人魚国は安泰でしょう」
そんなバカな!?
私以上に人魚国宰相に相応しい人材などいるはずがない!
私こそが空前絶後の最高宰相なのだ!
そう信じていた中で、新宰相に就く者の名が公に発表された。
『アビスの魔女』ゾス・サイラ。
バカな!?
指名手配の犯罪者ではないか!?