作品タイトル不明
1022 冥府の裁判官
俺です。
前回までのあらすじ。
高級牛を食そうと、その産地に訪れたが高級牛は育てられていなかった。
ショック!!
もう百年ほども前に品種が途切れてしまっていたらしいのだ!
おのれ当時の人間国め!
苛政は虎よりも猛しとはまさにこのこと!!
当時その決定をした王族や官吏もとっくに死に絶え、今や国すらも崩壊して跡形もないが権力を振るって好き放題する者たちへの怒りが収まらぬ!
「いやー、せっかく来ていただいたのに何もお出しできずに申し訳ないですわ。せめて青々と甦った牧草地でも観光していってください」
「牛肉の代わりに牧草を食べて行けってことね! わかったわ!」
「いえ違いますが」
ミノタウルスさんのせめてもの慰めもあまり伝わっていなかった。
聖女マラドナが牛食べられないショックで草まで食もうとしている。
人間の消化器官に草まで溶かす作用は備わっていないはずだが、あの聖女ならできそうな気がして怖い。
『残念でしたのう聖者様。ここまで来て目的のものにありつけぬとは……』
と慰め口調できたのは先生だ。
ノーライフキングの先生。
そうなんですよ、俺だって何気にショックを受けております。
俺だって久々に焼肉の、舌の上でとろける感触を味わいたかった。
それ以上に深刻なのは、プラティを始めとする妊婦さんたちに焼肉でねぎらいをする、そして験担ぎで安産祈願という企画が、実行不可能に!
企画倒れに直面している!
どうする?
ここはひとつグレードを下げて、その辺で狩ってきたモンスターから牛肉に近いものをチョイスするか?
あるいはそれこそ角イノシシの肉でお茶を濁すか?
どちらにしても当初の目的を満たすことができずに妥協感を禁じ得ない。
とは言え、ここにこのまま居座ったところで最高級ミノタウロス牛は得られないし……!
……一体どうしたらいいんだ!?
『ふふふ……、困っておりますのう聖者様』
さっきからどうしたんですか先生?
何やらニヤニヤとして。
俺が困っているのが楽しいとか? そんな意地悪な性格ではなかったでしょうに先生も。
一体どういう?
『何、久々に我が役割をまっとうできると思うと満足感が溢れましてのう。お忘れですか聖者様、困った時の先生と!!』
はッ!?
そういえば、何かあった時はとりあえず先生に相談しようとしていた時期が確かにあった。
不死の王、アンデッドの頂点であるノーライフキングは、世界を意のままにできるだけの絶対力を持ち、なおかつ長生きしている分物知りだ。
だからこそ先生に聞いておけば大抵のことはわかったし、先生の力のごり押しですべて解決するものであった。
しかし最近は農場の設備も充実してきたし、ホルコスフォンや道真公とか他に頼りがいのある存在が現れたりして、先生におんぶにだっこという事態からは抜け出せてきた。
それでも農場の根源は、『困った時の先生』なのだ!!
『ワシとて聖者様や皆様のお役に立てるのは嬉しいことですぞ! さあ今こそ我が力を振るいましょう! 今を生きる者たちのために!!』
アンデッドだけど生き生きとした先生、杖を振るう。
さすれば一転俄かに掻き曇り、晴天のはずであったミノタウロス牧場はたちまち暗雲立ち込める。
実に不穏な雰囲気だった。
やっぱりアンデッドの王が振舞うだけあって何をするにも不気味な感じになってしまうのだが、俺は知っている。
これは先生が召喚を行う時のエフェクトだ。
そして先生が召喚するのは大抵神様。
神召喚などという大層な行いは、それこそ世界二大災厄と称されるうちの一方であるノーライフキングにしかできない所業。
一体何の神様が召喚されるかな?
いや、この事態を打開できる神様がいるものなのか?
神様ってそんなに便利なもの?
などと疑問に思っていたら、いらっしゃいました今回の神様?
一体どこの神様?
現れたのは西洋風の法衣をまとい、なんともインテリ感あふれる神様だった。
顔立ちも気品漂い、智者の風格。
んー、というかあれ?
この神様に見覚えがあるような?
『私は冥界の裁判官ミノス。好きな肉の部位は……ミノっす!!』
そうだ、ハデス神が出てくるときにたまに引き連れている神様の一人だ。
冥神ハデスは、単体で召喚される時もあるけれど時折、眷属神を引き連れて集団で農場の飯をタカりにくることもままありけり。
そうして集団でやってくる冥界の眷属神たちの中に、この顔があったような気がする。
『ミノス神は、ハデス神に従属する冥界神が一神。冥界に下りし亡者を裁き、来世での行く末を決める役割を担う裁判官の一神です』
先生が説明してくれる。
『同じ役割を持った神にラダマンティス、アイアコスがおり、まとめて「冥界の三巨頭」と呼ばれることもあるようですな。人族魔族に関わらずすべての死者が冥界へ降り、その裁きを受けるのです。いかに神といえど一神の手では到底足りぬということでしょう』
なるほど。
今までその他大勢の神としか見てこなかったが当然、替えがたい重要な役割があるってことなんだなあ。
しかし、その地獄の裁判官が何故今ここに?
今までにも目前に立ちはだかる問題に際して、神々を呼び出すことで適切な対処をしてきた。
神々というのは大体誰もが役割とか属性みたいなものを持っていて、枕詞に神としての称号がついてくるもんだ。
造形神とか、冥神海神、軍神、地母神、学問の神とかも……。
そして今回おいでになったミノス神は冥界の裁判官という。
解脱した魂のカルマを計り、罪あれば地獄の責め苦を負わせ、徳あれば天へと導く役割は非常に重要なものだろう。
よくわかる、凄くわかる。
……しかし、今この状況にマッチするかと言うといかがなものか?
俺たちは、至上最高級のミノタウロス牛を求めて、それがもう絶対得られぬという現実を突きつけられている。
そこへ『地獄の裁判官です!』と出てきて『よっしゃ助かった!!』となる?
担当範囲がまったく違う気がするのですが?
『たしかに冥府の裁判官としてミノス神ができることは、ここにはありませぬ』
先生が言う。
やや得意げに。
そこまでわかっているなら何故神をこの現世へ?
『しかしながらミノス神には他にも神としての役割がございます。それがミノタウルス族の守護神という役割です』
……。
なんと?
そう言われてふと気づいた。
あのミノタウロス族のおじいさんが、全身震わせながらひれ伏しているではないか!?
「ミノス様、我らが守り神ミノス様やああああ! ありがたやぁああああッッ!!」
おじいさんだけでなく、周囲からもチラホラ人が集まってきて、同様に五体投地しだしている。
ミノス神を中心にして。
誰も彼もが頭部に牛の角をつけているのでミノタウロス族の皆様に違いあるまい。
『ミノタウロスの“ミノ”はミノス神のことを指しておるのです。訳すればミノタウロスとは“ミノスの牛”ということですな』
と先生が説明を加えてくれる。
“ミノ”って上ミノとかの“ミノ”じゃなかったんだ。
『ミノタウロスは常日頃からミノス神を祀り、日々の祈りを欠かさぬそうです。数ある神の中でも熱心に信仰されておる方ですぞミノス神は』
それはあのミノタウロスさんたちの熱狂ぶりを見れば得心できた。
地元出身の有名人が凱旋するぐらいの熱気ぶりを醸しておる。
それくらい人気なのかミノス神は。
……でも、はてな?
少し疑問なことがあった。
ミノス神は冥府の裁判官。
つまりは冥府の神々に属している。
その頂点は冥神ハデスさん。
その兄弟神であり、天界を率いるゼウス神とは同格でありつつも、地上の支配権を巡る潜在敵だ。
そして、そんなゼウス神が支配する人族、その人族の一種が獣人で、ミノタウロス族もそこに属している。
……系統ややこしいな。
要するにミノス神がミノタウロスさんたちの守護神しているのは管轄違いであり、そういうことってありえるんだろうか。
『そりゃあるだろう』
当のミノス神さんが言った。
『何より、あの天界神どもが生ある者たちの加護なんて真面目にやると思うのか?』
炎の正論ドストレート。
それを言われるともうすべてに納得せざるを得ない。
真面目に地上をいたわろうとする天界神など、それこそベラスアレス神ぐらいのもので他はもうテキトーで『生きるも死ぬも勝手にして』と言ってそうなイメージ。
いかにシマが違うとしても、人並みの情け深さがあれば助けてあげたくなるものだろう。
『それでも、彼らを守護するきっかけというものはあった。聞きたくば語ってやろうではないか。あれはまだ人族が生まれて間もない頃……』
ミノス神がなんか語り出した。