軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

999 マタニティラプソディ8:メンデルの謎

S級冒険者のシルバーウルフだ。

おっと……いやいや。

この名乗りは古かったな。

冒険者ギルドマスターのシルバーウルフだ。

長年の癖はまだまだ抜け切れてないということでご勘弁願いたい。

先年、ようやくにして冒険者を完全引退しギルドマスターの職務に全集中できるようになった。

おかげさまで時間にも余裕ができ、ギルマス職を不足なく務められるようになったのも加え、何なら余暇すら確保できるようになった。

自由な時間が僅かながら多くなった。

だから……というわけではないが……。

妻が懐妊した。

元S級冒険者のブラックキャットだ。

「おてがらにゃーん!!」

ブラックキャット本人は実に誇らしげだ。

妊娠初期は体調が悪くなると聞いて不安視していたものの、当人は何も問題なくあちこちに訪れては自身のオメデタを吹聴しているらしい。

基本祝い事なので周辺からも祝いの伝文が大量に押し寄せてきた。

「ううむ……ここまで大事にされても……!?」

「嬉しいことなんだから極限まで喜んでおけば吉にゃーん!!」

それに冒険者ギルドのトップ夫妻の祝い事ともなれば周囲が騒ぐのも仕方ないのか。

私自身は、ギルドマスターに慣れるだけでも精一杯で所帯持ちになった実感もないのに、この上親にもなると目まぐるしくてついていけない……!

いや、そんな弱気ではいかんか。

私自身、何千人といる冒険者たちを息子娘として扱っているような立場! もう一人増えたところでビクともしないさ!

それはそれとして……。

「マスター! 妊娠おめでとうございます!」

直接祝いの言葉を述べに訪れる人々もいた。

その言い方だと私が妊娠したみたいだからやめろ。

「ブラックキャットちゃんやったね~。これ妊娠祝いの豚足」

「僕からは安産祈願の安山岩!」

訪問の顔ぶれは、現役のS級冒険者たち。

ピンクトントンとブラウンカトウ、それについ最近S級の顔ぶれに加わった二代目シルバーウルフことコーリーくん。

私自身S級の座から退いて間もないので、まだ同僚という感が強い。

自然と友だちのような和気あいあいとした雰囲気になる。

「コーリーくん、S級冒険者としての滑り出しは順調かね?」

「はい! 任命してくださった期待に応えるために全力で臨んでいます!!」

農場での試験以降、正式にS級へと昇格したコーリーくんだが、そのついでに私判断でシルバーウルフの名を襲名させることにした。

その方が彼に箔がつくと思ってな。

元々私だってシルバーウルフが本名じゃないし、冒険者はS級に上がれば自然とあだ名がつけられるので、私のあだ名をそっくりそのまま引き継がせたら私からの信頼も厚いという印象を、周囲に与えることもできるだろう。

まあ、紛らわしさ回避のためにしばらくは私がシルバーウルフを名乗るし、コーリーくんのことはコーリーくんと呼ぶがな。

「おッ、ゴールデンバットも来てくれたのか」

「ちッ」

祝いの席だというのに盛大に舌打ちしてきおった。

この出戻りS級冒険者ゴールデンバット。

コイツが勝手にセルフ追放された時はどうしようかと思ったが、聖者様のご協力もあって何とか呼び戻すことができた。

まだまだ不安面を隠そうともしないがそれでもS級のクエストをこなしてくれているので助かる。

マジでコイツに抜けられたら冒険者ギルド、業務に支障をきたして崩壊するところだったからな。

私とブラックキャット、二人のS級冒険者が同時に抜けた穴を埋めるには新人一人補充しただけじゃまだまだ不足。

継続的に気張ってくれなければな。

「お二人の子が生まれたら、さぞや才能豊かな冒険者になるんじゃないです? そうしたら抜けた穴もすぐさま埋まりますって」

「本当? いや私らの子どもだからやっぱり天才だろうしなー」

ってそういう話じゃない。

仮に真実ウチの子が天才で生まれてくるとしても、その子が冒険者として一人前になるのなんて何年後だよ。

何十年後か?

そんな長い時間穴を空けたままにもしておけないわけで、そのうちまた新たなアプローチで上位冒険者を補強していかないとなあ、と思う。

まあ、生まれてくる子どもが何になるかは当人の気持ち次第だがな。

いまはブラックキャットのお腹にいるこの子が学者にでもなりたいと言えば、その時は全力で応援していくつもりだ。

「しかしなあ……」

ボソリと呟きだしたのはゴールデンバットだった。

なんだ?

また待遇への不満だったら別の日にしてくれよ、今日ぐらい祝い一色で済ませたいんだよ。

「オレだって時と場所ぐらいは選ぶわ。……いや、お前ら夫婦が妊娠したと聞いた時からずっと気になっていることがあるんだが……」

ん?

一体どうした?

「生まれてくる子どもは、犬になるのか? 猫になるのか?」

……。

何!?

どどどどど、どういう意味だ? 犬とか猫とか?

人間の両親から生まれてくるのは、人間に決まってるだろう!

「でもオレら獣人じゃん。シルバーウルフは犬の獣人で、ブラックキャットは猫獣人だろう?」

失礼な! 私がオオカミの獣人だ! 犬じゃない!!

そんなことを言うゴールデンバットはコウモリ獣人でもあるし、ピンクトントンはイノシシの獣人でもある。

カトウ殿だけはごく普通の人族で何も交じっていないが、コーリーくんは私と同様のオオカミ獣人だ。

基本、獣人というのは人族に属する小種族。

エルフやドワーフのような決まった集まりはなく、人族の血に潜んだ因子が何かの拍子で顕在化した時、獣の特徴を持った子どもが生まれてくる。

現在、サテュロス族のような僅かな例外を除いて、生まれてくる子どものほぼすべてが先祖返りだ。

私もブラックキャットもゴールデンバット他も全員がそうだが、獣の特徴と共にその野性的な能力も持って生まれる。

だから自然、冒険者の頂点S級にも獣人が並ぶことになり、けっして意図的に獣人だけ選抜しているわけではないホントだよ。

「これまでの記録によると、獣人の子どもが獣人になる例は極めて少ない。獣人の土台は人族なので、普通の人族と結婚して生まれてくる子どもは、ほぼ百パーセントの確率で人族だ」

「へえ、そうなんだ……」

よく調べたなあ。

「ただ、親側の獣人因子が高くなるとその限りではなくなるらしい。我々のように外見に著しい特徴が現れるほど獣人因子が高まると、一割程度の確率で因子が継承するかもってデータがある」

「けっこうな確率!」

すると、私たちの子どもも獣人となる可能性が!?

……いや、そのことは別に深刻でも何でもない。

昔はともかく現在では獣人差別などまずないし、我が子が獣人に生まれたとしても生きづらくなることはほぼない。

むしろ獣人因子によって得た野生パワーが強みになり得るほどだ。

だが、この場合問題なのが……。

この子の父親母親、両方が獣人ということ。

しかも両方同種の獣人ならばまだいいが、異種獣人との間に生まれてくるとどうなるんだ?

父親がオオカミで、母親が猫。

どちらか一方の因子だけ引き継いでくれたらまだいい。

しかし何かの組み合わせが間違って、両方の因子を受け継いでしまったら……!

頭から上は猫で、首下はオオカミとか?

右半分はオオカミで、左半分は猫とか!?

耳と目は猫で、マズルはオオカミだとか!?

「ぎゃああああああああッ! それはさすがに嫌にゃああああああッ!!」

同じ想像をしていたのであろうブラックキャットが悲鳴を上げた!!

「組み合わせの仕様によっては悲劇が起こるにゃん! 外見猫なのに、舌の作りだけ犬になったら、べろんべろんで毛づくろいできなくなるにゃ! 洗わないとすぐ全身臭くなるにゃああああんッ!!」

そうそう、猫の舌は棘だらけでザリザリして、アレを櫛替わりにするから猫はいつでも毛並みサラサラって……。

……そういうことじゃねえ!

落ち着くんだ、いくらなんでもそんな面白い組み合わせが起こるわけがない!!

もしかしたら犬の嗅覚、猫の暗視能力、犬の噛み砕く力、猫の俊敏な筋力を兼ね備えたスーパー獣人が生まれるかもしれないじゃないか!

いやそれ以前に、私のこと犬って言ったか!?

やっぱりそう思っていたのか私はオオカミ獣人だっつの!!

「おいコウモリ野郎、お前のいらん質問のおかげで夫婦が混乱しているぞ。家庭不和が狙いか?」

「いやオレは純粋に気になって調べた結果を報告しただけで……」

「無意識にトラブルを持ち込んでくるのはさすがだな」

視界の端で、ピンクトントンとカトウ殿がゴールデンバットに詰め寄っているところだけは確認できた。