軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

わたしの名前はミミ 2

「さて、 皆(みな) に集まってもらったのは他でもない。来月、サンデルス帝国の皇太子一行が、ここルビーニ王国に来訪する」

「サンデルス帝国の皇太子が?」

「ああ、私たちの婚約祝いを口実に、大量の部下を引き連れてやってくる。ミミ、サンデルス帝国のことはどれくらい知っている」

レナートが膝の上で指を組み、そっと私を見た。アイーダはプラチドから事前にこのことを聞いていたのだろう。驚いているのは私だけのようだ。

「ええ。教科書で習ったことくらいしか知りませんが……。海を隔てた大陸にある国ですよね。多くの国と合併してどんどん領地を広げている、軍事大国です。武器の開発に割く予算が年々増えているとか」

私の答えは予想通りだったようで、レナートは静かに一度だけ頷いた。

「教科書ではそうだろう。しかし、実際は合併ではなく、近隣の国を次々と支配し植民地化している、と言った方がいいだろう。今でも国内では内戦が頻発しており、常に領土を減らしたり増やしたりし続けている国だ」

「へえ。ぶっそうな国ですね」

「ああ。しかも、皇帝には皇妃の他に側妃が二人おり、それぞれの皇子たちが帝位をめぐって常に争っている。現在は皇妃の皇子であるアントーニウスが皇太子となっているが、情勢が変われば差し替えられることもあるだろう」

「今回いらっしゃるのは、そのアントーニウス殿下ですか」

「ああ、そうだ。アントーニウスは非常に腰が軽い人物で、今までも公式にも非公式にも何度もこの国を訪れている。その度に暗殺者に狙われ、勝手に王城を抜け出し、また暗殺者に狙われ……こちらの迷惑も考えずに、今回も強引に来訪する」

皇位継承権を絶賛争い中の皇太子が来訪とは。私はポン、と膝を打った。

「なるほど。では、私がそのアントーニウス殿下をお守りすればいいってわけですね!」

「全然違う。彼らは護衛をきちんと連れて来るし、こちらから兵士もつける」

レナートはすぐに否定した。私はあごに手をあて、少し考えた。

「では、巻き込まれないように、ここにいる皆さんを守る?」

「違う」

「ええと、アイーダに護身術を教える?」

「違う。あえて言うならば、ミミは何もしなくていい」

レナートは姿勢を少しだけ前に倒し、考える仕草をした。そして、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。

「アントーニウスは、第二側妃の娘、帝国で唯一の皇女であるアンシェリーン皇女を非常に可愛がっている。今回、その姫も一緒に来訪する」

「まああ。私、本物のお姫様って初めて! お会いするの楽しみだわ」

私は両手を頬にあてて立ち上がった。ムーロ王国は王子だけで姫はいない。ルビーニ王国もそうだ。確かにアイーダはお姫様のようだが、実際には公爵家の姫だ。生まれも育ちもまごうことなきお姫様とは、いったいどんなお方なのだろう。

「気持ちはわかるが、落ち着いて座るんだ。ミミ。……それでだな、ライモンドとも話し合ったのだが、ええと、姫について、事前にミミには伝えておいた方が良いと思う話があるのだが」

めずらしく言いよどむレナートに、私は首を傾げながらソファに腰掛けた。

「まどろっこしいわね、レナート。怒らないからはっきりおっしゃってください」

「そうか。それは話によっては怒るということだな」

「よくわかってらっしゃる」

「実は三年前、帝国は私とアンシェリーン姫との婚約の打診をしてきていた」

「えっ、レナートとお姫様が……」

何だか雲行きの怪しくなってきた話に、私はさっと顔色を失った。言葉を選んでいるレナートの補足をするように、ライモンドが続きを話す。

「帝国とは二代前の王の時代に戦争をしたこともありますが、現在は友好条約を結んでおります。さらにお互い不可侵とするために国同士で婚姻を結ぶことはよくある話です」

「あっ、もしかして。それで、アイーダとの婚約が決まったんですか? 帝国との縁談を断るために」

「そう。さすがマリーア様、察しがいいですね。国内の有力貴族の令嬢との婚約が先に決まっていれば、体よく断ることができますからね。帝国はいつ手のひらを返すかわからない国ですから。反対する貴族も多かったのです。あっという間に決まったのも、そういうことでした」

その頃の忙しさを思い出したのか、ライモンドが眼鏡を外し、目頭を揉んだ。黙っていたレナートは少し拗ねたように背もたれに寄りかかると、私から視線を外した。

「そもそも私はどんな政略結婚も受け入れるつもりだったが、帝国、いや、あの男と縁続きになるのだけは断固として拒否したかった。その方法を考えているうちに、アイーダ嬢との婚約を陛下が許可してしまったのだ」

そうだったのか。出会ったころのレナートの顔色の悪さを思い出し、私はぎゅっと両手を握った。お姫様とプラチドの間に挟まれて、どれだけ悩んだのだろう。

「あれ? ていうか、そんなに帝国がお嫌いなんですか? レナートがそんな風に言うの、めずらしいですね」

帝国の話題になるといつもこの表情になるのだろうか。レナートは不機嫌を隠そうともせずに、眉間のしわを深め腕を組んだ。

「帝国のやり方も気に入らないが、それ以前にアントーニウスの全てが気に食わない。頭が固く強引で、自分の思い込みだけで生きている。あいつが皇帝となれば間違いなく帝国は終わるだろう」

「うわあ、レナートと合わなさそう」

「あちらはレナート殿下のことを親友だと思っていまして。……やっかいな香りがプンプンしてきたでしょう」

ライモンドはそう言うと、はあ、と大きなため息をついたが、すぐにキリっとした表情に戻り膝をぽんと叩いた。

「それでですね、殿下と皇女の婚約に関しては若干の遺恨を残す形となっておりますので、何もないとは思いますがマリーア様とアイーダ様には気を付けていただきたいのです。帝国が滞在中はけしてお一人になることはありませんよう。その間、常に護衛を付けますので王城に泊まっていただきます」

「承知いたしました」

アイーダが上品に頷いた。私たちは次期王子妃として、孤児院をまわるなどの公務が増えた。帰りが遅くなることもあるため、王城に自室を与えられている。何の準備もせずともこのまま城に滞在することもできる。

だけど、王城に泊まるということは……また食べ過ぎて太っちゃうわ!

「お前が食べ過ぎなけりゃいいだけだろうが」

呆れ顔のガブリエーレの声に、私はあわてて両手で口を押さえた。また思ってたことが口に出てしまった。

「お前のその癖、何とかならねーのかよ。本当にいいのか、レナート。こんな奴で」

「もちろんだ」

「マジかよ、お前。俺が数ヶ月留守にしてたばっかりに、こんな女にひっかりやがってー」

背後からレナートの肩を揺するガブリエーレの手を、ライモンドがテキパキと外す。

「ガブさん、そのお話は散々したじゃないですか。今は、帝国への認識と対応を共有しておきたいので、もう少し黙っていてください。騎士団とのやりとりはあなたに任せますからね」

「おう、任せろ」

ガブリエーレは一歩下がり。騎士らしくぴしりと背筋を伸ばして立つと口を閉じた。彼が落ち着くのを待って、再びレナートが話し始める。

「それから、帝国に対して、もう一点注意してもらいたいことがある。帝国には呪術師がいる。今回の訪問にも、連れて来るそうだ」

「呪術師!? さらっと言ってるけど何ですか、それ。魔法を使うってことですか?」

「それに関しては明らかにはされていないのだが、先ほどミミが言っていた通り、帝国は軍事に長け武器開発にも力を入れている。ゆえに、呪術師の能力はそれほど高くないと我々は見ている。魔法が使えるのなら、武器などいらないからな」

「え、じゃあ、何のためにいるんですか。そのじゅじゅちゅ……じゅじゅ、ちゅ」

「ぶはは。呪術師、だよ。ミミちゃん」

プラチドが笑いながら言った。

「ほら、何でも皇帝の鶴の一声で決めちゃうと軋轢を生じちゃうでしょ。だから、帝国は呪術師にそれなりの地位を与えて、国民にもそれを周知させているんだ。偉い呪術師がこれが吉と言ってるから隣国を植民地にしまーすってワンクッション置いて言うと、国民もそっかあ、そうしたほうがいいんだって納得しやすいと思わない?」

「占い師ってことですか」

「実際にやってることは占い師と同じようなことのようだね。多分、気象学とかに長けた人が、雲を見てこれから嵐が来る! とか言ってる程度だと思うよ」

私は頬に手をあて考え込んだ。そんな人をわざわざ海を渡ってまで連れてきて、いったい何になると言うのだろう。

「とは言え、やはり不気味な存在であることには変わりはない。皆、呪術師との接触は控え、おかしな言動に惑わされないよう気を付けてほしい」

レナートの声に、全員が返事をした。

その後すぐに解散となり、忙しいレナートは次の会議へと出かけて行った。私とアイーダは、一度アメーティス公爵家へ戻るために並んで廊下を歩いていた。

「でも、私、やっぱりお姫様に会えるの楽しみだわ。どんな方かしら。キラキラでふわふわでサラサラでポヤポヤで」

「ポヤポヤ……? そうね。可愛らしい方ではあるけれど……仲良くなるのは無理だと思うわ、ミミ」

「どうして? ハッ、もしかして、お姫様はレナートのことを……」

「うーん、その可能性はないと思うわ……。アントーニウス殿下と一緒にいらっしゃったのを見かけたことはあるけれど、……そういう方ではないのよ」

アイーダの言葉に、私は首を傾げた。うーん、どういう方なのかしら。仲良くできなさそうなお姫様ってどういう感じなのか想像もつかない。

「でも、やっぱり私、お姫様と仲良くしたいから、がんばるわ!」

「そうね。ミミにはできるかもしれないわね」

拳を突き上げて叫んだ私を、アイーダは諫めることなくほほ笑んで眺めていた。