軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お茶会 2

可愛らしいメイドが笑顔で新しい紅茶を注いでくれる。ピノッティ侯爵家の使用人は皆髪型も化粧もとてもきれいで、お仕着せの制服も凝っている。

「お屋敷全体もとてもいい香りがするんですね」

私がすんすん鼻を鳴らして臭いを嗅ぐと、アイーダにきゅっと鼻を摘ままれた。

「扇にほんの少しだけ香水をかけると楽しめますわよ」

ロザリアがすっと自分の扇を広げ、私を軽く仰いだ。風に乗ってふんわりと甘い香りがした。

「わあ、微かにですけど、バラの香りがしました」

アイーダがちらりとロザリアを見ると、一瞬ためらった後、ロザリアがアイーダも仰いだ。

「とてもいい香りね」

「私、この香りがとても好きなんですの。好きな香りと似合う香りは違うもの。でも、こうして表情や感情を隠すための扇に好きな香りを付けておきますと、嫌なことがあっても少しだけ気分が晴れるでしょう」

「素敵!」

私が声を上げると、アイーダも賛同するように頷いた。

確かにムカつくけど言い返すのを我慢した時に良い香りを嗅いだら、胸がすっとするかもしれない。そうか、高貴な令嬢たちはこうして品を保っていたのか。

「勉強になります」

私が心底感心してそう言うと、ロザリアがさっそく扇で顔を隠した。

「こんなことも知りませんのね! お里が知れますわ」

「そういえば、好きな香りと似合う香りは違うのですか?」

「はぁ~、本当にこれだから田舎者は。教えてさしあげますわ」

ため息をつきつつも、ロザリアは自分の得意分野の話になり、前のめり気味に私の方を向いた。

「香水というものは、同じものを付けても人によって香りが変わりますの」

「そうなんですか?」

「体温や体臭、普段使っている化粧品などとの相性で香りは変わります。ですから、私の香水をマリーア様が使っても全く同じようには香りませんのよ」

「へえ。じゃあ好きな香水を付けても、好きな香りになるわけじゃないってことですか」

「そうなるわね」

熱心に語ったロザリアは紅茶を手に取り喉を潤した。アイーダがパチンと扇を閉じ、私を見た。

「ロザリア様は、そういった香りの変化も考えた上での香水選びがとてもお上手なのよ」

「わあ、すごい! どんな風に変化するのかも分かっちゃうってことですか!?」

「おほほ、ピノッティ侯爵家の娘ですもの、それくらい造作の無い事ですわ」

「すごいなあ、私に似合う香水ってどんなのかしら」

「ミミはあまり香水をつけたことがないから、イメージが湧かないかもしれないわね」

「こればっかりは経験とセンスが必要だからなあ、私もいつかそういう香水に出会う日が来るのかしら」

「今まで出会ってないのなら、難しいかもしれないわ。困ったわねえ」

アイーダが悩まし気に頬に手を寄せ、横目でロザリアの様子を窺う。口をむにむにと動かして落ち着かない様子のロザリアが、口を開いては閉じ、少し考えては口を開き、を数回繰り返した。

「わっ、私がマリーア様に合う香水を選んで差し上げても良くってよ」

「わあい! やったあ」

私が上げようとした両手を、アイーダが押さえてにっこり笑った。危ない。全力でバンザイしてしまうところだった。

「……その、アイーダ様の分も、もし、よろしければですけど、選んで差し上げてもよろしくってよ」

アイーダが一度瞬いた後、にっこりと笑った。お茶会用の淑女の微笑みではなく、本当に嬉しそうな笑顔だった。

「ありがとう、ロザリア様」

「香水はきちんと買っていただきますからね! その、もちろん最初はサンプルとして差し上げますけども!」

アイーダとロザリアは一度冷たく睨み合った後、ぷっと吹き出して笑い出した。

私たちの楽しそうな笑い声に、もう一度侯爵が部屋に顔を出した。手にはたくさんの香水のボトルが載った盆を持っている。ちゃっかり私たちの話を盗み聞きしていたらしい。

侯爵はすぐに追い出されたが、ロザリアは本当に私に合う香水を選んでくれている。私の手を握って肌の状態などを確認しながら、真剣な表情でメモを取っている。

私に似合う、私だけの香水。レナートも気付いてくれるかな。

私はテーブルに並べられた様々な色の香水のボトルを眺めながら、想像した。執務室を訪れた時。一緒に庭の散歩をしている時。いつ気付いてくれるだろうか。そして何て言ってくれるだろう。

「ミミ、大丈夫よ。レナート殿下はとても気配りの上手な方だから、きっと気付いてくださるわよ」

「また聞こえてた!」

アイーダとロザリアの笑い声が廊下にまで響いた。

*****

「先ほど、プラチド殿下が視察から戻られましたよ。すぐに報告を上げるとおっしゃっていました」

ライモンドがソファに座り眼鏡を拭きながら言った。マルケイ侯爵夫人がイレネオの騒動のお詫びに持ってきた王都の高級なフルーツカスタードパイを切り分け、レナートの前に一切れ持って行く。

「ありがとう」

「急に頼んでしまって悪かった、と伝えておいてくれ」

「ええ、殿下のスケジュールを急遽変更したのは私ですので、それはもう丁重に謝っておきました」

レナートが、はあ、と息を吐きながらパイにフォークをさしてフルーツを崩す。

「おや、めずらしく品のないことを」

「……っ、へくしゅん!」

レナートが口を押さえた。ライモンドが目を丸くする。

「今の、くしゃみですか?」

「どう聞いたって、くしゃみだが」

「ずいぶんと可愛いらしいくしゃみをするんですね」

「くしゃみに可愛いとか、あるのか……くしゅん!」

「殿下、風邪ですか」

レナートがむず痒そうに鼻をぐずりとさせる。

「イレネオの件でムカついて、久しぶりに眠れなかったんだ。だから眠くなるまで仕事をしていたら、明け方冷えたらしく鼻風邪を引いた」

「体調はどうですか。熱はありますか」

ライモンドが心配そうにレナートの顔を覗き込んだ。来月のムーロ王国訪問の為、レナートの仕事の予定は詰めに詰めまくっている。一日休むだけでもかなりの調整が必要になってくる。

「大丈夫だ。問題ない。ただ、鼻が詰まっていて、臭いがまったくしないんだ」

「ああ、だからせっかくのフルーツも食べないんですね」

「こんなのミミに会えばすぐに治る」

「今日は、アイーダ様と一緒にピノッティ侯爵家のお茶会に行くと言ってましたね」

「友人が増えて何よりだ。だが、早く帰って来てほしいものだ……へくしゅん!」

お茶会の後はレナートの執務室を訪れる、とマリーアは言っていた。気心の知れた友人との楽しい会話をお土産に、自分に会いに来る愛しい婚約者の姿を思い浮かべ、レナートはとても温かい気持ちで仕事を再開させるのだった。

――――この後、ちょっとした悲劇が起こることはまだ誰も知らない。