軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ナヴァーロ村へ 3

再び手すりに体を押し付け、階段を上った。踊り場から3人の兵士の視線を感じたが、一睨みしたら怯えたように飛び上がった。階段から落としてしまったが、3人ともたいした怪我はしていないようだった。

3階に上り、柱の影に隠れて廊下の様子を窺った。

長い廊下に等間隔で兵士が3人立っている。もしかしたらさっき縛り上げた兵士は彼らの交代要員だったのかもしれない。時間になっても代わりが来ない、とこいつらも動きだしてしまったら少しやっかいだ。武器を持った相手の人数が多いと少し不利になる。

私はスカートに付いている飾りの包みボタンをひとつ引きちぎった。付け柱の影に隠れ、左手の手のひらに載せたボタンを右手の指で弾いた。ボタンは、ひゅん、と音を立ててすばやく飛んで行き、一番向こうの兵士の近くの天井にぶつかって落ちた。

「何だ、今の音は!」

手前の2人が揃って一番奥の兵士に目を向けた。その瞬間に私は柱から飛び出し、手前の兵士のこめかみに肘を入れた。兵士の叫び声と倒れる音に気付いた2人が剣を抜きながら走って来る。

2人目の兵士の切りかかってきた剣を躱し、右手のナックルダスターで剣を持つ手を横から殴った。そのままの勢いで頭を下げ、剣を持ち直そうと体勢を起こした兵士の頭にトラースキックを放つ。ふらついた兵士が立ち上がろうとしていた最初の兵士とぶつかり合って倒れ込んだ。3人目がたどり着いたが、廊下で体の大きな男が3人も集まれば、そうそう剣を振り下ろすこともできない。躊躇した兵士の一瞬の隙を付いて首に手刀を入れた。

すばやく3人の足やら体をタコ糸でぐるぐる巻きにした。タコ糸はこれでなくなってしまったが、4階までたどり着ければなんとかなるだろう。

階下が騒がしくなり、私はハッとしたが、階段を走る足音は遠くなっていった。村人が玄関で大騒ぎしているのだろう。作戦はうまくいっているようだ。

私は壁に隠れながら、階段の上の階に耳を澄ませた。

屋敷の規模に対して警備の兵が多い。兵士たちの緊張感の無さからして、近隣の街から急遽集めてきたに違いない。階が上がる度に兵士の数が増えるということは、きっとヴェロニカは上の階にいる。

村人たちが兵士たちを引き止めるにも限界がある。さっきの兵士たちだって本気で倒したわけではない。タコ糸なんて男の力ならすぐに切ることができる。

時間はない。行くしかない。

人の気配はないのを確認し、足音を立てないように一気に階段を駆け上がり、柱の影に身を潜めた。

他の階は廊下の両側に交互に扉が付いており部屋が並んでいたが、ちらりと顔を出して様子を見ると、4階は天井の高いオープンフロアになっていた。温かい色調の広い一部屋に大きなソファ、大きなテーブル。日当たりの良い窓辺には大きな観葉植物が置かれ、程よく日陰を作っている。きっと家族みんなで揃って過ごすプライベートな広間として作られたのだろう。

フロアには兵士がひとり、そして従僕がいた。従僕がせっせとテーブルに簡素な食事を並べ、兵士がソファに腰掛け食事を取っている。伯爵はきっと夫人を連れて王都に行っている。前伯爵夫人であろうおばあさんは自室に籠っていた。今ここは兵士の休憩室として使っているのかもしれない。

ヴェロニカはこの階ではなかったか。

しかし、よく見てみれば、オープンフロアではあるけれど、従僕の背後の飾り棚、背の高い本棚、大きな柱……。これらを部屋の仕切りとすれば、奥へ続く通路が見えてくる。目をこらせば、その奥には寝室らしき扉があった。

音を立てずに飾り棚よりも身を低くして進めば、奥の寝室まで行けるかもしれない。ほふく前進ではもし見つかった時に、起き上がるのに遅れを取ってしまう。かといってしゃがんで進むには足音がしてしまう。私はナックルダスターを握りしめ、静かに目を閉じた。

あれをやるしかない。誰にも見せてはいけない、あの秘技を……!

私は足を大きく開き腰を深く落として、ひとつ深呼吸をした。両腕を前に伸ばし、しっかりと重心を落としたまま、足の裏を地面から離さずに、且つすばやく前進した。

秘技41、すり足。

東の端の国でスッモウと呼ばれ最強と言われる武術の技のひとつであるこのすり足。音をたてずに敵に近付くことができ、しかもどの方向から襲われたとしてもすぐに対応することのできる完璧な体勢。防御しながら攻撃することのできる、80ある技の中でもめずらしい型である。

これがなぜ秘技かというと、見た目がちょっと恥ずかしいから。

40番台はそういった人にあまり見られたくない型を集めた、口の堅い限られた弟子にしか伝えられない門外不出の秘技なのだ。

まさかこの技を使う時が来るとは……!

腰の落とし方が完璧、と、父からお墨付きもらっていたこの技。決して使うまい、と心に決めていたが、背に腹は代えられない。誘拐された女性を救うためなのだ。

部屋には兵が乱暴な手つきで皿を扱う音と、それを諫める従僕の声だけが響いている。

私は音もなく順調に通路を進んだ。近付くにつれ、奥の暗がりには寝室の他にふたつ簡素な扉が見えてきた。洗面所と物置だろうか。

そう思った瞬間、ひとつの扉が開き、中から中肉中背の丸刈りの兵士がズボンのベルトを締めながら出てきた。本当に洗面所だったらしい。

丸刈りは一瞬私に驚いた後、二度見するように目を見開き戸惑っている。そりゃあそうだ、トイレから出てきて見ず知らずの令嬢がすり足していたら、私だってそんな顔になるだろう。

丸刈りが次の瞬きをする頃にはすでに私は駆け出しており、丸刈りの顎に掌底を打ち込んだ。倒れこんだ丸刈りが床に落ちる前に受け止め、肩に担いだ。ここに寝かせて置いたらすぐに見つかってしまう。隣の物置にでも押し込んでおこう。

私はすばやく扉を開け、物置の中に入った。

「ん?」

扉を閉めて丸刈りを床に降ろしたが、床がやけにきれいで広い。顔を上げると、物置だと思った部屋は清潔に掃除されていて、テーブルセットや小さなクローゼットが置かれていた。

「どなたですか?」

女性の声にはっとして振り向けば、窓辺のベッドの端に腰掛けた女性が怯えたような表情でこちらを見ていた。

「ヴェロニカさん?」

私が小声でそう聞くと、彼女はきょとんとして「はい」と返事をした。肩までの黒髪をゆるく編み横に流したヴェロニカは、服装もきちんとしていて乱暴な目に合っている様子はなかった。

「ナヴァーロ村の人たちに頼まれて、助けに来たわ。一緒に逃げましょう」

「え? 逃げ……? どういうことですか?」

扉に耳をつけて外の様子を窺ったが、私がここにいることはまだバレていないようだ。口にひとさし指を立ててベッドに近付き、窓の外を見たがベランダはないようだった。窓から逃げるのは無理か。兵士たちはもう動き出している頃だ。彼女を連れて階段を下りて逃げることができるだろうか。

私はベッドの下や棚の引き出しを開け、逃走に使えそうなものがないか確かめた。

「あの、あなたはどなたですか?」

ナヴァーロ村の名前を出したせいか、初めの怯えのなくなったヴェロニカが私に声をかけた。

「そうよね、自己紹介がまだだったわね。私は……」

私が彼女に向き合って名乗ろうとすると、バタバタとこちらに駆けてくる足音がして、

私はとっさに腕を広げ、彼女を背にかばった。バタン! と扉が乱暴に開けられ、駆け込んで来た茶色の髪の青年が叫んだ。

「……っ、あなたとの婚約なんてお断りだ!」

「にっ、二度目ーーー!!」

私は回転しながら床に倒れ込んで手を付いた。「えっ、この人誰!?」と青年が戸惑っているが、もう私の視界にはそんなものは入って来ない。

どういうこと!? またもや婚約してもいない相手に婚約を破棄されたわ! 人生で二度も知らない人に婚約破棄される令嬢なんて、この世にいるの!?

「えっ? 婚約破棄……? もしかして、あなたは、アンノヴァッツィ公爵令嬢のマリーア様ですか?」

床にうずくまる私に、青年がおろおろしながら声をかけた。私の心の慟哭が聞こえちゃってるけど、今はどうでもいい。

「信じられない。この国では、婚約破棄と言えば私、みたいになっちゃってるの……?」

がくがくと震える私の肩を、ヴェロニカが優しくさすってくれる。青年はひどく動揺しながらも、私の前に膝をついて謝罪してくれた。

「マリーア様、申し訳ありません。屋敷に戻ったら、警備兵たちが縛られており、金髪の令嬢が押し入ったと聞いたので、気が動転してしまい……」

「この方は、私を助けに来てくれたみたいよ、ウーゴ」

「……てっきりエッラが君を害しに来たと思ったんだ」

ウーゴがその無事を確かめるように、ヴェロニカの手を強く握った。二人は見つめ合い、誰がどう見ても恋人同士だ。

「一体なぜ、マリーア様がここに?」

私は少しだけ落ち着いて、床にぺたりと座ったまま顔を上げた。開いたままの扉から、休憩中だった兵士と従僕が不安そうに中を窺っていた。

「ムーロ王国に帰省した帰り道で、ナヴァーロ村の村人から村長の娘が誘拐されたから手を貸してくれって言われて」

「誘拐!?」

ウーゴが声を上げた。ヴェロニカは大きな目をさらに見開いて驚いている。二人の様子からは嘘をついているようには思えなかった。

「村人たちがここを訪ねても門前払いだったって言っていたわ」

「あっ……、ヴェロニカにはけして誰にも会わせないように、と命令していたもので……。申し訳ありません。私も忙しくてあまり細かく指示できなかったのです。街で急遽雇った兵たちなので、機転が利かなかったようです」

額に手をあてたウーゴはどんどん青ざめていった。