作品タイトル不明
『傭兵ボルグと二つの正義』 - 6
夜明け前、エルリック邸の裏口を一人の痩せた男が鼠のように音もなく訪れた。情報屋だ。
彼は待っていたボルグに一枚の羊皮紙を無言で手渡すと、すぐに闇の中へと消えていった。
エルリック邸の書斎。そこにはリーナとクレア、そしてこの邸の主であるエルリック伯爵が、ボルグの帰りを待っていた。
「……半分は、予想通りだ」
ボルグは伯爵に羊皮紙を手渡しながら、低い声で言った。
「イズミエールの逮捕に関わった衛兵部隊は、表向きはヴァレリウス伯爵の私兵。だが、金の流れを追うと奇妙なことに突き当たる。全ての資金は一度アイオン教会系列の孤児院を経由して、清められた金として衛兵たちに渡っている」
「やはり、ヴァレリウスか……。そして、教会までが裏で糸を引いているとはな」
エルリック伯爵は苦々しげに呟き、書斎の中をゆっくりと歩き始めた。
「……これは我々が考えていたよりも、根が深いぞ。ただの政争ではない」
彼の顔には深い憂いの色が浮かんでいた。
「タイムリミットは、三日後の満月の夜会。正面はギデオン卿によって守られているため突破は容易ではない。なので、裏をかく」
ボルグが地下牢の見取り図を広げ、図面の一点を指し示す。
「王都の旧市街に繋がる、忘れられた古い水路。今はもう誰も使っていない。ここから、地下牢の裏口へ入り込む」
「なるほど……」
エルリック伯爵が、感心したように頷いた。
「確かにそこは警備の完全な死角だ。ヴァレリウスも、まさかそこから侵入されるとは思うまい」
「ああ。ギデオンとかいう石頭が責任者なら、なおさらな。奴は、正面を守ることしか頭にない。教本通りの警備しかできんのさ」
ボルグの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「……で、作戦は以上だ。嬢ちゃん。お前と妹は、アリサとここで待ってろ」
その言葉にリーナは、はっと顔を上げた。
「待ってください! 私も行きます!」
「馬鹿を言え。足手まといだ」
ボルグのあまりにも即物的な拒絶。だが、リーナは引き下がらなかった。
「いやです! 師匠は私たちを守ろうとしてくれたのに、私はそれに気づけなかった。……今度は、私が師匠を守る番です」
「……死ぬぞ?」
「覚悟の上です」
即答だった。リーナの瞳には一切の迷いがない。
「……ちっ」
ボルグは忌々しげに舌打ちをすると、非難の目をアリサに向けた。
「どうして女ってのは、こうも気が強いんだ……」
その八つ当たりのような視線に、アリサはくすりと優雅に微笑んだ。
「あら、ボルグさんが弱すぎるのでは?」
アリサの言葉に、ボルグはため息をつくことしかできなかった。