軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『詐欺師フィンと空っぽの財布』 - 4

老婆に未来への約束という温かい赦しを与えられたフィン。

彼は軽い足取りでパン屋を後にした。

彼の贖罪の旅は終わった。

だが、彼の心にはまだ一つの重い 澱(おり) が残っていた。

彼は腰から袋を取り出し、目の前に掲げる。リリィと二人で稼いだこの金の袋。

罪の象徴そのものだ。

王都へ戻る道すがら、いつもは足早に通り過ぎる丘の上で、ふと、彼は足を止めた。

眼下には、見覚えのある古びた建物。聖印教会の名ばかりの孤児院だ。

彼が、そして、リリィが育った場所。

二度と戻らないと誓った始まりの場所だ。

彼は丘の上にあった老木に体を預け、何をするでもなく、ただ一日中その光景を見下ろしていた。

痩せた土地で遊ぶ子供たちの姿。繕われた服。

その光景は二十年前に彼が過ごしたあの頃を、思い起こさせる。

ーー寒い冬の夜だった。

彼とリリィは屋根裏部屋の壊れた窓枠に身を寄せ合っていた。

二人とも体中あざだらけだった。年長のマルコに見つかり、台所からパンを盗む計画はあっけなく失敗に終わったのだ。

マルコたちの折檻と称したストレス発散は、院長が見つけてくれるまで続いた。

眼下には王都の貴族たちが住む区画のきらびやかな灯りが見える。それはここにある現実とはあまりにかけ離れた夢のような光景だった。

腹の虫がぐうと鳴る。フィンは痛さと寒さと空腹で、もう指先一本動かせそうになかった。

「……なあリリィ。俺たちいつかここから出られるのかな」

その弱々しい呟きにリリィはふんと鼻を鳴らした。

そして窓の外の光を指さした。

「見ろよフィン。あんなもの」

彼女の声は不思議なほど力強かった。

「あれは全部オレたちのものになるんだ。いつか必ず奪い取ってやる」

フィンは彼女の横顔を見た。その瞳は飢えも寒さも絶望さえも跳ね返すように、ギラギラと輝いていた。

「いつかここを出て大金持ちになってやるんだ。綺麗な服も美味い飯も全部手に入れる。そしたらもう誰にも馬鹿にされなくてすむ」

そう言ってリリィは不敵に笑った。

リリィのその笑顔が、フィンは大好きだった。

……金持ちになった結果がこれか。

フィンは自嘲した。

金はリリィを救えなかった。金は誰の心も救えなかった。

ならばこの金に一体何の意味がある?

その夜、彼は誰にも気づかれぬよう孤児院の扉の前に立った。

そして、まるでそこにいるはずのない相棒に語りかけるように、静かに呟いた。

「……これが、正解だよな、リリィ」

そう語りかけると、ずしりと重い金の袋をそこにそっと置いた。

その声は誰に聞かれることもなく、夜の闇に溶けていった。

フィンは一度だけ孤児院を振り返ると、今度こそ本当に軽い足取りで王都へと歩き始めた。

「ははっ! すっからかんだぜ!」

財布は空になった。だが彼の心は不思議なほど満たされていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その年の冬、西の街道から一人の男が東門へとやってきた。

その男の服装はみすぼらしく旅の垢にまみれている。持ち物は背負った小さな布袋一つだけ。だがその顔は驚くほど晴れやかだった。

ヨハンはすぐにそれが誰だか分かった。

あの詐欺師フィンだ。

「おかえり、旅の方」

ヨハンの声にフィンは足を止めると、彼の顔を見て悪戯っぽく笑った。

「ただいま、門番さん。いやあ長旅だった」

その笑顔にはもう何の仮面もなかった。

ただ全てを終えた男の穏やかな表情がそこにはあった。

「そうか。……良い顔つきになったな」

ヨハンはフィンのその変わりように目を細め、思い出したように尋ねた。

「……見つかったか。あんただけの宝物は」

その問いにフィンは少し驚いたような顔をしたが、やがて悪戯っぽく笑った。

「宝物、ね。ああ見つけたさ。そいつは金じゃなかった。ただのパンの匂いと、子供たちの笑い声だった。……俺はずっとそんな簡単なことから逃げてたらしい」

そう言って彼は空っぽになった革の財布を取り出しひらひらと振って見せた。

「持ってた金は結局、誰一人として俺からは受け取ってくれなかった。だが不思議とこの空っぽの財布が今までで一番誇らしいんだ」

ヨハンは満足そうに頷いた。

「そうか。そいつは何よりの宝物じゃないか」

「かもな」

フィンは笑うとヨハンに深々と一礼した。

そして門をくぐり王都の雑踏の中へと消えていった。

その後ろ姿を見送りながら、ヨハンの脳裏に静かな声が響く。

《ピーン! スキル【見送る者】のレベルが30に上がりました》

《新たな能力『見送った者の財布の紐がほんの少しだけ固くなる』を【獲得】しました》

《旅人の大きな成長を観測。獲得した能力が【強化】され、能力名が『見送った者の交わした約束が気持ちだけ守られやすくなる』へと変化しました》

ヨハンは青く澄んだ冬の空を見上げた。

失うことで初めて果たせる約束がある。人生という旅のなんと皮肉で、そして愛おしいことか。

彼はそう静かに思った。