軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22.レオ、下町で輝く(後)

水を得た魚。空を舞うハゲタカ。

今のレオを表すなら、そんな言葉が相応しいように思われた。

(うおおおお! 楽しいいいいい!)

開店から一時間。

レオはうきうきと、まるで世界をこの手に入れたような高揚感に身を浸しながら、一方では貪欲に目を光らせ、次々と獲物を狩っていった。

町の方々で、雪花祭の開催を告げる銅鑼が鳴らされた瞬間、市には大量の人が押し寄せていた。

残念ながらレオ達が出店している場所は、東市の中でも相当外れの方だったが、それでも時間が経つにつれ、徐々に人の波が移動してくる。

最初の数人が、隣の肉串の匂いに釣られてふらふらと近寄って来るのを、ハゲタカモードのレオは、獰猛な笑みを浮かべて迎え入れた。

「いらっしゃいませ!」

声に振り向き、ぎょっとした人々に――恐らく自分の威勢のよさにビビったのだろうとレオは思った――、その動揺が収まらないよう早々に畳みかけて、まずは五個を売りつける。

久々に人様から小銅貨をせしめる感触に、レオの手は震えかけた。

彼らにその場でパンを食べさせ、感想を聞き出し、口々に「うまい、うまい」と騒いでいる様子に興味を持った他の客達も素早く捕獲し、更に十個。

買いたそうにしつつも警戒心の高い女性陣には、小さく切った試食品を振舞い、グループのリーダー格と思しきご婦人を褒めちぎることで勢いを付けさせ、ここでは三個。

彼女達がすかさずグループ内外に宣伝してくれたので、その後続々と女性がレオ達のもとにやってきて、恐らく彼女達の仲間だけで二十個ほどは買ってくれた。

クリスは新米だという割には、大量のパンを焼く技術は持っているようで、パンの在庫は無数と言っていいくらいにあるらしい。

実は離れた場所にバック在庫があると聞いたレオは、彼女を説得しパンを取りに行かせた。

その間、パンワゴンには「一時休店」の札を置き、自分達のお昼用に取り分けていたパンを片手に、他店に営業を掛けに行く。

クリスが戻ってくる頃には、レオは隣の肉串屋、三軒先のチーズ屋、その向かいの果物屋とタイアップ契約を取りつけていた。

客がクリスのパンを買って持って行けば、ソースがたっぷり掛かった炙り肉や濃厚なブルーチーズ、またはジューシーな果物を挟み込み、サンドイッチに仕立ててくれるというものである。

レオ達はパンをスライスして売るので一層利益率向上が見込め、店主達は流入してくる客が増え、客も肉やら果物やらをパンに包むことで、手を汚さずに食べ歩きができるという、三方よしのトリプルウィンだ。

一軒だけ儲かっていてもつまらない。

周辺の店が一様に活気づいていてこそ、一帯が盛り上がり、人が集まり、最終的には自分の儲けが大きくなるのである。

レオはにっこりと店主達に笑いかけると、高らかに右の拳を突き上げた。

「皆さん、声出して、いきましょう!」

「おお!」

一方で、東市の抽選に外れ、人気の少ない通りに出店することになってしまい鬱屈していた店主達は、精霊のように美しい少女が奇跡のように客を呼び込んでくるのを見て、一様に勇気づけられていた。

彼女は颯爽と現れるや、見る間に華やかな臨時店舗を拵え、強気な価格設定にも関わらず次々とパンを買わせ、しかもその恩恵を周囲にも分け与えようとしている。

こんな幼い少女にできることを、自分達ができないとは絶対に言えなかった。

何より、いいところを見せつけて、この少女に「さすがですね!」と微笑んでほしかったのだ。

そんなわけで、心を滾らせた店主達は次々と、

「いらっっっしゃいませえええ! エーリヒの、特製串焼きは、いかがっすかああああ! パンに挟んだ、絶品肉サンドも、おすすめでええええす!」

「安いよ安いよ! ファビアンのブルーチーズ、摘まんできなあああ! クリームチーズサンドは、食べなきゃ損だよおおお!」

「ほらほら、このルイザのオレンジを一口食べてきなあああ! イチゴと一緒にパンで挟めば、天国が見られるよおおお!」

自店商品とパンを喧伝し、喉を嗄らすのだった。

レオの目論見通り、一帯が盛り上がれば自然と人はそちらに流れる。

気付けば、例年より異常値的に多い客が、レオ達のパンワゴン周辺に集うようになった。

ひしめく群衆の中で、レオは方々に愛敬を振りまきながら、パンの試食配布に特化する。

とそこで、通行人を一人も逃すまいと、くるりと振り向いた瞬間、

「いらっしゃいま、――……っ!」

すぐ後ろに立っていた小さな人影にぶつかってしまった。

バランスを崩したレオは、咄嗟にその子どもに圧し掛からないよう背を反らす。

しかしながらパンの試食も落とすまいと、トレイを両手で握りしめた結果、

――ドシン!

盛大に尻餅をついてしまった。赤っ恥である。

(地味に痛え……!)

うっすら涙目になって痛みをやり過ごしていると、俯いた頬をはらりと黒髪が滑り落ちた。

どうやら帽子が取れ、適当に詰め込んでいた髪がほどけてしまったらしい。

やべやべ、と髪に手をやると、

「せ、……精霊様!?」

ぶつかった子どもが、目をまん丸に見開いて、大声を上げた。

「ね、ねえ、ママ! 見て! 精霊様が……! 精霊様がいるよ!」

「もう、何を言ってるのマルク。そんな……、まあ……!」

子どもを窘めようとしていた母親までもが、瞠目して叫びだす。

「ひ、光の精霊!?」

二人が揃ってレオを指差し騒ぎ出したので、レオはきょとんとして首を傾げた。

(光の精霊?)

まさか自分の背後にでも憑いてる? などと思って一瞬後ろを振り向きかけたが、はたと気付く。

(そっか、この髪か……!)

信仰は専ら金の精霊に捧げているので忘れがちだったが、確か、光の精霊は、長い黒髪に金の瞳を持った女性として描かれていたはずだ。

瞳の色こそ違えど、今の自分は確かに黒髪、それに、下町ではめったにお目に掛かれないほどのロングヘアである。

精霊祭を前に、しかも雪花祭当日とあって浮かれている人々からしたら、確かに「精霊様だ!」と叫んでもおかしくないような格好ではあるだろう。

――粗末なシャツから覗く繊細な鎖骨や、白い肌、そして帽子に一部を隠されていてなお美しかった顔が、今や艶やかな黒髪に輪郭を彩られ、人とは思えぬ美貌を放っているのだということに、レオは全く気付いていなかった。

(ぬかった……! 俺としたことが、その可能性を見落としてたぜ……!)

やはり下町では平民と思われた方が動きやすいし、自分の 故郷(ホーム) でこんな女々しい姿を見せるのは恥ずかしいから、という理由で少年のなりをしていたが、祭補正が入るのならば、いっそ堂々とこの髪を晒しておけばよかった。

光の精霊に扮した店員が売る精霊パンだなんて、そちらの方がよほど祭のコンセプトに合っているし、高値で売れそうだったのに。

(くそ、俺の大馬鹿野郎……!)

レオは、商機をうかうかと逃していた自分のことを殴ってやりたかった。

目先の儲けの為なら、日頃「ヅラみてえ」と恥じている長髪姿すら嬉々として晒す。

それができるのがレオという人間である。

忸怩たる思いを噛み締めて拳を握りしめていると、クリスや、それまで寝込んでいたカイまでもが慌てて駆け寄り、

「大丈夫ですか!?」

と身を起こしてくれる。

それで我に返り、土を払って起き上がると、先程の少年――マルクと言ったか――が、目を輝かせて手を差し出してきた。

「せ、精霊様! 御手にさわっても、よろしいですか……!?」

「え?」

予想外の申し出に、レオは目を瞬かせる。が、すぐに少年の言わんとしていることを察した。要は、自分は今、黒髪の精霊っぽい女のなりをしているから、祭にふさわしく、精霊っぽい振舞いをしてほしいということだろう。

もとよりノリの良い方であるレオは、「いいぜ」と言いかけ、そこでふと思い付いて、こう言ってみた。

「パン、一つ。または、スライス、六枚、買ってくれるのなら」

レオは、屋台販売で「じゃんけんに勝ったらもう一個!」みたいなサービスをする時、その相手が子どもであっても容赦などしない。

わざと負けてやることも、負けたのにもう一個くれてやることもせず、ただ実力を戦わせるのである。

(マルクよ、世の厳しさを知れ。そうして強い大人になるんだ)

今回の場合、「精霊の握手」がほしければ、カネという実力を揮ってみやがれと言い切ったのだが――相手は予想外の行動に出た。

「じゃあ、パン、五つ!」

「えっ!?」

子どもにしては破格の財力を見せ、即断でパン五つを買い上げてみせたのである。

握手狙いであれ、子どもであれ、お金を払ってくれるならそれはお客様である。

レオはちょっと驚きながらも、パン五つ分――具体的には、二秒を五回分で十秒――握手してやった。

「う、羨ましい……!」

「じゃ、じゃ、じゃあ、俺も! 俺も、パン、十個!」

「じゃあ俺は二十くれ!」

黙ってなかったのは周囲の大人たちである。

彼らは、少女の精霊そのものの美貌に心臓を打ち抜かれ――しかも、男物の服からほっそりとした腕や足首が覗いているのが、またすごくいい――、地面に尻をつき震える姿に胸を押さえ、子どもがその幼さを武器に接近するのを歯噛みする思いで見守っていた。

パンさえ買えば、少女と握手できる。

そう知った彼らは、ここぞとばかりに大人の財力を見せつけてやったのである。

それは、クリスの創り上げたるパンに、握手券という新たなる価値が加わった瞬間であった。

「うおおおおおお! 柔らけえええええ!」

「え、ちょ、あ、……お買い上げ、ありがとうございます……?」

「俺! 俺! 一生この手洗いませんから!」

「え、それは、ちょっと……」

「ありがたや……! ありがたや……!」

「……悩みごと、あるなら、教会、行ってくださいね……?」

そんなこんなで、握手券と化したパンは見る間に刷け、数十分後。

「なんてことなの……。一日かかっても売れないと思っていたのに……」

クリスが呆然と呟いたように、ものの見事に完売御礼となった。

「私も、少々、予想外でした」

レオもなんだか腫れてきたような感じのする手をぷらぷらと振りながら、ちょっと不満げに呟く。

完売という結果に文句はないが、なんだか商売の方法としては邪道のようだ。

それに、こんなに早く完売してしまっては、残り数時間を持て余してしまう。

(……ま、でも、儲けは儲けだ)

所詮はレオなので、それであっさりと不満を吹き飛ばすと、彼はいそいそと売上を数えはじめた。ご褒美のひとときである。

カイもだいぶ体調が戻ってきたようなので、遠慮なく検算に付き合わせる。

一方、ほぼ一人で異常値的な売上を叩きだし、かつ粛々とそれを数える少女を見つめて、クリスはほう、と感嘆のため息を漏らしていた。

(本当に、なんという子なのかしら……)

そのずば抜けた商才も勿論クリスを感心させたが、彼女が最も感じ入ったのは、まるで精霊教の掲げる慈愛を体現したかのような、少女の振舞いであった。

自分がただひと塊で売ることしか考えていなかったパンを、薄くスライスすることで、多くの人に行き渡るよう数を増やし。

自らの利益だけを考えるのではなく、周囲の店も巻き込むことで、一帯を活気づけた。

途中からパンそのものというよりは、少女の握手を求めて人々が群がったような形だが、それでも彼女は嫌な顔をせず、一人ひとりにきちんと対応をしていた。

中でもクリスが感心したのは、何日も風呂に入っていないような浮浪者や、顔じゅう傷だらけの、ヤが付きそうな御仁がやってきた時のことだ。

どちらも、年端も行かぬ少女には厭わしい、または恐ろしい存在だろうと、クリスやカイが割って入ろうとしたのだが、彼女はその手をなんら借りることなく、一人で対処してしまった。

浮浪者の方には、

「貴重なお金、掻き集めて、来てくださった、ですね?」

優しく微笑みかけてそっと手を握り、ヤな感じの男に対しては、

「おつとめ、いつも、ご苦労様、ございます」

まるでこの街の守護者はあなただとでもいうように、尊敬の念を込めて手を重ねたのである。

前者は途端に目を潤ませて、買い取ったパンを転売して公共浴場に行くことを誓い、後者は胸を熱くさせて、「この一帯は、俺らがびしっと締めとくからよォ!」と雄たけびを上げて去っていった。

精霊の前には、貴賎もなく、全てのものは生まれながらにして善性を持つ。

その教えを、クリスはこの幼い少女に、改めて突きつけられたかのようであった。

レオとしては、単に金を払ってくれるなら浮浪者だろうが皇子だろうが変わらないし、ヤのつく方々には、できれば媚びを売って可愛がられたいというゲスな精神を発揮しただけなのだが、幸か不幸か、そのことに気付いた者はこの場にはいなかった。

「クリスさん、集計、終わりました! すごい、たくさんですよ!」

やがて売上計上を終えたレオが、ほっくほくの笑顔でクリスに向き直る。

途中からパンをスライスして割高で販売したために、当初の想定を上回る額になっている。

レオはにこにこしながら、売上の三分の二をクリスに献上した。

「はい。お約束通り、三分の一、頂戴いたしました」

「まあ! では、これで、レオちゃんへの支払い後の額だというの?」

小山を築いている銅貨たちに、クリスが茶色い目を見開いている。

上機嫌だったレオは愛想よく、「クリスさん、とてもおいしいパン、沢山焼きました。当然の結果です」と相手を持ち上げた。

「本当に、素晴らしい腕前ですよね」

とそこに、ようやく会話に加わる体力を回復させたカイが相槌を打つ。

彼はここにきていよいよ体調を完全回復し、本来の社交性を取り戻すと、クリスにどこのパン屋で働いていたのかを尋ねた。

そういえばレオも、南の方でパン職人をしていて、最近東地区に越してきたことしか聞いていない。金儲けモードがオンになっている時は、ダイレクトに金に関する情報以外は興味すら持てなくなるのだ。

三人して台車の裏に腰を下ろして、レオはようやく思考回路を世間話モードに切り替える。

今更の好奇心を浮かべてクリスを窺うと、彼女はおっとりと微笑んだまま、思わぬ回答を寄越した。

「ええとね、パン屋というか、教会で大量のパンを焼いていたのよ」

「え?」

南の方。教会。大量のパン。

それらの情報が、レオの中でばちっと勢いよく繋ぎ合わさる。

「も……もしや、南地区の……フスハイム教会、ですか……!?」

「あら、フスハイムをご存じ? そう。私、そこの導師だったの」

「ええっ!?」

レオとカイは揃って声を上げた。