軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18.レオ、レーナと話す(前)

『ちくしょー……レーナめ……!』

一方、破格に無自覚な美少女・レオはといえば、しょんぼりと暗い廊下の奥に体育座りし、膝に頭を埋めていた。近くに草が生えていたらむしりだしそうな勢いだ。

彼は傷付いていた。

(なんだよ、エミーリオ達……。寂しいじゃんか!)

例えるならば、長年の単身赴任から帰ってきたら、すっかり母親にばかりなつくようになってしまった子ども達に、「このおじさん、誰?」と言われてしまったような心境だ。

いや、結婚したことなどないが。そしてレーナが妻など御免だが。

(そりゃ、ずっといなかった俺が悪いんだけどさ。毎年きゃっきゃ言って、みんなで売上競ってたじゃねえか)

金儲けは、もちろんそれ自体が楽しい。

だが、それを孤児院の皆とする、というのが、魅力のもう一つの要因でもあったのに。

しかし、確実な勝利――売上の確保という絶対善を持ち出されては、逆らえないのもまた事実だった。

(……銅貨数えでも、しよ)

落ち込んだ時はそれが一番だ。

現金は持ち歩く主義のレオは、服の至る所に硬貨を隠し持っている。

どれ、まずはスリッパの内側から、と己の足首を引き寄せた所に、ふと影が落ちた。

「――……?」

視線を上げる。

その先に立っていたのは、よく見知った、平凡な顔立ちをした少年――レーナだった。

が。

「……レ、レレ、レーナ……?」

凡庸なはずの顔は、今や月明かりでもわかるほどに青褪め、幽鬼のようなおどろおどろしい形相となっている。

その気迫に呑まれたレオは、すっかり先程までの恨み節も吹き飛ばし、あわあわと言葉を紡いだ。

『ど、どうしたんだよ? 顔が人外魔境だぜ?』

「…………」

レーナはしばらく何も言わなかった。

しかし、じいっとレオのことを見つめた後――レオは魂を刈り取られるのではないかと慄いた――、彼女は不意に、すうっと笑みを浮かべた。

『……私、あなたに話したいことがあるんだけど』

笑ってはいるのだが、何か異様な迫力だ。

この氷雪地帯かと見紛う冷気は何なのだろうか。

レオは目を瞬かせながら、

『お……おう!』

と立ち上がった。

『戻すタイミングのことだよな。なんかごめんなー、なかなか話し掛けられなくってさ。俺ももっと早く切り出したかったんだけど――』

『――違う』

地を這うような声で遮られた。

『その話じゃない』

『へ? ……ああ! じゃあ、報酬の金貨のことか?』

レオはことんと首を傾げたが、すぐにぱっと笑顔になった。

『へへ、よかった、この前受け取りそびれてたから、ずっとやきもきしてたんだよな』

にこにこと手を差し出すが、

――ぺしん!

その手は素早く打ち払われた。

『てえ! 何すんだよ!』

『こっちの台詞よ! あなた何してくれちゃってんのよ!』

レーナが突然大声を上げる。その声量にぎょっとしたレオは、慌てて彼女の口を押さえた。

『ちょ、おま、声でかいよ! さすがにエランド語でも、喚いてたらカイに怪しまれるだろ? ってか深夜だぜ!』

『うるさい! あなたに語れる常識なぞない! そしてカイはぐっすり寝落ちしたわよ!』

レーナは蠅を払うようにその手を振り払うと、苛立たしげな様子を隠しもせずに続けた。

『はっきり言わせてもらうわ。私、怒ってるのよ。約束だから守らないわけにはいかないけど、そうほいほいと体を戻してやるとは思わないでちょうだい!』

『はあ!? なんなんだよ、それ! 契約書まで交わしたのに、おまえの機嫌一つで無効になるのかよ!?』

『あなた、この前までは皇子に命を狙われてるって言ってたじゃないの!』

『はあ?』

レオは怪訝な思いで眉を寄せた。なぜいきなり皇子の話が出てくるのか。

だがそこでピンと閃いた。

(あ、そっか。こいつ、体を戻したら処刑されちまうかも、って思ったまんまなんだな)

確かにそれでは、元の体に戻りたくなどないだろう。

そこでレオは、レーナの肩に手を置き、もう片方の手で親指を立てた。

『朗報だぜ、レーナ! なんか、金貨奪った罪は問われないみたいだ!』

『…………は?』

『なんか皇子、意外にいい奴だったみたいでさー。一時期は、人の腕を拘束して脅してくるわ、監禁するとか言うわ、執拗にガン飛ばしてくるわ、俺ももうダメかと思ってたんだけど、最近じゃあ、侯爵夫妻に諭されたみたいで、全然そういうの、しなくなったんだ。菓子とかもよくくれるし、新たに金貨までくれたし、なんかたまに侯爵夫妻に付け届けみたいなこともしてるみたいだし。だから、もう大丈夫だぜ!』

そのにこやかな笑顔で言い放たれた内容の、どこをどう取れば大丈夫だというのか。

レーナは絶叫した。

『どこに安心材料があるのよ! なお一層のこと危ないじゃないのよおおおお!』

『え?』

あまりのレーナの青褪め方に、レオも少々不安になる。

もしかして、自分が皇子はいい奴と思いかけていただけで、本当はそれも罠だったりするのだろうか。

『ま、まずかったか?』

『まずいに決まってるでしょ! 最低よ! 最悪よ! あなたの理解力の無さにはいっそ感心するわよ! 思いっきり外堀埋められてるじゃないの!』

『そうなのか!?』

なんと、皇子の優しさは擬態で、処刑に向けて緩やかな根回しをしていたらしい。貴族お得意の腹芸というやつだろうか。

本気でいい奴だと思いかけていただけに、ショックもまた大きいレオだった。

『で、でも、ほんと、意外にいいところもあって……』

『何おぞましいこと言ってるの!? そんなふわふわ油断してたら、一瞬で捕まるわよ!』

『まじで!?』

おろおろと反論を試みるが、一刀両断されて慄く。どうやら、自分は相当な甘ちゃんのようだった。

『そんな……皇子がまだ、俺のこと処刑しようと思ってたなんて……』

額に手を当てて呟くと、レーナが信じられないものを見たかのように目を見開いた。

『あ、なた……。それ、本気で言ってるの……?』

それほど皇子の害意は明白だったらしい。

レーナはその場に砂のように崩れ落ち、それを見たレオはばつの悪さに肩を竦めた。

お貴族様のご落胤である彼女の方が、孤児の自分より世知辛さを知っているなど、赤っ恥もいいところだ。

『わ、悪かったよ。これからはもうちょっと厳しめに世間見渡してみるよ』

『……いえね。だからね。レオ、あなた……』

レーナは、打ち上げられて半日たった魚のような目で、ぼそぼそと呟いた。

が、そのままふと黙り込み、首を振る。

『――……だめだわ。真実を話してもこじれる予感しかしない』

その独白はあまりにも小さかったので、レオにはよく聞こえなかった。

『え、悪ぃ、レーナ。今なんて?』

『うるさい! 黙れ! あなたもいつか地獄に気付くといい。そして苦しめ!』

『ええ!?』

急に牙を剥いたレーナに戸惑ったが、要は、処刑の恐怖が去ったと思い込んで、呑気に体を戻そうとしているレオに苛立っているのだろう。

確かに逆の立場だったら、自分でも激怒すると思うから、その怒りは正当だ。

(うーん、どうすっかな……)

レオはちょっと腕を組むと、おもむろに切り出した。

『――……じゃあさ、レーナ。俺、皇子が本当に俺のこと処刑しようとしているかちゃんと確認できたら、体戻してくれるか?』

『…………え?』

『なんだよ。さすがに俺だって、無実のおまえを処刑させるほど人間捨ててねえよ』

レーナには甚大な迷惑を掛けられたが、だからといって、レオのせいで彼女が死刑にでもなったら目覚めが悪すぎるというものだ。

それに、あれだけ親身になって、慰謝料借金地獄の恐怖から庇ってくれた皇子のことを、レオはそう悪い奴とも思えなかった。

確かめる価値はあると、そう考えたのである。

レーナはがばっと立ち上がると、鬼気迫った表情でレオの両肩を掴んだ。

『それってつまり、確認しない内は体を戻さなくていいってこと!?』

『うお』

がくがくと揺さぶられて、声が震える。

レーナも出会ったばかりの頃はつんと取り澄ましていたのに、だいぶハンナ孤児院のカラーに染まってきたものだ。

『や、俺だって今日明日戻してくれとは、元々言うつもりはなかったよ。今回は打ち合わせて、以降はお互いちょいちょい手紙出したり顔出すようにしてさ。で、精霊祭の前までには戻れりゃいいなって思ってんだよ。なんか、陣引くのも大変なんだって、俺もちょっとはわかったし』

聞きかじった魔力学の功績である。

が、それを聞くと、途端に調子に乗ったらしいレーナは顔を顰めた。

『何それ、精霊祭まで? 短すぎない? もっと一ヶ月とか一年とか一生とか、そのままでいいのに』

『ざけんな! そんないつまでも女の体でなんかいられっかよ!』

『どうして? 学院にいれば無料で三食付き、タダ授業も内職もし放題で、女の体ってことを除けば、あなたにとっては天国のようなものじゃないの』

唯一にして最大のネックをしれっと除外条件にして、いけしゃあしゃあと言うレーナの姿は、不思議なことに、欠点をさりげなく伏せてセールストークを重ねるレオのそれとよく似ていた。

しかしレオは、ふっと笑みを刻むと、『だが断る!』ときっぱり声を上げた。

『俺は、学院にいる間限定の、ちんまりした内職なんかに人生捧げるつもりはねえ! しかも、あそこ、みんなほとんど現金使わねえんだぜ!? 俺はもっとビッグな商売をしてえんだよ! 金を感じてえんだよ! 現金(ゲンナマ) に常に触れていてえんだよ!』

主張自体は奇妙きわまりない。しかし、その迫力や、瞳を彩る輝きの強さには、見る者を一瞬黙らせる何かがあった。

『……わかったわよ……』

呼吸三つ分ほどを置いて、レーナは諦めの溜息を漏らした。

『ひとまずは、皇子に害意が無いことを確認できたら、体を戻すってことで』

処刑だなんてあるはずもないが、この能天気馬鹿も、皇子に接触するなりして真実に気付き、ちょっとは男に言い寄られる地獄の恐怖を味わえばいいのだ、と、そんな意地悪い想いも込めて。

こちらは最終的に、それに全力で立ち向かっていかねばならないのだから、それくらいの意趣返しは許されるだろうと、レーナは信じた。

そんな思惑など知らぬげに、レオは『おう』と答えてからから笑っている。

『あ、でも金貨は今もらうかんな! 条件は満たしたんだから、おっけーだろ?』

忌々しいほどにちゃっかりしている奴だ。

が、確かに、「学院に一日でもいいから顔を出し、戻ってきたら金貨を二枚支払う」という約束ではあったので、レーナは再度溜息をつき、先日から持ち歩いていた金貨二枚を懐から取り出し、レオに手渡した。

『ほら』

『お……うおおおお! すげえ! すぐ出てきた! うわあああああ! カー様だ! カー様が二枚もいる!』

途端に目を輝かせ、きゃっきゃと金貨を矯めつ眇めつする姿は、大事な宝物をやっとのことで手に入れた子どものようである。

しかも今は絶世の美少女でもあるわけで、――レーナは、自分の姿であるとはわかっているのに、盛大に毒気を抜かれた。

こんなに喜ばれると、なんだか、お金に固執する姿さえ微笑ましく見えるというか、苛立つのすら阿呆らしくなるというか、――不思議な気分だ。

レオは満面の笑みを浮かべたまま、ぱっとレーナを振り返った。

『おまえ、すげえな!』

『は?』

『自分で請求しといてなんだけど、たった三ヶ月で金貨二枚稼ぐなんて、常人の技じゃねえぜ! 俺、ちょっと痺れた!』

どうやら本気で言っているようである。

その顔には、何の混じりけもない尊敬の色が浮かんでいるのを、レーナは見て取った。

『…………ふん』

これだけ優秀なのにもかかわらず、レーナが面と向かって褒められた経験は少なかった。恐らくは性格のせいだろう。

それを、こんな風に、馬鹿にするでも、からかうでもなく、正面から絶賛されると、――口の端がむずむずする。

『当然でしょ? 私を誰だと思ってんのよ。コンサルティング業務を三つも当てれば、金貨二枚なんてすぐに稼げるわ』

『コンサルティング?』

興味津々といった面持ちで聞き返すレオに、つい詳細を説明してしまったのは、だから、そのせいだ。

レーナはおバカな守銭奴でも理解できるよう、コンサルティング業務の概要と具体的な事例を教えてやった。

『――……はっはあ。潰れかけた事業にアドバイスして、経営の立て直しを、なあ……』

一通り話を聞き終えたレオが、感心しきりという様子で頷く。

『レーナ、すげえな。おまえには守銭奴検定一級をやるよ』

『いらないし!』

しみじみと告げられた内容を、レーナは光の速さで断った。しかもこれでまだ段ではないのだというから、守銭奴検定の奥の深さには慄くばかりだ。

『えー、謙遜すんなよ。次もう一個立て直したら、昇段試験もいけると思うぜ!』

『だからいらないし。っていうか、もう一個なんて既に手を付けてるし』

『え、まじ?』

目をまん丸にするレオに、満更でもない感情を覚えたレーナは、心なしか口の端を持ち上げて説明した。

『ここからはちょっと遠いけど、リヒエルトの南端に教会があったでしょ? あそこ、今、廃墟みたいになっちゃってるのよ』

『そうなのか? すっげえ外れの方だけど、一生懸命パンの配給してる……確かフスハイム教会つったっけ』

『そうそれ。でも、まさにそのパンの配給を巡って、周辺の住民と導師が衝突しちゃったみたいなのよね。詳しい経緯は確認中だけど、とにかく、住民はすっかり教会に通わなくなっちゃって、パンを焼いていた導師も失踪。火事まで起きちゃって、すっかり誰も近寄らなくなったと、そういうわけ』

へえ、とレオは相槌を打つ。

さては配給のパン量でもケチったのだろうか。腹を空かせた人間は何をしでかすかわからないから、もしかしたら、暴徒化した市民が腹いせに火を放ったのかもしれなかった。

しかし、それがどう立て直しに繋がるのかと首を傾げかけ、――そこでレオははっとした。

パン。大きな教会。

『一方こちらは、教会のある南端エリアにまでグループの勢力が拡大しちゃって、子分がいよいよ増えすぎてきた。血気盛んな野郎どもには、何か役割を与えて飼い慣らすのが定石だけれど、こう人数が多くちゃ内職の手配も行き渡らないわ。私達は、大きなハコと働き口を求めてる』

大量の人員と、それが収まる職場環境。

――パン配給を行っていた南の教会には、巨大なパン窯と工房がある。

『まさか……』

『そ。その教会跡地のパン工房を買い取って、ハンナ孤児院のパン工場にしてしまおうってわけ』

ここでもビジネスがベンチャーされていたとは。

レオは目を輝かせた。

『すげえ! 守銭奴検定五段!』

『嬉しくないし!』

『え? だって、五段になれば師範代だぜ? やべえ、レーナが俺を抜いてった……!』

『あなたに一度だって遅れを取った覚えはないわよ!』

レーナは語気荒くそう言い切ると、ふんと鼻を鳴らした。

『ま、工房を買い取るには、失踪した導師とやらを探し出して話を付けなきゃいけないから、そこがちょっと手間だけどね』

『…………』

レオはふと、手の中の金貨を見つめる。下町で辛うじて流通してきたのだと思われる二枚の金の塊は、いくつもの細かな傷と、誇らしげな温もりを湛えていた。

『――レーナ』

おもむろに呼び掛ける。

なに、と視線を上げた彼女の、その骨ばった腕を取り、レオは金貨を彼女に押し付けた。

『これ、おまえに預けるわ』