軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《閑話》 レオ、真贋を見極める(4)

「フランツ!」

「兄貴!」

「フランツお兄様!」

長男のとんでもない暴挙に、フランツ以外のベルンシュタイン家一同、およびカイは顔色を無くし、一斉に立ちあがった。

しかし、それよりも早く、少女が再びフランツの腕を取る。

「――フランツさん」

彼女は、フランツの節くれだった両手をそっと包み込み、紫水晶の瞳を潤ませて囁いた。

「あなたは、本当、見る目がある人なのです」

「え……?」

さすがにやりすぎたと、一瞬で猛省したフランツは、しかし少女の「本当は見る目がある」という言葉に、どきりと動きを止めた。

彼女は、いきり立つ周囲を視線だけで制し、彼にこう告げたのである。

「あなたは、とても、とても、優しい人。私には、わかります」

その言葉に、フランツは雷に打たれたような衝撃を覚えた。

自信がない、目付きが卑しい、傲慢、頓珍漢。

棘に包まれた彼の態度を表現するそのような言葉なら、数え切れないほど浴びてきた。

しかし、フランツの人となりを見て、「優しい」と評した人物は、自分の知る限り、少女が初めてだったのである。

「や、優しいだって……?」

「あなたは、その人に、何が必要か、とても考える人。外見や、目先のことに、捕らわれない人。きちんと、物事を、見極めるからです」

その言葉に、そして、真実を見通すという噂のハーケンベルグの瞳に、フランツは思い当たることがあった。

(まさか、カミラがきっかけで、俺が陣に興味を持ったことまで見通しているのか……?)

そう。

フランツは最初、病身のカミラを救う手立てになりはしないかと、庶民でも魔力が使える可能性を持つ、陣の領域に手を出したのである。

蓋を開けてみれば、陣の開発は素人が容易に関われるようなものではなく、悪戯に時を過ごしている間に、さっさと弟のオスカーが「聖女の髪」を携えて妹を救ってしまった。

フランツとて、末の妹であるカミラが助かったのは嬉しい。だが、欲を言えば、それを解決し、家族から認められるのは、自分であってほしかったのだ――

「……う、嘘ばっかりだ」

少女の言葉が震えるほど嬉しかったくせに、コンプレックスに縮こまった小心者の自分が、最後の悪足掻きをしてしまう。

「皆……家族だって、弟の方が優れていると言う。妹を救ったのだって、結局はあいつだ。顔だって、成績だって、商人としての才覚だって、……人望だって、全部、あいつの方が上なんだ」

年下の、しかも初対面の少女に向かって、何を情けない。

そうは思っても、一度開いた感情の栓は、なかなか元に戻ってくれなかった。

「フランツさん」

レオは、急に威勢を弱めて、ぐちぐちと泣きごとを言いだしたフランツに、内心で嘆息しながら呼び掛けた。

個人的にめそめそした男は好きではないが、尊敬する心の友が自信を失っているというのなら、なんとか慰めてあげたかった。

なにせ彼は、初対面の自分に惜しげもなく小銀貨を恵んでくれた、破格の人物でもある。

ぜひとも自信を回復していただいて、できれば陣ビジネスに精力的に乗り出していただき、その甘い汁を自分も一緒に吸いたかった。

「そんなこと、言わない。フランツさんには、絶対オスカー先輩が敵わない、強み、あるのです」

「あるものか……」

小声で言い返すフランツは、確かに見る限りぱっとしない青年だ。

神経質そうな目が際立つ容貌は女受けしそうにないし、ぐちぐちと弱気な性格もいただけない。

(あるのは、その抜きん出た金儲けへの愛と、陣ビジネスに乗り出そうとする先見性と、ずば抜けた太っ腹さと、……なんだ、並べ立てるとめちゃめちゃいい人じゃねえか、この人)

しかし、オスカーもまた、確かに金儲けのセンスがありそうだし、金払いもよい素敵な先輩であるので、それらの要素では「弟より優れている」ことの論拠にはならなそうだとレオは考えた。

他には、と、相変わらず両手を握りしめたまま、フランツを上から下まで見つめる。

そこで、レオははっと目を見開いた。

「――あります」

「え?」

「あります。フランツさんの、強み」

いったいなんだと眉を寄せるフランツをよそに、レオはさっと周囲を見回した。

――オスカーがじっとこちらを見ている。

あまり大っぴらには言えないなと判断し、レオはぼかして伝えることにした。

「オスカー先輩になくて、フランツさんにあるものは、あります」

豊かに茂る(・・・・・) 栗色の髪を見つめながら、真剣な声で伝える。

「本当はフランツさんだって、わかって、いるですね?」

「何を――」

フランツは困惑したが、こちらを見つめる少女の目付きのあまりの真剣さに、ごくりと喉を鳴らした。

「フランツさんの、それは、本物です。魔力を借りたのでもない、生まれつきのもの。今は、気付かれなくても、いつか。時が経てば、多くの人が、気付きます」

「生まれつき……? やがて、気付く……?」

「はい。その時は、だから、フランツさんが、オスカー先輩を、支えてあげるください」

少女の言葉は抽象的で、フランツにはすぐには意味が取れなかった。

「いったいそれは、どういう……?」

「すみません。私の口からは、これ以上は」

つい解答を求めると、少女は口を引き結んで静かに首を振る。

そうされて、年下の少女にすっかり甘え切ってしまおうとしていた自分に気付き、フランツは激しく頭を振った。

「す……すまない。あ、いえ、すみません。そうですね。さっきから、私はいったい何を……」

いつの間にか、形ばかりの敬語すら取れてしまっていた。

情けない、と自分を責めるが、しかし、その感情はいつもより苦くなかった。

なぜなら、

(俺にも、強みがある……。オスカーにもない、本物の強みが……)

少女の言葉が、弱々しく萎れていたフランツの心の中心に、どっかりと根を下ろしたからである。

それはまるで、干からびた大地に活力を与え、自信という名の、青々とした大樹を茂らせるかのようだった。

「すみません、話し込みました」

ずっと手を握っていたことをようやく自覚したらしい少女が、照れたように手を離そうとする。

温もりが遠ざかるその気配が妙に寂しくて、フランツは咄嗟に、

「あの!」

今度は彼の方から少女の手を握りしめていた。

「え?」

「レ、レオノーラ、さん。その……色々な無礼を、大変申し訳ありませんでした」

「ああ。いえいえ」

お気になさらず、と事もなげに返す少女はどこまでも寛容だ。

その姿に、生まれて初めてと言ってもいいくらい熱く込み上げる何かを感じて、フランツは早口でまくしたてた。

「あの……! 俺、いや、私、がんばりますから。先程の言葉、胸に刻みます。私にしかない強みを、きっと見出して、育ててみせる。そうして、このベルンシュタイン商会を更に発展させます。だから……!」

だから。

その先の言葉は、胸が詰まって言えなかった。

しかしその分、少女に叫んだ言葉は強い誓いとして、フランツの中心に刻まれることとなった。

「……レオノーラ、兄貴がすまなかったな。この通りだ」

話が一段落した気配を察し、オスカーが切り出す。

ハーゲルやフアナ、カミラまでもが平身低頭して謝るのを、レオは手を振って断りながら、お土産を用意してくれていると言うので嬉々として帰り支度を始めた。

***

「改めて、本日はありがとうございました。せっかく来ていただいたのに、うちの倅が大変申し訳ない」

「いえ、そんな、何度も。こちらこそ、真贋試し、途中で終わってしまいました」

玄関先に見送りに出てまで謝罪を続けるハーゲル氏に、そんなに気に病んでいたら禿げてしまうのではと不安になったレオが軽くいなすと、彼は

「おや」

意外なことを言われたとでもいうように目を見開いた。

「何をおっしゃいますやら。勝負は、レオノーラさんの圧勝ですよ」

「え?」

いつの間にそんなことに、と思ったレオは、ことんと首を傾ける。

ハーゲルは、久々ににっと口の端を持ち上げて、いかにもできる商人風の笑みを浮かべた。そうして、内緒話をするように、レオの耳にそっと囁きかける。

「あなた様は、フランツの真贋を見極めた。これだけの無礼を働かせておいて、私が言えた義理ではないですが、確かにあれは、時代時代に何が必要かを見分ける本物の眼力を持つ男です――こればかりは訓練では得られない類の、ね。きっと時が経てば、あなた様の見極めが正しかったと、世間が証明してくれるでしょう」

いや、私がそのように奴を教育しなくてはならない――

男親の貫禄を漂わせて、ハーゲルが何事か呟くのを、レオはきょとんとして見守った。

(あれ? そんな話したっけか?)

だが、そんな疑問も、

「そうなった暁には、あなたにとっておきのワインを贈りましょう。何年後になるかな。今からいいワインを買って、熟成させねば」

ハーゲルがそんなことを言いだしたので、超高級ワインがなぜか手に入ることになったレオは、あっさりと吹き飛ばしてしまった。

「ユヴァイク、おいしかったです」

「おお、レオノーラさんはユヴァイクがお気に召しましたか。わかりました。ではユヴァイクから最高品質のものを取り寄せましょう」

「ありがとうございます」

おいしいタダ飯は頂戴できたし、先輩の苦労性な一面も垣間見えたし、小銀貨も手に入ったし、ついでに超高級ワインも手に入りそうだ。

総合すると、とてもいい一日だった。

「ごちそうさまでした。また、お邪魔、させてください」

「ぜひ! お待ちしていますよ」

最後はにこやかに一家に見送られて、レオはベルンシュタイン邸を後にした。

「はぁー! 本当に、なんて素敵なお方!」

従者を伴い立ち去る少女の、楚々とした後ろ姿を見つめながら、カミラがうっとりと呟く。

「わたし、あんな方に命を救っていただいたのね」

「ああ。おまえも、レオノーラに恥じないように生きろよ」

オスカーはぽんと軽く妹の頭を撫でながら、そっと藍色の目を細めた。

無欲の聖女、レオノーラ。

貴族の傲慢を諭し、教会の野望を暴き、そして庶民の命を救った彼女の奇跡は、その後もとどまるところを知らない。

今日なんて、恩を少しでも返すためにと家に招いたのに、かえってベルンシュタイン家の長男の悩みを解決してもらったような格好だ。

「……いつになったら、恩を返しきれるものやら」

まるで清らかさを体現したかのような澄んだ瞳を思い出しながら、オスカーがそう独りごちると、耳聡く聞きつけたハーゲルが「おや」と面白そうに眉を上げた。

「ベルンシュタインの男ともあろうものが、そんな弱気な発言は頂けんな。恩は二倍に、報いは五倍に、が我が家の家訓だ。恩の返済の見込みが立たないというのなら、一度の返済額を増やすか、返済期間を延ばしてもらうよう、レオノーラさんに土下座でもして頼み込むんだな。もちろん私も協力しよう」

「わたしもするわ!」

カミラがぱっと目を輝かせた。

「いっそオスカーお兄様が、レオノーラさまと結婚してしまえばいいのよ!そうしたら、わたしたち家族全員で、一生をかけて恩を返せるわ!」

名案だわ、とにこにこする妹に、オスカーは軽く肩を竦めた。

「馬鹿を言うな。あいつには、凄まじい勢いで第一皇子が執着しているばかりか、権力と武力と財力に優れた、世にも恐ろしい舅姑がいるんだぞ。一市民の俺がおいそれと手を出せるものか」

「あら。陣が広まればこの国の勢力図はだいぶ変わるわ。どんな時にでも、狙った獲物をすぐ捕獲できるよう、よき商人は常に用意しておかねば」

もっともな反論をしたオスカーに対し、フアナがおっとりと、しかし真剣な声音で言い返す。

どうやら、カミラやハーゲルだけでなく、フアナも相当少女のことを気に入ったようだった。

オスカーはやれやれと溜息をつく。

「勘弁してくれ、あいつはまだ十二歳だぞ」

「やだわお兄様!あと四年で結婚できるということじゃないの。貴族なんて五歳から婚約できるのよ?」

「わかった、わかった。年齢は言い訳にならないな」

おしゃまな妹は、自分の要求を通すためなら千の反論でも拵えてくる。オスカーは手を振ってそれをいなすと、真剣な声で呟いた。

「あいつは俺達の恩人だ。その無垢な心と献身を、恋だの愛だの、俗悪な感情で汚したくねえんだよ」

「オスカーお兄様……」

カミラは、実は女性にもてる兄が、恋愛に関してかなりの場数を踏んでいることを知っている。酸いも甘いも噛み分けた彼だからこそ、簡単にその領域に少女を踏み込ませたくないのだろう。

「でも……。もし、皇子殿下が心変わりなさったり、レオノーラさまが何か傷付かれることがあったら、わたしはお兄様に助けてほしいわ」

甘い藍色の瞳に、男らしく整った容貌を持つオスカーは、カミラの自慢の兄なのである。美しきレオノーラを、守るように横に立つオスカーの姿を夢想して、カミラは諦め悪く唇を尖らせた。

「……そりゃ、な。悪から姫を救い出すのは王子様の役割だが、そいつがお役御免になったとしたなら、美しいものを手中に収めるのはいつだって商人の仕事だ」

「オスカーお兄様!」

思わせぶりな台詞に、カミラが喜色も露わに頬を紅潮させる。

自分のわがままをいなすために、どうとでも取れる言葉をくれただけなのだろうとはわかっていても、カミラはその将来予想図に浮足立たずにはいられなかった。

「そうよね、そうよね!オスカーお兄様は、ベルンシュタイン家の立派な商人ですもの!」

「カミラ」

だが、その時、それまでずっと沈黙を守っていたフランツが突然声を上げた。

「俺だって、……だ」

「え?」

聞き取れなかったカミラが、困惑気に聞き返す。

フランツはきっと顔を上げると、強い口調で言い放った。

「俺だって、ベルンシュタイン家の商人だ」

今までに聞いたことのないような明快な言葉に、その場にいた誰もがはっと息を飲んだ。

普段の彼なら、家族のそんな反応を見たら即座に唇の端を歪めて、何事か言い訳を呟いてその場を去っていただろう。

しかし、今、フランツはその身の奥深くから、強い炎が燃え上がっているのを感じていた。その炎のことを、人は情熱と呼ぶ。彼は、その情熱の命じるままに、力強く言葉を紡いだ。

「俺は、いつか――いや、五年後までに、必ずひとかどの商人になる。美しく貴重な物を手に入れ、流通させるだけじゃない。 俺が(・・) 、新たに美しく貴重なものを、創りだしてみせる」

彼の藍色の瞳は輝いていた。普段浮かぶ卑屈な色の代わりに、今そこには、遠くの真実を追い求める者だけが持つ、燃えるような野心と希望の光があった。

「陣を開発するんだ。魔力を庶民に解放する。この国の、いや、大陸中の全ての力の構造を、流れを、変えてみせる」

「フランツお兄様……」

カミラは、初めて聞く兄の情熱的な言葉に、大きく目を見開いた。

いや、カミラだけではない。

オスカーも、フアナも、そしてハーゲルも、フランツのまるで精霊に誓うかのような真摯な宣言に、真剣に聞き入っていた。

やがてフランツはくるりと父親に向き直ると、強い決意を宿した顔で口を開いた。

「親父。今までこそこそやってきたけど、相談したいことがあるんだ――」

***

フランツ・ベルンシュタイン。

一見すると痩せぎすの冴えない男である彼は、後に、時代の要請を敏感に嗅ぎ取り、常に新しい市場を切り開いていく凄腕の商人としての才能を開花させる。

同じく商売の天才として知られる弟のオスカーが、人生に数度だけ選択を誤りそうになったとき、彼がすかさず観察に基づいて正しい道を指し示し、ベルンシュタイン財閥の繁栄を支えた事から、やがて彼は「本物」という意味の古代エランド語、『シーゲル』の称号で呼ばれることになるが――

この時まだ、レオがそれを知る由も無かった。