軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20.レオ、陰謀を暴く(前)

アルベルトの滑らかなエスコートで、レオは初めて足を踏み入れる大会場でも、特に迷うことなく進むことができた。

高い吹き抜けの天井と、壁一面に張られた鏡、そして前方に巨大な舞台を擁する、学院自慢の「鏡の講堂」である。

講堂と名は付いているものの、ほとんど宮殿の広間と遜色なく金のかかった設備に、レオは状況も忘れて恍惚の表情を浮かべた。

今日のために、色とりどりのリボンが天井に張り巡らされているが、そういった装飾品ひとつからも、金のかぐわしい香りがする。

式典の前半は舞台を使用しての魔術発表会、後半はフリースペースに移動しての舞踏会となっているので、ひとまず舞台にほど近い席に腰を下ろす。

当然のようにアルベルトもその隣に腰掛けているので、レオはなんとか金貨の存在を忘れようと、自分の番が来るまで、親の仇でも睨みつけるつもりで発表を眺めた。

「随分真剣に見ているね、レオノーラ」

横でアルベルトが面白そうに眉を上げる。

魔術発表会とは言っても、発表順の早いうちは、魔力に乏しい生徒たちによる陣の研究報告や魔術学レポートの朗読など、地味な演目が続く。

そのため、ほとんどの生徒たちは船を漕いでしまうのが常だった。

真剣な顔で聞いているのは発表者の身内か、魔力学の権威であるハーラルトくらいなもので――さすが彼は、二階の観覧席で先程から身動ぎひとつせず発表を聞いている――、魔力を多く持つ侯爵令嬢が真面目に耳を傾ける姿は、見る者にある種の感銘すら与えた。

「……とても、為になりますので」

言葉少なに答えたレオは、存外本気であった。

最初こそヤケクソのつもりで見ていた陣の発表だが、つまり陣を複数組み合わせて使うことができれば、魔力がなくとも魔術を行使できるわけで、庶民のレオにとってはそちらの方が、魔力そのものの扱い方よりも余程有意義に思えた。というか、陣を大量に複写して持ち歩けるように加工したら、かなり売れる気がする。

「多くの人、魔力を持ちません。けれど陣が使えれば、魔術を使えます」

「――そうだね」

アルベルトは、「自分の為」ではなく、「魔力を持たない多くの国民の為」を考えて発表会に聞き入る少女の在り方に、そっと目を細めた。

「そういえば、ハーラルト導師も最近は陣の研究に取り組んでいるらしい。広く民に益をもたらすのは、教会の役割だからと言ってね。もし君に興味があるようなら、導師に頼んで、陣の講義をしてもらおうか?」

「いえ、いりません」

レオは即座に断った。

興味はあるが、何と言っても今日を以ってこの学院から出ていく身であるので、今後の授業に出るつもりなどさらさらない。

「おや、意外だね。君は連日教会に足を運ぶほど、導師が好きなのかと思っていたけれど」

「え?」

振り返ったら、思いの外真剣な顔をしたアルベルトと目が合って、レオは飛び上がりそうなほどびっくりした。

「気付かれないと思っていたかな? でも、僕は知っているよ。ここ一週間ほどは特に、君が放課後になるたびに、いそいそと教会に向かっていたことを」

「え、え、え」

レオはてんぱった。

教会に人通りが少ないのをいいことに、オスカーと秘密裏に会い、学院脱走計画をあれこれ打ち合わせていたのが、まさか皇子に見られていたとは思わなかったのだ。

(どこまでも恐ろしい観察眼……! こいつに死角はねえのかよ!)

冷や汗を浮かべるレオに、アルベルトはふっと微笑んだ。

「おっと……別に咎めているわけではないよ。意欲的に師に尋ねることはいいことだ。――そう思えないほど、僕も狭量ではなかったつもりなんだが、……どうかしてる」

最後の方は独白に近く、レオには聞き取れなかった。

「あ、あの、別に、私、何もやましいこと、していません」

「ふうん? 導師に会いに行っていたわけではないと。では教会そのものに通っていたのかな? ――まあ、君の精霊のような姿で教会が好きだと言われると、説得力もあるけど」

「いえ、別に教会は好きでは」

レオは咄嗟に否定してしまった。

なるべく考えないようにしていたが、本当は教会と聞くと、つい脊髄反射で股間を押さえたくなる程なのだ。

「あそこは、恐ろしい所です。人の大切なもの、奪おうとする」

「レオノーラ……?」

微かに顔色を悪くした少女に、アルベルトが訝しむ様子を見せた。

「いったい……」

「あ、もうすぐ、出番です! 行ってきます!」

雲行きの怪しくなってきた会話を打ち切るべく、レオは勢いよく挙手して立ち上がった。

(危ねー!)

小走りで移動しながら、滲んだ冷や汗を拭う。まったく、あの皇子の無駄に鋭い観察眼には参った。

だいたい、出会ってからこちら、思わせぶりに二年前の話をしたり、恐喝したり、金貨を見せびらかしたり、いったいどういうつもりなのか。

いや、恐らく皇子はレオの正体に薄々気づいているものの、決定打に欠けているせいで泳がしているのだろう。

レオの大好物をちらつかせておいて、それに手を伸ばす素振りを見せたらその場で御用にするつもりに違いない。

(なんてヤツだ! なんてケチだ! 皇族なら、金貨の一枚や二枚や五枚や十枚、ぽーんとくれたっていいじゃねえか! 龍徴がなんだ! 魔力が籠ってようが、庶民の俺らにゃ感知できねえんだから関係ねえんだよ!)

憤慨しながら、舞台袖に辿り着く。誘導係によれば、次がレオの発表順だった。

と、いざ自分の番が近付いてきてから、レオは困り顔を浮かべる。

アルベルトがエスコートに名乗りを上げるまでは、発表会直前に仮病でも使って脱走するつもりだったため、何の魔術の練習もしていなかったのだ。

ちなみに、皇子と同席することが決まった後は、頭が真っ白になり練習どころではなかった。

(くそー、どうしろってんだよ。座学はだいぶ学んだとはいえ、実践はなんもできねえんだよ!)

ここ最近でめきめきと能力を伸ばしていたレオだったが、何せ魔力に縁のない生活を送っていた期間の方が長いので、魔力を発動させる感覚というのがよくわからないのだ。

結局、レオができるのは、以前レーナが発動させた監視の水晶を再生させることだけだった。

とはいえ、発表順も後半になってくるにつれ、生徒たちは火の球を操ったり、水を撒いて虹を出現させたりときらびやかだ。

さすがにその中で、「何も発表するものはありません」とのたまうには、少々ばつの悪さがあった。

いよいよレオの番がやってくる。

なぜか緊張した面持ちで退場していく前の生徒と入れ替わり、レオは「やべえよ、やべえよ」と内心で焦りながら、とうとう舞台の真中まで来てしまった。

大理石を削って造られた舞台からは、講堂全体がよく見える。

舞台にほど近い観客席にはアルベルト、中央付近にはビアンカやナターリア、柱の傍にはカイ、そして二階席には講師陣やハーケンベルグ侯爵夫妻もいる。

彼ら全て――いや、講堂にいる全員が、まるで射抜くかのような目つきでレオを見つめていた。

(うう……なんつープレッシャーだ)

実際には、後の舞踏会の為に美しく着飾った、精霊がごときレオの姿に釘づけになっているだけなのだが、本人がその真意に気付くことはなかった。

と、視線を彷徨わせた先、二階の観覧席で、安定の微笑みを浮かべているハーラルトの姿が目に入る。

その慈愛深い顔を見て、レオは苦渋の決断を下した。

(すんません、ハーラルト先生。俺にはこれしかないんです。別にあんたのことをストーキングしてたわけじゃないし、みんなの前で先生のプライバシーを暴露したいわけでもないんです)

優しいハーラルトなら、もしかしたら許してくれるかもしれない、いや、きっと、絶対許してくれる。

レオは講師の穏やかさに大いに付け込んで、レーナが施した監視の魔術を発表することにしたのだ。

(ここ一時間くらいはずっと席に座ってただけだから、それを再生するくらいならいいだろ……たぶん!)

レオなりに気を回し――それは例えるなら、強盗を働く際に新札を避けるくらいの配慮でしかなかったが――、五分前のハーラルトの様子を再生することにした。

「水晶の出現を」

右手を掲げて短く唱えると、周囲の風が素早く渦を描き、やがて手の中に凝るようにして水晶が現れる。

(どうか変顔とかしてる瞬間が映ってませんように!)

自分なら、知らぬ間に誰かに監視され、あまつそれが記録されているなど断固ごめんだ。

へそくりの場所も知られたくないし、趣味の銅貨数えを覗かれたらたぶん恥で死ねる。銅貨との逢瀬は、レオの大変プライベートな時間であり空間だからである。

しかし、アルベルトの存在によりストレスに晒され続け、精神を摩耗させていたレオは、なぜだかこの場で魔術を披露しないことには脱走計画が頓挫すると思い込みはじめていた。

「ハーラルト導師、五分前の姿を再生」

人気の講師の五分前の姿を、ほんのちょっと映すだけ。

それだけだ。

ぎゅっと目を閉じ、やけくそになって呟くと、水晶がパァッと輝きはじめる。

そこまでは通常通りだったが、

「ん?」

なぜか、普段ならゆらりと姿を映し込むだけの水晶は、くるくる旋回しだした。

「え? え?」

慌てるレオをよそに、水晶は回転を続け、方々に光を投じはじめた。

周囲は巨大なランプに照らされたように明るさを増し、次の瞬間光の膜が現れる。

(膜っつーか、幕?)

それはさながら、舞台の上空を覆うカーテン。巨大な光の画面だった。

大掛かりな魔術に、客席から感嘆の声が漏れる。

引っ込みがつかなくなったレオは、引き攣った笑いを漏らしてその場をやり過ごすことにした。

(なんだろ、魔術が勝手に拡大されてる感じ。貴族対応ってやつか?)

一の魔力が十にも百にもなって展開されるような感覚。

舞台上にさりげなく張り巡らされた装飾のリボンが細かく震えていることに、アルベルトやナターリアだったら気付いただろう。もしかしたら驚愕に目を見開いたかもしれない。

しかし、「保護者にいいとこ見せられるようにしとこうって、学院側の配慮かな?」と簡単に片づけたレオは、あまり深く考えることなく魔術を展開し続けた。

やがて光の幕に、ハーラルトの姿が像を結びはじめる。

「んんん?」

ただ、映り込んだ彼は、なぜか笑顔でもなければ盛装でもなく、いつものローブに身を包んだまま、気だるげにソファに埋もれていた。

映り込んでいる背景を見るに、場所もどうやら講堂ではなさそうで――これは、教会の奥に設置されている、彼の自室だろうか。

(え? なんだこれ、どういうことだ?)

レオの疑問に答えるかのようなタイミングで、ソファの向かいにいるらしい人物の声が響いた。

『――よろしいのですか、ハーラルト導師。学院の誇る魔術講師が、発表会などという重大な行事をすっぽかして』

『つまらないことを聞くものではないよ、アヒム』

どうやら問いかけたのはアヒムというらしい。

口調からすると、ハーラルト付きの従者か、信徒といったところだろうか。ハーラルトよりは年嵩の男性のようだ。

二人とも教会内の会話というためか、エランド語を使用している。

だが、そんなことより何より、ハーラルトが欠伸をしながら漏らした言葉に、レオはどっと冷や汗を掻いた。

『あんなくだらない、学生同士のお遊戯会。私の影を映した人形に座らせておくだけで十分だ』

(うおぉぉぉぉぉぉ! まさかのサボり現場に当たっちまったぁぁぁぁ!)