軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

《閑話》 ただいま(後)

「院長ー」

コン、コン。

すっかり夜も更けた時間に、ハンナの居室の扉がノックされる。

それまで、珍しく労働するでも、考え事をするでもなく、ただぼんやりと首飾りを撫でていたハンナは、それではっと我に返った。

「なんだい」

とっさに、いつもそうしているように、ドレスの胸元にさっと隠してしまおうと首飾りを掴む。

が、今日この日だけまとっている墨色のドレスは、詰襟であることを忘れていた。

鎖を掴んだハンナの指は、一瞬胸元の布をかすり、それから極力なにごともないかのように、ゆっくりと下ろされた。

「まだ起きてたー? 内職中? 俺、手伝おっか? 儲けの三割頂戴する条件で」

訪問者は、ハンナのそんな様子など気付かない。

呑気に声を掛けてきた鳶色の髪の少年は――ようやく身体と本来の口調を取り戻した、レオであった。

これまで、ようやくの帰還に沸いたエミーリオたちに、さんざんっぱら読み聞かせをせがまれていたのだろう。

その声は少しかすれているし、眠気につられたのか、ちょっと目を擦っている。

「……ふん、そんなのはね、『手伝う』とは言わないんだよ」

口ではつっけんどんに返しながらも、ハンナは素早くレオの顔色を観察し、弱っているわけではなさそうだと判断して、こっそり胸を撫でおろした。

この向こう見ずで考え無しで、図抜けたお人よしの少年は、いきなり事件に巻き込まれたり、倒れたりすることがあるから。

「どうしたんだい、こんな遅くに。さっさと寝て、明日からまたがんがん金儲けに精を出すんだろ?」

「んー? んー、それはそうなんだけど……」

するりと部屋に踏み入ってきたレオは、どこか煮え切らない。

珍しく言葉を選ぶような間を置いて、それから彼はへらっと笑った。

「まだ、院長にきちんと『ただいま』って言えてなかったなーと思って」

「…………」

ちょっとだけ、目を見開いてしまう。

しかしハンナはすぐに片眉を跳ね上げると、「ふん」と鼻を鳴らした。

「そりゃ丁寧にどうも。だけど、あんたがエミーリオたちに『おう、ただいま! のわあ抱き着くなよただいま! たっだいまー!』って叫びまわっていたのを聞いてたからね、もう腹いっぱいさ」

挨拶や、礼儀、約束の順守。それらのことを、この少年はかなりよくできていると思う。

そういうふうに、ハンナが育てた。

「だからさっさと寝な」

くるりと背を向けたハンナだったが、しかしレオはなかなか部屋から去ろうとしなかった。

「……レオ?」

「――あの、さ」

怪訝に思い尋ねると、彼はおずおずと口を開いた。

「俺、盗んじまった」

鳶色の瞳は、じっと、ハンナの胸元に下がったままの首飾りを見つめていた。

「……なんだって?」

「ダメだって、俺は孤児で、相手はあくまでレーナの祖母さんなんだってわかってたのに……俺、エミーリア様のこと、お祖母様って呼んじゃった。しかも――これからも、そう呼びたいんだ」

懺悔のような、言葉。

いや、実際彼にとっては懺悔なのだろう。

盗むな、奪うな、許されるのは拾うことだけ。

ハンナが口を酸っぱくして言い聞かせてきたことに、彼は背いたのだから。

「…………」

しかし、ハンナにはそんなレオを叱りつけることはできなかった。

美しい虚構、優しい偽り。

彼が犯した罪は、きっとそれらの世界に属するものだと思ったから。

ハンナはぽつんと、そうかい、とだけ返そうとしたが――しかしそれよりも早く、レオが再び切り出した。

「それで……その時、俺、わかったことがあるんだ」

そばかすの跡と、わずかな幼さを残した、顔。

レオは、そこに驚くほど真剣な色を浮かべて、続けた。

「俺、たぶん、ずっと……院長のことを、母さんって呼びたかったんだ」

その瞬間、ハンナは思わず息を呑んだ。

しかしすぐに、そんな自分に苦笑し、態勢を立て直した。

孤児院の子どもが、自分に母親を重ねるのはままあることだ。

そして、ハンナはそれを常に窘めてきた。

他人を母と呼んではいけない。

無いものを欲することは、孤児という身分を逸脱し、他者から大切な存在を奪うことだ。

今回もまた、その教えを口にしようとしたとき、それを遮るようにレオは告げた。

「――でもわかってる。それは、泥棒だよな。院長をそう呼んでいいのは、……そのロケットに入ってる髪の持ち主だけ。そうだろ?」

その言葉を聞いたとき、ハンナはとうとう呼吸が止まるかと思った。

頭が真っ白になる。

鼓動がうるさい。

大きく目を見開いて、ハンナは尋ねた。

「――……あんた、どうしてそれを?」

「毎年、院長、これくらいの季節になると、黒い服着てこっそり院を出てくじゃん。三年くらい前に、内緒の儲け話でもあるのかなと思って、こっそり付けてったことがあるんだ。それで、……なんとなく」

恐らくは、墓の前で跪いているところを見られたのだろうと、ハンナは思った。

小さな小さな墓。

名前すら刻まれていない墓標の前で、首に下げたロケットを掲げて祈っているところを。

「……院長、商家の出だって言うじゃん。俺も一時期、商会に入りたいって憧れててさ、国中の商家のこと、調べたことがあるんだ。そしたら、もう何十年も前だけど、リヒエルトよりずっと西の地域に、結構大きい商家があったって。そこには、すごく頭がよくて、でも跳ねっ返りの娘がいて、親への当てつけのようにライバルの商家の息子と恋仲になっちゃったんだって。それで」

レオは、消え入りそうな声で続けた。

「……その娘は勘当されちゃったんだけど、家を追い出されたとき……もう、お腹には、子どもがいたって」

「――……」

ハンナは、ぐ、と目をつぶった。

いまだに、あのときのことを思い出すと、呼吸が浅くなる。

自信に満ち溢れ、すべてをこの手で掴み取れると信じていた娘時代。

青い希望のもと、きっと二人ならうまくやっていけると笑い合ったあの日。

若かった。

愚かだったのだ。

自分たちを待ち構えるものの厳しさを、かけらも理解していなかった。

結局、相手の男は臆病にも――いや、「賢明にも」慌てて道を引き返し、ハンナだけが路頭に立つこととなった。

そうして――すべてを失った。

レオは、それ以上、ハンナの過去に踏み入ろうとはしなかった。

ただ、きゅっと拳を握りしめ、小さく息を吐きだすと、覚悟を決めたように近付いてきた。

そして、

――ぎゅっ

恐る恐る、ハンナのことを抱きしめた。

「俺……俺さ、こんなこと言うの、初めてだから、こっ恥ずかしいし、うまく言えるかわかんないんだけど……俺……院長に育ててもらって、よかった、って、思ってるよ」

「…………」

布越しに伝わる子どもの体温に、胸が震える。

言葉を失い、ただ立ち尽くすハンナに、レオは慎重に続けた。

「だから……もう泥棒にはならないから――院長を『母さん』って呼ぶのは、その子だけでいいから。俺は俺なりに、……院長に、その思いを伝えたいんだ。口にしても泥棒にならない、特別な言葉を、俺、今回体が入れ替わったことで、教わってきたんだ」

ちょっと唇を噛み、息を吸い、また吐き出して。

レオは、大切な響きを舌の上で転がすように、そっとその言葉を紡いだ。

――愛してる。

「――…………っ」

がらにもなく、ハンナの、すっかり小さくなった肩が揺れた。

もう一生、自分が耳にしてはいけないはずの、言葉だった。

「俺みたいな孤児がさ。こんなこと言ったら、罰が当たるんだと思ってた。よくわかんねえけど、すごく怖いことが起こって、どうにかなっちゃうんじゃないかって思ってたんだけど……実際には、なにも起こらなかったよ。親がいなくても、俺は誰かを愛していいんだ。誰かのことを、特別に大切に思って、相手にもそれを求めていいんだ。この言葉なら、言っても大丈夫なんだって……俺、『あっち』で教わってきたんだ」

「…………っ」

「だからさ、院長。俺、ちゃんと言いたいと思ったんだ。――言わせてよ。ただいまって。やっぱりここが一番だよって。孤児院のみんなが、院長のことが、大好きで、大切で……愛してる、って」

もう、だめだと思った。

滅多なことではたじろぎもしない、ハンナの紺色の瞳から、つうっと一筋だけ涙がこぼれた。

涙は力なく頬を伝い、胸に下げた首飾り――鎖につないだロケットへと落ちた。

「――………って、……たんだ」

やがて喉からぽろりと漏れた言葉は、力なく掠れていた。

「……髪だって、生えてたんだ。ちゃんと……かわいい爪も、そろって、……立派に、人の形を、していて……、…………っ、……あたしが、守るべき……守ってあげなきゃならない、……世界で一番大切な、子どもだったんだ……」

始まりとは、終わりとは、いつも突然やってくる。

あの日、男が永遠に待ち合わせ場所にはやってこないのだと理解するまで、ハンナは、自分がまさか、夜の町をさまようことになるなど思いもしなかった。

裕福な娘として、富と教養を惜しみなく注がれ、世の中のことはたいてい自力で乗り越えられると信じ込んでいた自分。

けれど、教養高く、分別のあるはずの女は、火遊びの興奮を愛情と取り違え――笑ってしまうほどあっけなく、家と、身分を失ってしまった。

それでも、そのときお腹にいた命だけは。

家の道具でしかなかった自分に、人間の温もりを思い出させてくれたその命だけは、守り抜こうと思っていたのだ。できると思っていたのだ。

けれど、できなかった。

「……でも、できなかった。あたしは……守れなかった」

冷えた布に包まれた小さな亡骸から、柔らかい髪を切り取ったそのとき、ハンナは世界を――そしてなにより、自分を呪った。

首にぶら下げた、遺髪の収まったロケットに、無意識に視線をやりながら、彼女はレオに告げた。

「……あたしはね、あんたが思っているより、てんで……どうしようもない人間さ。だから……だからね、レオ。あたしなんかに、そんなこと、言っちゃいけない。あたしは、そんな言葉を掛けてもらえるような、人間じゃないんだ」

自分の腰に回された細い腕に、そっと手を置いて。

気を抜くと途切れてしまう言葉を、なんとか滑らかに喉から追い出して。

いつものように、院長が孤児を諭すときそのもののように、静かに伝える。

なんだかんだ言って聞き分けのよいレオだったら、きっとそれで、退いてくれるはずだった。

しかし、

「――……やだ」

唐突に過去を語ってみせても、動揺の気配すら見せなかったレオは、今この瞬間、まるで頑是ない子どものように、ぎゅっとハンナの服の裾を掴んできた。

「……んなこと、言うなよ。タダで渡されたもんなんだから、別に返さなくってもいいじゃんか。渡す方だって、もらってくれた方が嬉しいんだから。俺にもこれを渡す資格は、ちゃんとあるんだって……俺、教わったんだから」

まるで愛の言葉を紡ぐのが、チラシ配りであるかのように冗談めかしているが、その声はちょっとだけ震えている。

もうレオとは十年以上も一緒に過ごしているが――こんな姿を見るのは初めてだった。

おそらく彼は、今、すごく緊張していて、すごく恥ずかしくて、すごく真剣な想いでいるのだ。

「……レオ。あたしはね、あんたが誰かを大切に思えるようになったのは、心から素晴らしいことだと思ってる。ただ、その相手としてあたしがふさわしくないってだけで――」

「ふさわしいよ」

諭すように話しかけていたら、怒ったような声で遮られた。

レオは、そのはしっこい鳶色の瞳で、まっすぐにこちらを見ていた。

「ふさわしいよ。っていうか、院長以外に誰がふさわしいんだよ。俺を育ててくれたのは院長じゃん。飯を食わせてくれたのも、内職の仕方を仕込んでくれたのも、貨幣単位を教えてくれたのも、初めて市場に連れてってくれたのも、全部全部院長じゃんか。そうだろ?」

「レオ――」

「超厳しい懐事情でも、毎年冬に綿入りの服を手配してくれたのは院長だ。切り詰めて、やりくりして、外と闘って、ときどきいけすかない奴らをこてんぱんにして、俺たちをあっためて、守ってくれたのは、院長だ。そうだろ!?」

激したように問うてから、彼は言い切った。

「院長はいつだって、俺たちを守ってくれた! 俺が――親にすら捨てられた俺が、誰かを愛していいんだったとしたら、子どもを亡くした院長だって、……誰かに愛されていいはずだ!!」

「――…………」

夜更けの居室に、しんと沈黙が満ちる。

やがてそこに、小さな嗚咽が一度だけ響いた。

それが自分の喉から漏れたものだということに、ハンナは最初気付かなかった。

「――…………あ……」

許されるだろうか。

受け入れてもよいのだろうか。

守るべき命を守れなかった自分が、愛を、受け取ってしまってよいのだろうか――。

縋りつくように強く回された腕に、そっと手を重ねる。

それからおずおずと、ハンナはレオの背に、腕を回しはじめた。

「あたしだって……」

母ではない。

あたしはあんたの、母親ではない。

何度も孤児たちに言い聞かせてきた言葉。

それは、真に彼らの幸福を祈るがための戒めであったものの、――認めよう。

そこにはそれ以上に、自分への戒めと、呪いがあった。

こんな自分が愛を手にしていいはずがない。

そんな思いを、自分も、きっとこの少年も、心の奥底に飼っていた。

無意識に線を引き、自らその内側に閉じこもっていた、似た者同士のふたり。

けれど今、彼らのうち、レオのほうは――眩しいほどの純粋さと、力強さで、その線を乗り越えようとしているのだ。

教え子に、負けてばかりではいられないとハンナは思った。

思って――そうして、力強く彼のことを抱きしめた。

「とうの昔から、愛していたさ……!」

腕の中の少年は、びっくりしたように顔を上げ、それからへにゃりと笑った。

「――……院長、俺の真似っこ、すんなよな」

それが泣き笑いでさえなければ、ハンナは「生意気な」と彼の頭をはたいてやるところだった。

***

「――だぁ、かぁ、らぁああああ……!」

明くる朝。

極力質素に造られた、しかしながら要所要所に金彩の施された聖堂内。

世話人の肩書を持つ人間として、そこで籠って暮らすレーナの様子を見に来たハンナは、建物に足を踏み入れた途端目を見開いた。

ここ最近、だいぶ角が取れてきたと思われたレーナが、青筋を立ててレオの胸倉を掴みあげていたからである。

彼女は、せっかく取り戻した美少女の外見を台無しにするような剣幕で、レオの身体をがくがくと揺さぶった。

「なんっで! あなたは! 呼吸をするようにそうやってほいほいほいほいフラグを量産していくのよ、こんのどアホおおおおおお!」

「フ、フラグッ、てっ、言われ! ても! 俺は! 単に! 心を込めてっ、てがっ、手紙をっ……――」

「心の込め方が問題だっつってんのーーー!!!」

途切れながら反論するレオを、レーナがさらに激しく揺さぶり、とうとう声が掻き消える。

ぎゃあぎゃあ掴み合う二人を見て、ハンナは眉を寄せた。

「……なにやってんだい、あの子たちは」

「例によって例のごとく、レオがやらかしてな」

そこにぬっと音もなく現れたのは、もちろんブルーノである。

レオたちのやり取りを見守っていたらしい彼は――放置していたとも言う――、抑揚の少ない声でハンナに説明してくれた。

「金の精霊が侯爵家とうまく掛け合ってくれてから、レオは時折レオノーラのふりをして手紙を交わすことになってな。下町に戻ってから書く手紙第一号だから、レオのやつも気合いを入れて書いてきたようなんだが、レーナが念のため内容をチェックさせろと中身を覗いてみたら、……その内容がとんでもなかったんだ」

「あん?」

怪訝な顔で問い返したら、ブルーノは重々しく告げた。

「誰宛ての手紙にも、ほぼ全行に渡って、『愛しています』の語が挿入されていた」

ハンナは絶句してしまう。

「……なんだって?」

「なんでも、最近のトレンドワードなんだそうだ。覚えたての言葉を自慢する子どものように、今朝から俺たちに向けてまで、すでに何回も連呼している」

「…………」

それで、キレたレーナが、便箋をぐちゃぐちゃに丸め、床に叩きつけながら、先ほどからレオを叱っているというわけだ。

ハンナは頭を押さえた。

「愛している」。

彼にとって、それはそんなに気軽に口にできる言葉だったのか。

昨夜の感動を返せと叫びたい。

しかし、その後に続いたブルーノの言葉には、ちょっと目を見開かざるをえなかった。

「レオが言うには、『タダなのに、聞くだけで、言うだけで、信じられないくらい幸せになれる魔法の言葉だから、みんなにもお裾分けしたくて!』とのことらしい。 昨(・) 夜(・) か(・) ら(・) ずっとその調子だ。院長、……なにか、心当たりは?」

「…………」

つい、まじまじとブルーノのことを見つめてしまう。

それからハンナは、必死に便箋を拾い集め、レーナに訴えているレオのことを見た。

孤児院きっての守銭奴、情愛などとうに諦めていたはずの少年は、今、鳶色の瞳をきらきら輝かせ、全身に喜びを溢れさせながら、大騒ぎしていた。

視線に気づいたらしいレオが、ぱっと顔を上げて、こちらを見る。

立っているのがハンナだと理解すると、彼はそのそばかすの残った顔に、満面の笑みを浮かべた。

「院長!」

ぶんぶんと手まで振ってくる、その無防備な、心を許しきった、あどけない、ようやく母親を見つけた幼子のような姿――

「――…………」

ハンナは、ふん、と短く溜息を漏らした。

「……しようのない子だね」

まったく、彼は浮かれているのだ。見ているこちらが呆れてしまうほどに。

そして――口の端がむずむずしてしまうほどに。

ハンナは、ごほんと咳ばらいをすると、なんでもないように肩をすくめた。

「あのお貴族連中にそんな手紙を送りつけて、興奮した彼らがここまで押しかけてきちまったらどうするんだい。あたしゃここの番人として、金の精霊からみかじめ料までもらってんだ。そんなことはさせないよ。全面改稿だ、全面改稿!」

それから、あくまで光の聖堂の世話人として、という立場を強調しながら、レーナを味方しにいった。

やれやれ、子どもに話しかける言葉というのは、これだから気を付けなくてはならない。

「――院長」

すると、ふとなにかを思い出したらしいブルーノが、背後から声を掛けてきた。

「そういえば、あの金の精霊は、院長のことをやたら気に入っていたが――それは、院長とレオが似ているからだそうだ」

「あん?」

思いもよらぬ指摘に、眉を寄せて振り返る。

ブルーノは、ハンナが去った後に、金の精霊がこっそり言っていたことを、そのままの言葉で教えてくれた。

――優しさと、寂しさを、同じだけ持ち合わせている人ね。

「自分には院長とレオが、そっくりな親子のように見えると。彼女はそう言っていた」

「…………」

ハンナはとっさに、仏頂面を装った。

この手の言葉を、自分はいつだって、真剣な顔で否定してきた。

けれど。

「――……そうかい」

鼻を鳴らして、相槌ひとつ。

肯定も、否定もせずに、それだけ返すと、ハンナは今度こそ、いまだにぎゃあぎゃあやりあっているレーナたちのもとに向かっていった。

胸元からぶら下げたロケットが、朝陽を浴びてきらりと光る。

むっと唇を引き結んでみせた持ち主の代わりに、ロケットは、ゆるく弧を描きながら、いつまでも楽し気に揺れていた。