軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終回

ほかの騎竜の匂いがするだろうに、ポルカは荒ぶることもなく、しっかりとした足取りで夜の荒野を駆けていく。

「ウェルフィンは祖父が昔乗っていた騎竜で、俺の兄のような存在だった。祖父と両親は仕事熱心で、いつも領地経営のために屋敷を開けていて、祖母は早くに亡くなり、俺は一人っ子。屋敷には、いつもウェルフィンがいた」

「そうだったのですね……」

「祖父は責任感の強い人だったから、自分の相棒たちは寿命まで面倒を見た。俺がひときわ懐いていたから、ウェルフィンは別邸ではなく公爵家の庭で過ごしていた。戦争に向かうことになった時──帰ってウェルフィンが出迎えてくれると思っていた。けれど、屋敷に戻って見たのは、もぬけのからの──痕跡が何も無くなった庭だった」

セレーネ王女はマーガス様が屋敷に戻らないうちに、自分の新しい住み処として色々手を加えていて、公爵閣下はもちろん、屋敷の人も異を唱える事ができなかったのだ。

「ウェルフィンがいなくなったことに気がついた時、最初に感じたのは失望だった──貴族だから愛がない相手と打算的に結婚するのは当然──けれど、大事にしているものを無下に扱われることがあるなんて、想像もしなかった」

「婚約を破棄して、ウェルフィンを探した。すぐに騎竜の里で過ごしているだろうと連絡が入ったが──俺が向かった時は、既にウェルフィンは火葬されて、葬られた後だった。絶望した。すでに弱っている祖父には情けなくて、とても言い出すことができない──墓の前で途方に暮れていると、世話係が書いた、と日誌を渡された」

騎竜の里では、世話係と預ける人が直接顔を合わせることはなく、元の持ち主が明かされることはない。けれど、亡くなった時は連絡が行くようになっているから、私はいつも、お世話のたびに日誌を書いて、保管しておいた。

ある日、私が仕事から戻った時には、ウェルフィンの日誌はなくなって、代わりに花と林檎が供えられていた。やってきた青年が涙ぐんでいたと聞いて、もう会うことはないだろうけれど、ウェルフィンにはちゃんと家族がいたのだ、と安心したのを覚えている。

「日誌を読んで、最初は、親切に看取ってくれた人への感謝の気持ちしかなかった。きっと恨んでいるだろうなと思っていたが、病を抱えながらも最後を安らかに過ごせたと聞いて少しだけ、なぐさめになった。きっと、君の癒やしの力が、歩くこともできなくなっていたウェルフィンを癒やして、最後まで生きる力を与えてくれたんだ」

「そうだったら、いいのですけれど」

感謝しなければいけないのは私の方だろう。騎竜の里に居ることで守られて、そして多くのことを教わったのだから。

「何度も日誌を読み返しているうちに、どうしても看取ってくれた人と直接話がしたくなって、俺は再び騎竜の里へ向かった」

「その時にお声をかけてくだされば」

「騎竜を捨てた薄情者だと軽蔑されたらどうしようかと、勇気が出なかった」

マーガスさまがあんまりにも真剣な声で言うので、思わず少し笑ってしまった。

「そんな事は思いません! 家で騎竜を看取ろうとする人の方が少数派なんですから……」

「俺は君のことになると、冷静な判断力を失ってしまうんだ──朝日の中で、騎竜の手綱を引きながら、優しく語り掛ける君は──まるで女神のように美しかった」

ボロボロの、土埃にまみれた私を見てそう思うなんて、きっと、その時は、あんまりにも日差しがまぶしかったのだと思う。

「感謝の気持ちを込めて、話す機会を作ろうとお礼の品を送ったのだが──それがすべて寄付扱いになってしまって、毎回真剣な顔の施設長が出てくるものだからこれは不純な動機なのだと言い出すことができなくなってしまった」

「ここ最近、莫大な支援をしてくださっていた若様、はマーガスさまだったのですね」

「遠くから君を見つめていると、彼女が家にいてくれればいいのに、と思うようになった。騎竜を大事にしてくれるから──もちろん、それだけじゃない。人が傷ついた時に、寄り添ってくれるんじゃないか──けれど君は仕事に誇りとやりがいを持っていたし、何より……婚約者がいた」

施設長が若様、若様と言うから若い貴族なのだと思っていたけれど。『今日は偉い方が来る。さぼっている所を絶対に見られてはいけないぞ!』なんて真剣な顔で言うものだから、どんな厳しい方なのかと思ってみんな一心不乱に仕事をしていたけれど──。

「セレーネ王女がまだ納得していないのはわかりきっていたし、婚約者が居るなら仕方がない。この感情を抑えて、アルジェリータ、君の幸せを祈ろうと思った。そんな折に、フォンテン公爵家の相続の話を小耳に挟んだ」

マーガスさまは、私より早くウィリアムについての情報を得ていたらしい。

「消息不明のダグラスの手がかりを見つけられなかった事が申し訳なく、フォンテン公爵とはよくお話をさせていただいていたのだが──相続人の名前を聞いて驚いた。この男はアルジェリータ・クラレンスの婚約者だ、とな」

ポルカの歩みがゆっくりになった。もうすぐ森の入口だ。他の騎竜の匂いがするからだろう、慎重に馬車道のあとを辿って進んでいく。

「はじめは、あのアルジェリータが夫人となって相続するのならそれも悪くはない、と自分を納得させようとしたのだが、調べているうちに、その……君の妹とな」

マーガスさまは森に居た私と違って、ウィリアムとリリアナが接近していくさまを見かける機会があったのだと言う。まさか堅物で有名らしいマーガスさまがゴシップ話に興味深々で、ずっと二人を観察していたなんて、その時は誰も思っていなかっただろう。

「二人の親密さは、色事に疎い俺でもわかった。しかしそれと同時に好都合──公爵家の財産を相続しようが、元から決められた婚約者だろうが、とにかく君にとって不適切な人間だとわかったのだからな。決心した俺は、祖父の元を訪ねた」

「ローラン様は、なんと?」

ウェルフィンを人知れず喪ったことが、もしローランさまの寿命を縮めていたとしたら、あまりにつらい話だ。

「ウェルフィンが粗末に扱われたこと、腹立たしく、許しがたい。けれど、ウェルフィンが命を懸けて教えてくれたことを無駄にするな。それから、お前は極度の馬鹿だ。伯爵家の令嬢が自ら進んであのような大変な仕事に就くわけがないのだから、今度はお前が彼女の力になってやるのだ、この朴念仁が、と」

「情に篤い方だったのですね」

「クラレンス伯爵家が君をひどく扱っていることはわかっていた。あの家と縁続きになるのは癪だ、最後に一芝居打ってやろうじゃないか、そうしたらあの世でウェルフィンにいい土産話ができる、と祖父は言った」

──こうして、あの回りくどい契約書が作られ、私はマーガスさまと巡り合うことができた、という話だ。

「初めから、ウェルフィンの事を話してくだされば──」

自分で言うのもなんだけれど、最初からそう言われていたら、滅相もありません、と私は逃げ出した気がする。

「それが中々……。ウェルフィンの事を思い出すと、どうにも冷静に話せる自信がなくて。君が俺に興味がないのは明らかだったから、まずは話して仲を深めようと──そうしたら、騎竜の話ばかりに」

「私もマーガスさまとお話をするのに、共通の話題が──と思うと、いつも騎竜の話になってしまって」

──似たもの同士、と言われてピンとこなかったけれど──そうなのかもしれない。

ポルカは森の中を進み、里へ向かう本道から伸びる小さな道へ歩みを進める。──その先にあるのは、ウェルフィンのお墓だ。騎竜は今の肉体を捨て、大地に還る。だからお墓と言っても、墓標のない草原に、たくさんの花が植えてある。

今も綺麗に手入れが行き届いていて、端っこでは私が植えた林檎の木が記憶より少しだけ、伸びていた。

「ウェルフィン、久し振りね。今日はマーガスさまも一緒なの。──と言っても、あなたの方が詳しいわね」

声をかけると、まるで返事をするかのように風がそよいだ。マーガスさまはじっとお墓を見つめて、黙っている。

「ずっと、すまなかったと思っていた。けれど、今は──俺を導いてくれて、ありがとう。君もだ、アルジェリータ」

「私こそ、ありがとうございます。見つけてくださって」

マーガスさまは跪き、私の手を取った。

「改めて。この私、マーガス・フォン・ブラウニングの妻になってくれないだろうか」

「──はい、喜んで。誠心誠意、頑張って勤めさせていただきます」

マーガスさまの妻も、ポルカのお世話も、これからやってくる騎竜のお世話も、全部全部、私のものだ。そう考えると、やることがいっぱいで、とても楽しい生活になるだろう──そんな予感がする。

「俺は、これから君のよき夫でいるために何をしたらいい?」

「お話をしてください」

「話?」

「嬉しいことも悲しいことも、全部。マーガスさまのお話を、聞きたいのです」