軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12マーガスについて

買い物のために乗合馬車に乗ろうと思ったけれど、ラクティスから送迎の申し出があったので、お願いすることにした。御者台に座っている彼の表情は読めないけれど、少なくとも機嫌は良さそうで、聞き覚えのない民謡が聞こえてくる。

「それは故郷の歌?」

「はい」

ラクティスとミューティの二人は戦地でマーガスさまに雇われ、そのままこの国までついてきたのだと聞いていた。あまり故郷の事を聞くのは得策でないかもしれない──と軽はずみな発言を後悔した。

「奥さまが買い物に出てくださると、出かける口実が出来て助かります」

「お出かけが好きなのね」

「山から都会に出てきたんです。楽しまなければ損でしょう? その分、仕送りだのお土産だのかさみますけどね」

「仕送りをして、えらいのね」

どうやら二人は天涯孤独で身寄りがないわけではなくて、一旗あげるためにマーガスさまについてきたらしい。故郷には親族が沢山居ると聞いて、他人事ながらほっとしてしまう。

「家族思い? 奥さまほどじゃありませんよ。マーガスさまにいただいた支度金を、そのままご家族にお渡ししてしまうんですからね」

その言葉に、ゆったりと背もたれに沈めていた体を起こす。急に不安になったのだ。

「その件でマーガスさまは、怒っていらっしゃるかしら」

今更、なにも持たないでやってきてすべての支度をお任せしてしまった私が言う事ではないだろうけれど、家族が私の権利を売却したお金をそっくり着服したのは明らかだ。何も言われていないけれど、なんて失礼な奴らだと思われていてもおかしくはない。

「まあ、嫁を取るための必要経費と思えば安いものですよ。これでクラレンス家との縁が切れるならね」

「……マーガスさまはクラレンス家の人たちがどのような性格かわかった上で話を持ち掛けてきたということ?」

「奥さまがあの家の人たちとは性格が違うことは、よくご存じですよ」

家単位ではなく、私個人を見て採用の可否を決めてくださったことはありがたい。けれど、やっぱり元々の疑問が頭をもたげる。

「その、奥さまって……何だと思う?」

私の問いにラクティスはくるりと振り向いて、まるで言い聞かせるようにゆっくりと口を動かした。

「私とミューティは、マーガス・フォン・ブラウニングが貴女を妻と定めた理由について、知りません」

すぱっとした物言いに、嘘は無いと思えた。

「……都会での生活に心を躍らせていた私達二人は始め、ブラウニング公爵邸に勤める予定でした」

ラクティスの話にじっと耳を傾ける。彼は私の知らないマーガスさまを知っている。注意深く話を聞いておかなければ。

「部隊が王都に到着後、妹と一緒に移民の居住確認の列に並んでおりました。手続きが終わり次第公爵邸でこの国の常識を学んだあと、しかるべき部署に配属していただけるはずだったのですが……」

「ですが?」

「公爵邸から、カンカンになった旦那さまが飛び出してきて、そのまま祖父であるローラン様の屋敷に移り住んだのです。その流れで我々もここに」

「その時、どうしてマーガスさまは怒っていらっしゃったの?」

「さあ……それはなんとも。ただ一つ言えるのは、どこの誰からも、仲裁をお断りしていると」

王家からの書簡を突き返したマーガスさまの様子が、脳裏に蘇った。

「元々、親子の交流は少なくて、成人した後は殆ど顔を合わせることがなかったそうです。仕事はしていますから、特に問題もないのでしょう。こちらの方が城にも近いですしね。まあ私達にとっては気楽でしたよ。しばらくそうやって過ごしておりました」

何も教えてもらえないのだから、何も一緒に悲痛な顔をしなくても良いのだ、と言ってラクティスは馬に鞭を入れた。

「ローランさまの後妻探し、あなたは聞いていた?」

「いいえ、まったく」

「……では、世話役の嫁探しはマーガスさまの独断で?」

あの方が、ひとりでそのような事を考えて実行に移すとはあまり思えない。

「ありえません。お隠れになる直前まで、良くお二人は話し込んでいましたし、何よりローランさまは亡くなられた奥様一筋の方でした」

「マーガスさまとローランさまの関係は良かったのね」

「おじいさん子だったそうですからね。すでにお察しかもしれませんが、旦那さまはご両親とは仲がよくありませんので。なんでも勝手に決めてしまうので遅れてきた反抗期と……」

ラクティスはそこで言葉を切った。まるで喋りすぎたから口をつぐもう、と襟を正したみたいに。

「まあ、そのようなわけで。反抗期なので、あの屋敷に立てこもっているのです。理由は知りません」

何かを勝手をされた事にマーガスさまは怒っている、という所まではわかった。

「ローランさまはその件については仲裁されなかったの? それともそれでも聞く耳を持たない、と?」

「大人のすることですからね。『孫の味方になってやってくれ』とは言われましたが」

「マーガスさまの、味方に……」

つまりローランさまは何かしらのゴタゴタについて、マーガスさまが正しいと思っていたことになる。

「ですから私達は、ブラウニング公爵家ではなくて、マーガス青年本人の味方、という事ですね」

微笑みながら振り向いたラクティスは年相応の青年の顔をしていた。

二人があの屋敷の住人に選ばれた理由がわかった。公爵家になんの縁もない、けれど信頼できる人をマーガスさまは選んだのだ。

「ですから、彼の個人的な決断に口をはさむことはいたしません。ローランさまの葬儀をひっそりと終えた後、とつぜん『アルジェリータ・クラレンスと言う女性をここに連れてこようと思う』と言い出したとしてもね」

「私を……」

とうとう、核心に触れることが出来るかもしれないと、身を乗り出す。

「もちろん尋ねましたよ。なんの為にですか、と。そしたら『妻にしたい』と。良かったですね、と言われた通りの日時に、言われたとおりの女性を迎えに行った。そうしたら、急に騎竜の世話係だ、なんて言い出して」

「騎竜のお世話係として、私を呼んだのではないの?」

「ポルカは暴れ竜ですが、投げ出さない程度の根性はあるつもりですよ」

ラクティスが静かに馬に鞭を入れた音がした。山岳民族であれば、荒っぽいことには慣れている。それは当然のように思えた。

「何がどうなってそうなったんだ、と思いましたが双方納得しているようでしたし、まあいいかと。ミューティはもう少し、奥さまの侍女っぽいことをしたいらしいですけどね」

私ではなくても、ポルカの世話はできる。それは当たり前だ。けれど、ただ人出不足なわけでも、騎竜の世話係でも、老将軍の後妻でもない。

──マーガスさまは、私を知っているのだ。知っていて、最初からそのつもりで呼んできたのだ。

「どうして……?」

「旦那さまが妻の条件として提示した内容に、完全に合致しているからじゃないですかね」

それだけで、接点の無い私をマーガスさまが妻に求めるとは思わない。けれど、ラクティスはマーガスさまのお心までは知らないと言う。

「……そんな人は、沢山いるわ」

「それは何とも。詳しい話は旦那さまにお伺いしては?」

「……朝にする話じゃないって」

「なら、夜に行けばいいでしょう」

「よ、夜って……!」

あまりにさらりと言われたので、絶句してしまう。

「何も寝室に行けとは言いませんよ。旦那さまは夜遅くまで書斎にいらっしゃるでしょう」

呆れたような物言いに、過剰に反応したのが恥ずかしくなった。

「……そうね。確かに、いつも明かりが漏れているわ……お邪魔じゃないかしら?」

「疲れている時にお茶の差し入れのひとつもするのが、妻です。そのために、奥さまの部屋は階段を下りると食堂に、そして書斎に近い訳です」

「なるほどね……」

あの屋敷は私が奥さまである。そういう「ルール」で動いている。だから謎が解明されるまでは、私も彼らの流儀にのっとらなくてはいけない。