作品タイトル不明
家族
「オルデア嬢、寝る前に少しお茶でもどうかな?」
夜自室にいると、ルカルディ様からお誘いがあった。
時間に余裕があるとこうして私との時間を作るようにしてくれる。
喜んで、と答えて2人でサロンへと向かった。
メイドがお茶を出して下がった後、ルカルディ様が少し言いにくそうに話し始めた。
「結婚式がもうすぐだが……何か憂いがあるのだろうか?最近のあなたは少し元気がないように見える」
「式の準備も順調ですし、そんなことはないと思いますが……」
本当は私の心に引っかかるものがある。しかしこんな話しをしていいのかと躊躇ってしまう。
向かいのソファに座っていたルカルディ様が、横に移動してきて私の手を優しく取った。
「話したくないなら無理には聞かない。本当に憂いがないのならそれでいい。でももし、話してはいけないのでは?と思っているのなら、そんな不安は抱えないでほしいんだ。もちろんこれから先も」
結婚してからも、という意味だろう。
「オルデア嬢が何をどんな風に思うかは遠慮なく話して欲しい。意見が違ったら話し合えばいい」
私はひとつ息を吐いてから口を開いた。
「本当に結婚に対して憂いはひとつもないのです」
その言葉にルカルディ様は少しホッとしたように笑った。
「その……気にしないようにしながらもどうしても心が晴れない理由は……たぶん母のことなんです」
「確かお母上は結婚式より早めに来るって話だよね?何か話しがあるとか」
「そうです。考えても仕方のない事ですが、いったい何の話をしに来るのかと……母が来ることが……憂鬱なのです。あの、家族なのにこんな風に思うなんてヒドイとお思いですよね……私も自分で自分が嫌いになります」
「オルデア嬢」
あぁこんな醜い自分なんてやっぱり晒すんじゃなかった、と後悔する私の手をぎゅっとルカルディ様は握った。
「聞いてくれ、オルデア嬢。私はあなたをヒドイ人と思わないし、私は優しいあなたが大好きだ」
「……そんな、嘘ですわ。私は……私は……家族が……」
言葉が続かない。これ以上言って嫌われたくないと思ってしまう。
何か誤魔化そうと思ってルカルディ様を見ると、とても優しい顔で言葉を待ってくれている。
その顔に私は嘘をつきたくないと思ってしまった。
「私は……家族のことが嫌いなのです。育ててもらった母のことを疎ましく思い、妹のことが煩わしい、そう思う……ひどい……姉なのです……」
話してしまった。ずっと言いたくて言えなかったこと。口に出してしまったら本当にそう思っていることが全世界にバレてしまうんじゃないかと、1人の時でも言えなかった言葉。
涙がボロボロ出てこんな淑女の風上にもおけない顔を晒しながら、1番嫌われたくない人に1番知られたくない己の醜い部分を見せてしまった。
でも、このまま結婚するのも怖かった。家族になるのが怖かった。だから言ってしまった。
「少しだけ、これ以上触れることを許してくれ」
そう言ってルカルディ様は優しく私を抱きしめてくれた。その腕の中が思ったより温かく安心できるもので、私は涙がルカルディ様の胸元に吸い込まれていくのを、どこか遠く見ていた。
「オルデア嬢、家族を嫌ってはいけないなんてことはない。むしろあなたの家は少し異質だ。嫌わないほうがおかしい」
おかしい?嫌うのがおかしい、ではなく、嫌わないほうがおかしいと聞こえた。
「夫が亡くなったのに何も変わらず、長女に全て頼り切る夫人は異常だし、あなたの妹は人でも物でも姉のものを自分の物だと思ってるあまりに傲慢な女性だ」
その言葉に少し冷静になって涙は止まった。
「あなたの家族にこんなことを言う私は酷いかい?」
私は首を横に振ってその言葉を否定した。
「お父上が亡くなった後、たしかにあなたは跡継ぎだが、本来はお母上が代理を務めるべきだった」
「でもお母様は何もできないし、私が跡継ぎだから私がやらないといけないと」
「あなただってその時は何もできなかったのだろう?その後努力して領地経営ができるようになった。最初はお母上と同じ条件のはずだ」
長女だから、家を継ぐから、当たり前だと言われたのだ。
「あなただってお父上を失って、もっと悲しんでいていい令嬢だったんだよ」
父はあまり家にいる人じゃなかった。両親は娘から見て仲睦まじい夫婦とは見えなかった。それでも父が亡くなった時お母様は目に見えて憔悴していた。妹も、父に懐いていたとは思えないのに部屋に何日か引き篭もっていた。
私は2人程父の死を悲しいと思っていなかった。
「私がやるしかないと思って……父を亡くしても母や妹のように悲しんでない冷酷な私がやるべきなのだと」
「冷酷?悲しみは人と比べるものではない。悲しいと思ったなら悲しかったんだ。泣いてる人がいたら泣いてない人の方が悲しんでいないわけではないよ」
「私は……私も悲しかった。仕事でほとんど家にいなくても、ちゃんと私を気にかけてくれていた父を知って、領民から父の話を聞いて、仕事がどれだけ大変か知って、父の愛情を知って、私、私は悲しかった」
止まっていた涙が再び流れ出す。あの時泣けなかった分の涙な気がして、私はこの涙は止めようと思わなかった。
「オルデア嬢は我慢することに慣れすぎている。それはお母上と妹君のせいだろう。私は全てを知っているわけじゃないが、あの日のローゼンフィルでの会話や、ここに来てからのあなたの様子を見ていてそう思う」
ルカルディ様の私を抱きしめる力がほんの少し強くなった。
「オルデア嬢を傷つけることを今から言うかもしれない。でも、私はあなたの家族に怒っている。あなたに家族のために動けというのに、なぜ彼女らはあなたのために何もしない?姉だから、長女だから、と言って全て押し付けるくせに、あなたの努力を全て奪い取る。あの人達はあなたのために何をしてくれた?」
この人は優しい。私の代わりに怒って、私の言いたかったことを言ってくれている。
「私……大切にされていなかったのですね」
ルカルディ様があえて言わなかったであろう言葉を自分で口にした。
「家族というより、都合のいい召し使いだった」
気付いてた。でも気付いてないふりをしていた。
「領地のことを全て任せてくるお母様に、なぜお母様は何もやってくれないの?って思ってました」
止まった涙の跡を指で拭う。
「跡継ぎなんだから全てやりなさいと言われてやったのに、その座を奪われました。婚約者と妹が不貞をしたから。姉だから愛し合う二人にその座を渡しなさいと当然のように言われました」
あの時の怒りを思い出す。
「妹は何でも私のものを持っていく。あの子に何をしてもお礼も言われたこともない。あの子はずっと私を下に見ていた。そして母はそれを咎めなかった」
私の家族の異常。私はそれをもう認めていい。
「姉は妹を優先するのが当然で、長女は家族を支えるのが当然。それが家族だと。それに文句を言えば酷い娘だと、家族を大切にしない冷酷な人間だと……そう思い込まされていたのですね」
そっとルカルディ様の胸から顔を上げる。ルカルディ様はするりと腕の力を抜き、向かい合うとそっと私の手を握った。
「私を大切にしてくれない家族を、大切にする必要などなかったのですね」
私は笑った。家族に愛されていなかったと認めることは胸がえぐれるように悲しい。でも、それを認めてしまったら思っていた以上にスッキリしている自分もいた。
「ああ。私もそう思う。だから私は早くあなたと家族になりたかった。あなたを大切にする家族に」
「ルカルディ様……私少し怖かったのです。心の底では家族を愛せない私が、愛する人と家族になっても、もし私の家族のようになったら?母となった時、私と同じように子供に嫌われたら?そんな事を考えて怖かったのですわ」
「そうか、そんな不安を抱えていたんだね」
「はい、でも今分かりました。ルカルディ様は私を愛して、大切にしてくださる。私もルカルディ様を愛して大切にします。そしたら私の家族のようにはならない。そして子供ができたらその子を愛して大切にします。母のようにはならない。それが分かりましたわ」
「生涯オルデア嬢を大切にすると誓おう。そして私達なりの家族を一緒に作っていくと約束しよう。だから安心して私と結婚して欲しい」
指先に軽く触れるキスを落として、ルカルディ様はまるでプロポーズのようにそう言った。
「はい、ルカルディ様。私をあなたの家族にしてください」
涙の跡が残る顔だけど、私は最高の笑顔で笑えた気がする。